• 著者: Ryo Tanaka, Shosei Yoshinouchi, Kento Karouji, Yuki Tanaka, Tsukasa Tominari, Michiko Hirata, Chiho Matsumoto, Yoshifumi Itoh, Chisato Miyaura, Masaki Inada
  • Corresponding author: Masaki Inada (Cooperative Major of Advanced Health Science, Tokyo University of Agriculture and Technology, 2-24-16 Nakacho, Koganei, Tokyo 184-8588, Japan; m-inada@cc.tuat.ac.jp)
  • 雑誌: FEBS Open Bio
  • 発行年: 2023
  • Epub日: 2022-09-12
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 36102619

背景

肺がんは世界の癌関連死の主要原因であり、日本における5年生存率は男性で30%未満、女性で50%未満に留まる (Matsuda et al. 2011)。組織学的には小細胞肺がん (SCLC、約15%) と非小細胞肺がん (NSCLC、約85%) に分類され、NSCLCはさらに腺がん (約40%)、扁平上皮がん (約30%)、大細胞がん (約15%) に細分される (Bender et al. 2014)。喫煙、大気汚染、放射線曝露、遺伝的素因 (家族歴) が主要なリスク因子として知られている (Kanwal et al. 2017)。肺がんの病態解明や新規治療薬開発には、その病理学的特徴を忠実に再現する適切な前臨床モデルが不可欠である。

既存のマウス肺がんモデルは、自然発症モデル (A/Jマウス)、化学物質誘発モデル (4-(methylnitrosamino)-1-(3-pyridyl)-1-butanone; NNK、N-bis (2-hydroxypropyl) nitrosamine; DHPN、ウレタン投与)、および細胞注射モデルに大別される。化学物質誘発モデルはがん形成までに16週以上を要し、長期的な観察が必要となる (Yokohira et al. 2009)。細胞注射モデルには皮下注射 (SC)、静脈内注射 (IV)、肺実質直接注射 (intrapulmonary; IPM)、気管内注射 (intratracheal; IT) がある。SCモデルは組織微小環境が原発臓器と異なるため、薬効評価の妥当性に限界がある (Janker et al. 2018)。IVモデルは主に転移研究に用いられ、原発性肺がんの増殖評価には不適切である (Weiss et al. 2015)。IPMとITモデルは、肺実質や気管への直接注射を伴うため外科的侵襲が大きく、注射時の細胞播種による肺外へのがん形成リスクが高いという課題があった (McLemore et al. 1987)。さらに、これらのモデルでは注射後10〜14日で高率に死亡するため、長期的な薬効評価や複数回投与スケジュールの検討が困難であった (Madero-Visbal et al. 2012)。

近年、免疫チェックポイント阻害剤 (PD-1/PD-L1抗体) や分子標的薬などの新規抗がん剤が開発されており、これらの前臨床評価には、原発性肺がんの病態をより忠実に再現し、かつ低侵襲で長期観察が可能なモデルが強く求められている。しかし、既存のモデルではこれらの要件を満たすものが不足しており、特に免疫正常マウスを用いたモデルでの免疫療法評価基盤の確立が未解明な課題として残されている。

目的

本研究の目的は、インフルエンザウイルスやライノウイルスの感染モデルに用いられる経鼻注射 (intranasal; IN) 技術を応用し、低侵襲かつ再現性の高い新規原発性肺がんモデルを確立することである。具体的には、まずINモデルを既存の肺実質直接注射 (IPM) および気管内注射 (IT) モデルと比較し、その病理学的特徴と生存率における優位性を評価する。次に、INモデルにおいて注射する細胞数と腫瘍増殖、およびマウスの生存期間との間の用量反応関係を詳細に解析する。最後に、確立したINモデルが抗がん薬 (シスプラチン) の薬効評価基盤として有用であることを、免疫正常マウス (C57BL/6J) と免疫不全ヌードマウス (BALB/c-nu) の両環境下で実証し、特に投与頻度の違いが薬効に与える影響を検討することで、新規抗がん剤スクリーニングにおける本モデルの適用可能性を示すことを目指す。

結果

3モデルの比較 (IPM vs. IT vs. IN): LLC細胞1×10⁶個をIPM、IT、INの3経路で注射した比較実験 (n=5 mice/群) では、IPMとITモデルは左肺全体と胸腔に広範な腫瘍形成を認め、がん面積比がINモデルと比較して有意に大きかった (p<0.001)。IPMモデルではがん細胞が直接左肺実質に注射されたことで、腫瘍が左肺全体および胸腔内に広範に広がった。ITモデルでは気管から腫瘍細胞が播種され、左右両肺への広汎な腫瘍散布が観察された。生存率に関しては、IPMとITモデルでは注射後10〜14日以内に高率に死亡したが、INモデルでは観察期間中に死亡例は認められなかった (全生存)。体重については、3モデル間で有意な差は確認されなかった。INモデルで形成された腫瘍は気管支および肺胞周辺に限局しており、胸腔外への播種が少なく、H&E染色およびギムザ染色により、ヒト肺がんの病理組織像 (白血球浸潤、胞巣形成) に類似することが確認された (Fig. 1B, C, E-H)。

注射細胞数依存性 (INモデル): INモデルにおけるLLC細胞の用量依存性を評価するため、1×10⁵、1×10⁶、1×10⁷個/マウスの細胞数を注射した (n=5〜12 mice/群)。1×10⁵個投与群では、観察期間中に体重変化や死亡は認められなかったが、組織学的には腫瘍形成が確認された。1×10⁶個投与群ではday 21から体重低下が始まり、Kaplan-Meier曲線では50日生存率が50%であった。1×10⁷個投与群ではday 14から体重低下が顕著になり、day 21には致死率が80%に上昇した。H&E染色では、左右両肺の肺門部に腫瘍形成が確認され、注射細胞数に依存して腫瘍増殖面積が拡大することが示された。ギムザ染色では、腫瘍周囲への白血球浸潤 (リンパ球、マクロファージ) が確認され、これはヒト肺腺がんの初期病変における免疫浸潤像と類似する組織学的パターンであった (Lavin et al. Cell 2017、Stankovic et al. 2019) (Fig. 2A-D)。

シスプラチン薬効評価 (LLC免疫正常モデル): LLC細胞1×10⁷個をIN注射 (day 0) したC57BL/6Jマウスに、シスプラチン5 mg/kgを静脈内投与 (day 1および8、計2回) した (n=12 mice/群)。H&E染色による組織学的評価では、対照群 (vehicle) でday 21にLLC腫瘍面積の進行性増大が認められたが、シスプラチン処理群では腫瘍面積が有意に減少した (p<0.001)。肺重量においても有意な低下 (p<0.001) が確認された。Kaplan-Meier生存解析 (n=10 mice/群) では、シスプラチン群は対照群に対して有意な生存期間延長を示した (log-rank p<0.001)。対照群の中央致死日数は40日であったのに対し、シスプラチン群では50日であった。体重への有意な影響 (毒性指標) は認められず、50日間の観察期間中も体重は維持された (Fig. 3A-G)。

シスプラチン薬効評価 (NCI-H460免疫不全モデル): NCI-H460細胞5×10⁶個をIN注射 (day 0) したBALB/c-nuヌードマウスを用いて、シスプラチン投与頻度の影響を比較した (n=10 mice/群)。Case 1 (2回投与: day 1および8) では、シスプラチン処理群の肺重量および肺がん面積は対照群と有意差を認めなかった。月2回の投与では十分な抗腫瘍効果を示せなかったことが示唆された。Case 2 (4回投与: day 1、8、15、22) では、気管支周辺の腫瘍増殖が有意に抑制され (p<0.001)、day 28での肺重量および腫瘍面積比が対照群に比して著明に低下した (p<0.001)。H&E染色により、4回投与群での気管支周辺腫瘍の著明な減少が確認された。この結果は、投与頻度の差 (月2回 vs. 月4回) が薬効判定を決定する上で臨床的に重要な知見であり、INモデルがこのような投与スケジュール比較を可能にするプラットフォームとして機能することを実証した (Fig. 4A-H)。

NCI-H460ヒト肺がん細胞のINモデルへの適応性: NCI-H460はヒト大細胞肺がん細胞株であり、免疫不全BALB/c-nuマウス (ヌードマウス) を用いたヒト-マウスキメラモデルを構築した。このモデルは、ヒト肺がん細胞株の薬効評価に直接応用できる点で、LLC/C57BL/6Jシンジェニックモデルを補完する。注射細胞数5×10⁶個で再現性のある腫瘍形成が確認され、3〜4週間の観察期間内での薬効評価が可能であった。Case 1とCase 2の比較は、前臨床試験における投与スケジュール最適化の重要性を示す好例であり、INモデルが単一エンドポイント評価を超えたスケジュール探索設計に適することを実証した。

考察/結論

INモデルの技術的優位性: 本研究で開発した経鼻注射 (IN) 法は、既存の肺実質直接注射 (IPM) や気管内注射 (IT) モデルと比較して、皮膚切開や気管露出などの外科的操作を必要とせず、軽度吸入麻酔 (イソフルラン3%) のみで実施可能である。この低侵襲性は、手技の簡便性と再現性の向上に寄与する。IPM・ITモデルで問題となっていた注射時の播種による肺外がん形成リスクが低く、初期致死率が低いという利点がある。これにより、day 21以降の長期観察が可能となり、複数回投与スケジュールの薬効評価 (Case 1からCase 2の比較) という、より複雑で臨床的に関連性の高い実験デザインが可能となった。これは、従来のモデルでは困難であった質的に高い薬効評価を可能にする点で、これまでのモデルと異なる大きな進歩である。

腫瘍形成経路の生物学的妥当性: INモデルでのがん細胞は、インフルエンザウイルスがMcGee et al. (2019) の報告で示したように「鼻腔→気管支→肺胞」という経路を経て肺胞に到達し、そこで原発性腫瘍を形成すると考えられる。肺胞は肺がんの初発部位として知られており (Desai et al. 2014)、このモデルは原発性肺がんの病態発生学的経路を忠実に再現している点で新規性が高い。腫瘍が気管支・肺胞周辺に局在し、白血球浸潤を伴う組織像はヒト肺腺がんの初期病変と類似しており、病理学的妥当性も高い。

免疫チェックポイント阻害剤評価への応用可能性: INモデルは免疫正常マウス (C57BL/6J) を使用するLLCシンジェニックモデルを含むため、PD-1・PD-L1抗体などの免疫チェックポイント阻害剤の薬効評価に適している。Li et al. (2017) がIPM注射モデルを用いてPD-1/PD-L1抗体の腫瘍微小環境への影響を報告しているが、INモデルはより侵襲度が低く長期評価が可能であるため、これらの免疫療法評価基盤として有望である。本研究で初めて、投与頻度の違いが薬効に影響を与えることを示し、これは臨床応用を考慮した前臨床試験デザインの重要性を示唆する。

残された課題と今後の方向性: 本研究では腫瘍進行のモニタリングにH&E染色による終点評価のみを使用しており、longitudinalな画像評価 (CT、MRI、生物発光イメージング) は行っていない点がlimitationである。Liu et al. (2012) が胸腔内注射モデルでのspiral CT評価を報告しているように、GFPやルシフェラーゼ発現細胞株を使用した非侵襲的イメージングとの組み合わせにより、腫瘍増殖の時系列追跡が可能となる。今後の検討課題として、INモデルを遺伝子欠損マウスに応用し、特定の遺伝子が肺がん病態に果たす役割を解明することが挙げられる。また、アフィニチブ (Li et al. Oncogene 2008)、イリノテカン、パクリタキセルなどの新規抗がん剤、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害剤の評価への展開も重要な方向性である。

方法

動物: C57BL/6JおよびBALB/c-nuマウス (5〜8週齢、雄) をCharles River Japanより入手した。全動物実験はHAMLI Co., LTD. (HAMLI Co., LTD.; Ibaraki, Japan) の「Guidelines for Care and Use of Laboratory Animals」に準拠し、承認番号No.17-112の下で実施された。マウスは24 ± 3°C、湿度50 ± 20%、12時間明暗サイクル下で飼育され、水と固形飼料を自由に摂取させた。

細胞株: ルイス肺がん (LLC) マウス肺がん細胞株は日本バイオリソース研究所から、ヒト大細胞肺がん (NCI-H460) 細胞株はATCCから入手した。これらの細胞はRPMI-1640培地 (10% FBS、100 U/mLペニシリン、100 µg/mLストレプトマイシン含有) を用いて37°C、5% CO2条件下で培養した。

注射モデルの比較設計: LLC細胞1×10⁶個を、IPM、IT、INの3経路でマウスに注射した (n=5 mice/群)。

  • IPM: メデトミジン/ミダゾラム/ブトルファノール混合麻酔下で左胸部の皮膚を切開し、肋間からLLC細胞1×10⁶個を直接左肺実質に注射した。
  • IT: 同様の混合麻酔下で頸部を切開し、気管からLLC細胞1×10⁶個を注射した。
  • IN: 3%イソフルラン吸入麻酔下で、LLC細胞またはNCI-H460細胞の100 µL PBS懸濁液を経鼻点滴した。 各モデルで体重と生存率を継時的に測定し、day 14に屠殺して肺を採取し、組織病理学的評価を行った。

用量依存性試験 (INモデル): LLC細胞を1×10⁵、1×10⁶、1×10⁷個/マウスの用量でC57BL/6Jマウスに経鼻注射した (n=5〜12 mice/群)。注射後、体重と生存率を継時的に測定し、day 21に屠殺して肺を採取し、組織病理学的評価を行った。

シスプラチン薬効評価:

  • LLCモデル: LLC細胞1×10⁷個をIN注射 (day 0) 後、シスプラチン5 mg/kgを静脈内投与 (day 1および8、計2回) した (n=12 mice/群)。day 21に屠殺し肺を採取。生存曲線はn=10 mice/群で解析した。
  • NCI-H460ヌードマウスモデル: NCI-H460細胞5×10⁶個をIN注射 (day 0) 後、シスプラチンを静脈内投与した。Case 1では2回投与 (day 1および8)、Case 2では4回投与 (day 1、8、15、22) とし、day 28に屠殺した (n=10 mice/群)。

組織病理学: 採取した肺は10%中性緩衝ホルマリンで固定後、パラフィン包埋し、5 µm厚の切片を作成した。切片はヘマトキシリン・エオジン (H&E) 染色またはメイグリュンワルド・ギムザ染色を施した。WinROOF2015ソフトウェアを用いて肺がん面積比 (%) = 肺がん面積/肺面積×100を算出した。

統計解析: データは平均値±標準偏差 (mean ± SD) で示した。2群間の比較にはDunnett検定またはKaplan-Meier生存曲線のログランク検定 (log-rank test) を使用した。統計解析にはBellCurve for Excelを用いた。