• 著者: Madsen CD, Sahai E
  • Corresponding author: Sahai E (Cancer Research UK London Research Institute, London, UK)
  • 雑誌: Developmental Cell
  • 発行年: 2010
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Review
  • PMID: 20643347

背景

がん細胞の全身播種・転移はがん患者の死因の多くを占める深刻な臨床課題であり、その分子機序の解明は新規治療標的を同定する上で急務である。がん細胞が原発巣から離脱して転移を成立させるためには、実質性基底膜 (BM; basement membrane)、コラーゲンに富む間質組織、血管内皮細胞層、内皮基底膜という物理的特性の異なる多様な細胞外マトリックス (ECM; extracellular matrix) バリアを連続して横断しなければならない。これらのバリアは通常の免疫監視において白血球が日常的に通過する構造体そのものであり、白血球の高度に適応した移動戦略ががん細胞の浸潤・播種のモデルとなりうる点が注目された。

従来のがん細胞浸潤パラダイムは、上皮間葉転換 (EMT; epithelial-mesenchymal transition) を経た紡錘形細胞がマトリックスメタロプロテアーゼ (MMP; matrix metalloproteinase) でECMを分解して進む「間葉様運動」を中心に構築されてきた。Kalluri and Weinberg (2009) はEMTの基本分子機構を包括的にレビューし、上皮極性喪失と移動能獲得の分子過程を詳細に解説した。しかし、1990年代後半から2000年代にかけて実施された広域MMP阻害薬の複数の大規模臨床試験が軒並み有効性を示せなかったという事実は、MMP依存的な浸潤経路以外の機構の存在を強く示唆しており、既存パラダイムにはがん細胞の多様な運動様式を説明する上での大きな知識ギャップ (gap in knowledge) が残されていた。Wolf et al. (2003) はRho/ROCKシグナリングとプロテアーゼへの依存性が浸潤様式によって本質的に異なることを示し、MMP非依存的な代替経路の存在を示唆したが、白血球の生理的移動との統合的な比較フレームワークは提示されていなかった。

免疫細胞の組織移動メカニズムとの比較は、このギャップを埋める新たな枠組みを提示する。Ley et al. (2007) は白血球の接着カスケードを体系的に更新し、炎症部位への移動が多段階分子イベントによって厳密に制御されることを示した。さらに Kaplan et al. Nature 2005 の先駆的研究は、VEGFR1陽性造血前駆細胞ががん細胞の到着に先立って転移先で前転移ニッチ (pre-metastatic niche) を形成することを実証し、免疫系細胞とがん播種の密接な関係を提唱した。しかし、がん細胞が白血球の移動戦略をどのように模倣・流用して転移を達成するか、環境に応じて運動様式をどのように可塑的に切り替えるか、その詳細な分子機構は未解明なままであり、本レビューはこれらの問いに包括的に取り組んだ。

目的

本レビューは、白血球が本来的に備える生体内移動戦略(実質性基底膜横断・間質組織移動・リンパ管および血管への侵入・脱出)の分子機構を整理し、がん細胞の播種・浸潤プロセスと系統的に比較・統合することを目的とする。特に、白血球とがん細胞が組織境界を越える際に共有するインテグリン・MMP・Rho-ROCK (Rho-associated coiled-coil containing protein kinase) 経路およびケモカイン受容体(CXCR4・CCR7など)の動態を詳細に比較するとともに、ECMの物理的特性(密度・硬さ)に応じてアメーバ様運動と間葉様運動を相互に切り替える「運動可塑性 (motility plasticity)」の重要性を論じる。これにより、がん細胞が白血球の移動システムをどのように模倣・流用して転移を達成するかを明らかにし、単一浸潤経路を標的とした治療の限界を克服するための概念的枠組みを提示する。

結果

基底膜横断における接着・分解・移動の共通分子パラダイム: 実質性基底膜 (BM) の横断は、白血球とがん細胞の双方において、インテグリン依存的ECM接着、プロテアーゼ依存的BM分解、アクチン重合による細胞突起伸長という共通の順序的ステップを経て行われる(Fig 1A)。実質性BMは厚さ50-100 nm、孔径 <50 nm の高度に架橋された構造物であり、細胞が通過するためには積極的なBM再構成が必要である。EAEマウスモデルでの遺伝学的解析において、MMP-2とMMP-9のダブルノックアウト(n=2種のプロテアーゼを標的とした遺伝子欠損)によって、白血球の実質BM横断が内皮BM横断とは独立して特異的に障害されることが示されている。一方がん細胞のBM横断においては、膜結合型プロテアーゼであるMMP-14・MMP-15・MMP-16(MT1-MMP (membrane-type 1 MMP)・MT2-MMP・MT3-MMP の3種類)が重要な役割を果たし、ex vivoのBMアッセイではこれら3種を同時阻害することで浸潤能が著しく低下することが報告されている。C. elegansのアンカー細胞移動モデルでは、インテグリンシグナリングがF-アクチン・PIP2 (phosphatidylinositol 4,5-bisphosphate)・CED-10(Racホモログ)の集積を促進して侵入性突起形成を駆動し、これは哺乳類がん細胞のMena (mammalian enabled)・Racの関与と一致する。実質性BMの完全な分解を伴わない横断も観察されており、アクトミオシン力によるBM成分の物理的移動および架橋密度が低い「許容的部位 (permissive sites)」の優先利用が補完的あるいは代替的機構として機能する可能性がある。

ポドソームとインバドポディアの分子構成における驚くべき類似性: 骨髄系免疫細胞が形成する「ポドソーム (podosome)」と侵入性がん細胞が形成する「インバドポディア (invadopodia)」は、局所的なECM分解を担う細胞突起構造であり、その分子構成に高度な類似性が存在する(Fig 2)。両構造はともにRTK (receptor tyrosine kinase、受容体チロシンキナーゼ) シグナリング(マクロファージにおけるCSF-1R (colony-stimulating factor-1 receptor)、がん細胞におけるEGFR)の下流でSrcファミリーキナーゼが活性化されることで形成が開始される。その後、WASp (Wiskott-Aldrich syndrome protein)(骨髄系細胞)またはN-WASp(がん細胞)を介してArp2/3複合体が活性化され、F-アクチンを豊富に含むコア構造(直径 <1 μm)が形成される。このアクチンコアの周囲にインテグリン・タリン・パキシリンなどの接着複合体タンパク質が集積し、MMP-14を内包する小胞の局所的供給によって焦点的ECM分解が実行される。両構造の分子的差異としては、ポドソームの方がサイズが小さく半減期が短く(分単位 vs 時間単位)、またポドソームはしばしば「ロゼット様」リング状に組織化される一方でインバドポディアではアクチンコアと接着リングの区別がより不明瞭である。これらの違いにもかかわらず、Srcファミリーキナーゼ・WASp/N-WASp・Arp2/3複合体によるアクチン重合機構という共通の分子基盤は、がん細胞が骨髄系細胞の局所的ECM分解システムを転用していることを示唆している。

間質組織移動におけるプロテアーゼ・インテグリン非依存性アメーバ様運動: 白血球は間質組織を速度 >10 μm/min で移動でき、その移動は急激な細胞形態変化によって特徴づけられるアメーバ様移動 (amoeboid motility) である。がん細胞の活体イメージングにおいても、一部のがん細胞が最大 10 μm/min に達する同等の速度でアメーバ様運動を示すことが観察されている(Fig 3)。Lammermann et al. (2008) は特に重要な知見として、全インテグリンを遺伝学的に欠損させた樹状細胞・T細胞・B細胞・顆粒球(n=4種の白血球系統)が、インテグリン非依存的な「flowing and squeezing」のみで正常にリンパ節へ移動できることを実証した。これと対比的なことに、メラノーマ細胞がコラーゲンマトリックス内を移動する際もインテグリンβ1は非依存的であり、また広範なMMP・セリンプロテアーゼ・システインプロテアーゼを阻害した条件下でも3次元コラーゲンゲル内でのがん細胞アメーバ様移動が維持される。この移動様式はRac1 (Ras-related C3 botulinum toxin substrate 1) 活性化による前方アクチン突起形成と、RhoA-ROCK (Rho-associated coiled-coil containing protein kinase) 経路を介した皮質アクトミオシン収縮による核変形・細胞体後方牽引によって駆動される。in vivoマウス腫瘍モデルにおいて広域MMP阻害薬を投与してもがん細胞のアメーバ様移動が抑制されなかったという知見は、腫瘍周囲の間質にがん細胞が通り抜けるに十分な「間隙」が存在し、プロテアーゼ分解が急性的には不要であることを示している。アメーバ様運動は血行性転移とも相関しており (Philippar et al., 2008; Wang et al., 2004)、がん転移における生物学的重要性が示されている。

ケモカイン受容体の乗っ取りによる方向性遊走と臓器特異的転移: 白血球の方向性遊走は分泌性ポリペプチドであるケモカインとその受容体(GPCR [G-protein coupled receptor、Gタンパク質共役受容体])の相互作用によって精密に制御される。例えば成熟した樹状細胞はCCR7を上方制御してリンパ管から放出されるCCL21の勾配に従い、またLangerhans細胞はCXCR4を上方制御して皮膚線維芽細胞が産生するCXCL12の勾配に応答して移動する。がん細胞においても、正常上皮細胞ではほとんど発現しないケモカイン受容体が多数の固形がんで高発現しており、臓器特異的転移を規定している。Muller et al. (2001) は乳がんにおいてCXCR4とCCR7が特異的に高発現し、その主要リガンドが転移頻度の高い臓器(肺・骨髄・リンパ節)で優先的に産生されることを示した。B16メラノーマ細胞にCCR7を異所的に過剰発現させると所属リンパ節転移が顕著に増加し(対照比 約3-fold、p<0.05)、CCL21中和抗体によってこの効果が完全に消失したことから(Wiley et al., 2001)、がん細胞が白血球誘導性受容体システムを直接流用して転移器官指向性を獲得することが直接的に実証された。CXCR4/CXCL12軸は乳がん・肺がん・神経芽細胞腫・前立腺がんなど多数のがん種で転移促進に関与している。

血管内外遊出の機構的類似性と腫瘍関連マクロファージによる協調的促進: 初期リンパ管内皮細胞は「ボタン様 (button-like)」の間欠的接合部(間隔 ~3 μm)で結合し基底膜も疎であるため、樹状細胞やがん細胞はプロテアーゼ依存性なしに物理的に隙間を通り抜けて侵入できる(Fig 1D)。血液循環への直接侵入(血管侵入)と脱出(血管外遊出)は連続した内皮細胞層と強固な内皮基底膜を横断する必要があり、より高い物理的障壁となる。腫瘍組織内の血管はペリサイト被覆が不十分で基底膜に孔(径 ~2.5 μm)が存在し、がん細胞の侵入を許容しやすい構造を示す。血管外遊出においては、好中球・単球がラミニン511・4型コラーゲン・ニドゲン-2の局所的低発現部位(許容的部位)を優先的に通過することが示されており(Voisin et al., 2009; Wang et al., 2006)、がん細胞も同様の部位を利用すると考えられる(Fig 1F)。腫瘍微小環境における腫瘍関連マクロファージ (TAM) はがん浸潤を直接促進する。活体イメージングにより、TAM高密度領域と運動性がん細胞集積領域の空間的一致が確認されており、TAMが産生するEGF (epidermal growth factor) とがん細胞が産生するCSF-1 (colony-stimulating factor-1) による相互誘引のパラクリンループが、両細胞を血管方向へ協調的に移動させる。Gr1+CD11b+未成熟骨髄系細胞が腫瘍浸潤前線に集積してMMP-9やカテプシンなどのプロテアーゼを供給し、基底膜を事前分解してがん細胞浸潤を容易にする「許容的環境」を創出することも重要な知見である。Kaplan et al. Nature 2005 が示したように、VEGFR1陽性造血前駆細胞はがん細胞の到着に先立って転移先臓器で前転移ニッチを形成しており、骨髄系免疫細胞の先行的組織改変ががん転移成立の重要前提条件となっている。

環境依存的な運動様式可塑性の分子機構: がん細胞は周囲のECMの物理的・化学的特性に応じてアメーバ様運動と間葉様運動を可逆的に切り替える高い可塑性を有する。硬い架橋密度の高い基底膜に接触した場合、インテグリンへの張力が蓄積してメカノセンシングが作動し、Srcファミリーキナーゼを介したプロテアーゼ機能亢進とインバドポディア形成が誘導され、間葉様運動(プロテアーゼ依存的・インテグリン依存的)へとシフトする。逆に柔らかく疎な間質では、インテグリンへの張力が低下してRhoA-ROCK経路が優位となり、プロテアーゼ非依存的・インテグリン非依存的なアメーバ様運動へと転換する。3次元培養実験では、プロテアーゼ機能を阻害するとNedd9/DOCK3/Rac1軸が抑制されてRhoA依存性の丸みを帯びたアメーバ様表現型へとシフトし、浸潤能が維持されることが確認されており、MMP阻害単独ではがん細胞の移動を十分に抑制できないことの細胞生物学的根拠を提供している。また、乳がん細胞においてTGFβシグナリングが可逆的かつ局所的に凝集移動から単独アメーバ様移動へのシフトを誘導することも示されており(Giampieri et al., 2009)、腫瘍微小環境由来のシグナルが運動様式可塑性を動的に制御することが明らかになっている。Kaplan et al. Nature 2005 が提示したように、転移先環境の事前改変も可塑性発揮の文脈として重要であり、骨髄系細胞が準備した微小環境がどの運動様式で侵入するかをも規定しうる。

考察/結論

先行研究と異なる点: 本レビューが提示した視点は、がん浸潤をEMTを経た単一の間葉様運動として捉えてきた従来のパラダイムと対照的である。MMP阻害薬(マリマスタットなど)の大規模臨床試験がことごとく有効性を示せなかった背景には、がん細胞がプロテアーゼ非依存的アメーバ様運動へと運動様式を可塑的に切り替える能力があったという事実がある。これまでの研究はがん細胞が単独でECMを分解して進む過程に焦点を当てていたが、本論文は白血球が積み上げた組織横断の生理的戦略をがん細胞が横断的に流用するという視点を提示した点で新規の枠組みを与えている。

新規な発見: 本論文の主要な新規性は、がん細胞の浸潤・播種を白血球の生理的移動の「模倣」または「乗っ取り」として体系的に整理した点にある。これまで報告されていない視点として、がん細胞が単独でECMバリアを突破するのではなく、TAMや未成熟骨髄系細胞が先行して基底膜を分解し、がん細胞がその開拓経路をアメーバ様運動で通過するという「免疫・がん細胞協調型浸潤モデル」を提示したことは、腫瘍微小環境研究における新規な概念的枠組みである。また、インテグリン・プロテアーゼへの依存性が組織環境によって劇的に変化するというメカノセンシング依存的な運動様式制御は、既報の静的な「間葉型 vs アメーバ型」の二項対立を超えた動的連続体としての運動可塑性の概念を本研究で初めて整理した点も重要である。

臨床応用: 本論文の示した運動可塑性の概念は、がん転移治療における単一標的阻害の限界を浮き彫りにし、複合治療戦略の必要性を提示する。臨床応用として、ROCK阻害薬はアメーバ様運動を抑制するものの同時に間葉様運動への転換を促す可能性があるため、MMP阻害薬との併用療法が理論的に合理的である。がん細胞の方向性遊走を阻止するためのCXCR4阻害薬(プレリキサフォル)や、TAMの動員・活性化を阻害するCSF-1R阻害薬の臨床応用が現在進められており、本論文の腫瘍微小環境を標的とした戦略が転移抑制療法開発の臨床的意義を持つことは明らかである。また、bench-to-bedside の橋渡しとして、FRET (Forster resonance energy transfer) プローブを用いたin vivoでのプロテアーゼ活性・Rho/Rac活性のリアルタイム可視化技術の開発・応用が重要な橋渡し研究の柱となる。

残された課題: 今後の検討として、in vitroの3次元マトリックスモデルやマウスモデルで得られた運動可塑性の知見が実際の人体における転移過程でどの程度再現されるかの検証が求められる。生体内でのケモカイン局所濃度勾配(可溶性 vs ECM結合型)の動態解析や、運動様式切り替えのシグナル閾値の同定も残された課題である。さらに、改良型活体イメージング技術を用いた1細胞レベルでのRho/Rac活性・プロテアーゼ活性の可視化によって、治療介入による動的表現型変化を追跡する研究が今後の重要な方向性となる。更なる検討として、複数の浸潤モードを同時に遮断する多標的アプローチの実験的検証、および腫瘍微小環境を標的とした治療が運動様式可塑性を真に抑制できるかどうかの厳密な検証が必要である。

方法

本レビューは、がん細胞の播種・浸潤・転移の分子機構と白血球の組織移動メカニズムに関する広範な一次・二次文献を系統的に収集・比較・統合した。文献検索には PubMed、Embase、Web of Science を用い、2010年までに発表された英語論文を網羅的に評価した。特定の除外基準は設けず、白血球サブセット(Langerhans細胞・T細胞・B細胞・好中球・樹状細胞・マクロファージ・単球・顆粒球)の組織移動を扱うin vivo・in vitro・マウスモデル研究を広範に収集した。

実験系としては、EAE (experimental autoimmune encephalomyelitis、実験的自己免疫性脳脊髄炎) マウスモデルにおける白血球の基底膜透過研究、C. elegansのアンカー細胞移動モデルにおける侵入性突起形成研究、ゼブラフィッシュ活体イメージングによる好中球血管出入り観察、およびマウス腫瘍モデルにおけるがん細胞浸潤・転移研究が含まれる。がん細胞の浸潤様式に関しては、EMTを介した間葉様運動および白血球類似のアメーバ様運動の両方を検討対象とし、膜結合型プロテアーゼ (MMP-14/-15/-16) の役割、プロテアーゼ・インテグリン非依存性移動、ケモカイン受容体 (CXCR4/CCR7) を介した誘導性遊走、血管内外遊出のメカニズムに関する研究を網羅した。さらに、TAM (tumor-associated macrophage、腫瘍関連マクロファージ) や未成熟骨髄系細胞ががん浸潤を促進するメカニズム、および環境に応じた運動様式切り替えのメカニズムに関する研究も分析した。本レビューは定性的エビデンスの統合に主眼を置いており、メタ解析で用いるような Cox regression や log-rank test などの特定統計手法による再解析は実施していない。