- 著者: Rosandra N. Kaplan, Rebecca D. Riba, Stergios Zacharoulis, Anna H. Bramley, Loïc Vincent, Carla Costa, Daniel D. MacDonald, David K. Jin, Koji Shido, Scott A. Kerns, Zhenping Zhu, Daniel Hicklin, Yan Wu, Jeffrey L. Port, Nasser Altorki, Elisa R. Port, Davide Ruggero, Sergey V. Shmelkov, Kristian K. Jensen, Shahin Rafii, David Lyden
- Corresponding author: David Lyden (Weill Cornell Medical College, New York, USA)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2005
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 16341007
背景
がん転移は、原発腫瘍から分離した細胞が遠隔臓器に移動し、そこで定着・増殖する複雑な多段階プロセスである。この転移プロセスにおいて、特定の腫瘍が特定の臓器に優先的に転移する「臓器選好性 (organotropism)」を示す現象は、1889年にStephen Pagetが提唱した「種と土壌」仮説以来、長年の未解決問題であった。この仮説は、転移先臓器が転移細胞にとって適した「土壌」として機能することを提唱したが、その「土壌」がどのようにして事前に準備されるのか、その分子・細胞メカニズムは未解明のままであった。近年、骨髄由来細胞 (BMDC) が腫瘍の悪性形質転換、血管新生、および腫瘍細胞の遊走に寄与することが示されている (Coussens et al. Cell 2000, Lyden et al. Nature Med. 2001)。しかし、これらのBMDCが腫瘍細胞の到達に先立って遠隔部位を事前にプライミングし、転移を促進する具体的な機構については、依然として知識ギャップが残されていた。
VEGFR1 (vascular endothelial growth factor receptor 1、別名Flt1) は、造血幹細胞および前駆細胞 (HPC) の重要なマーカーであり、腫瘍血管新生に関与する特定のBMDC集団にも発現することが知られている。本研究グループは以前の研究で、VEGFR1陽性BMDCが腫瘍血管新生に寄与することを示していたが (Lyden et al. Nature Med. 2001)、その転移プロセスにおける正確な役割は未解明であった。特に、腫瘍由来の可溶性因子 (例: VEGF、PlGF) が、これらのHPCを骨髄から特定の転移標的臓器へと動員するメカニズムを解明することは、転移制御のための新しい治療戦略の開発に繋がると考えられた。この背景から、腫瘍細胞が到達する前に、遠隔臓器で前転移ニッチが形成されるという概念が提唱され、その形成におけるVEGFR1陽性HPCの役割を詳細に調査する必要性が認識されていた。本研究は、この前転移ニッチ形成の分子・細胞メカニズムを解明し、転移の臓器選好性の基盤を明らかにすることを目的とした。特に、腫瘍由来因子がVEGFR1陽性HPCの動員パターンを規定し、転移先の臓器選好性を決定するという概念は、これまでの研究では十分に探求されておらず、この領域における重要な不足を補うものである。Hiratsuka et al. CancerCell 2002はVEGFR1を介したMMP9誘導が肺特異的転移に関与することを示唆していたが、VEGFR1陽性HPCが前転移ニッチ形成を主導する具体的なメカニズムは依然として不明であった。
目的
本研究の目的は、腫瘍細胞の到達に先立ってVEGFR1陽性造血前駆細胞 (HPC) が転移標的臓器に動員され、VLA-4 (integrin α4β1)/フィブロネクチン依存的な「前転移ニッチ」を形成するという仮説を、複数の腫瘍モデルを用いて検証することである。具体的には、以下の点を明らかにすることを目指した。第一に、VEGFR1陽性HPCが腫瘍細胞の到達前に遠隔臓器に集積し、クラスターを形成する動態を時空間的に解析する。第二に、これらのHPCクラスターの細胞学的・分子学的特性を同定し、その機能的役割を評価する。第三に、VEGFR1の機能を阻害すること、またはVEGFR1陽性細胞を骨髄から除去することが、HPCクラスター形成を阻害し、最終的に転移形成を完全に防止できることを実証する。第四に、VLA-4/フィブロネクチン軸、MMP9、およびId3 (inhibitor of differentiation 3) といった分子が前転移ニッチ形成において果たす役割を解明する。最後に、異なる腫瘍種由来の液性因子が、VEGFR1陽性HPCの臓器特異的な動員パターンを規定し、転移の臓器選好性を決定するという新しいパラダイムを確立することを目指す。これらの知見を通じて、「転移は転移細胞の到達より前から始まっている」という概念を確立し、転移予防のための新たな治療標的を特定することを目的とした。
結果
腫瘍細胞到達前のVEGFR1陽性HPCクラスター形成: 骨髄移植マウスにLLC細胞を皮内接種後、腫瘍細胞が肺に到達する前のday 14の時点で、すでにβ-gal陽性またはGFP陽性BMDCが肺に集積し始め、クラスターを形成していることが確認された。これらのクラスターは、将来の転移部位となる終末細気管支や遠位肺胞付近に検出された (Fig. 1a, b)。具体的には、LLC接種マウスの肺において、3.2% ± 1.2 (p < 0.05) のBMDCがクラスターを形成しており、照射のみのマウスの0.01% ± 0.01と比較して有意に高かった。day 16には、確立されたβ-gal陽性細胞クラスターが将来の転移病変の輪郭を形成し、day 18にはDsRed標識腫瘍細胞が既存のBMDCクラスターと共局在しているのが観察された。day 23には、これらの部位で微小転移が進行していた。フローサイトメトリー解析により、day 12からGFP陽性BMDCが肺に遊走し始め、day 18にはDsRed標識腫瘍細胞が加わることが示された。腫瘍細胞はday 16以前には検出されず、day 18の時点で97% ± 1.1の腫瘍細胞がGFP陽性BMDCクラスターと共局在しており、腫瘍細胞が既存のニッチに誘導される形で定着することが示唆された。この実験にはn=30 miceが用いられた。
BMDCクラスターの腫瘍種特異的分布: BMDCクラスターの分布は腫瘍種によって異なった。LLC細胞の皮内接種では、BMDCクラスター形成は肺 (47.5 ± 2.6クラスター/×100視野) と肝臓 (10.8 ± 1.1クラスター/×100視野) に限定された。一方、B16黒色腫細胞の接種では、肺 (103.8 ± 6.9)、肝臓 (41.8 ± 2.4)、精巣 (36.6 ± 3.1)、脾臓 (25 ± 3.2)、腎臓 (20.6 ± 1.8) など、B16黒色腫の一般的な転移部位である複数の臓器でBMDCクラスターが形成された (Fig. 1e)。B16黒色腫はLLCよりも有意に多くのクラスターを誘導した (p < 0.01)。これは、腫瘍由来因子がBMDCの臓器特異的な動員パターンを規定し、転移の臓器選好性を決定することを示唆する。この解析にはn=12 miceが使用された。
VEGFR1陽性HPCの表現型同定と自然発症腫瘍モデルでの確認: クラスターを形成するBMDCはVEGFR1陽性であり (3.9% ± 0.2/×100視野、p < 0.05)、CD133、CD34、CD117 (c-Kit) を共発現する造血幹/前駆細胞マーカー陽性のHPCであることが確認された (Fig. 2b, c)。これらの細胞はVEGFR2やCD31を発現していなかった。c-MycトランスジェニックB細胞リンパ腫の自然発症モデルでは、リンパ腫発症前のday 40に、野生型littermate (0.4 ± 0.3) と比較して有意に多いVEGFR1陽性クラスター (145.1 ± 16.4クラスター/×100視野、p < 0.001) がリンパ節に形成された (Fig. 2d)。day 120の確立リンパ腫でもクラスターは持続しており (67.8 ± 9.5)、リンパ腫細胞はVEGFR1を発現していなかった。さらに、ヒトの悪性腫瘍患者の組織でも、転移前のリンパ節 (21 ± 5クラスター/×100視野)、肺 (19 ± 4)、胃食道接合部 (25 ± 4) など、一般的な転移部位でVEGFR1陽性クラスターが観察され、これらのクラスターがc-Kit陽性であることも確認された (Fig. 3)。このヒト組織解析にはn=15 patientsの検体が用いられた。
VEGFR1陽性BMDCの機能的役割と転移の完全防止: 精製したVEGFR1陽性骨髄細胞を照射マウスに移植すると、LLC腫瘍細胞接種後day 24には、野生型骨髄移植マウスと同様に多数の微小転移が肺に形成された (25 ± 9微小転移/×100視野) (Fig. 4a)。一方、VEGFR1陽性細胞を除去した骨髄を移植したマウス (n=4 mice) では、前転移クラスター形成が完全に阻害され、転移も認められなかった (p < 0.01)。LLCまたはB16腫瘍細胞を接種したマウスに抗VEGFR1抗体 (MF-1) を投与すると、HPCクラスター形成が消失し、LLCおよびB16の転移が完全に阻止された (p < 0.01) (Fig. 4b)。抗VEGFR2抗体はクラスター形成を阻止しなかったが、微小転移の進展を制限した (15 ± 11微小転移/×100視野)。Id3欠損マウスでは、循環VEGFR1陽性CD11b陽性細胞が野生型 (3,283 cells/μl) と比較して有意に低下し (654 cells/μl、p < 0.01)、転移も抑制された。Id3欠損マウスに野生型GFP陽性VEGFR1陽性細胞を養子移入すると、day 21でクラスターと微小転移が再形成され (Fig. 5d)、VEGFR1陽性HPCが前転移ニッチ形成に必須であることが確認された。この実験にはn=6 miceが使用された。
VLA-4/フィブロネクチン軸とMMP9、Id3によるニッチ形成機構: LLC接種後day 3から標的肺組織でフィブロネクチンの発現上昇が始まり (p < 0.05)、day 14で最大に達した (Fig. 5e, f)。B16誘発でも同様にフィブロネクチン上昇が確認された。VEGFR1陽性HPCはVLA-4を発現しており (Fig. 5a)、VLA-4阻害またはMMP9欠損マウスでは転移が有意に減少した。前転移クラスターではMMP9およびId3の発現も確認された (Fig. 5b, c)。トランスウェルアッセイでは、VEGFR1陽性細胞がLCM (LLC馴化培地) に対して55% ± 0.4、MCM (B16黒色腫馴化培地) に対して68.1% ± 5の遊走活性を示し、コントロール培地 (10.8% ± 1.7) と比較して有意に高かった (p < 0.001)。これは、腫瘍由来因子がVEGFR1陽性HPCの遊走を促進することを示唆する。また、前転移クラスターではSDF-1が高発現しており、B16黒色腫およびLLC腫瘍細胞がCXCR4を発現することから、SDF-1/CXCR4軸が腫瘍細胞のクラスターへの誘引に関与する可能性が示された。この遊走アッセイはin vitroでn=3 replicatesで実施された。
腫瘍種特異的転移パターンのリダイレクション: ELISAによる液性因子解析では、MCMはLCMよりも有意に高いPlGF (p < 0.05) を含み、LCMは低転移性LLC馴化培地 (L-LCM) よりも高いVEGFおよびPlGFを示した (p < 0.01) (Fig. 6c)。MCMをLLC担癌マウスに投与すると、LLCの転移先がメラノーマの通常転移臓器 (脾臓、腎臓、腸管、卵管) へリダイレクトされた (Fig. 6e)。MCM前処置群では、腫瘍細胞の尾静脈投与24時間後に肺の腫瘍細胞数が141.3 ± 10.2 cells/断面 (対照2.7 ± 0.6、p < 0.01)、4日後に207 ± 5.6クラスター (対照14 ± 1.7、p < 0.01) と増加し、BMDCクラスターの存在が腫瘍細胞の定着を強力に促進することが示された。これらの結果は、腫瘍由来液性因子がHPCの臓器特異的動員を決定することで、転移先の臓器選好性が規定されることを直接的に証明した。この実験にはn=6 miceが使用された。
考察/結論
本研究は、「転移臓器の前転移ニッチ形成は、VEGFR1陽性骨髄由来造血前駆細胞 (HPC) によって腫瘍細胞到達前に開始される」という全く新しい転移パラダイムを確立した。これまでの転移研究が転移細胞自身の特性に焦点を当てていたのに対し、本研究は「転移先臓器が事前にプログラムされる」ことを実証した点で新規性が高い。特に、腫瘍由来因子がBMDCの特定臓器への動員パターンを規定するという概念は、異なる腫瘍が異なる臓器に転移する臓器選好性のメカニズムに対する初めての直接的な説明となった。
先行研究との違い: 本研究は、Pagetの「種と土壌」仮説を分子・細胞レベルで初めて実証した点で、これまでの転移研究と大きく異なる。従来の転移研究では、転移細胞の遺伝的特性や微小環境との相互作用が主に注目されてきたが、本研究は腫瘍細胞が到達する前に、遠隔臓器で特定の細胞集団が転移に適した環境を構築するという、より早期のイベントに焦点を当てた。Hiratsuka et al. CancerCell 2002はVEGFR1を介したMMP9誘導が肺特異的転移に関与することを示唆していたが、本研究はVEGFR1陽性HPCが前転移ニッチ形成を主導し、その機能阻害が転移を完全に防止できることを明確に示した点で対照的である。
新規性: 本研究で初めて、VEGFR1陽性HPCが前転移ニッチ形成に必須であり、その阻害が転移を完全に抑制できることを実証した。MCM (B16黒色腫馴化培地) による転移パターンのリダイレクション実験 (LLCの転移先をB16パターンに変換) は、腫瘍由来の液性因子が転移先を決定するという概念の最も強力な証拠であり、これまで報告されていない新規の知見である。また、Id3 (inhibitor of differentiation 3) 欠損マウスへのVEGFR1陽性細胞の養子移入による転移回復実験は、このHPC集団が前転移ニッチ形成に必要十分であることを実証した点で新規性が高い。
臨床応用: 本知見は、転移予防戦略の概念的根拠として臨床応用への大きな可能性を秘める。抗VEGFR1抗体 (MF-1) による転移完全防止という結果は、転移前に予防的に介入するという新しいアプローチを提示している。抗VEGFR2抗体が腫瘍血管新生を標的にするのとは異なり、抗VEGFR1抗体は前転移ニッチ形成を阻害することで転移を抑制する。また、VLA-4/フィブロネクチン軸、MMP9、およびSDF-1/CXCR4系が前転移ニッチの形成と腫瘍細胞誘引に関わることは、複数の分子標的を用いた転移予防戦略の設計根拠を提供し、臨床的意義は大きい。ヒト組織におけるVEGFR1陽性クラスターの同定は、VEGFR1およびVLA-4を標的とした転移の早期診断および予防の可能性を示唆する。
残された課題: 今後の検討課題として、ヒト臨床での前転移ニッチの存在確認とモニタリング法の開発が挙げられる。また、他の腫瘍種における本メカニズムの普遍性の検証、およびVEGFR1陽性HPC以外のBMDC集団の寄与の解明も重要である。本研究はEV (extracellular vesicle) 自体は直接解析していないが、後続研究によって腫瘍由来EVがPlGFやVEGFと同様に前転移ニッチ形成のシグナリングを担い、VEGFR1陽性BMDCのプライミングおよびフィブロネクチン誘導を行うことが示されており (Hoshino et al. Nature 2015など)、本研究が確立したVEGFR1陽性HPC/フィブロネクチン/VLA-4の軸はEV介在型前転移ニッチ研究の出発点となった。これらの知見を基盤として、より詳細な分子メカニズムの解明と、臨床的介入への橋渡しが今後の研究の方向性となる。
方法
本研究では、マウス腫瘍モデルとして、ルイス肺がん (LLC) 細胞 (肺および肝臓に転移) およびB16黒色腫細胞 (より広範な臓器に転移) を用いた皮内接種モデル、ならびにc-Mycトランスジェニックリンパ腫の自然発症モデルを使用した。骨髄由来細胞 (BMDC) の動態を追跡するため、β-ガラクトシダーゼ (β-gal) 陽性またはGFP陽性骨髄細胞を用いた骨髄移植実験を実施した。具体的には、C57Bl/6マウスに致死量照射 (950 rads) 後、Rosa26マウス由来の1 x 10^6 β-gal陽性骨髄細胞またはEGFPトランスジェニックマウス由来の1 x 10^6 GFP陽性骨髄細胞を移植した。DsRed標識腫瘍細胞との共局在解析により、腫瘍細胞とBMDCクラスターの相互作用を評価した。
免疫蛍光および免疫組織化学染色を用いて、VEGFR1 (クローンMF-1またはFlt1クローンC-17)、CD133、CD34、CD117 (c-Kit)、VLA-4 (integrin α4β1)、MMP9、Id3などのマーカーの経時的発現と局在を評価した。クラスターの定量は、×100視野当たりのクラスター数として行った。フローサイトメトリーにより、循環BMDCおよび標的臓器におけるBMDCの動態と表現型を解析した。具体的には、右肺全体を灌流後、単一細胞懸濁液を調製し、フローサイトメトリー解析を行った。
VEGFR1の機能阻害実験では、LLCまたはB16腫瘍細胞を接種したマウスに対し、抗VEGFR1抗体 (MF-1、IgG1、400 μgを48時間毎に静注) および/または抗VEGFR2抗体 (DC101、IgG1、800 μg) をday 7からday 22まで投与し、day 24に転移形成を評価した。VLA-4阻害実験では、抗インテグリンα4抗体を用いた。MMP9欠損マウスおよびId3欠損マウスを用いて、これらの分子の役割を検討した。Id3欠損マウスへの野生型GFP陽性VEGFR1陽性細胞の養子移入実験も行った。
フィブロネクチン発現の解析は、定量的RT-PCRにより行い、Gapdhで正規化した。腫瘍由来液性因子の解析のため、B16黒色腫馴化培地 (MCM) およびLLC馴化培地 (LCM) を調製し、VEGFおよびPlGF濃度をELISAで測定した。これらの馴化培地をマウスに投与し、フィブロネクチン発現およびBMDCクラスター形成への影響、ならびに転移パターンのリダイレクション効果を評価した。トランスウェル遊走アッセイを用いて、VEGFR1陽性細胞の馴化培地に対する遊走能を評価した。また、腫瘍細胞の尾静脈投与実験により、前転移ニッチの存在が腫瘍細胞の定着と増殖に与える影響を検討した。ヒト組織検体も、乳がん、肺がん、胃食道がん患者から取得し、VEGFR1陽性クラスターの存在を組織学的に評価した。統計解析にはStudentのt検定および一元配置分散分析 (ANOVA) を用い、p値が0.05未満を有意とした。