• 著者: Yonit Lavin, Soma Kobayashi, Andrew Leader, El-ad David Amir, Naama Elefant, Camille Bigenwald, Romain Remark, Robert Sweeney, Christian D. Becker, Jacob H. Levine, Klaus Meinhof, Andrew Chow, Seunghee Kim-Shulze, Andrea Wolf, Chiara Medaglia, Hanjie Li, Julie A. Rytlewski, Ryan O. Emerson, Alexander Solovyov, Benjamin D. Greenbaum, Catherine Sanders, Marissa Vignali, Mary Beth Beasley, Raja Flores, Sacha Gnjatic, Dana Pe’er, Adeeb Rahman, Ido Amit, Miriam Merad
  • Corresponding author: Miriam Merad (Icahn School of Medicine at Mount Sinai, New York, NY, USA)
  • 雑誌: Cell
  • 発行年: 2017
  • Epub日: 2017-05-04
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 28475900

背景

肺癌は世界におけるがん死亡原因の第一位であり、低線量CTスクリーニングの普及に伴って、極めて早期であるステージIの肺腺癌(LUAD: lung adenocarcinoma)の診断数が増加している。ステージIAおよびIBの5年生存率はそれぞれ83%および71%に達するものの、ステージIIでは50%へと急激に低下し、術後補助化学療法の追加による生存率の上乗せ効果はわずか数パーセントと極めて限定的であることが報告されている(Pignon et al. JClinOncol 2008)。近年、切除可能な早期非小細胞肺癌(NSCLC)に対するネオアジュバント免疫チェックポイント阻害療法の有効性が示されつつあるが、早期腫瘍における免疫微小環境の動態については系統的な理解が不足していた。

これまでの腫瘍免疫プロファイル研究の多くは進行癌を対象としており、腫瘍内免疫細胞を同一患者の「マッチ対照」である非病変肺組織(nLung)や末梢血(PBMC)と比較する「paired」解析はほとんど行われていなかった。組織常在性免疫細胞は臓器特異的な局所シグナルに強く規定されるため、非病変肺という適切な対照なしには、「腫瘍駆動性」の変化と「肺組織のimprinting(刷り込み)由来」の表現型を区別することは困難である。特に、腫瘍浸潤骨髄細胞(TIM: tumor-infiltrating myeloid cells)を含む自然免疫細胞は、抗原提示やT細胞分化サイトカインの産生を通じて獲得免疫応答を強力に制御する重要な役割を担う。しかし、ヒト早期肺癌におけるTIMの多様性や機能状態、およびNK(natural killer)細胞の動態については、詳細な解析が未開拓な領域として残されており、依然として大きな知識ギャップ(knowledge gap)が存在していた。例えば、樹状細胞(DC: dendritic cell)サブセットであるCD141+ DC(マウスのCD103+ DCに相当)は、CD8+ T細胞への抗原クロスプレゼンテーションに優れることが知られているが、早期肺癌局所におけるその動態や機能不全の有無は未解明であった。このような早期肺癌における自然免疫微小環境の包括的理解の不足が、早期症例に対する効果的な免疫療法戦略の設計を妨げる大きな課題であった。本研究は、この手薄で未解明な領域に焦点を当て、早期肺腺癌における自然免疫および獲得免疫のランドスケープを単細胞レベルで詳細に解明することを目的とした。先行研究である Herbst et al. Nature 2014Qian et al. Nature 2011 では、進行癌における骨髄系細胞の重要性が示唆されていたものの、極めて早期の段階における詳細な動態は不明であった。

目的

本研究の目的は、治療歴のないヒト早期肺腺癌(主にステージI)患者を対象に、外科切除された腫瘍組織、隣接する非病変肺組織(nLung)、および末梢血(PBMC)の3つのコンパートメントから免疫細胞を同時に回収し、単細胞レベルで並行解析(paired single-cell analysis)することである。これにより、肺組織特異的な背景シグナルを排除し、腫瘍特異的に駆動される自然免疫(骨髄系細胞およびNK細胞)および獲得免疫(T細胞、B細胞)の再編成プロセスを詳細に同定することを目指した。

具体的には、質量分析フローサイトメトリー(CyTOF: cytometry by time-of-flight)による高次元表現型解析と、シングルセルRNAシーケンス(scRNA-seq: single-cell RNA sequencing)の一手法であるMARS-seq(massively parallel single-cell RNA-sequencing)による転写産物プロファイリング、さらにマルチプレックス免疫組織化学であるMICSSS(multiplexed immunohistochemical consecutive staining on a single slide)による空間配置解析を統合したマルチスケール免疫プロファイリング戦略を構築する。このアプローチにより、早期肺腺癌におけるT細胞疲弊の早期確立、NK細胞の機能障害、および腫瘍浸潤骨髄細胞(TIM)の機能的再編成を包括的に解析し、これらがTNMステージに依存せずステージIの極めて早期から確立していることを実証する。さらに、臨床転帰と関連する新規の骨髄系免疫シグネチャーを同定し、早期肺癌に対するネオアジュバント免疫療法の新規治療標的やバイオマーカーを提示することを目的とした。

結果

腫瘍内におけるT細胞の早期疲弊: ステージIの肺腺癌腫瘍(n=28)において、非病変肺(nLung)および末梢血と比較して、CD4+ T細胞におけるTreg(FOXP3+CD4+)の頻度が有意に増加していた(p<0.001)。腫瘍浸潤Tregは、nLungのTregと比較してFoxp3、CTLA-4、PD-1、CD39、ICOS、CD38、41BBの発現が著明に上昇していた(Fig 2E)。一方で、細胞傷害活性を有するCD8+ T細胞の頻度は腫瘍内で有意に減少しており、刺激後のグランザイムBおよびIFN-γの産生能もnLungのCD8+ T細胞と比較して有意に低下していた(p<0.01)。TCR-seq解析(n=16)により、腫瘍浸潤CD8+PD-1+ T細胞サブセットの頻度は、腫瘍局所におけるTCRクロナリティーの増加と有意に正の相関を示した(Spearman r=0.65、p<0.01)(Fig 2G)。このクローン増幅は、MICSSS解析で同定された三次リンパ構造(TLS)が豊富な腫瘍病変において顕著であった(Fig 2F)。

NK細胞の著明な減少と機能障害: 腫瘍内におけるNK細胞(CD56dim CD16+)の頻度は、nLungと比較して著明に減少していた(p<0.001)(Fig 3A)。腫瘍に浸潤しているわずかなNK細胞は、成熟・活性化マーカーであるCD57やグランザイムBの発現が低下しており、in vitro刺激に対するIFN-γ産生能も有意に障害されていた(p<0.05)(Fig 3C, 3E)。さらに、腫瘍細胞におけるMHC Class Iの発現率が低下している(50%未満)症例では、MHC Class Iが維持されている症例と比較して、腫瘍内のCD16+ NK細胞の浸潤頻度が高い傾向が認められ(p<0.05)(Fig 3G)、NK細胞による免疫編集(immuno-editing)の存在が示唆された。

CD141+樹状細胞の枯渇とDC2の増加: CD8+ T細胞への抗原クロスプレゼンテーションを担うCD141+ DC(DC1)の頻度は、腫瘍内においてnLungと比較して著明に減少していた(p<0.001)(Fig 6C)。この枯渇はステージIの極めて早期からほぼ全ての症例で一貫して観察された。一方で、CD1c+樹状細胞(DC2)の頻度は相対的に増加していたが、共刺激分子CD86の発現は低下していた。転写産物レベルでは、CD1c+ DCはCCL17やCCL22を高発現していた(Fig 6B)。この解析には、ソートされた n=1473 cells のシングルセルデータが用いられた。

PPARγ高発現マクロファージの集積: scRNA-seqにより、腫瘍特異的なマクロファージクラスター(Cluster 7)が同定された(Fig 4A)。この腫瘍浸潤マクロファージ(TAM)は、nLungの肺胞マクロファージと比較して、免疫抑制性転写因子であるPPARγ(peroxisome proliferator-activated receptor gamma)の発現が約2.5倍(2.5-fold increase)高く、CD64、CD14、CD11cを高発現し、CD86やCD206の発現が低下していた(Fig 5D)。また、TREM2、APOE、MARCO、CD81などの遺伝子群を特徴的に高発現していた(Fig 5B)。さらに、腫瘍内ではCD14+CD16+中間単球が有意に減少しており、この減少はCD16+ NK細胞の減少と強く相関していた(Spearman r=0.58、p<0.01)(Fig S3B)。

TNMステージに依存しない免疫抑制の確立: 驚くべきことに、これらの免疫抑制的な変化(Treg増加、CD8+ T細胞機能低下、CD141+ DC枯渇、PPARγ高発現TAM集団の富化)は、ステージIの段階で既に完全に確立しており、ステージII/IIIの症例と比較してもその細胞頻度や表現型に有意な差は認められなかった(Fig 6F, S6F)。TCGAデータベース(n=515)を用いた検証において、本研究で同定された「腫瘍マクロファージ(TAM)/肺マクロファージ」の遺伝子発現比率(Concordance Index)が高い患者群は、低い患者群と比較して全体生存期間(OS)が有意に短縮していることが判明した(p=0.015、Log-rank検定)(Fig S5G)。

考察/結論

本研究は、ヒト早期肺腺癌患者の腫瘍、隣接非病変肺(nLung)、および末梢血を同一患者から同時に回収し、単細胞レベルで並行解析した初の包括的な免疫アトラスである。ステージIの極めて早期段階において、すでに強固な腫瘍駆動型の免疫抑制微小環境が確立していることを明示した。

先行研究との違い: 従来の腫瘍免疫研究の多くは進行癌を対象としており、かつ非病変組織との比較を欠いていたため、組織常在性シグナルによる影響を排除できていなかった。本研究は、nLungという適切な対照を用いた「paired single-cell analysis」を実施した点で、これまでの研究と決定的に異なる。例えば、従来M2マクロファージの代表的マーカーとされてきたCD206が、実際にはnLungの正常な肺胞マクロファージに極めて高発現しており、腫瘍浸潤マクロファージ(TAM)ではむしろ発現が低下していることを突き止めた。これは、適切な対照組織との比較なしには「腫瘍特異的変化」を誤認するリスクがあることを示す重要な知見である。また、CD141+ DCの枯渇は、黒色腫における既報(Herbst et al. Nature 2014)とも一致し、早期肺癌においても抗腫瘍T細胞免疫のプライミング不全を引き起こす共通の機序であることが示唆された。

新規性: 本研究で初めて、ステージIの極めて早期の肺腺癌において、PPARγ高発現TAMの集積とCD141+ DCの枯渇が同時に発生していることを新規に実証した。特に、脂質代謝や組織修復プログラムを駆動する転写因子PPARγが高発現したTAMが、免疫抑制性サイトカイン(IL-6)やチェックポイント分子(PD-L1)を強力に発現し、腫瘍浸潤T細胞の排除や機能抑制に直接関与していることを明らかにした。また、このTAMシグネチャーが肺腺癌患者の予後不良と有意に相関すること(p=0.015)をTCGA解析により見出した。

臨床応用: 本知見は、早期非小細胞肺癌に対するネオアジュバント免疫療法の臨床応用に直結する。臨床的意義として、単なるT細胞チェックポイント阻害剤(抗PD-1/PD-L1抗体など)の単剤投与では、抗原提示細胞(CD141+ DC)の枯渇やTAMによる強力な免疫抑制を克服できない可能性がある。したがって、Flt3LやPoly-ICを用いたCD141+ DCの増殖・活性化療法、あるいはCSF1R阻害剤やPPARγアンタゴニストを用いたTAMの再プログラミング療法と、T細胞標的治療との併用戦略(translational co-targeting)が、早期症例の術前設定において極めて有望な治療選択肢となる。

残された課題: 今後の検討課題として、第一にPPARγ高発現TAMの発生起源(組織常在性肺胞マクロファージ由来か、末梢血単球由来か)を明らかにするためのlineage tracingが必要である。第二に、腫瘍局所におけるCD141+ DC枯渇の具体的な分子機序(Flt3Lの低下か、腫瘍による能動的な排除か)の解明が求められる。第三に、マウスモデルを用いたPPARγ阻害とチェックポイント阻害の併用療法の治療効果の検証、および大規模な前向き臨床コホートにおける予後予測バイオマーカーとしてのTAMシグネチャーの検証が、本研究における主要な limitation に対する今後の研究方向性として残されている。

方法

患者コホートと検体回収: 本研究では、マウントサイナイ病院にて外科的切除を施行された治療歴のない肺腺癌患者32例(うち28例がペア解析可能)から、腫瘍組織、隣接非病変肺組織(nLung)、および末梢血を同時に採取した。

CD45抗体バーコード標識法とCyTOF解析: 技術的偏差を最小限に抑えるため、各組織から単離したCD45+免疫細胞に対し、異なる金属同位体で標識した抗CD45抗体を用いて個別にバーコード標識を施した。その後、腫瘍、nLung、PBMCの細胞を単一チューブにプールし、30種類以上の抗体パネルを用いて同時に染色し、CyTOF2(Fluidigm社)にて測定した。データ解析にはviSNEおよびPhenographアルゴリズムを用い、高次元データを2次元上に可視化して細胞クラスター(メタクラスター)を同定した。

scRNA-seq(MARS-seq)解析: ステージIAの肺腺癌患者(n=1)の腫瘍およびnLungからソートした非リンパ球系免疫細胞(計1,473細胞)を対象に、MARS-seq法を実施した。期待値最大会(EM)アルゴリズムを用いてバッチ効果を補正し、単球、マクロファージ、樹状細胞(DC)のサブクラスターを同定した。

TCR-seq解析: 腫瘍浸潤リンパ球(TIL: tumor-infiltrating lymphocyte)のクローン多様性を評価するため、Adaptive Biotechnologies社のimmunoSEQプラットフォームを用いて、T細胞受容体(TCR)のCDR3β領域のディープシーケンシングを実施した(n=16)。TCRクロナリティーは「1 - Pielou’s evenness」として算出した。

空間配置解析(MICSSS): FFPE(formalin-fixed paraffin-embedded)切片を用い、同一スライド上で最大10種類のマーカー(CD3、CD8、CD20、CD68、DC-LAMP (dendritic cell lysosome-associated membrane glycoprotein)、PD-L1、MHC Class I等)を連続的に染色・剥離するMICSSS法を実施した。Haloソフトウェアを用いて、三次リンパ構造(TLS: tertiary lymphoid structure)の密度や免疫細胞の局在を定量化した。

機能アッセイ: ソートしたNK(natural killer)細胞およびT細胞をin vitroでPMA/IonomycinおよびBrefeldin A存在下で4時間刺激し、グランザイムB、IFN-γ、IL-6、IL-8、IL-1βなどのサイトカイン産生能をCyTOFにて定量評価した(n=10)。

統計解析と外部データベース検証: 組織間の細胞頻度やマーカー発現の比較には、GraphPad Prismを用いた Student t-test や Spearman correlation を適用した。TCRクロナリティーと細胞頻度の相関には Spearman correlation を用いた。また、TCGA(The Cancer Genome Atlas)の肺腺癌データセット(n=515)を用いて、同定されたマクロファージ遺伝子シグネチャーと患者の全体生存期間(OS)との関連をログランク(log-rank)検定にて評価した。なお、本研究のバイオインフォマティクス解析における遺伝子発現差解析には R パッケージの limma(Ritchie et al. NucleicAcidsRes 2015)を使用した。