- 著者: Choi J, Jang YJ, Dabrowska C, Iich E, Evans KV, Hall H, Janes SM, Simons BD, Koo BK, Kim J, Lee JH
- Corresponding author: Jonghwan Kim (The University of Texas at Austin); Joo-Hyeon Lee (University of Cambridge)
- 雑誌: Nature Cell Biology
- 発行年: 2021
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 34475534
背景
肺は、その複雑な構造と機能維持のために、解剖学的に異なる領域に複数の幹細胞および前駆細胞を有している。遠位気道では、分泌細胞 (Scgb1a1+) と肺胞II型細胞 (AT2細胞) がそれぞれ気道上皮と肺胞上皮の恒常性を維持していることが知られている。しかし、ブレオマイシンやインフルエンザウイルス感染などの重篤な肺胞損傷後には、通常は気道に限定される分泌細胞がAT2細胞へと分化転換し、肺胞再生に寄与することが複数の研究で示されてきた Lee et al. Cell 2014。この細胞の分化転換は、組織修復における細胞の可塑性獲得の重要性を示すものであるが、その根底にある炎症シグナルや詳細な分子機構はこれまで未解明であった。
Notchシグナル経路は、気道細胞のアイデンティティ維持に重要な役割を果たすことが報告されており、その活性化は細胞の運命決定に深く関与している。また、炎症性サイトカインであるインターロイキン-1β (IL-1β) は、肺損傷後に動的に発現が誘導されることが知られており、肺胞再生における炎症応答の重要なメディエーターであると考えられている Choi et al. CellStemCell 2020。しかし、NotchシグナルとIL-1βシグナルがどのように連携し、分泌細胞の運命転換を制御するのか、その具体的なメカニズムは不明であった。特に、分泌細胞が肺胞損傷に応答してそのアイデンティティを失い、AT2細胞の運命を獲得する過程を規定する細胞イベントや分子シグナルについては、ほとんど理解が進んでいなかった。この領域には知識ギャップが残されている。
さらに、慢性的な肺胞構造の喪失は、様々なヒト肺疾患と強く関連している。そのため、ヒトにおいても肺胞再生を媒介する機能的に保存された分泌細胞集団が存在するのか、またその制御メカニズムがマウスとヒトの肺で保存されているのかを解明することは、肺疾患の治療法開発において極めて重要である。本研究は、この知識ギャップを埋め、肺胞損傷後の分泌細胞の分化可塑性を制御するIL-1β-Notch-Fosl2軸の役割を明らかにすることを目的とした。これまでの研究では、分泌細胞の分化可塑性に関する詳細なメカニズムの解明が不足していた。
目的
本研究の目的は、肺胞損傷後に気道分泌細胞が肺胞II型細胞 (AT2細胞) へと分化転換する際の、IL-1β-Notch-Fosl2 (Fos-like antigen 2、Fra2とも呼ばれる) 軸を介した分子メカニズムを詳細に解明することである。具体的には、以下の点を検証する。
- 化学的に定義された無フィーダーオルガノイド培養系を確立し、分泌細胞およびAT2細胞の幹細胞活性と分化可塑性をin vitroで評価すること。
- Notchシグナルが分泌細胞のAT2細胞への分化転換を制御する主要な調節因子であることを、in vitroオルガノイドおよびin vivoリネージトレーシング実験を用いて実証すること。
- IL-1βシグナルが線毛細胞におけるNotchリガンド (Jagged1: Jag1、Jagged2: Jag2) の発現を動的に調節し、それによって分泌細胞のNotch活性が解除され、AT2細胞への分化転換が誘導されるメカニズムを明らかにすること。
- 転写因子Fosl2が、Notchシグナル阻害後の分泌細胞からAT2細胞への運命転換に必須の転写制御因子であることを同定すること。
- 分泌細胞由来のAT2細胞 (sAT2細胞) が、既存の肺胞常在AT2細胞 (rAT2細胞) と比較して、遺伝的・エピジェネティックに異なる特徴と、長期的な自己維持能力を持つことを明らかにすること。
- ヒトのKDR (kinase insert domain receptor)+分泌細胞においても、Notch阻害によるAT2細胞生成能力が保存されていることを確認し、このIL-1β-Notch-Fosl2軸がヒト肺胞再生においても機能的に保存されている可能性を検討すること。
これらの目的を達成することで、肺胞再生における分泌細胞の分化可塑性の制御機構を包括的に理解し、新たな治療標的の同定に貢献することを目指す。
結果
フィーダーフリーオルガノイド培養系の確立と幹細胞性の確認: Scgb1a1+分泌細胞は、WNT3A、RSPO1、EGF、FGF7、NOGGINを含む化学的に定義された培地で2年以上の長期増殖・維持が可能であった。FGF7とWnt活性が分泌細胞の自己複製に必須であることが示された一方、FGF10は不要であった。単一細胞からのオルガノイド形成効率はP=0.002で有意に高く、分泌細胞の幹細胞性が確認された。初期のオルガノイドは気道細胞 (分泌細胞、線毛細胞) と肺胞細胞 (AT2細胞、AT1細胞) を含む異質な表現型を示したが、継代を重ねると主に混合型オルガノイドを形成した (Fig. 1)。
Notchシグナルによる分泌細胞のAT2細胞分化制御: SCO (分泌細胞オルガノイド) はACO (AT2細胞オルガノイド) と比較して、Notch標的遺伝子であるHes1やNrarpの遺伝子発現が有意に高かった (Fig. 2a,b)。Notch阻害薬DAPT (γ-セクレターゼ阻害薬) 処理により、SCOにおいてSftpc+/Etv5+のAT2細胞が劇的に増加し、分泌細胞マーカーが減少した (Fig. 2c-e)。RNA-seq解析でも、DAPT処理によりAT2細胞マーカーの強い上方制御と分泌細胞マーカーの顕著な減少が確認された。RbpjのKDも同様にAT2分化を促進し、Notchシグナル阻害が分泌細胞からAT2細胞への転換を誘導することが示された。 In vivo実験では、dnMAML (dominant-negative mastermind-like 1) 発現マウス (n=4 mice) において、ブレオマイシン傷害後のScgb1a1リネージラベルAT2細胞の割合が、対照群の25.24±8.08%と比較して、dnMAMLflox/+マウスで56.39±12.91%に有意に増加した (p<0.0001) (Fig. 2h,i)。一方、N1ICD (Notch intracellular domain) を持続的に活性化させたRFP+細胞は、Fstl1+中間細胞状態に留まり、AT2細胞への分化が有意に阻害された (p=0.0052) (Fig. 3g-i)。scRNA-seq解析では、YFP+対照細胞はAT2クラスターへ移行したが、RFP+細胞はFstl1+中間状態に固定されており、Notch不活性化が分泌細胞からAT2細胞への転換に必須のステップであることが裏付けられた。
IL-1β-線毛細胞軸によるNotch活性制御: scRNA-seq解析により、NotchリガンドであるJag1とJag2が分泌細胞に隣接する線毛細胞で高発現していることが明らかになった。ブレオマイシン傷害後、Il1r1+線毛細胞におけるJag1およびJag2の発現が有意に低下した (p=0.0004)。in vitroで単離した線毛細胞をIL-1βで処理すると、Jag1 (p=0.0016) およびJag2 (p<0.0003) の発現が有意に低下し、IL-1βシグナルが線毛細胞のNotchリガンド発現を直接調節することが示唆された (Fig. 4c)。 Foxj1-CreERT2; Il1r1flox/floxマウス (n=3 mice、線毛細胞特異的Il1r1欠損) では、ブレオマイシン傷害後にJag1/Jag2の低下が消失し、分泌細胞のNotch活性 (Hes1/Nrarp) が維持された。その結果、AT2細胞への分化転換が有意に抑制された (p<0.0001) (Fig. 4i,j)。これらのデータは、IL-1βが線毛細胞のIl1r1を介してJag1/Jag2の発現を低下させ、分泌細胞のNotch活性を解除することでAT2細胞への分化転換を誘導するという経路を確立した。
Fosl2によるAT2転換の転写制御: 分泌細胞とsAT2細胞のATAC-seq解析により、それぞれ約9,297および7,316の細胞種特異的オープンクロマチン領域が同定された。sAT2細胞に濃縮されたクロマチン領域のモチーフ解析では、Fosl2 (Fra2) やNkx2-1などのAT2細胞分化に関連する転写因子モチーフが同定された (Fig. 5d)。5つの候補転写因子 (Srebf2、Fosl2、Rbpjl、Cebpa、Etv5) のKD実験を行った結果、Fosl2 KDのみがDAPT誘導のAT2マーカー (Sftpc、Etv5) の増加を有意に阻害した (p≤0.0001) (Fig. 5f)。Fosl2 KDでは、DAPT処理オルガノイドにおいてAct-Tub+線毛細胞が増加し、AT2細胞ではなく線毛細胞方向への運命転換が示唆された (Fig. 5g)。このことから、Fosl2がNotch阻害後の分泌細胞からAT2細胞への運命転換を制御する重要なメディエーターであることが示された。
分泌細胞由来AT2細胞の独自性: scRNA-seq解析により、分泌細胞由来AT2細胞 (sAT2細胞、YFP+) と常在AT2細胞 (rAT2細胞、RFP-YFP-) は明確に分離された (Fig. 6a)。sAT2細胞はScgb1a1やSox2などの分泌細胞マーカーを高く発現している一方で、SftpcやEtv5などのAT2マーカーの発現はrAT2細胞と同程度であった (Fig. 6b,c)。ATAC-seq解析では、sAT2細胞は分泌細胞マーカー遺伝子座周辺にオープンクロマチンシグネチャーを保持しており、遺伝的・エピジェネティックな「気道系記憶」を持つことが示された (Fig. 6d)。さらに、sAT2細胞は抗アポトーシス機能に関連する遺伝子 (Slc7a11、Nr4a2) の発現が高く、in vitroオルガノイド培養においてrAT2細胞よりも長期的な自己複製能力を示した (Fig. 6e,f)。例えば、rAT2細胞は継代によりコロニー形成効率 (CFE) が低下したが (n=6 replicates)、sAT2細胞は複数の継代後も安定したオルガノイドを形成し、CFEの低下を示さなかった (n=8 replicates)。これは、sAT2細胞が損傷後の肺胞上皮をより効率的に補充するための高い耐性を持つ可能性を示唆する。
ヒトKDR+分泌細胞における分化可塑性の保存性: マウス分泌細胞の表面マーカーとしてKdr (Flk-1) を同定し、ヒト肺組織においてもKDRが分泌細胞で発現していることを確認した (Fig. 7a)。ヒトKDR+HTII-280-分泌細胞は、in vitroオルガノイド培養においてNotch阻害によりAT2細胞を生成する能力を保持していた (Fig. 7g-j)。DAPT処理により、分泌細胞の減少と引き換えにAT2細胞の生成が促進され、このIL-1β-Notch-Fosl2軸による分化転換機序がヒトにおいても保存されていることが確認された。
考察/結論
本研究は、肺損傷後の肺胞再生における気道分泌細胞の分化可塑性を制御するIL-1β-Notch-Fosl2軸という新規の分子メカニズムを明らかにした。
先行研究との違い: これまでの研究では、肺損傷後の分泌細胞がAT2細胞へ分化転換することは示されていたものの、その細胞運命決定を駆動する炎症シグナルと分子機構の連携は不明であった。本研究は、IL-1βシグナルが線毛細胞を介してNotch活性を動的に調節し、分泌細胞の分化可塑性を誘導するという、これまで報告されていないメカニズムを提示した点で、先行研究と異なる。特に、Notchシグナルが分泌細胞のアイデンティティ維持に重要であるという既報の知見に対し、本研究ではNotch活性の「解除」が分化転換の引き金となることを示した点が対照的である。
新規性: 本研究で初めて、IL-1βが線毛細胞のNotchリガンド (Jag1/Jag2) 発現を抑制することで、隣接する分泌細胞のNotch活性を解除し、その分化可塑性を誘導するという新規な細胞間クロストークを同定した。さらに、Notchシグナル阻害後の分泌細胞からAT2細胞への運命転換に必須の転写因子としてFosl2を新規に同定した。Fosl2がAT2細胞への転換を駆動する一方で、分泌細胞のアイデンティティ喪失には関与しないという二段階の制御モデルを提唱したことも、本研究で初めて示された知見である。また、分泌細胞由来のAT2細胞 (sAT2細胞) が、常在AT2細胞 (rAT2細胞) とは異なる遺伝的・エピジェネティックな特徴と、優れた自己維持能力を持つことを明らかにした点も新規性がある。
臨床応用: 本研究で同定されたIL-1β-Notch-Fosl2経路は、肺胞再生を促進するための新たな治療標的となる可能性を秘めている。特に、ヒトKDR+分泌細胞がNotch阻害によりAT2細胞を生成する能力を保持していることが示されたことは、ヒト肺疾患における肺胞再生療法の開発に臨床応用できる可能性を示唆する。慢性肺疾患、例えば肺線維症や肺がんにおける肺胞構造の破壊と細気管支化は一般的な特徴であり、本研究の知見はこれらの病態における分泌細胞の役割と、その分化可塑性を制御することによる治療戦略の確立に貢献しうる。
残された課題: 今後の検討課題として、Fosl2がAT2細胞への転換を駆動する詳細な分子メカニズム、特にWntシグナルとの協調作用をさらに解明する必要がある。Fosl2 KDがNotch阻害下でも分泌細胞の減少を回復させなかったことから、分泌細胞のアイデンティティ喪失に関わる他の転写因子 (例: Foxc2, Six1) の特定と機能解析が残されている。また、sAT2細胞が示す長期的な自己維持能力や抗アポトーシス特性が、慢性肺疾患の病態形成にどのように寄与するのか、in vivoでの長期的な影響を評価することも今後の重要な研究方向性である。さらに、IL-1βシグナルが線毛細胞のJag1/Jag2発現を抑制する具体的な下流メカニズムについても、さらなる研究が求められる。
方法
本研究では、主にマウスモデルとin vitroオルガノイド培養系、およびヒト肺組織を用いた多角的なアプローチを採用した。
マウスモデルとリネージトレーシング: Scgb1a1-CreERT/R26RtdTomatoマウスを用いて、分泌細胞のリネージトレーシングを行った。Notchシグナル阻害のため、dnMAMLflox/flox; Scgb1a1-CreERTマウス(Notch持続阻害)を、Notchシグナル持続活性化のため、Red2-Notch N1ICDマウス(RFP+細胞でN1ICD過剰発現)を使用した。IL-1βシグナル経路の役割を評価するため、Il1r1flox/flox; Foxj1-CreERT2マウス(線毛細胞特異的IL-1Rノックアウト)を樹立し、ブレオマイシン傷害後のAT2細胞への分化転換を定量的に評価した。ブレオマイシンは1.25 U/kgで気管内投与し、肺損傷を誘導した。マウスはC57BL/6J系統を主に用いた。
オルガノイド培養系: 無フィーダー・化学定義培地オルガノイド培養系を確立した。この培地はWNT3A、RSPO1、EGF、FGF7、NOGGINを含み、分泌細胞オルガノイド (SCO) とAT2オルガノイド (ACO) の長期培養を可能にした。FGF10は不要であったが、FGF7とWnt活性は自己複製に必須であった。Notchシグナル阻害薬DAPT (γ-セクレターゼ阻害薬、20 μM) 処理、またはRbpjノックダウン (KD) によりNotch依存的AT2分化を評価した。単一細胞からのオルガノイド形成により、分泌細胞の幹細胞性を確認した。
遺伝子発現解析: SCOとACOのバルクRNAシーケンス (RNA-seq) を実施し、Notchシグナル関連遺伝子の発現パターンを比較した。Notch阻害後のSCOにおける遺伝子発現変化もRNA-seqで解析した。scRNA-seq (Single-cell RNA sequencing) は、ブレオマイシン傷害後のRed2-Notch N1ICDマウスから分離したYFP+細胞 (コントロール) およびRFP+細胞 (Notch活性化) を用いて実施し、細胞運命決定へのNotch活性の影響を評価した。データ解析にはDESeq2 Love et al. GenomeBiol 2014 および SCANPY Wolf et al. GenomeBiol 2018 を用いた。
エピジェネティック解析: 分泌細胞と分泌細胞由来AT2細胞 (sAT2細胞) のクロマチンアクセシビリティを比較するため、ATAC-seq (Assay for Transposase-Accessible Chromatin with high-throughput sequencing) を実施した。sAT2細胞は、Scgb1a1-CreER TM; R26R fGFP; Sftpc-dsRed IRES-DTRマウスから、GFP+dsRed+細胞として分離した。モチーフ解析により、AT2分化に重要な転写因子を同定した。
転写因子機能解析: ATAC-seqおよびRNA-seqで同定された候補転写因子 (Srebf2、Fosl2、Rbpjl、Cebpa、Etv5) について、SCOを用いたKD実験を行い、DAPT誘導のAT2分化への寄与を評価した。Fosl2 KDがAT2マーカーの発現増加を阻害するか、また他の細胞運命に影響を与えるかを検討した。
ヒト肺組織およびオルガノイド: ヒト気道分泌細胞におけるメカニズムの保存性を検証するため、健康ドナー由来のヒト肺組織からKDR+分泌細胞を分離した。これらの細胞からオルガノイドを作製し、Notch阻害によるAT2細胞生成能力を評価した。フローサイトメトリー解析により、KDR+HTII-280-細胞を分離し、サイトスピンおよびqPCRで細胞組成を確認した。
統計解析: 統計解析はGraphPad Prism v.7.0を用いて実施した。2群間の比較にはStudent’s t-testを、多群間の比較には二元配置分散分析 (ANOVA) を用いた。P値は各図に示されている。動物実験のサンプルサイズは予備実験に基づいて決定され、統計的有意性を正確に判断するのに十分な数とした。