• 著者: Erik C. Cardoso, Hyeyoung Lee, Frances J. England, Hyunjin Cho, Robin Lu, Sagar S. Varankar, Moo Suk Park, Natasha Rekhtman, Bon-Kyoung Koo, Benjamin D. Simons, Jinwook Choi, Joo-Hyeon Lee
  • Corresponding author: Jinwook Choi (Gwangju Institute of Science and Technology); Joo-Hyeon Lee (Memorial Sloan Kettering Cancer Center / University of Cambridge)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-03-11
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 42020743

背景

肺腺癌 (LUAD: lung adenocarcinoma: 肺腺癌) は、世界におけるがん関連死の主要な原因であり、その多くは進行した治療抵抗性の段階で診断される。LUAD の主要な起源細胞は肺胞 II 型 (AT2: alveolar type II: 肺胞II型) 細胞であることが知られている。健康な肺において、AT2 細胞は肺胞の恒常性維持や損傷後の再生を担う幹細胞として機能し、Pdgfrα 陽性の肺胞線維芽細胞や肺胞マクロファージ (AM: alveolar macrophage: 肺胞マクロファージ) などの微小環境構成細胞と密接に相互作用している。近年、単細胞トランスクリプトーム解析技術の進歩により、肺の細胞アトラスが構築され、定常状態および疾患状態における細胞多様性が明らかになりつつある Travaglini et al. Nature 2020 Sun et al. DevCell 2022。また、上皮細胞が損傷を受けた際に、損傷関連一過性前駆細胞 (DATP: damage-associated transient progenitor: 損傷関連一過性前駆細胞) と呼ばれる一過性の再生中間状態を経由して肺胞が再生されることが報告されている Choi et al. CellStemCell 2020。しかしながら、発がん刺激(例えば KRAS 変異の活性化)を受けた初期段階において、変異細胞がどのように周囲の非腫瘍性微小環境(ニッチ)を再プログラムし、腫瘍の発生を許容する「腫瘍許容ニッチ」を構築するのか、その詳細な分子機構や時空間的なダイナミクスは未解明のままであった。特に、変異上皮細胞、間葉系線維芽細胞、および免疫細胞の三者間で交わされる初期の動的な相互作用ネットワークについては、実験モデルの制約もあり、研究が著しく不足している。この初期ニッチ形成のメカニズムにおける知識ギャップを埋めることは、前がん段階における早期介入や治療抵抗性獲得の阻止に向けた新たな治療戦略を確立するために極めて重要である。

目的

本研究の目的は、Kras^G12D 変異を有する AT2 細胞が、腫瘍発生の極めて初期段階において、周囲の肺胞線維芽細胞や免疫細胞をどのように再プログラムし、自己持続的な「腫瘍許容ニッチ」を形成するのかを時系列に沿って解明することである。具体的には、マウス系統追跡モデル、単細胞 RNA シーケンシング (scRNA-seq: single-cell RNA sequencing: 単細胞RNAシーケンシング)、空間プロファイリング、およびヒト肺オルガノイドモデルを統合的に活用し、変異 AT2 細胞が DATP 様再生状態への移行を介して分泌する液性因子と、それを受容する隣接線維芽細胞のシグナル伝達経路を特定する。さらに、再プログラムされた線維芽細胞が AM を含む免疫微小環境を再編成する多細胞回路を同定し、この回路の上流ハブである AREG (amphiregulin: アンフィレグリン)–EGFR 軸が、早期肺がん発生を阻止するための治療標的として有効であるかを検証することを目的とする。

結果

Kras^G12D変異AT2細胞による線維化様線維芽細胞の新規誘導: Kras^G12D 誘導 2 週後の Red2Kras マウス肺から単離した 9,210 個の間葉系細胞の scRNA-seq 解析により、対照群 (Confetti マウス) には存在しない、Fst, Tnc (Tenascin-C: テナシンC), Runx1 (Runt-related transcription factor 1: Runt関連転写因子1), Runx2 (Runt-related transcription factor 2: Runt関連転写因子2), Acta2, Pdgfrβ を高発現する「再プログラム化線維芽細胞 (reprogrammed fibroblasts)」クラスタが同定された (Fig. 1b, c, d)。トラジェクトリ解析により、この細胞群は通常の肺胞線維芽細胞から直接遷移したことが示唆された。ブレオマイシン誘発肺傷害モデルのデータ Wolf et al. GenomeBiol 2018 との統合解析により、この再プログラム化線維芽細胞は傷害時に出現する線維化線維芽細胞と極めて類似した遺伝子シグネチャーを共有していることが判明した。免疫染色では、Pdgfrβ^+Acta2^+Runx1^+ の線維化様線維芽細胞が、RFP^+ の変異 AT2 細胞に直接隣接して分布していることが確認された (Fig. 1e)。この線維芽細胞の活性化は、腫瘍開始期の極めて早い段階(誘導 1 週後)から観察され、2 週後にはほぼ全ての expanding 腫瘍 (n=10-20 clones/mouse) がこの線維化ニッチに囲まれていた。

肺胞マクロファージの段階的再プログラムと免疫抑制微小環境の構築: Red2Kras 肺における免疫細胞の scRNA-seq 解析 Hao et al. Cell 2021 により、AM が定常状態から逸脱し、Msr1 (Macrophage scavenger receptor 1: マクロファージスカベンジャー受容体1) 陽性、Cdh1, Ch25h の発現上昇と MHC-II (H2-Ab1, H2-Eb) の発現低下を特徴とする「再プログラム化 AM」へと変化していることが明らかになった (Fig. 1f, g, h)。FACS 解析により、CD64^+SiglecF^+ AM の有意な増加と MHC-II の発現低下が確認された (Fig. 1i, j, k)。CCR2-Cre^ERT2;ZsGreen マウスを用いた移植実験により、これらの腫瘍随伴マクロファージの大部分は浸潤した単球由来ではなく、組織常在性の AM 由来であることが示された。さらに、この再プログラム化 AM は Cxcl2 および Cxcl16 を高発現しており、これに対応する受容体 Cxcr2 および Cxcr6 を発現する好中球や γδ T 細胞を腫瘍局所にリクルートしていた Pfirschke et al. CellRep 2020。経気管的なクロドロン酸リポソーム投与により AM を除去したところ (n=3 mice)、対照群 (n=4 mice) と比較して腫瘍サイズが有意に縮小し (p<0.05)、好中球や γδ T 細胞の浸潤も著しく抑制された (Fig. 1o, p)。

Tnc–TLR4軸を介した線維芽細胞からマクロファージへの時空間的シグナル伝達: 時系列解析により、誘導 1 週後には Pdgfrβ^+Runx1^+ 線維芽細胞が出現するのに対し、Msr1^+ マクロファージの顕著な増加は 2〜4 週後に観察され、線維芽細胞の再プログラム化がマクロファージの活性化に先行することが示された (Fig. 2a, b, c, d, e)。4 週後には、Pdgfrβ^+ 線維芽細胞と CD68^+ マクロファージが腫瘍境界部で物理的に密接に接合していた (Fig. 2f)。差次的発現解析により、再プログラム化線維芽細胞が細胞外マトリックス (ECM: extracellular matrix: 細胞外マトリックス) 糖タンパク質である Tnc を極めて高発現していることが同定され、その log2FC 値は 2.5x 以上であった。一方で、その受容体である TLR4 は AM に特異的に高発現していた。in vitro において野生型 AM を Tnc (2 µg/ml) で刺激したところ、Msr1 および Ki67 の発現上昇を伴う増殖と再プログラム化が誘導され、この効果は TLR4 阻害剤 TAK-242 (3 µM) の添加によって完全に消失した。さらに、4 週以降の腫瘍辺縁部には Lcn2^+Pdgfrα^+ の「炎症性線維芽細胞」が出現しており (Fig. 2g, h)、これは再プログラム化 AM が分泌する IL-1β 刺激によって誘導されることが共培養実験で実証された。

Areg–EGFR軸を介した変異上皮細胞によるニッチ構築の上流制御: CellChat を用いた上皮–間葉相互作用解析により、Kras^G12D 変異 AT2 細胞が DATP 様再生状態へ移行する過程で、EGFR リガンドである Areg を極めて高発現し、隣接する Pdgfrα^+ 線維芽細胞の EGFR を活性化していることが予測された (Fig. 3a, b)。in vitro において野生型間葉系細胞を Areg (100 ng/ml) で刺激すると、Pdgfrβ および Acta2 の発現が著しく上昇し、線維化表現型が誘導された。一方で、Areg は AM や変異 AT2 細胞自身には直接的な変化を与えなかった。AT2 細胞、線維芽細胞、AM の 3D 三者共培養オルガノイド系において、gefitinib (5 µM) による EGFR 阻害を行うと、変異 AT2 細胞による AM の MHC-II 低下および Msr1 上昇が完全に阻害された (Fig. 3d, e, f, g)。また、Red2Kras マウスに Kras^G12D 阻害剤 MRTX1133(in vitro での IC50 値は約 5 nM)を 10 日間投与したところ (n=3 mice)、Sox9^+ DATP 様状態および CD177^+ 状態の変異細胞が著しく減少し、AT2:AT1 比が正常な約 2:1 へと回復するとともに、Pdgfrβ^+Tnc^+ 線維芽細胞および Msr1^+ マクロファージの拡大が完全に消失した (Fig. 3i-p)。

Aregの遺伝学的欠失による初期ニッチ形成と腫瘍化の抑制: Areg^flox/flox;Sftpc-Cre^ERT2;Red2Kras マウスを用いて、変異 AT2 細胞特異的に Areg を欠失させたところ、誘導 2 週後における RFP^+ 腫瘍領域の面積は、Areg^flox/+ 対照群と比較して有意に縮小した (p<0.01, Fig. 4b, c)。scRNA-seq 解析 (n=8,206 mesenchymal cells, n=7,731 immune cells, n=12,219 RFP^+ cells) により、Areg 欠失肺では Tnc^+Pdgfrβ^+ 線維化線維芽細胞の出現が著しく抑制され (Fig. 4d-g), Msr1^+ マクロファージの集積や好中球のリクルートも減少していることが確認された (Fig. 4h-j)。さらに、Areg 欠失下では変異細胞における Sox9^+/Krt8^+ の DATP 様状態への可塑的な移行が阻害され、分化した Sftpc^+ AT2 細胞の割合が増加していた (Fig. 4k-m)。Pdgfrα-Cre^ERT2;ZsGreen;iDTR マウスを用いて resident 線維芽細胞を特異的に除去した移植モデルでも、腫瘍の成長抑制と Sox9^+ 変異状態の減少、マクロファージ拡大の抑制が再現された。

ヒト早期肺腺癌における多細胞ニッチ回路の保存: ヒトの早期 LUAD (EGFR 野生型、KRAS 変異陽性症例を含む) の公開 scRNA-seq データおよび臨床検体の空間解析により、KRT8^+SOX9^+AREG^high の DATP 様腫瘍細胞と、ACTA2^+RUNX1^+CTHRC1^+ の線維化線維芽細胞 (fibroblasts_6 サブセット) が空間的に極めて隣接して存在していることが確認された (Fig. 5a, b)。さらに、ヒト初代 AT2 細胞から構築した doxycycline 誘導性 KRAS^G12D 発現オルガノイドモデルにおいて、doxycycline 投与により AREG^highSOX9^+KRT8^+ITGA2^+ の DATP 様状態が誘導された (Fig. 5f-h)。このヒト変異オルガノイドをヒト肺初代間葉系細胞と共培養すると、PDGFRβ の発現上昇を伴う線維化 wrapping 表現型が誘導され、この変化は gefitinib (5 µM) の添加によって完全に阻害された (Fig. 5i)。また、EGFR^L858R 変異を導入したマウス AT2 細胞の移植モデルでも、同様の Areg^+ DATP 様状態の形成と、それに伴う Pdgfrβ^+ 線維化線維芽細胞およびマクロファージの集積が確認され、本回路が主要な LUAD サブタイプ間で広く保存されていることが示された。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、従来の進行期 LUAD におけるがん関連線維芽細胞 (CAF: cancer-associated fibroblast) の不均一性を解析した研究 DeZuani et al. NatCommun 2024 とは異なり、腫瘍発生の極めて初期段階(pre-malignant stage)における微小環境のリモデリングに焦点を当てている。特に、創傷治癒プロセスでは炎症性線維芽細胞が線維化線維芽細胞に先行して出現するのに対し、腫瘍開始期においてはその時間的順序が逆転し、まず変異細胞に隣接した線維化線維芽細胞が形成され、その後にマクロファージを介して辺縁部に炎症性線維芽細胞が誘導されるという、腫瘍特異的な時空間的階層性を明らかにした点が、これまでの知見と大きく異なる。

新規性: 本研究は、Kras^G12D 変異 AT2 細胞が再生中間状態である DATP 様状態を co-opt(乗っ取り)し、自ら Areg を分泌することで隣接する線維芽細胞の EGFR を活性化し、さらに Tnc–TLR4 軸を介して常在性 AM を再プログラムするという「変異上皮–線維芽細胞–マクロファージ」の自己持続的な多細胞回路を本研究で初めて新規に同定した。この回路が腫瘍細胞の可塑性(Sox9^+ 状態の維持)を支持し、悪性転換を許容する「腫瘍許容ニッチ」の本態であることを突き止めた。

臨床応用: 本研究の知見は、LUAD の前がん段階における早期介入や予防的治療の臨床応用に直結する。臨床的意義として、KRAS 変異陽性 LUAD に対する直接的な KRAS 阻害薬 Hallin et al. NatMed 2022 に加え、上流の共通ハブである AREG–EGFR 軸を標的とした gefitinib などの既存の TKI (tyrosine kinase inhibitor) や抗 Areg 中和抗体を用いることで、初期ニッチを解体し、腫瘍の開始そのものを阻止できる可能性(niche interception)が示唆された。これは、EGFR 野生型 LUAD に対しても EGFR 経路阻害が有効であるという translational な治療窓を提示している。

残された課題: 今後の検討課題として、この初期の可逆的な線維化ニッチが、腫瘍の進展に伴ってどのように不可逆的で不均一な CAF 集団(例えば p16^+ 老化 CAF など)へと移行していくのか、その境界条件の解明が必要である。また、本研究で構築した doxycycline 誘導性ヒト AT2 オルガノイドシステムを用いて、患者個別の遺伝子背景におけるニッチ構築能の差異を検証することや、吸入投与などによる Areg 阻害剤の局所デリバリー法の開発が、臨床応用における今後の重要な方向性として挙げられる。

方法

本研究では、Sftpc-Cre^ERT2;Red2Kras (multicolour reporter Red2Kras: マルチカラーレポーターRed2Kras) モザイク標識マウスを用いて、タモキシフェン誘導により AT2 細胞特異的に Kras^G12D 変現を活性化させ、系統追跡を行った。使用したマウスの背景は C57BL/6J および C57BL/6Brd-Tyr^c-Brd の混合背景である。誘導 2 週後の肺組織から、蛍光活性化セルソーティング (FACS: fluorescence-activated cell sorting: 蛍光活性化セルソーティング) により間葉系細胞 (CD31^-CD45^-EpCAM^-) および免疫細胞 (CD45^+) を単離し、10x Genomics 社のシステムを用いて scRNA-seq ライブラリを調製した。シーケンシングデータの解析には Seurat および Scanpy Wolf et al. GenomeBiol 2018 を用い、細胞間相互作用の推測には CellChat を使用した。線維芽細胞の系統追跡および除去には Pdgfra-Cre^ERT2;ZsGreen マウスおよびジフテリア毒素受容体 (DTR: diphtheria toxin receptor: ジフテリア毒素受容体) 介在性細胞除去システム(iDTR マウス)を使用した。AM の除去には、リポソーム化クロドロン酸 (clodronate liposomes) の経気管投与を実施した。in vitro での検証として、AT2 細胞、肺胞線維芽細胞、および AM を用いた 3 次元 (3D) 三者共培養 (triculture) オルガノイドシステムを構築した。遺伝学的検証として、AT2 細胞特異的に Areg を欠失させた Areg^flox/flox;Sftpc-Cre^ERT2;Red2Kras マウスを作製した。薬理学的介入として、Kras^G12D 阻害剤である MRTX1133 Hallin et al. NatMed 2022、EGFR 阻害剤である gefitinib、および TLR4 (Toll-like receptor 4: Toll様受容体4) 阻害剤である TAK-242 を使用した。さらに、ヒト初代 AT2 細胞から doxycycline 誘導性 KRAS^G12D 発現ヒト肺胞オルガノイドを構築し、ヒト肺間葉系細胞との共培養系で検証した。レンチウイルスの調製には HEK293T 細胞を用い、リン酸カルシウム法によりトランスフェクションを行った。in vivo での移植実験には免疫不全マウスである NSG (NOD/Scid Il2rg null Tg) マウスを使用した。統計解析には GraphPad Prism を用い、2群間の比較には 2 種類の検定(Student t-test または Mann-Whitney U test)を適用し、多群間比較には one-way ANOVA を用いた。