• 著者: Vasiliki Liaki, Sara Barrambana, Myrto Kostopoulou, Carmen G. Lechuga, Elena Zamorano-Dominguez, Domingo Acosta, Lucia Morales-Cacho, Pian Sun, Blanca Rosas-Perez, Rebeca Barrero, Silvia Jimenez-Parrado, Alejandra Lopez-Garcia, Marta San Roman, Ruth Alvarez, Juan Carlos Lopez-Gil, Matthias Drosten, Valeria Poli, Monica Mustean, Eduardo Caleiras, Nelson Dusetti, Bruno Sainz Jr., Francisco Sanchez-Bueno, Carmen Guerra, Mariano Barbacid
  • Corresponding author: Carmen Guerra; Mariano Barbacid (Centro Nacional de Investigaciones Oncologicas, CNIO, Madrid)
  • 雑誌: Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
  • 発行年: 2025
  • Epub日: 2025-12-02
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 41329731

背景

膵管腺癌 (PDAC: pancreatic ductal adenocarcinoma) は西洋諸国で癌関連死の第3位を占め、予後不良の難治性悪性腫瘍である。現在の標準化学療法 (gemcitabine±nab-paclitaxelまたは四剤化学療法レジメン) は有効性が限定的であり、新たな治療戦略が求められる。PDACの90%以上にKRAS変異が存在し、下流のMAPK経路 (mitogen-activated protein kinase: 増殖シグナル) を介した腫瘍増殖・生存が維持される。

KRAS選択的阻害薬sotorasibおよびadagrasibがFDA承認を取得し (Skoulidis et al. NEnglJMed 2021)、より幅広いKRASアイソフォームを標的とする活性型RAS阻害薬daraxonrasibも臨床試験で有意な生存延長を示した。しかしこれらの単剤療法は耐性獲得により最終的に治療失敗となる。先行マウス研究では、RAF1 (rapidly accelerated fibrosarcoma kinase 1: KRAS下流キナーゼ) とEGFRの遺伝的同時欠失がGEM (genetically engineered mouse: 遺伝子操作マウス) 由来の小型腫瘍で完全退縮を誘導したものの、100 mm3以上の大型腫瘍には耐性が生じることが示されていた (Drosten et al. 2017; Guerra et al. 2019; Blasco et al. 2019)。この耐性機序として RAF1/EGFR欠失後の STAT3 (signal transducer and activator of transcription 3) の活性化が観察されていたが、分子機序は不明であった。

STAT3はKRAS下流の主要生存シグナルとして腫瘍形成に関与することが示されてきたが (Bromberg et al. 1999; Yu et al. 2007)、選択的阻害薬の臨床開発は困難を極めてきた。PROTAC (Proteolysis-Response Oncology-Target Affinity Chimera) によるSTAT3選択的分解は新たな治療アプローチとして注目されており、確立された分解誘導化合物SD36 (Small Degrader compound 36: STAT3分解誘導化合物) の登場がSTAT3標的療法の実現可能性を示した。従来の研究でKRAS/EGFR/RAF1/STAT3各軸の個別標的は試みられてきたが、三つのシグナル軸を同時遮断することで耐性を防げるかは手薄であり、未解明であった。

目的

RAF1/EGFR遮断後の腫瘍抵抗性の機序としてのSTAT3活性化シグナルを同定し、KRAS阻害薬 (daraxonrasib)・EGFR阻害薬 (afatinib)・STAT3 PROTAC (SD36) の三剤同時遮断療法がPDACの完全退縮と耐性防止を、遺伝的モデルおよび薬理学的モデルの両方で達成できるかを検証すること。

結果

所見1: RAF1/EGFR欠失後のSTAT3活性化はFyn介在JAK非依存的機序: (Fig 1-2) RAF1/EGFR欠失耐性細胞株にSTAT3 shRNAを導入した場合のみ急速な細胞死が誘導され、STAT3が耐性維持に必須であることが確認された (n=3 biological replicates)。構成活性型STAT3 (アミノ酸置換変異体) の異所発現はRAF1/EGFR欠失感受性細胞株に耐性表現型を付与し、STAT3活性化が単独で耐性誘導に十分であることが示された。JAK1/2阻害薬4種の投与もJAK1・JAK2・インターロイキン6受容体α・転写活性化因子5型のshRNA欠失も細胞生存に影響せず、JAK依存的な正規経路ではないことが確認された。免疫沈降解析ではRAF1/EGFR欠失細胞でSrcファミリーキナーゼのリン酸化が約3-fold増加し、Fynキナーゼの発現上昇が観察された。Fyn shRNA導入によりSTAT3チロシン705リン酸化消失と耐性細胞死が誘導され、RAF1/EGFR遮断後の代償的STAT3活性化がFyn→転写活性化因子チロシン705経路を介することが同定された。

所見2: 三遺伝子同時欠失による完全・持続的腫瘍退縮: (Fig 3) RAF1・EGFR・STAT3を同時欠失させたC57BL/6マウス (n=21) では腫瘍が3〜4週間以内に完全消失し (切断カスパーゼ3陽性アポトーシス確認)、300日まで追跡した全21例で腫瘍再発が認められなかった (100%生存)。組織学的検索でも正常膵臓組織のみが確認され、線維性間質も腫瘍消失に伴い完全に解消した。3遺伝子のうちいずれか2遺伝子の欠失 (全6組み合わせ) では腫瘍退縮は認められず、RAF1・EGFR・STAT3のいずれか1つのシグナル軸が残存すれば腫瘍増殖が維持されることが示された。

所見3: In vitro薬理学的三剤同時遮断の有効性: (Fig 4) daraxonrasib/afatinib/SD36の三剤同時投与により、KRAS変異膵癌細胞株で三遺伝子欠失と同等の完全な細胞死が誘導された (n=3 biological replicates)。二剤併用はいずれも部分的増殖抑制にとどまり、三剤の必要性が示された。daraxonrasib+afatinib二剤はERKリン酸化を抑制したがSTAT3チロシン705リン酸化を誘導し、SD36追加の根拠が提供された。daraxonrasibへの先行耐性細胞はafatinib+SD36追加にも反応せず、同時三剤投与の重要性が確認された。細胞死は3〜4日以内に完全であり、三剤群では単剤比約10-fold以上のコロニー形成抑制が達成された。IC50は単剤比で大幅に低減し (daraxonrasib単独 1 nMから三剤系で等価IC50 0.1 nM以下)、相乗的細胞毒性が定量的に確認された。

所見4: In vivo正所移植モデルでの完全退縮と200日以上無再発生存: (Fig 4-5) KRAS G12V/TP53欠損腫瘍細胞をC57BL/6マウスに正所移植した実験で、vehicle群 (n=9) は20〜40日で人道的エンドポイント到達した一方、三剤併用群 (n=10) では移植腫瘍 (120〜150 mm3) が治療50日後に完全消失し、200日以上にわたって腫瘍再発が認められなかった (Kaplan-Meier log-rank p<0.0001)。daraxonrasib単剤 (n=8) は生存を有意に延長したが耐性により最終的に死亡した。三剤群では体重減少・消化管出血・血球減少等の毒性は認められなかった。GEM (genetically engineered mouse: 遺伝子操作マウス) モデル (n=12) では三剤療法後80〜200日間の腫瘍再発なしを全例で維持し、30〜60日以内に半数が完全退縮を達成した。

所見5: PDXモデルでの有効性と代替薬のバリデーション: (Fig 6) 7独立PDXモデル (KRAS G12D・G12V変異を含む複数変異サブタイプ) においてdaraxonrasib単剤では腫瘍増殖の遅延にとどまったが、三剤併用では60日以内に有効な腫瘍退縮が達成され、80日以内の再発は認められなかった。別途KRAS G12D選択的阻害薬 (30 mg/kg) またはzoldonrasibによる代替KRAS阻害薬を用いた三剤療法でも同等の急速退縮が達成された。臨床試験中の別STAT3標的分解誘導剤でもSD36と同等の効果が示された。Srcキナーゼ阻害薬はin vitroで有効だったがin vivoで毒性 (消化管出血) を示し、Fyn経路の臨床的標的化には課題が残った。NSG免疫不全マウスでも有効性が維持され、三剤療法の直接的な腫瘍細胞死誘導がT細胞非依存的であることが示された (n=6 per group)。

考察/結論

本研究で新たに示したのは、KRAS・EGFR・STAT3という三つの独立したシグナル軸を同時遮断する三剤療法が、遺伝的および薬理学的モデルの両方で膵癌の完全退縮と長期的耐性防止を実現できるという知見である。個別標的が臨床試験で限定的な有効性しか示さなかった難治性膵癌に対し、三つの並列シグナル軸の同時遮断という戦略が根本的な突破口となりうることを前臨床的に実証した。

先行研究とは異なり、RAF1/EGFR遮断後の代償的STAT3活性化がJAK1/2を介した古典的経路ではなく、Fynキナーゼを介したJAK非依存的なチロシン705リン酸化によることを同定した点は本研究の重要な新規発見である。Miyazaki et al. がJAK阻害薬+MEK阻害薬の組み合わせを提案したのと対照的に、本研究はJAK阻害薬が無効である根拠を提供し、Fynを標的とする創薬の可能性を示唆した。PROTAC技術を用いたSTAT3の標的分解 (SD36・臨床試験中の別STAT3標的分解誘導剤) は従来の転写因子阻害薬開発の困難を回避する革新的アプローチであり、後者が既に臨床試験に入っていることは臨床への橋渡しの具体的な経路を示す (Dhawan et al. 2023; Hallin et al.)。

PDXモデルでの有効性検証と免疫不全マウスでの有効性維持は、三剤療法の抗腫瘍効果が宿主免疫系に依存しない直接的な腫瘍細胞死誘導によることを示し、免疫応答が抑制された患者にも有効である可能性を示唆する。複数のKRAS変異サブタイプ (G12D・G12V等) で有効性が示されたことは治療対象患者の広さを示す (Johnson et al. CancerDiscov 2022)。

臨床的には、daraxonrasibのPDAC患者への臨床試験が進行中であり、afatinibは複数癌腫で承認済みである。残された課題は、三剤の臨床用量・投与スケジュールの最適化、患者選択バイオマーカーの同定、免疫療法との組み合わせ評価、長期的治療毒性の評価、ならびにFyn阻害薬の毒性を回避した選択的製剤の開発である。本研究の三剤戦略は膵癌のみならず他のKRAS変異癌種への応用も期待される。

方法

遺伝的モデル: KRAS G12V変異・TP53欠損の条件的ノックアウトマウスモデル (C57BL/6 inbred strain背景) から樹立した腫瘍細胞株を用いた。RAF1・EGFR・STAT3の3遺伝子を条件的Cre依存的組換えで欠失させ、各組み合わせの増殖・生存への影響をコロニー形成アッセイで評価した (n=3 biological replicates)。正所移植モデルではC57BL/6マウス (n=48) に腫瘍細胞を移植し、タモキシフェン食によるCre依存的組換えで3遺伝子を欠失させ、最長300日間の腫瘍追跡を超音波で実施した。

STAT3活性化機序解明: JAK1/2阻害薬 (ruxolitinib・itacitinib・tofacitinib・baricitinib) と転写活性化因子5型・インターロイキン6受容体αのshRNAによる標的欠失実験でJAK依存性を評価した。Srcファミリーキナーゼの免疫沈降解析、Fyn (proto-oncogene tyrosine kinase: 非受容体型チロシンキナーゼ) のshRNAによる欠失実験でJAK非依存的機序を同定した。

薬理学的バリデーション: in vitroではdaraxonrasib (1 nM)・afatinib (0.5 μM)・SD36 (0.5 μM) の単剤・二剤・三剤併用効果をコロニー形成アッセイで比較した (n=3 biological replicates)。In vivoの正所移植マウスモデルでは daraxonrasib (20 mg/kg 経口 1日1回)・afatinib (20 mg/kg 経口 1日1回)・SD36 (50 mg/kg 腹腔内 1日1回) の単独・三剤併用の抗腫瘍効果・生存期間・毒性を評価した (n=10/group)。

PDX (patient-derived xenograft: 患者由来異種移植) モデル: 6ヒトPDAC腫瘍から7独立PDXモデルを確立し (複数のKRAS変異サブタイプ)、NSG (non-obese diabetic/severe combined immunodeficiency gamma: 免疫不全) マウスに正所移植または皮下移植した。三剤療法に加え、KRAS G12D変異選択的阻害薬 (臨床試験中化合物) またはzoldonrasibを用いた代替三剤療法の有効性も検討した (Hallin et al. 2022)。