- 著者: Y. Zhou, S. Bian, X. Zhou, Y. Cui, W. Wang, L. Wen, L. Guo, W. Fu, F. Tang
- Corresponding author: W. Fu; F. Tang (Peking University, Beijing, China)
- 雑誌: Cancer Cell
- 発行年: 2020
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 33096021
背景
腫瘍微小環境 (TME) は、腫瘍細胞だけでなく、線維芽細胞、免疫細胞、内皮細胞といった非悪性間質細胞から構成され、これらががんの進行に寄与することは古くから認識されてきた。しかし、TME間質細胞がゲノムレベルで「がん化」するのか、すなわち体細胞コピー数異常 (SCNA: somatic copy number alteration) を保有するのかどうかは長らく未解明であった。従来のバルクシーケンシング法では、高頻度(5〜10%以上)のクローン性SCNAしか検出できず、少数の間質細胞における低頻度SCNAを系統的に解析することは技術的に困難であった。例えば、末梢血免疫細胞のバルク解析では、クローン性SCNAを持つ個体の割合は50歳未満では0.5%未満、70歳超では2〜3%と報告されていたが、これはバルク法の感度限界を反映しているに過ぎない可能性があった。このため、TMEにおける非悪性細胞のゲノム不安定性の実態は十分に評価されていなかった。
近年、正常ヒト組織における体細胞変異の普遍性が複数の研究で指摘されており、加齢とともに蓄積することが示されている (Lee-Six et al、Martincorena et al. Science 2015, 2018、Moore et al. Nature 2020、Yizhak et al. Science 2019、Yokoyama et al. Nature 2019)。正常大腸上皮細胞においても、全ゲノムバルクシーケンシングにより体細胞変異やSCNAが検出され、これらは前癌病変と見なされることもある (Lee-Six et al)。また、末梢血免疫細胞に関する研究では、クローン性の一塩基変異や大規模なSCNAの存在が証明されている (Jaiswal and Ebert Science 2019、Jacobs et al. Nat Genet 2012、Laurie et al. Nat Genet 2012)。しかし、これらの研究は主に免疫細胞の遺伝子発現変化や機能不全に焦点を当てており、TME間質細胞におけるゲノム異常、特にSCNAについてはほとんど報告がなかった。
大腸癌 (CRC: colorectal cancer) は腸上皮を起源とする悪性腫瘍であるが、腫瘍を取り囲む間質(がん関連線維芽細胞 (CAF: cancer-associated fibroblast)、腫瘍関連マクロファージ、腫瘍血管内皮細胞など)のゲノム安定性はほぼ全く検討されていなかった。TMEの非悪性細胞は、がん細胞との複雑な相互作用を通じて腫瘍の進行に寄与することが知られている。CAFによる増殖因子の分泌、腫瘍血管新生、免疫特権の確立などは、腫瘍生物学の重要な側面である (Binnewies et al、De Palma et al. Nat Rev Cancer 2017、Sahai et al. Nat Rev Cancer 2020)。しかし、これらの非悪性細胞ががん細胞によってどの程度「がん化」するのか、特に全ゲノム規模での変化については未解明な点が多かった。シングルセルRNAシーケンシングによるTMEの不均一性解析は進展しているものの (Azizi et al. Cell 2018、Li et al. Nat Genet 2017、Puram et al. Cell 2017、Tirosh et al. Science 2016、Zhang et al. Nature 2018, Cell 2020)、ゲノムレベルでの変異を単一細胞解像度で捉える研究は不足していた。
目的
本研究の目的は、マイクロサテライト安定型 (MSS: microsatellite stable) 大腸癌 (CRC) 患者の腫瘍微小環境 (TME) における非悪性間質細胞(線維芽細胞、免疫細胞、内皮細胞)の体細胞コピー数異常 (SCNA) の頻度、染色体特徴、およびクローン動態を、新規シングルセルマルチオミクスシーケンシング法を用いて単細胞解像度で解明することである。さらに、腫瘍進行に関与する線維芽細胞特異的な予後バイオマーカーを同定することも目的とした。従来のバルクシーケンシングでは検出困難であった低頻度のSCNAを包括的に解析し、TME間質細胞のゲノム不安定性の実態を明らかにすることで、大腸癌の病態理解と新たな治療標的の探索に貢献することを目指した。特に、腫瘍線維芽細胞におけるSCNAの特異的なパターンや、それが腫瘍の悪性度や患者予後に与える影響を詳細に解析し、臨床的意義のあるバイオマーカーを確立することを重要な目標とした。
結果
コホート概要と細胞種同定: 本研究では、RNA QCを通過した15,312個のシングルセルと、DNA QCも通過した13,459個の細胞が解析された。これには上皮細胞1,461個、線維芽細胞1,919個、免疫細胞8,982個、内皮細胞1,097個が含まれる (Table S1)。UMAPクラスタリングにより、腫瘍組織と正常組織由来の細胞は上皮細胞、線維芽細胞、内皮細胞の各クラスター内で明確に分離された。また、末梢血免疫細胞は組織浸潤免疫細胞と区別された (Fig 1E)。SCNA検出法の信頼性を検証するため、96個のマウスES細胞核をプールし、96等分した「平均細胞」を192個作製して解析した結果、SCNAは一切検出されず、本手法の特異性が確認された (Fig S2)。
TME間質細胞におけるSCNAの普遍性: 解析されたすべての細胞種、すなわち線維芽細胞 (n=385 cells)、内皮細胞 (n=62 cells)、T細胞 (n=317 cells)、B細胞 (n=90 cells)、NK細胞 (n=76 cells)、マスト細胞 (n=1 cell)、その他の骨髄系細胞 (n=12 cells) においてSCNA陽性細胞が認められた (Fig 1F, S1G, Table S2)。驚くべきことに、SCNAは解析した21例のCRC患者と6例のNOR全員において普遍的に存在した。末梢血PBMCにおける免疫細胞のSCNA頻度は、NORで2.9-10.2%、CRC患者で1.1-11.5%であった。組織浸潤免疫細胞でも、CRC腫瘍組織で1.3-11.2%、正常組織で0.9-9.7%と、同様の頻度でSCNAが検出された (Table S3)。これは、SCNAがヒト個体内の主要な非上皮細胞種すべてに遍在する現象であることを示唆している。
免疫細胞におけるX染色体・Y染色体SCNAの特徴: SCNAを持つ免疫細胞において、女性CRC患者ではX染色体SCNAが74.8% (235/314 cells)、女性NORでは75.0% (54/72 cells) と高頻度で認められ、そのほとんどが全染色体消失であった (Fig 2A)。男性CRC患者ではY染色体SCNAが26.4% (29/110 cells)、男性NORでは76.2% (32/42 cells) であり、こちらも全染色体消失が主体であった (Fig 2A)。T細胞は他の免疫細胞種と比較して、X染色体SCNAの割合が特に高かった (Fig 2D)。常染色体のSCNAは、ほとんどが非クローン性のランダムパターンを示したが、一部の被験者(例: CRC12)では、特定の染色体(chr8q)の獲得を持つNK細胞のクローン性拡大が観察された (Fig 2A)。
内皮細胞におけるSCNA: 内皮細胞においてもSCNAが普遍的に検出された。SCNA陽性内皮細胞の頻度は、正常組織で0.0-1.4%、腸間膜血管で3.7-14.9%、原発腫瘍で3.9-12.8%と、採取部位によって差が認められた (Fig 3B, 3C)。特に、CRC16の腫瘍腸間膜血管では14.9%、CRC14では14.5%、CRC21では12.5%と高頻度であった。しかし、常染色体SCNAはランダムなパターンを示し、線維芽細胞で見られたような特定の染色体への富化は観察されなかった (Fig 3A)。
腫瘍線維芽細胞におけるSCNAの富化とクローン性拡大: 正常組織由来の線維芽細胞664個中37個 (1.1-10.6%) がSCNA陽性であったのに対し、腫瘍組織由来の線維芽細胞1,183個中333個 (11.1-47.7%) がSCNA陽性であり、腫瘍組織におけるSCNA陽性線維芽細胞の頻度は正常組織と比較して有意に高かった (Wilcoxon rank-sum test, p=1.7×10⁻⁴; 対応ペア7例のWilcoxon signed-rank test, p=0.016) (Fig 4A, 4B)。腫瘍線維芽細胞のSCNAパターンは、同一患者の癌細胞のSCNAパターンとは明確に異なっており、上皮間葉転換 (EMT: epithelial-to-mesenchymal transition) を経た癌細胞の混入の可能性は否定された (Fig 4C, S3)。
7番染色体獲得によるクローン性拡大: 腫瘍SCNA陽性線維芽細胞333個中88個 (26.4%) に7番染色体異常が認められ、そのうち85個 (25.5%) が全染色体獲得であった (Fig 4C, S5A)。7番染色体遺伝子の平均発現量は、chr7 gainを持つ線維芽細胞で非SCNA線維芽細胞よりも有意に高かった (p=3.51×10⁻²²)。ただし、発現増加幅は期待値の50%に対し、実際には26%にとどまり、転写後レベルでの用量代償機構の存在が示唆された (Fig S5B)。7番染色体にはEGFR、MET、CDK6などの腫瘍促進遺伝子が多数含まれており、その獲得は線維芽細胞の増殖優位性を示すと考えられる。
線維芽細胞特異的予後バイオマーカー (5遺伝子シグネチャー): 腫瘍線維芽細胞で有意に高発現する59遺伝子の中から、TCGAコホートにおいて予後不良と関連する5遺伝子が同定された (Fig 5A, S5C, S5D)。これらはBGN (HR=2.0)、RCN3 (HR=2.2)、TAGLN (HR=1.8)、MYL9 (HR=1.7)、TPM2 (HR=2.0) であった (Fig 5B, 5C)。これらの遺伝子は癌細胞や他の間質細胞ではほとんど発現しておらず、その発現が主に腫瘍線維芽細胞に由来することが確認された (Fig 5D)。BGN、RCN3、TAGLN、MYL9の4遺伝子については、独立した8〜16例のIHCコホートでも、タンパク質レベルでの腫瘍内発現増加が確認された (Fig 5E, S5E)。これらの遺伝子は細胞外マトリックス成分(BGN: biglycan、RCN3: reticulocalbin)やアクチン細胞骨格関連タンパク質(TAGLN、MYL9、TPM2)をコードしており、がん関連線維芽細胞 (CAF) の活性化間質表現型を反映していると考えられた。
考察/結論
TME間質ゲノム不安定性の新概念: 本研究は、シングルセルマルチオミクスシーケンシングという新規手法を用いることで、「腫瘍微小環境の非悪性間質細胞はゲノム的に安定である」という従来の前提を覆した先駆的な研究である。SCNAは、解析した27例全員(CRC患者21例、NOR6例)の線維芽細胞、免疫細胞、内皮細胞で普遍的に検出され、従来のバルクシーケンシングでは見過ごされてきた低頻度の体細胞モザイク現象の実態が明らかとなった。特に、腫瘍線維芽細胞におけるSCNA頻度(11.1-47.7%、n=1,183細胞)が隣接正常組織(1.1-10.6%、n=664細胞)の数倍に達するという事実は、腫瘍微小環境がゲノム変化した線維芽細胞を選択的に増殖させているか、あるいは腫瘍環境が線維芽細胞のゲノム不安定性を誘発していることを強く示唆する。この知見は、TMEにおける間質細胞の役割に関する理解を深め、がんの発生・進展における新たな視点を提供する。
先行研究との違いと新規性: これまで、TME間質細胞のゲノム不安定性に関する報告はほとんどなかったが、本研究はシングルセルマルチオミクス解析を用いて、間質細胞におけるSCNAの普遍的な存在と、腫瘍組織における線維芽細胞のSCNA頻度の有意な増加を初めて示した点で新規性が高い。特に、7番染色体 (chr7) 獲得を持つ線維芽細胞のクローン性拡大は腫瘍内に限定されており、明確な選択優位性が示唆される。chr7にはEGFR (7p11.2)、MET (7q31.2)、CDK6 (7q21.2) など多数の増殖促進遺伝子が含まれており、chr7 gainがCAFの増殖や腫瘍促進機能を増強するという作業仮説が成立する。
臨床的意義と展望: 本研究で同定された5遺伝子バイオマーカー(BGN HR=2.0、RCN3 HR=2.2、TAGLN HR=1.8、MYL9 HR=1.7、TPM2 HR=2.0)は、TCGAコホートおよび独立したIHCコホートで検証された腫瘍線維芽細胞の活性化状態を反映する独立した予後マーカーとして有望である。これらのバイオマーカーは、CAFを標的とした新たな治療戦略における患者選択ツールとなりうる臨床的意義を持つ。本研究はまた、SCNAを持つ間質細胞が機能的に腫瘍細胞と協調してがんの進行を促進するという「間質ゲノム協調モデル」の根拠を提供し、腫瘍微小環境研究の新たな方向性を開拓するものである。
残された課題と限界: 今後の検討課題として、転写後レベルでの用量代償機構(発現増加が期待値の50%ではなく26%にとどまる)の具体的なメカニズム、機能的なドライバー遺伝子の特定、そして他の癌種における同様の現象の検証が挙げられる。SCNAを持つ間質細胞が、どのように細胞分裂、増殖、その他の重要なプロセスに影響を与えるかについては、さらなる詳細な調査が必要である。本研究のlimitationとして、10 Mb未満のSCNAやコピー数中立型ヘテロ接合性消失 (copy-neutral LOH) は検出対象外であったため、間質細胞のSCNA頻度は過小評価されている可能性がある。また、単一細胞におけるヘテロ接合性点変異を持つ遺伝子について、正常アレルがSCNAにより消失した場合の機能不全については本研究では評価されていない。
方法
本研究では、マイクロサテライト安定型 (MSS) 大腸癌 (CRC) 患者21例(男性8例、女性13例)と、癌の診断を受けていない高齢健常者 (NOR: normal individual) 6例(男性3例、女性3例)を対象とした。患者からは原発腫瘍組織、隣接正常組織、リンパ節、末梢血を採取し、NORからは末梢血を採取した。細胞分離には蛍光活性化セルソーティング (FACS: fluorescence-activated cell sorting) を用いた。線維芽細胞はCD45⁻CD90⁺、内皮細胞はCD45⁻CD31⁺としてソーティングし、免疫細胞は末梢血単核球 (PBMC: peripheral blood mononuclear cell) または組織浸潤細胞から採取した。
ゲノムとトランスクリプトームを並行して解析するため、既報のscTrio-seq2法を改良したシングルセルマルチオミクスシーケンシング法を適用した。この手法では、各単一細胞の細胞質(RNA)と核(DNA)を個別に回収し、それぞれ多重化シングルセルRNA-seqと多重化MALBAC (multiple annealing and looping-based amplification cycles) ゲノムシーケンシングに供した。RNAシーケンシングデータは、UMI-tools (version 0.5.5)、fastp (version 0.19.8)、Dobin et al. Bioinformatics 2013 (version 2.6.1d) を用いて処理し、Liao et al. Bioinformatics 2014 (version 1.6.3) で遺伝子発現量を定量した。DNAシーケンシングデータは、fastp、Li et al. Bioinformatics 2009 (version 0.7.17)、Li et al. Bioinformatics 2009 (version 1.4.1)、Picard (version 2.19.0) を用いて処理した。SCNAの検出は、Quinlan et al. Bioinformatics 2010 (version 2.24.0) を用いてゲノムを約1 Mbのウィンドウに分割し、リード深度の変動から約10 Mbを超える増幅または欠失をSCNAとして同定した。SCNA解析の信頼性を検証するため、96個のマウスES細胞核をプールし、96等分した「平均細胞」を192個作製して解析した結果、SCNAは一切検出されなかった。
RNAデータ品質管理 (QC: quality control) を通過した15,312細胞のうち、DNA QCも通過した13,459細胞を解析対象とした。これらの細胞は、Seurat (version 3.1.1) を用いたUMAPクラスタリングと、PECAM1、EPCAM、NKG7、CPA3、CD3G、CD79A、CD14、KLRD1などの既知マーカー遺伝子の発現に基づいて、上皮細胞、線維芽細胞、内皮細胞、T細胞、NK細胞、B細胞、マスト細胞、その他の骨髄系細胞の8種類の細胞種に分類された。
腫瘍線維芽細胞で有意に高発現する遺伝子を同定するため、Seurat (version 3.1.1) を用いて、腫瘍組織と隣接正常組織由来の線維芽細胞間で差次的に発現する遺伝子 (DEG: differentially expressed gene) を解析した。同定されたDEGのうち、TCGA (The Cancer Genome Atlas) 公開CRCコホートにおいて予後不良と関連する遺伝子を特定するため、GEPIA2 (http://gepia2.cancer-pku.cn/) を用いて生存解析を実施した。さらに、予後不良バイオマーカー候補遺伝子の一部(BGN、RCN3、TAGLN、MYL9)については、独立した8〜16例のCRC患者コホートにおいて免疫組織化学 (IHC: immunohistochemistry) 染色を行い、タンパク質レベルでの発現を確認した。統計解析にはWilcoxon rank-sum test、Wilcoxon signed-rank test、log-rank testが用いられ、p値が0.05未満を有意とした。