- 著者: Gregory Hoover, Shila Gilbert, Olivia Curley, et al.
- Corresponding author: Gustavo Ayala (University of Texas Health Science Center at Houston, Houston, TX); Simon Grelet (University of South Alabama / Mitchell Cancer Institute, Mobile, AL)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2025
- Epub日: 2025-06-25
- Article種別: Original Article
- PMID: 40562940
背景
多くのがんは神経に支配されており、腫瘍内神経密度が転移と相関することが病理学的研究から示されてきた (Ayala et al. 2023)。ボツリヌス毒素A (BoNT/A) による前立腺がんの脱神経は、腫瘍成長と代謝、特にミトコンドリア代謝およびTCA (トリカルボン酸) 回路を顕著に抑制することが報告されており (Coarfa et al. 2018)、がんの神経依存的代謝サポートの存在が示唆されていた。しかし、神経ががん細胞のエネルギー代謝をどのようなメカニズムでサポートするかは未解明であった。細胞間ミトコンドリア移送は、トンネルナノチューブや細胞外小胞を介して生じるがん生物学における新興概念であったが、神経からがん細胞への移送の直接的な証拠と、それが転移に与える影響はこれまで報告されておらず、この領域には知識のギャップが残されていた。
がん細胞の代謝可塑性は、がんの不均一性や適応表現型の出現に極めて重要な役割を果たすことが認識されているが (Torborg et al. 2022)、その非自律的なメカニズム、特に腫瘍微小環境における複雑な相互作用については理解が不足していた。例えば、間質細胞は様々な代謝物、増殖因子、サイトカインを共有し、がんの代謝再プログラミングに寄与することが示されている (Xing et al. 2015)。しかし、がん細胞の代謝可塑性の非細胞自律的メカニズムは依然として不明であり、転移性拡散を予防するための有望な標的となる可能性がある。神経系が様々な癌において癌の悪性度を制御する上で重要な役割を果たすことが確立されており (Silverman et al. al. 2020)、腫瘍浸潤神経が癌細胞の代謝を直接的な代謝相互作用を通じてサポートすることが示唆されている (DeBerardinis & Chandel 2016)。
本研究は、この神経-がんインターフェースにおける代謝サポートの具体的なメカニズムを解明することを目的とした。特に、神経-がん相互作用が癌の代謝可塑性をどのように高め、転移能力を促進するかという根本的なメカニズムは、これまで十分に理解されていなかった。この知識のギャップを埋めることは、癌の進行における神経系の役割を深く理解し、新たな治療戦略を開発するために不可欠である。
目的
本研究の目的は、乳がんにおける神経とがん細胞間のミトコンドリア移送を実証することである。具体的には、この移送を追跡するための新規遺伝子レポーターシステムであるMitoTRACERを開発し、神経由来ミトコンドリアを受け取ったがん細胞の代謝、幹細胞性、および転移能への影響を詳細に解明することを目指した。MitoTRACERシステムは、ドナー細胞からミトコンドリアを受け取った細胞とその子孫を永続的に標識することを可能にし、in vitroおよびin vivoでの細胞の運命追跡を可能にする。
さらに、ヒト臨床検体を用いて、このミトコンドリア移送がin vivoで生じていることを検証し、その臨床的意義を評価することも目的とした。これにより、神経-がんインターフェースにおける代謝サポートの具体的なメカニズムを明らかにし、がんの神経依存的悪性化の新たな側面を解明することを目指した。最終的には、このミトコンドリア移送ががん細胞の代謝適応能力と転移ストレスへの耐性を強化し、転移を促進する重要なメカニズムであることを示すことを目的とした。
結果
BoNT/A脱神経による腫瘍代謝低下と浸潤性の抑制: BoNT/Aによる乳がんモデル (4T1 TNBC) の脱神経後、RNA-seq解析により代謝関連遺伝子セット、特にTCA回路構成酵素およびOXPHOS複合体遺伝子が顕著に下方制御されることが確認された (Fig. 1b, Extended Data Fig. 1b-d)。ヒト乳管内がん (DCIS) ゼノグラフトモデルでも同様の代謝低下とともに、浸潤性病変の頻度が偽処置群の55%からBoNT/A群の12%に有意に減少した (p=0.0014)。これは、腫瘍細胞代謝の維持に神経が必須であるという仮説を裏付ける結果である。神経-がん共培養系において、4T1がん細胞は神経細胞との共培養によりミトコンドリア呼吸能が亢進し、基底呼吸、最大呼吸、予備呼吸能が有意に増加した (Extended Data Fig. 3a, p<0.0001)。
神経からがん細胞へのトンネルナノチューブ依存性ミトコンドリア移送の実証: SVZ-NSC (脳室下帯神経幹細胞) にミトコンドリア標識CCO-GFPを発現させ、mCherry標識4T1乳がん細胞との共培養を行った。ライブイメージングとフローサイトメトリーにより、GFP+/mCherry+二重陽性4T1細胞の出現が確認され、移送率はドナー細胞集団の31.4%に相当した (Fig. 1e, f)。共焦点顕微鏡の3D再構築でトンネルナノチューブ様構造を介したミトコンドリアの移送プロセスが可視化された (Fig. 1g, h)。Cytochalasin B (アクチン重合・TNT阻害薬) 処置で移送が有意に減少 (p=0.001) し、細胞接触依存的であることが示された (Fig. 1j)。Transwell insert実験では、直接細胞接触が主要経路であることが示された (移送率23.04% vs 0.59%, p<0.0001) (Fig. 1i)。神経起源細胞は非神経細胞より有意に高い移送効率を示し、神経特異的な高移送能が実証された (Fig. 1k)。ρ0 (mtDNA欠失) 4T1細胞との共培養実験でもmtDNA再取得、OXPHOS能回復、ウリジン依存性消失が確認され、移送されたミトコンドリアが機能的であることが証明された (Fig. 1l-q)。
MitoTRACERシステムによる恒久標識と代謝・転移能解析: MitoTRACERシステムにより、神経ミトコンドリアを受け取った細胞が恒久的にGreen (eGFP+) に変換されトラッキング可能となった (Fig. 3d, e)。Green (受容) vs Red (非受容) 4T1細胞の機能比較では、Seahorse XFアナライザーによる酸素消費量測定でOXPHOSの基礎呼吸 (p<0.001)、最大呼吸 (p<0.0001)、スペア呼吸能 (p<0.001) がすべて有意に増大した (Fig. 4c, d)。ATP産生量も増大し (p=0.0044)、GSH/GSSG比の改善 (酸化ストレス低減、p=0.0002/p=0.0028) が認められた (Fig. 4f-h)。さらに、H2O2誘導性酸化ストレスへの耐性増大および血管内の剪断応力への耐性増大 (p<0.001) が示された (Fig. 4i, j)。マンモスフィア形成能 (幹細胞性指標) も増大した (p=0.0005) (Fig. 4b)。In vitroでの浸潤能に有意な変化は認められなかったが (Fig. 4k)、In vivo肝転移実験では、Green細胞由来の肝転移がRed細胞由来より有意に多かった (p=0.01997, n=8 mice/群) (Fig. 4l)。
臨床患者検体での神経-ミトコンドリア移送の証拠: ヒト前立腺がん (n=72) の多重スペクトルイメージング+機械学習解析で、神経周囲浸潤 (PNI) 部位のがん細胞は非PNI部位より有意にミトコンドリア量が多かった (Welch t-test, p<0.001) (Fig. 2a, b)。NCT01520441 (BoNT/A脱神経臨床試験) のFFPE検体では、BoNT/A処置側のがん細胞のミトコンドリアスコアが生食処置側より有意に低下した (p=1.463×10^-113、n=57例) (Fig. 2c)。4T1ゼノグラフトモデルでNanopore long-read sequencing解析を行ったところ、転移がん細胞内に宿主 (マウス) 由来mtDNA変異配列が確認され、異種間でのミトコンドリア移送の証拠となった (Fig. 2g)。BoNT/A前処置群では宿主mtDNA陽性がん細胞が35%減少した。乳がん患者 (n=8) の免疫組織化学解析では、転移部位のがん細胞は原発部位より有意にミトコンドリア量が多かった (p<0.001) (Fig. 4o)。
MitoTRACERによるin vivo転移部位での選択的濃縮: MitoTRACERスフェロイドをマウス乳腺脂肪体へ移植したin vivoモデルでは、原発腫瘍におけるGreen (受容) 細胞の割合が平均5.4%であったのに対し、肺転移部位では27.3% (p=0.018)、脳転移部位では46.0% (p=1.2275×10^-6) に有意に濃縮されていた (Fig. 5c)。宿主神経由来のミトコンドリア移送を追跡するin vivoモデルでも、脳および肝転移部位でGreen細胞の有意な濃縮が確認された (脳: p=0.0096, 肝: p=0.0215, n=5 mice) (Fig. 5f)。B16-F10メラノーマモデルでも同様に、脳転移部位でGreen細胞の顕著な濃縮が認められた (p=0.0017, n=8 mice) (Fig. 5g)。
考察/結論
本研究は、がん神経生物学に「ミトコンドリア移送」という新たな神経-がんクロストーク機序を加えた。これまで、がんの神経依存性は示唆されてきたものの、その具体的な分子メカニズムは未解明であった。本研究は、神経からがん細胞へのミトコンドリア移送がトンネルナノチューブを介して生じ、ミトコンドリアを受け取ったがん細胞がOXPHOS増強、幹細胞性増加、および転移ストレス耐性を示すことを初めて明らかにした。この発見は、がんの神経依存性を説明する具体的分子メカニズムを提供するものであり、新規な知見である。
MitoTRACERシステムは、様々な細胞種間のミトコンドリア移送解析への汎用ツールとして将来的に活用できる可能性を秘めている。このシステムにより、神経由来ミトコンドリアを受け取ったがん細胞が生体内転移部位に選択的に濃縮されることが証明され、ミトコンドリア移送が転移を促進する重要なメカニズムであることが示唆された。この結果は、転移能を持つがん細胞が、神経からミトコンドリアを獲得することで、転移カスケードの様々なストレス要因に対してより高い適応能力と生存能力を獲得することを示唆している。
臨床的意義として、本研究が示したBoNT/Aによる脱神経効果 (DCIS浸潤性病変55%→12%) は、NCT01520441臨床試験において既にヒト前立腺がんへのBoNT/A前立腺内投与が実施されており、安全性プロファイルが確立されている。BoNT/A処置がん細胞のミトコンドリアスコア低下 (p=1.463×10^-113) という強力な臨床検体エビデンスは、神経-がんミトコンドリア移送という機序がヒト腫瘍においても生理的に作動していることを証明した。MitoTRACERシステムが示したGreen (受容) 細胞の選択的転移部位濃縮 (肝転移p=0.01997) は、ミトコンドリアを受け取ったがん細胞が転移能を持つ悪性クローンを選択的に形成するという「神経依存的転移悪性化」モデルの根拠となる。これは、神経豊富な腫瘍微小環境を持つがん種(例:NSCLC、膵がん、前立腺がん)において、神経-がんインターフェースを標的とした代謝療法が臨床応用される可能性を示唆している。
残された課題として、神経由来ミトコンドリアががん細胞の代謝可塑性を高める詳細な分子経路や、特定の神経サブタイプからのミトコンドリア移送の特異性については、さらなる検討が必要である。また、トンネルナノチューブ阻害薬とBoNT/A脱神経の組み合わせは、神経豊富な腫瘍微小環境を持つがん種の転移抑制において有望な新規戦略として位置づけられるが、その最適な投与方法や長期的な効果、副作用プロファイルについては今後の研究が待たれる。本研究は、腫瘍神経支配の密度が高いがん種において、神経-がんインターフェースを標的とした代謝療法の理論的基盤を提供するものである。
方法
脱神経モデルとトランスクリプトーム解析: BoNT/A (ボツリヌス毒素A) を用いたin vivo乳がんモデル (4T1 TNBC) およびヒト乳管内がん (DCIS) ゼノグラフトモデルを確立した。DCIS細胞の乳管内移植は、6週齢のSCID-ベージュ雌マウスに実施された。脱神経後の腫瘍細胞からRNAを抽出し、RNA-seqおよびcDNAマイクロアレイ解析によりトランスクリプトームプロファイリングを行った。特に、Subramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005の手法を用いた遺伝子セット濃縮解析 (GSEA) により、代謝関連経路の変化を評価した。RNA-seqリードはBowtie2を用いてMus musculus mm39ゲノムにアラインメントされ、DESeq2のmedian-of-ratios法で正規化された。
神経-がん共培養系とミトコンドリア移送の可視化: マウス脳室下帯 (SVZ) 神経幹細胞 (NSC) または背根神経節 (DRG) 由来50B11細胞をドナー細胞とし、mCherry標識4T1乳がん細胞をレシーバー細胞として共培養系を構築した。ドナー神経細胞にはミトコンドリアをeGFPで標識するCCO-GFPを発現させ、ライブイメージング、共焦点顕微鏡、およびフローサイトメトリーによりミトコンドリア移送を可視化・定量した。トンネルナノチューブの関与を評価するため、アクチン重合阻害薬であるCytochalasin Bを処置した。Transwellインサートを用いた実験により、直接的な細胞接触と遠隔的な移送メカニズムの寄与を区別した。
MitoTRACERシステム開発: 新規遺伝子レポーターシステムMitoTRACERを開発した。ドナー神経細胞にはミトコンドリアアンカー型Creリコンビナーゼ (OMP25-iCre-TEVs) を発現させ、レシーバーがん細胞にはloxP-DsRed-Stop-loxP-eGFPとTEVプロテアーゼを発現させた。ミトコンドリア移送後、Creリコンビナーゼが核に移行し、DsRed発現を停止させeGFP発現を恒久的に誘導する。このシステムにより、ミトコンドリアを受け取ったがん細胞を恒久的にGreen (eGFP+) に標識し、その子孫細胞の追跡を可能とした。MitoTRACERのサブセルラー局在はHAタグ発現のウェスタンブロットとデンシトメトリー解析で確認された。
機能評価: MitoTRACERシステムで選別されたGreen (受容) およびRed (非受容) 4T1細胞を用いて、機能評価を行った。Seahorse XFアナライザーによる酸素消費量測定で酸化リン酸化 (OXPHOS) 能を評価した。幹細胞性はマンモスフィア形成アッセイで評価し、酸化ストレス耐性はGSH/GSSG比測定およびH2O2誘導性酸化ストレスへの耐性試験で評価した。転移ストレス耐性として、血管内の剪断応力に対する耐性を評価した。in vivo転移能は、脂肪体注射後の肝転移モデルで評価した。
臨床検体解析: ヒト前立腺がん (n=72) および乳がん (n=8) 患者の組織検体に対し、多重スペクトルイメージングと機械学習によるミトコンドリア量定量を行った。神経周囲浸潤 (PNI) 部位のがん細胞と非PNI部位のがん細胞のミトコンドリア量を比較した。また、NCT01520441臨床試験のヒト前立腺がんFFPE検体を用いて、BoNT/A処置ががん細胞のミトコンドリア量に与える影響を評価した。マウスゼノグラフトモデルでは、Nanopore long-read sequencing解析により、転移がん細胞内の宿主 (マウス) 由来mtDNA変異配列の有無を解析し、異種間でのミトコンドリア移送の証拠を探索した。統計解析にはStudentのt検定、Welchのt検定、およびANOVAを用いた。