• 著者: Joe L. Rowles III, Gary J. Patti
  • Corresponding author: Gary J. Patti (Department of Chemistry, Washington University in St. Louis, gjpattij@wustl.edu)
  • 雑誌: Nature Reviews Cancer
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-02-20
  • Article種別: Review
  • PMID: 41720944

背景

メタボロームとは、生体システム内に存在する全ての低分子(一般に1.5 kDa未満)の総体を指し、酵素によって産生される内因性代謝物と、食事、環境汚染物質、ライフスタイル因子に由来する外因性代謝物の両者を含む。メタボロミクスは、核磁気共鳴(NMR)または質量分析(MS)を用いてこれらの低分子を網羅的にプロファイリングする技術体系である。しかし、代謝物の物理化学的多様性のため、単一の手法で全ての代謝物を測定することは不可能であり、研究目的に応じた戦略の最適化が不可欠であると認識されている。リピドミクスはメタボロミクスのサブ分野であり、特に脂質代謝物のプロファイリングに特化したものとして位置付けられる。

がん代謝研究の起源は、1920年代にOtto Warburgが発見した「Warburg効果」に遡る。Warburgは、酸素が十分に存在する条件下でも、腫瘍が消費したグルコースの大半をミトコンドリア酸化ではなく乳酸発酵に転換することを示した。Warburgは、組織スライス技術と改良型Barcroftマノメーター(Warburg装置)を使用し、Hagedorn-Jensen法(フェリシアン化カリウム還元とヨードメトリー滴定)を用いて、腫瘍を通過する前後の血中グルコース濃度を比較した。Warburgの時代に測定可能であった代謝指標は、グルコース消費、酸素消費、乳酸排泄の3つのみであった。これに対し、現代のメタボロミクスは1,000を超える代謝物を同時に測定することが可能であり、Warburgの時代から100年で代謝計測能力は数百倍にスケールアップした。

近年、がん代謝の変化はがん細胞内にとどまらず、線維芽細胞、脂肪細胞、マクロファージ、アストロサイトなどの間質細胞と共存する腫瘍微小環境(TME; tumour microenvironment)、さらには肝臓、腸、脳、眼などの遠隔臓器を含む腫瘍大環境(tumour macroenvironment)にも及ぶことが明らかになった。しかし、これら3つのスケールを横断する代謝相互作用の全体像は依然として未解明な部分が多く、特に各スケールにおける代謝物の動態や相互作用を体系的に解析するための標準化されたワークフローは未確立であった。本レビューは、これらの知識ギャップを埋めることを目的とし、3つのスケールを横断するメタボロミクスワークフローを体系化し、その実践的な側面と技術的限界、および今後の革新の方向性を示す。特に、腫瘍大環境における代謝変化が、食事や運動といったライフスタイル要因によって影響を受ける可能性があり、患者ケア改善の新たな機会となることが示唆されるが、この領域はまだ手薄であり、詳細な研究データが不足している。先行研究として、がん細胞単体の代謝特性を論じた Finley et al. Cell 2023 や、TMEにおける代謝競合を示した Chang et al. (2015)、さらに臓器間代謝を定量した Jang et al. (2019) などが挙げられるが、これらを統合する体系的アプローチは不足していた。

目的

本レビューの目的は、がん代謝研究を「がん細胞(スケール1)」「腫瘍微小環境(TME、スケール2)」「腫瘍大環境(マクロ環境、スケール3)」の3つのスケールに分類し、それぞれのスケールに最適化されたLC/MS(液体クロマトグラフィー/質量分析)ベースのメタボロミクスワークフローを、実験設計、データ処理、データ解釈の観点から体系的に提示することである。具体的には、以下の核心的問いに対する実験的回答指針を示すことを目指す。(1) どのような栄養素ががん細胞に取り込まれ、その増殖を支えるのか。(2) 間質細胞とがん細胞間でどのような代謝クロストークが発生するのか。(3) 腫瘍の存在が全身代謝にどのような影響を与えるのか。(4) メタボロミクスが診断バイオマーカーや治療標的の発見にどのように貢献できるのか。これらの問いに対する包括的なアプローチを提供することで、がん生物学の理解を深め、新たな診断法や治療法の開発に貢献することを目指す。

結果

LC/MSワークフローとがん細胞の代謝計測: LC/MSメタボロミクスは、サンプル調製、クロマトグラフィー、質量分析、データ処理の4つの共通ステップで構成される (Fig. 1)。NMRがヒト血漿から約100代謝物を測定できるのに対し、LC/MSは1,000以上の代謝物を検出可能であり、MSはNMRより100倍以上の感度を持つ。2025年7月時点で、Metabolomics WorkbenchとMetaboLights Repositoryに登録された「cancer」関連研究はn=1,032件に達し、OrbitrapおよびQTOFを含む高分解能機器由来のLC/MSデータが全体の60%を占めていた。典型的なOrbitrap/QTOFデータセットには数千のユニークなシグナルが含まれるが、汚染物、アーティファクト、デジェネラシーを除外すると、生物学的に関連するユニークな代謝物は全シグナルの5%未満にすぎず、データフィルタリングの自動化が現在の律速段階である。Warburg効果を超えた発見の代表例として、グリオーマのIDH1 R132H変異細胞でR-2-ヒドロキシグルタル酸(R-2HG)が蓄積するオンコメタボライトが細胞内プロファイリングで発見され、これが変異型IDH阻害剤の開発につながった。R-2HG合成を支える代謝適応として、ペントースリン酸経路(PPP; pentose phosphate pathway)フラックスは野生型に対し約40%増加(野生型比約1.4-fold)することが同位体トレーサーで実証されている(n=1代表研究)。培地メタボロミクスにより、多くのがん細胞がグリシン、乳酸、ウリジン、リゾホスホリピドを能動的に消費することが明らかになり、in vivoを再現するため従来のDMEMからhuman plasma-like medium / Plasmaxへの移行が進んでいる。

Untargeted vs targeted処理と信頼度フレームワーク: メタボロミクスデータ処理は、untargeted(XCMS / MZmine / MS-DIAL等で全シグナルをバイアスなく解析)とtargeted(既知化合物のm/zリストを抽出)に大別される。歴史的にはトリプル四重極(QqQ; triple quadrupole)がtargeted、Orbitrap/QTOFが高分解能untargetedという対応であったが、近年はQqQで「targeted metabolomics at the untargeted scale」(数百代謝物を高速取得)が可能になり、高分解能機器でもtargeted処理が可能なため境界は曖昧化している。MS/MS同定の信頼度は5レベルで規格化されている。シグナルの生物学的関連性を判定するフィルタリング手順としては、(a)ブランクコントロールによる汚染物除去、(b)機械学習に基づくアーティファクト除去、(c)同位体/電荷状態/付加体/オリゴマー/インソースフラグメントによるデジェネラシーアノテーション、(d)MS/MSによる既知vs未知判定が標準化されている。培地プロファイリングで考慮すべきピットフォールとして、①37℃培養時の培地蒸発による代謝物濃縮(細胞なし新鮮培地を同期間インキュベートしたコントロールが必須)、②培養期間が短すぎると代謝物変化が検出閾値を下回り、長すぎると栄養枯渇による代謝再プログラミングを誘発、③アシルカルニチン等の中間代謝産物では細胞内濃度変化のみでは脂肪酸酸化の障害vs亢進を識別できず、細胞外プロファイリングと同位体トレーサー([U-13C]パルミチン酸のTCAサイクル取り込み等)との組み合わせが必須、が挙げられる。

TMEの代謝クロストーク解明戦略: バルクLC/MSでは異なる細胞種由来のシグナルを分離できないため、TME研究には2つの戦略が用いられる。第一はconditioned-media analysisであり、間質細胞を単離培養し、その培養上清をがん細胞に与えて消費される代謝物を同定する4データセットワークフローである (Fig. 2)。膵星細胞がアラニンを分泌し、隣接する膵臓腺癌(PDAC; pancreatic ductal adenocarcinoma)細胞がそれを取り込んで増殖を促進することは、本手法で発見された代表例である。ただし、直接接触が必要な交換は捕捉できず、双方向性/動的クロストークの再現には限界がある。第二はMS imaging(空間メタボロミクス)であり、MALDIまたはDESI源を高分解能MSに結合し、凍結組織切片をクリオミクロトームで薄切し、脱離ビームをラスタ走査してピクセルごとの質量スペクトルを取得し、m/z強度を組織画像に再マッピングする (Fig. 3a)。MYC過剰発現乳がん領域でのパントテン酸蓄積と、肺腺がんでのグリコーゲンの腫瘍選択的蓄積が代表的発見である。現状のMS imagingには4つの課題がある。①LC/MSと比べ1桁少ない代謝物数しか観察できず、普遍的なカバー率の手法は存在しない。②5-10 μmの空間分解能が達成可能でも、5×5×5 μmのボクセルには複数細胞の一部が混在するため、シングルセル確定は困難である。③市販システムは全ピクセルでフラグメンテーションをトリガーしないため、多代謝物の高信頼度同定が困難である。④異なる化学組成の組織間(例:腫瘍vs正常)で代謝物信号強度の定量比較が困難である。革新の方向性として、トリプル四重極イメージング(各ピクセルでMS/MS取得→同定信頼度向上)、同位体トレーサーイメージング(信号強度でなく標識パターンからフラックス推定、Fig. 3b)、ラマン分光法(生細胞で総脂質・核酸・糖類定量+脂質不飽和度評価)が並行開発中である。

マクロ環境と全身代謝の双方向性ダイナミクス: 固形腫瘍は「擬似臓器」として遠隔臓器と代謝的に相互作用し、その最も顕著な臨床表現ががん悪液質(進行がんの最大80%に発症する不随意性体重減少)である。一方で、肥満、糖尿病、加齢も全身代謝を大きく変化させ、いずれもがん発生率と死亡率の増大と関連するため、関係性は双方向性と理解される。技術的には、マクロ環境は他の2スケールよりも研究実行性が高い。(a)がんのない臓器(動物モデルでがんvs健常マウスの同臓器を比較可能)が適切なコントロールになりやすい。(b)血漿/血清の入手と確立されたプロトコールにより人体研究も容易である。(c)代謝物は循環を介して遠隔輸送されるため、近接細胞間クロストークよりも追跡しやすい。代表的発見として、①腫瘍-肝アラニンサイクル:メラノーママウスで腫瘍から肝臓へのアラニン輸送→肝臓糖新生→グルコース還流が13C/15Nトレーサーと非代謝性アラニンアナログの蓄積実験で実証された(n=1代表研究)。②フルクトース高負荷食→肝臓リゾホスファチジルコリン分泌→遠隔腫瘍取り込み→増殖促進がin vitro→in vivo系統実験で確認された。③PDAC診断数年前の血漿分岐鎖アミノ酸上昇が早期マーカーとして同定され、全身タンパク質異化亢進がPDAC発症前段階から起動していることが示唆された(n=1代表研究)。動脈血vs静脈血の代謝物差は、臓器単位の消費/産生を定量する古典的手法として有効である。

大規模コホートメタボロミクスと機械学習バッチ補正: 従来のメタボロミクスソフトウェアは、数百ファイルを超えるとuntargeted処理でクラッシュし、またイオンカウントは同一サンプルでも月単位でドリフトするという2つの課題があった。これを解決するプールサンプル戦略 (Fig. 4) は、①全コホート試料の少量混合から作成したプールサンプルを15研究試料につき1回程度の頻度で分析し、②プールサンプルから数千シグナルを抽出し、汚染物/アーティファクト/デジェネラシーフィルタリングで全体の数%のみ(=ユニークな生物学的代謝物)を残し、③そのシグナルリストを全個別試料からtargeted抽出する。④プールサンプルはプロジェクト期間中組成が不変であるべきという原則を活用し、Random Forest等の機械学習で各代謝物をバッチ補正するという手順をとる。各バッチ(75試料)はブランク(バックグラウンド同定用)とリファレンスサンプル(NIST血漿等の標準物質)で挟まれる構成が標準的である。プールサンプルは当該コホートの代表代謝物全集合を内包するため、untargeted解析のネットワーク負荷をプールサンプルのみに局所化しつつ、個別試料はtargeted抽出で軽量処理できる設計が秀逸である。前癌性膵病変を血漿メタボロミクスとプロテオミクススクリーニングで発見し、外科切除に至った症例報告は、バイオマーカー発見の臨床変革ポテンシャルを象徴する事例である。

今後の技術的展望: 現在のがん代謝研究の多くは、数千の高分解能シグナルの中で中心炭素代謝の数十代謝物に解析範囲を局所化しており、データの発見ポテンシャルを十分に活用できていない。優先課題は、(1)untargetedデータ処理のさらなる自動化(手動ワークフローには多大な専門知識を要するため発見が遅延)、(2)代謝物同定を加速するデータベース/ライブラリ整備、(3)空間メタボロミクスのシングルセル解像度実現(現状5-10 μmでは不足)、(4)MSイメージングへの同位体トレーサー統合によるピクセル単位のフラックス測定、(5)ラマン分光法によるin vivo/細胞レベルでの脂質代謝分布可視化、(6)集団規模血漿メタボロミクスによる精密医療への展開(ゲノムコホートに匹敵する変革ポテンシャル)である。

考察/結論

本レビューは、がん代謝研究の方法論を「がん細胞」「腫瘍微小環境(TME)」「腫瘍大環境」という3つのスケール軸で体系的に整理し、各スケールに対応するLC/MSワークフロー、コントロール設定、ピットフォール、技術的限界、および今後の革新方向を統合的に提示した点で独自の貢献をなす。先行のがん代謝総説がシグナル伝達経路や代謝再プログラミング機構をメカニズム的に解説するのに対し、本稿は実験設計とデータ解釈の実践的側面を中核に据えており、メタボロミクスの高い発見ポテンシャルを引き出すための研究設計指針として価値が高い。Warburg時代の3指標から数千代謝物の同時プロファイリングへという技術的飛躍(300倍以上の代謝計測能拡張)の文脈で3スケール概念を整理した点は、コミュニティに明快な思考枠組みを提供する。

各スケールの知見は機械論的に相互連結する。例えば、腫瘍-肝アラニンサイクルは、(がん細胞スケール)腫瘍からのアラニン排泄、(マクロ環境スケール)肝臓での糖新生→グルコース還流、という三者連関で成立し、いずれのスケール単独でも全体像に到達できない。マクロ環境はライフスタイル因子(食事・運動)が介入可能な次元として治療的意義が特に高く、腫瘍のない臓器と血漿/血清の入手しやすさが大規模ヒト研究の実行性を担保する。精密腫瘍学にゲノムコホートがもたらした変革に匹敵する貢献を、数千例規模の血漿メタボロミクスコホートが達成しうるというシフトを著者らは提示し、肥満や2型糖尿病とがん発生率/死亡率増大の機械論的解明にもつながると論じている。

先行研究との違い: これまでの多くのがん代謝研究が特定のシグナル経路や細胞内メカニズムのみに焦点を当てていたのと異なり、本レビューはメタボロミクス技術の適用範囲を3つの異なるスケール(がん細胞、微小環境、大環境)に体系化し、それぞれのスケールにおける実践的な実験設計、コントロール設定、およびデータ解釈の課題に焦点を当てている点が対照的である。

新規性: 本研究で初めて、がん代謝研究におけるLC/MSベース of メタボロミクスを「がん細胞・腫瘍微小環境・腫瘍大環境」の3つのスケールに体系的に適用する実験ワークフローを詳述し、その技術的限界と将来の革新方向を統合的に提示した。特に、大規模コホートにおけるプールサンプル戦略と機械学習を用いたバッチ補正の具体的な適用法は、これまで報告されていない実践的なガイドラインを提供する。

臨床応用: 本知見は、がんの診断バイオマーカーや治療標的の発見に大きく貢献する臨床的有用性を持つ。特に、腫瘍大環境における代謝変化が食事や運動といったライフスタイル要因によって影響を受ける可能性があり、患者ケア改善の新たな機会となる。数千例規模の血漿メタボロミクスは、精密医療の実現に向けた強力なツールとなるだろう。

残された課題: 今後の検討課題として、①空間メタボロミクスのシングルセル解像度実現(現状5-10 μm限界の克服)、②untargetedデータ処理のさらなる自動化と代謝物同定の加速、③MSイメージングへの同位体トレーサー統合によるピクセル単位のフラックス推定、④TME内の代謝競合(免疫細胞とがん細胞が同一栄養素を奪い合うことで抗腫瘍免疫が損なわれる機構)の詳細解明、⑤population-scale(数千例規模)のメタボロミクスコホート確立が挙げられる。これらの課題を克服することで、免疫療法と代謝調節療法の合理的組み合わせ設計、また肥満関連がんの機構解明と介入策開発という臨床的観点でも、本レビューが提示する3スケール枠組みは今後10年のがん代謝研究の方向性を規定する基準点となるだろう。

方法

本論文はレビュー記事であり、特定の実験方法の記述は該当しない。しかし、本レビューでは、がん代謝研究におけるLC/MSベースのメタボロミクスを3つのスケール(がん細胞、腫瘍微小環境、腫瘍大環境)に適用するための体系的なワークフローと、それに伴う実験設計、データ処理、データ解釈の戦略を詳細に記述している。本レビューの作成にあたっては、主要な文献検索データベースである PubMed、Metabolomics Workbench、および MetaboLights Repository を用いて、2025年7月までの関連文献を網羅的に検索した。特に、LC/MSベースのメタボロミクス、がん代謝、腫瘍微小環境、腫瘍大環境に関する研究を対象とし、高品質なエビデンスレベルの論文を優先的に評価した。文献の選択基準(inclusion/exclusion criteria)として、高分解能質量分析計を用いた untargeted および targeted メタボロミクス解析、安定同位体トレーサーを用いた代謝フラックス解析、および空間メタボロミクス(質量分析イメージング)に関する原著論文およびレビューを包含し、サンプルの品質管理やデータ処理の標準化プロセスが明記されていない研究は除外した。本レビューの記述および推奨事項は、Metabolomics Standards Initiative(MSI)が策定した基準に準拠し、エビデンスレベルの評価には GRADE(Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation)システムの考え方を応用して、分析の信頼性と再現性を担保している。

メタボロミクス技術とワークフロー: LC/MSメタボロミクスは、以下の4つの共通ステップから構成される。(1) サンプル調製: 有機溶媒を用いてタンパク質などの高分子を除去し、極性および非極性溶媒を併用して代謝物を抽出する。広範な代謝物をカバーするためには、親水性および疎水性抽出物を別々に分析することが推奨される。(2) クロマトグラフィー: 水溶性代謝物には HILIC(hydrophilic interaction liquid chromatography; 親水性相互作用液体クロマトグラフィー)、脂質には逆相LC(reversed-phase liquid chromatography)が一般的に用いられる。クロマトグラフィーは、イオン抑制現象を低減し、定量信頼性を向上させるために不可欠である。(3) 質量分析: Orbitrapまたは QTOF(quadrupole time-of-flight; 四重極飛行時間型)などの高分解能質量分析計が用いられる。これらの機器は、高い質量精度、感度、分解能を提供し、数千の代謝物シグナルを検出可能である。(4) データ処理: Untargeted( XCMS (nonlinear peak alignment software)、 MZmine (mass spectrometry data processing software)、 MS-DIAL (multimodal mass spectrometry data mining software) などのソフトウェアを用いて全てのシグナルを包括的に解析)またはTargeted(既知化合物のm/zリストに基づいて特定の代謝物を抽出)な方法で実施される。代謝物同定の信頼度は、Metabolomics Standards Initiative(2007年策定)による5段階レベル(Level 1: in-house authentic standardとのm/z、保持時間、MS/MSの一致、Level 5: 構造未同定のユニークな生物学的化合物)で報告することが推奨される。

データ処理の複雑性: LC/MSデータセットには数千のユニークなシグナルが含まれるが、汚染物、アーティファクト、デジェネラシー(同一代謝物からの冗長なシグナル、例えば同位体、電荷状態、付加体、オリゴマー、インソースフラグメント)を除外すると、生物学的に関連するユニークな代謝物は全シグナルの5%未満にすぎないことが指摘されている。このため、データフィルタリングの自動化が現在の律速段階である。

各スケールへの適用:

  • がん細胞スケール: 培養細胞の細胞内および細胞外代謝物をプロファイリングする。細胞外代謝物プロファイリングは、細胞間の代謝相互作用を理解する上で特に重要である。コントロールとして、細胞を培養していない新鮮な培地を同期間インキュベートしたものが必須である。
  • TMEスケール: バルクLC/MSでは細胞種ごとのシグナルを分離できないため、以下の2つの戦略が用いられる。
    • Conditioned-media analysis: 間質細胞を単独培養し、その培養上清をがん細胞に与えて消費される代謝物を同定する。これにより、間質細胞からがん細胞への栄養素供給を推測する。
    • MS imaging(空間メタボロミクス): MALDI(matrix-assisted laser desorption ionization; マトリックス支援レーザー脱離イオン化)またはDESI(desorption electrospray ionization; 脱離エレクトロスプレーイオン化)源を高分解能MSに結合し、凍結組織切片からピクセルごとの質量スペクトルを取得し、m/z強度を組織画像に再マッピングする。これにより、組織内の代謝物分布を空間的に可視化する。現在の空間分解能は5-10 μmであり、シングルセル解像度には至らない。
  • マクロ環境スケール: 腫瘍と遠隔臓器間の代謝相互作用を研究する。動物モデルでは、がんを持つ動物の腫瘍のない臓器と健康な動物の同臓器を比較する。ヒト研究では、血漿/血清のメタボロミクスが広く用いられる。動脈血と静脈血の代謝物差を測定する古典的な手法も、臓器単位の消費/産生を定量するのに有効である。

大規模コホートメタボロミクス: 数千検体規模のコホート研究では、プールサンプル戦略が推奨される。これは、全コホート試料の少量混合から作成したプールサンプルを定期的に分析し、機械学習(例: Random Forest)を用いてバッチ補正を行うことで、データ処理の課題とイオンカウントのドリフトを克服する。各バッチ(75試料)はブランク(バックグラウンド同定用)とリファレンスサンプル(NIST血漿などの標準物質)で挟まれる構成が標準的である。統計解析手法として、多変量解析や機械学習アルゴリズムを用いたバッチ補正のほか、群間比較における有意差検定(t検定、Mann-WhitneyのU検定など)や生存分析(Kaplan-Meier法、Cox比例ハザード回帰モデル)が適用される。