• 著者: Choi J, Park JE, Tsagkogeorga, Yanagita M, Koo BK, Han N, Lee JH
  • Corresponding author: Lee JH (jhl62@cam.ac.uk)
  • 雑誌: Cell Stem Cell
  • 発行年: 2020
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 32750316

背景

肺胞における組織恒常性の維持と傷害後修復は、肺胞II型上皮細胞 (AT2細胞) の増殖・分化によって担われる。AT2細胞は自己複製能を有し、肺胞I型上皮細胞 (AT1細胞) へ分化する成体幹細胞として機能するが、肺傷害後の詳細な分化軌跡はこれまで未解明であった。特に、炎症シグナルがAT2細胞の細胞運命転換をどのように制御するのか、また慢性炎症が組織修復を妨げるメカニズムは不明な点が多かった。傷害応答における免疫細胞と肺胞上皮細胞とのクロストークについても、部分的にしか理解が進んでいなかった。先行研究では、AT2細胞が肺再生に不可欠であることが示されているが (Adamson and Bowden 1974; Barkauskas et al. 2013; Rock et al. 2011)、炎症環境下でのその動態と制御機構に関する詳細な知見は不足している。

近年、組織修復における免疫細胞の役割が注目されており、皮膚、腸、肺などの上皮器官におけるバリア機能の回復が免疫システムに依存することが強調されている (Hsu et al. 2014; Klose and Artis 2016; Lindemans et al. 2015; Naik et al. 2017)。肺上皮は外部環境に曝露されるため特に傷害を受けやすく、免疫細胞が肺の恒常性維持と修復に関与することが報告されている (Chen et al. 2012; Lechner et al. 2017; Westphalen et al. 2014)。しかし、炎症細胞とAT2細胞間の特定のクロストークに関する知識は依然として限られている。特に、慢性炎症が組織破壊にどのように影響するかという根本的な問題は、傷害後の幹細胞機能や再生プロセスの障害によって引き起こされる可能性が高いにもかかわらず、十分に理解されていない点が課題として残されている。肺胞上皮細胞の分化経路の精密なマッピングは、肺疾患の病態解明と新規治療法開発のために不可欠である。特に、炎症性サイトカインであるIL-1β (interleukin-1 beta) がAT2細胞の細胞運命に与える影響や、その下流のシグナル伝達経路、例えば低酸素誘導因子1α (HIF1α; hypoxia-inducible factor 1 alpha) と解糖系代謝経路との関連性については、これまで詳細な研究が不足していた。

目的

本研究の目的は、ブレオマイシン誘発性肺傷害モデルにおけるAT2細胞リネージの分化軌跡を単一細胞RNAシーケンス (scRNA-seq) とリネージトレースにより精細にマッピングし、新規中間細胞状態を同定することである。さらに、炎症ニッチが段階的な細胞運命転換を制御するシグナル機序、特にIL-1βとHIF1αの役割を解明し、慢性炎症が肺胞再生を障害するメカニズムを明らかにすることを目指した。具体的には、傷害応答におけるAT2細胞の細胞運命決定を制御する炎症性メディエーターを特定し、その下流シグナル経路を解明することで、肺疾患における再生不全のメカニズムに新たな知見をもたらすことを目的とした。本研究は、損傷関連一過性前駆細胞 (DATPs; damage-associated transient progenitors) の同定とその機能的役割、IL-1β受容体1 (Il1r1; interleukin-1 receptor type 1) を発現するAT2細胞の特殊な性質、およびHIF1α依存性解糖系代謝がDATP形成とAT1細胞分化に果たす必須の役割を明らかにすることを目指した。

結果

傷害後のAT2細胞は段階的な分化軌跡を辿り、DATPという新規中間状態を経てAT1細胞へ分化する: scRNA-seq解析により、ブレオマイシン傷害後14日目のAT2リネージ細胞に5つの特徴的な集団が同定された (Figure 1B, C)。これらの集団は、通常のAT2細胞 (hAT2)、炎症応答遺伝子 (Ptges, Lcn2) が増加しAT2特異的転写因子 Etv5・Abca3 が低下したprimed AT2 (pAT2) 細胞、細胞周期マーカーを発現するcycling AT2 (cAT2) 細胞、Cldn4・Krt8・Ndrg1・Sprr1a・AW112010 を特異的マーカーとして発現しながら成熟AT1マーカー (Pdpn, Hopx, Cav-1) は低発現のdamage-associated transient progenitors (DATPs)、そして成熟AT1細胞であった。傷害後28日目にはhAT2と成熟AT1集団が回復し、cAT2・pAT2・DATPsは減少した。PAGAおよびpseudotime解析はhAT2 → pAT2 → DATPs → AT1という分化軌跡を明確に示した (Figure 1E, F)。cAT2細胞はpAT2細胞に近接してクラスタリングし、細胞周期S→G2/M期の移行がpAT2状態への転換と密接に関連していた。DATPsのGO解析ではp53シグナル、増殖抑制、低酸素応答 (Hif1a, Ndrg1)、IFNγシグナルが濃縮されており、n=12,086細胞が解析された (Figure S1D)。この結果は、AT2細胞が傷害に応答して一時的な中間状態を経由してAT1細胞へと分化するという、これまで不明確であった段階的な分化プロセスを詳細に明らかにした。

間質マクロファージ由来IL-1βがAT2細胞のpAT2状態への移行を誘導しDATP形成を促進する: 傷害後7日目に間質マクロファージ (IM) が有意に増加し、肺胞マクロファージ (AM) が減少した (Figure S2B-S2D)。3Dオルガノイド共培養実験でIMはAMより多く大きいオルガノイド形成を誘導した (Figure 2C)。scRNA-seq解析からIL-1βは傷害後14日目にIMで高発現し、IMが主要なIL-1β供給源であることが判明した (Figure S2H, S2I)。IL-1β処置オルガノイドではpAT2画分が77%に達し、DATP集団も有意に増加した (Figure 2G)。pseudotime解析でもIL-1βがAT1方向への分化を促進することが示された (Figure 2H)。Il1r1 flox/flox; SPC-CreERT2 マウスでは傷害後10日目にDATP形成が著しく障害され (Figure 4C)、傷害後21日目のAT1細胞数が有意に減少した (p<0.001, n=6 mice) (Figure 4E)。重要なことに、IL-1βはAT2細胞増殖に直接影響せず (Il1r1欠損AT2細胞も同等のEdU取り込みを示した、Figure S5B)、IL-1βの促進増殖効果は周囲間質細胞への間接的な作用によると示唆された。この結果は、IL-1βがAT2細胞の細胞運命決定において重要な役割を果たすことを強く示唆している。

HIF1α依存性解糖系代謝変化がDATPへの細胞運命転換に必須であり、慢性IL-1β曝露がDATP蓄積とAT1成熟障害を引き起こす: DATPsおよびIL-1β処置AT2細胞では解糖系遺伝子 (Pgk1, Pkm, Slc16a3) の発現が増加し、ECAR測定でも解糖系活性の亢進が確認された (Figure 4F, S6A, S6B)。Hif1αはDATPsに高発現していた。AT2オルガノイドへのHif1α阻害薬digoxin投与はDATP形成とAT1分化を有意に障害した (Figure 4H, 4I, p<0.001)。Hif1a flox/flox; SPC-CreERT2 マウスでも傷害後DATP形成が不全でAT1分化も障害された (Figure S6E-S6H)。慢性IL-1β処置オルガノイドでは早期AT1マーカー (Lmo7, Pdpn, Hopx) の発現は正常だが後期AT1マーカー (Aqp5, Vegfa, Cav-1, Spock2) が発現せず、DATPマーカー遺伝子が持続発現した (Figure 7A-7C)。IL-1β撤退により後期AT1マーカー発現が有意に回復した (Figure 7E, p<0.01)。2-デオキシグルコース (2-DG) による解糖系阻害もまた、停滞したDATPsのAT1成熟を促進した (Figure 7G, p<0.001)。これらの結果は、HIF1αを介した解糖系代謝がDATPへの細胞運命転換に不可欠であり、慢性炎症がこの経路を介して肺胞再生を阻害するメカニズムを明らかにした。

Il1r1+ AT2細胞はDATPを優先的に産生するエピジェネティック的に特異なAT2サブセットである: Il1r1-CreERT2; R26RtdTomato マウスで非傷害肺のAT2細胞の約15%がIl1r1を発現し、傷害後14日目には約60%にまで増加した (n=3 mice) (Figure 5E)。Il1r1標識AT2細胞は非標識AT2細胞より増殖能が高く (Figure 5G, p<0.001)、DATPsの約80%がIl1r1リネージ由来であった (Figure 5I)。ATAC-seq解析でIl1r1+ AT2細胞はバルクAT2細胞と比較してクロマチンアクセシビリティが異なるピーク群を有し (Figure 6A)、これらの近傍遺伝子は炎症応答・IL-1シグナルと関連するGO用語が濃縮されていた (Figure 6C)。モチーフ解析ではAP-1・CREB・NFκB・Rorcなど炎症関連転写因子のモチーフがIl1r1+ AT2特異的なクロマチン開口領域に濃縮されており (Figure 6E)、同細胞が炎症シグナルへの迅速な応答能力をエピジェネティック的に準備していることが示された。この発見は、AT2細胞集団内に機能的に異なるサブセットが存在し、特定のサブセットが傷害応答に特異的に関与することを示唆している。

DATPsはAT1細胞およびAT2細胞へ分化する可塑性を有する: Ndrg1-CreERT2; R26RtdTomato マウスを用いたリネージトレース解析により、傷害後9日目にNdrg1リネージ標識細胞がKrt8陽性DATPsとして肺胞領域に出現した (Figure 3H, 3I)。傷害後28日目には、AT1細胞の約30%がNdrg1リネージ標識されており、DATPsがAT1細胞の供給源となることが示された (Figure 3J, 3K)。同様の結果はKrt8-CreERT2; R26RtdTomato マウスを用いたリネージトレースでも確認された (Figure S4A-S4F)。さらに、傷害後28日目にはNdrg1およびKrt8リネージ標識されたSPC+ AT2細胞も観察され (Figure 3J, 3L, Figure S4G, S4H)、DATPsがAT2細胞へ逆分化する可塑性を持つ可能性が示唆された。Krt8+ DATPsを単離しオルガノイド培養した結果、DATPsとSPC+ AT2細胞の両方を含むオルガノイドを形成する能力が確認された (Figure S4K-S4M)。これらのデータは、DATPsが単なる中間体ではなく、肺胞再生において多様な細胞運命をたどる可塑性の高い細胞集団であることを示している。

考察/結論

本研究は、肺胞再生におけるAT2細胞の分化軌跡を精細にマッピングし、hAT2 → pAT2 → DATPs → AT1という段階的プロセスを初めて実証した。DATPsの分子的特徴としてp53シグナル・低酸素応答 (Hif1a)・IFNγ経路の活性化が挙げられ、これらは傷害応答における一時的な細胞状態の生理的意義を反映している。Krt8+ DATPsはその後 Ndrg1 リネージトレース実験によっても確認され、傷害後28日目のAT1細胞の約30%がDATPs由来であることが示された。また、DATPsがAT2細胞に逆分化する可能性も示唆されており、DATPsがより広い可塑性を有する中間的な細胞状態であることが示唆される。

新規性: 最も重要な新規な発見の一つとして、慢性IL-1β暴露がDATPsの蓄積とAT1成熟障害をきたすメカニズムが解明された点が挙げられる。2-DGやIL-1β撤退によりAT1成熟が回復したことから、DATPsの解糖系亢進状態 (HIF1α依存性) がAT1最終分化を妨げており、慢性炎症の解消が再生完結に必要であることが実証された。これはARDS・COVID-19後肺線維症・COPDなど慢性炎症を伴う肺疾患においてDATPsが蓄積し再生が停滞するメカニズムを説明しうる。急性期のIL-1βシグナルはAT2→DATPへの分化を誘導して再生を促進するが、慢性的なIL-1β暴露はDATPのAT1への最終分化を妨げるという「炎症応答の二相性」は、疾患ステージに応じた介入の必要性を示唆する。これはこれまでの炎症は常に有害であるという見方と異なり、炎症の時期特異的な役割を明らかにする新規な知見である。

先行研究との違い: 本研究で初めて、Il1r1+ AT2細胞がDATPを優先的に産生するサブセットであることを同定した。Il1r1+ AT2細胞がエピジェネティックに準備された「炎症応答性」サブセットであるという知見は、AT2細胞の機能的不均一性を明らかにした。Il1r1+ AT2細胞のATAC-seqでAP-1・CREB・NFκBなどのモチーフが濃縮されていることは、これらの細胞が炎症刺激を受けた際に迅速にpAT2/DATP状態に移行できるクロマチン構造を既に持っていることを示す。これは、AT2細胞が均一な集団ではなく、特定のサブセットが炎症応答に特化した機能を持つことを示唆しており、これまでのAT2細胞の機能に関する理解を深めるものである。

臨床応用: 本研究の知見は、ARDS・COVID-19後遺症・IPFなど慢性炎症を伴う肺疾患における臨床応用に直結する。ヒトIPF・COVID-19後遺症・ARDSなどで報告されるKrt8hi KRT17+移行細胞が本研究のDATPsに相当すると考えられており (Adams et al. 2019; Habermann et al. 2019; Kobayashi et al. 2019)、本研究の知見は直接的な臨床的関連性をもつ。Il1r1+ AT2サブセットを選択的に増幅する介入や、IL-1β/HIF1α/解糖系シグナルの時期特異的な調節 (急性期に促進・慢性期に抑制) が急性肺傷害後の再生促進戦略として検討される価値がある。HIF1α阻害薬 (digoxinなど) のDATPs蓄積型肺疾患への応用可能性も示唆される。

残された課題: 残された課題として、DATPsがAT2細胞に逆分化するメカニズムの詳細な解明や、IL-1βとWntシグナル間のクロストークがAT2細胞の細胞運命決定にどのように影響するかをさらに深く理解する必要がある。また、ヒト肺疾患におけるDATPsの動態と治療介入効果を検証する今後の研究が求められる。本研究のlimitationとして、Il1r1-CreERT2マウスにおけるCre組換えの確率的発現の可能性を完全に排除できない点が挙げられる。より長いタモキシフェンウォッシュアウト期間を設けることで、Il1r1+ AT2細胞の機能的に異なるサブセットをさらに明確に定義できる可能性がある。

方法

SPC-CreERT2; R26RtdTomato リネージトレースマウス (C57BL/6J系統、6-10週齢) にタモキシフェンを投与後、PBS (対照) またはブレオマイシン (1.25U/kg) を気管内投与し、傷害後14日目 (急性期) および28日目 (回復期) にリネージ標識細胞を単離してscRNA-seq解析を実施した (10x Genomics 3’ 法)。細胞は、EpCAM+CD31-CD45-Tomato+としてソーティングされた。scRNA-seqデータは、Wolf et al. GenomeBiol 2018およびButler et al. NatBiotechnol 2018を用いて解析され、分化軌跡の解析にはPAGA (partition-based graph abstraction) およびpseudotime解析を用いた。

傷害応答における間質マクロファージ (IM) と肺胞マクロファージ (AM) の動態をフローサイトメトリーおよびscRNA-seqで解析し、IL-1βのAT2細胞に対する直接作用を3Dオルガノイド共培養系で検討した。オルガノイドは、AT2細胞と肺間質細胞を1:5の比率でMatrigelに播種して作製された。Il1r1 flox/flox; SPC-CreERT2 マウスおよび Hif1a flox/flox; SPC-CreERT2 マウスによるAT2細胞特異的遺伝子欠損実験を実施した。Il1r1 (interleukin-1 receptor type 1) および Hif1a (hypoxia-inducible factor 1 alpha) の遺伝子欠損は、AT2細胞のIL-1β応答性およびHIF1αシグナル伝達の役割を評価するために行った。DATP特異的リネージトレースには Ndrg1-CreERT2; R26RtdTomato および Krt8-CreERT2; R26RtdTomato マウスを使用した。Ndrg1 (N-Myc downstream-regulated 1) および Krt8 (keratin 8) はDATPの特異的マーカーとして使用された。ATAC-seq (assay for transposase-accessible chromatin with high-throughput sequencing) を用いて Il1r1+ AT2細胞とバルクAT2細胞のクロマチンアクセシビリティを比較した。ATAC-seqデータは、Bolger et al. Bioinformatics 2014でフィルタリング後、Dobin et al. Bioinformatics 2013でマッピングされた。ピークコールにはMACS2が用いられ、モチーフ解析にはHOMERソフトウェアが使用された。

EdU取り込みアッセイによりAT2細胞の増殖活性を評価し、ECAR (extracellular acidification rate) 測定および2-NBDG取り込みアッセイにより解糖系代謝活性を評価した。IL-1βシグナル阻害にはIl1r1欠損マウス、HIF1αシグナル阻害にはdigoxinおよびHif1a欠損マウスを用いた。慢性炎症モデルとして、オルガノイドにIL-1βを長期処置し、解糖系阻害薬2-デオキシグルコース (2-DG) の効果を検討した。ヒト肺組織サンプル (正常ドナー、IPF患者、肺腺癌患者) を用いた免疫蛍光染色により、DATP様細胞の存在を検証した。

統計解析にはStudent t-testを用いた。動物実験のサンプルサイズは予備実験に基づいて決定され、各群n=2〜6匹のマウスが使用された。データは平均 ± SEMで示された。scRNA-seqデータはGEO: GSE145031 (AT2リネージトレース)、GEO: GSE144468 (オルガノイド)、ATAC-seqデータはGEO: GSE144598に登録されている。