- 著者: Elham Azizi, Ambrose J. Carr, George Plitas, Andrew E. Cornish, Catherine Konopacki, Sandhya Prabhakaran, Alexander Y. Rudensky, Dana Pe’er
- Corresponding author: Alexander Y. Rudensky (rudenska@mskcc.org), Dana Pe’er (peerd@mskcc.org; Memorial Sloan Kettering Cancer Center)
- 雑誌: Cell
- 発行年: 2018
- Epub日: 2018-08-23
- Article種別: Original Article
- PMID: 29961579
背景
腫瘍微小環境 (TME) 中の免疫細胞の表現型理解は、がん進行メカニズムおよび免疫療法応答の解明に不可欠である。従来の免疫学的パラダイムでは、T細胞はnaive、effector、memory、exhaustedという離散的な分化状態として理解されてきた。共刺激受容体 (CD28、ICOS、OX40、CD40L、CD137) と共抑制受容体 (CTLA-4、PD-1、TIGIT、LAG3、TIM-3、CD160) の発現変動がT細胞活性化から疲弊への段階的プロセスとして把握されていた。例えば、T細胞疲弊の分子・細胞学的メカニズムについては、Wherry et al. NatRevImmunol 2015 が詳細に報告している。腫瘍関連マクロファージ (TAM) についても、抗腫瘍的M1型と促腫瘍的M2型という二元論的モデルが支配的であった。しかし、このM1/M2二元論の再評価を求める声も上がっていた (Martinez and Gordon 2014)。
免疫チェックポイント阻害療法 (CTLA-4、PD-1遮断) がメラノーマ、肺がん、腎がんで成功を収めながらも、Topalian et al. CancerCell 2015 が指摘するように、有意な応答が一部の患者・がん種に限られる背景として、腫瘍免疫微小環境の不均一性が指摘されてきた。乳癌においても免疫細胞組成の大きな患者間・サブタイプ間変動が観察されており (Dushyanthen et al. 2015)、免疫細胞の状態が正常・腫瘍組織間で離散的 vs. 連続的スペクトラムのいずれを形成するかは未解明のままであった。先行の質量分析細胞計測 (CyTOF) やバルクRNA-seq解析は主要細胞サブセットの大枠を明らかにしていたが (Chevrier et al. 2017; Lavin et al. Cell 2017; S˘enbabao˘glu et al. 2016)、大規模単一細胞レベルでの包括的解析は限定的であった。例えば、Tirosh et al. Science 2016 はメラノーマのscRNA-seq解析を行ったが、その規模は本研究と比較して限定的であった。このような状況下で、乳癌TMEにおける免疫細胞の多様な表現型を包括的に捉えるための大規模な単一細胞アトラスの構築が不足していた。特に、T細胞の活性化・分化状態が連続的なのか、あるいはマクロファージのM1/M2二元論が腫瘍内でも当てはまるのかという根本的な問いに対する明確な答えが不足していた。
目的
本研究の目的は、乳癌腫瘍微小環境における免疫細胞の表現型空間を大規模scRNA-seqによって網羅的にマッピングし、T細胞の分化・活性化状態の連続性 vs. 離散性を明らかにすることである。具体的には、T細胞が離散的な状態ではなく連続的な活性化・分化の軌跡に沿って存在するかを検証する。同時に、新規Bayesian計算手法であるBiscuit (Biscuit hierarchical Bayesian inference) を開発してバッチ効果・ライブラリーサイズ変動を補正し、腫瘍、正常組織、血液、リンパ節といった多様な組織種間の比較解析を可能にすることを目指す。さらに、TCR利用がT細胞の表現型多様性に与える影響を評価し、腫瘍関連マクロファージのM1/M2二元論が腫瘍内でも成立するかを検証する。最終的に、乳癌TMEにおける免疫細胞の包括的なアトラスを構築し、がん免疫学の新たなパラダイムを提示することを目的とする。
結果
免疫アトラスの構築と細胞種の同定: 8腫瘍の全データを統合してBiscuit正規化後、83クラスター (38 T細胞、27骨髄系、9 B細胞、9 NK細胞クラスター) からなる免疫アトラスが構築された (Figure 2E, 2F)。各クラスターはバルクRNA-seqとの相関解析および典型的マーカー遺伝子発現に基づき同定された。T細胞クラスターは15個のCD8+ T cellsと21個のCD4+ T cellsに分割され、さらに9 naive、7 central memory、15 effector memory、5 Tregクラスターに細分化された。骨髄系クラスターは3マクロファージ、3マスト細胞、4好中球、3樹状細胞、1形質細胞様樹状細胞、13単球系クラスターを含んでいた。83クラスターの大半 (73クラスター) は複数患者に共有されており、10クラスターのみが患者特異的であった (Figure 2G)。腫瘍内の免疫細胞組成は患者間で大きく変動しており、骨髄系細胞の割合は4%〜55%、T細胞の割合は21%〜96%の範囲に及んだ (Figure 1D)。Biscuit正規化により、バッチ効果が補正され、患者間の細胞混合が有意に改善された (U = 1.7721 × 10⁹, p = 0)。
腫瘍微小環境は免疫細胞の表現型空間を著しく拡張する: 腫瘍組織と正常乳腺組織を比較すると、腫瘍内では全主要細胞種においてクラスター数の倍増と表現型体積の劇的拡大が認められた (Figure 3B, 3F)。正常乳腺には存在しない腫瘍特異的クラスターとして14骨髄系、17 T細胞クラスターが同定される一方、正常特異的クラスターは存在しなかった。腫瘍T細胞における遺伝子発現分散の増大は、I型IFN (IFNα)、II型IFN (IFNγ)、TNFα、TGFβ、IL6/JAK/STAT、低酸素応答経路関連遺伝子において最大であった (Figure 3D, 3E)。表現型体積の倍率変化はT細胞で7.39 × 10⁴、骨髄系細胞で1.18 × 10¹⁴、NK細胞で6.08 × 10⁴と著大であり (Figure 3F)、腫瘍局所の炎症、低酸素、栄養環境、活性化/抑制リガンドの組み合わせが多様な免疫細胞状態を生み出すことを示唆した。これらの変化は、T細胞で約7.4万倍、骨髄系細胞で約1.2京倍、NK細胞で約6.1万倍の表現型体積の拡大に相当する。
T細胞は離散的でなく連続的活性化trajectoryに存在する: 拡散マップ解析で同定された最主要変動成分は「活性化」軸であり、T細胞活性化・IFNγシグナリング遺伝子シグネチャーと高度に相関していた (p = 0.0) (Figure 4A, 4B)。この軸に沿ってGZMA、GZMK、IL-32、IL2RB (Interleukin 2 Receptor Subunit Beta)、CCL4、CCL5、CXCR4等の活性化関連遺伝子が段階的に発現増加し (Figure 4C)、末梢血naive T細胞が最低活性化端、腫瘍浸潤Treg・effector memory T細胞が最高活性化端に分布していた (Figure 4D)。第2成分「terminal differentiation」軸はCTLA-4、TIGIT、GITR、OX40、4-1BB、FOXP3、CD39の段階的変化と相関していた (Figure 4E)。重要なことに、この2軸を同時可視化すると実質的に1本の連続したtrajectoryを形成しており (Figure 4A, S4D)、T細胞のナイーブ→活性化→疲弊という古典的な少数離散状態モデルが腫瘍内では成立せず、細胞が連続的スペクトラム上に分布することが実証された。各クラスター内でも広範な活性化状態の幅が存在しており、クラスター自体が「均一な状態」を表すわけではない (Figure 4D)。
環境シグナルの組み合わせがT細胞表現型多様性を規定する: CD4+ effector・central memoryクラスターはI型・II型IFN応答、低酸素、アネルギーシグネチャーのそれぞれに有意な発現変動を示した (F-test, p < 0.001) (Figure 5A)。CD8+ effector・central memoryクラスターは活性化、炎症、細胞傷害エフェクター経路関連遺伝子に有意な変動を示した (F-test, p < 0.001) (Figure 5B)。Tregクラスターは多くのシグネチャーで類似したパターンを示したが、Biscuitが捉えた共発現 (covariance) パターンによって5サブタイプへの分類が可能であった。例えば、CTLA-4の発現はクラスターによってTIGIT・GITRとの強い正の共発現を示す場合 (クラスター46、56、87) とICOSのみとの共発現を示す場合 (クラスター80) があり、単なる平均発現量では捉えられない遺伝子間共発現パターンの差異として捉えられた (Figure 5E, 5F, 5G)。これらの知見は、腫瘍内T細胞が局所的な多様な環境刺激 (炎症、低酸素、栄養欠乏、リガンド発現) の組み合わせ的入力によって高度に個別化された表現型を獲得することを示す。
TCR特異性が表現型に上乗せする影響: Paired scRNA-seq/TCR解析データにより、同一TCRクロノタイプを共有するT細胞が類似した転写プロファイルを示すことが判明した (Figure 6C)。TCR特異性と微小環境からの組み合わせ的入力の双方がT細胞の最終的な表現型を形成するという「二重規定モデル」が支持された。拡大クローンほど活性化シグネチャーが高い傾向があり、腫瘍内での抗原駆動性クローン増殖が示唆された。TCR多様性はT細胞活性化の連続性の52% (BC9)、48% (BC10)、32% (BC11) を説明した (一元配置ANOVA, p < 0.001)。しかし、各クロノタイプ内でも驚くほど広範な活性化状態が存在した (Figure 6C)。例えば、BC9のT細胞では、TCR多様性が活性化状態の変動の52%を説明した (n=約9,000 cells)。
腫瘍関連マクロファージはM1/M2二元論に適合しない: 腫瘍関連マクロファージ (TAM) は古典的M1/M2二極化モデルに適合せず、単球を経て多様な活性化状態が連続的スペクトラム上に分布していた (Figure 7B, 7C, 7D)。腫瘍特異的マクロファージクラスターは正常組織・血液のものとは異なる位置に分布し、より活性化したマクロファージが腫瘍でより多く認められた。しかし明確なM1/M2分離クラスターは確認されなかった。驚くべきことに、M1およびM2関連遺伝子シグネチャーは骨髄系細胞集団において正の相関を示し、同一細胞内で共発現していた (Figure 7G)。これは、マクロファージの活性化が離散的なM1/M2状態として、あるいはM1/M2間のスペクトラムとして単純に説明できないことを示唆する。共分散パターンは、3つのTAM集団を区別する上で重要であり、例えばM2マーカーであるMARCOとB7-H3は、クラスター23と25では正の共分散を示したが、クラスター28では負の共分散を示した (p = 0, p = 5 × 10⁻⁶, p = 0) (Figure 7H, 7I, 7J)。この知見は、TAMを単純なM2とみなして標的化するという治療戦略の過度な単純化に警鐘を鳴らす。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、乳癌免疫微小環境の初の大規模・多組織scRNA-seqアトラスを提供し、T細胞が少数の離散的活性化・分化状態ではなく、一連の連続的な活性化 trajectory 上に存在すること、および腫瘍関連マクロファージの古典的M1/M2二元論が腫瘍内では成立しないことを実証した点で、これまでの限定的な細胞数に基づいた先行scRNA-seq研究 (例: Tirosh et al. Science 2016) とは異なる。また、正常乳腺・血液・リンパ節との組織横断比較という新軸を追加し、TMEが正常組織の免疫状態を「phenotypic expansion」として拡張する (逆は起きない) という重要な非対称性を示した。
新規性: 方法論的貢献として、バッチ効果補正、ライブラリーサイズ正規化、欠損値補完を同時に行うBayesian手法Biscuitの新規開発は、複数患者・複数組織由来scRNA-seqデータ統合の方法論的問題を解決した。SEQC (Sequence Quality Control) パイプラインによる感度・特異度の向上も再現性の確保に寄与した。これらのツールは後続の大規模腫瘍免疫アトラス研究の計算的基盤として機能した。本研究で初めて、TCR利用と多様な環境入力の組み合わせがT細胞の表現型多様性を形成するという「二重規定モデル」を提唱した。
臨床応用: T細胞表現型の連続性という知見はPD-1・CTLA-4阻害療法の奏効機序を再解釈し、特定の離散的「疲弊T細胞集団」の回復というモデルから「活性化 trajectory の再プログラム」という新たな枠組みを提供する。血液免疫細胞のプロファイルが腫瘍内免疫組成を必ずしも反映しないという知見は、周血バイオマーカー開発の限界を示す重要な警告でもある。TNBC腫瘍 (BC3) でCD8+ T細胞の活性化シグネチャーが特に顕著であったことは、TNBCにおける免疫療法応答性の高さと一致し、サブタイプ特異的な免疫療法戦略の根拠となる。マクロファージのM1/M2二元論が腫瘍内では成立しないという発見は、TAMを単純なM2とみなして標的化するという治療戦略の過度な単純化に警鐘を鳴らし、より複雑な標的化戦略の必要性を示唆する。
残された課題: 本研究は治療前の断面的解析であり、治療介入による免疫細胞状態の動的変化は捉えられていない点がlimitationである。また乳癌8例という比較的少数の患者数とサブタイプの偏り、inDropプラットフォームの感度限界も留意が必要である。今後は時系列解析・機能的アッセイとの統合による連続的T細胞状態と免疫療法応答の因果関係の解明が残された課題である。TCR特異性と微小環境の相互作用がT細胞の空間分布にどのように影響するかについても、さらなる研究が必要である。
方法
治療未施行の原発性乳癌8例 (ER+/PR+、Her2+、TNBC含む) からFACSでCD45陽性細胞を単離し、inDropプラットフォームを用いてscRNA-seqを実施した。合計47,016個の細胞のトランスクリプトームデータを取得し、対応する正常乳腺組織、末梢血、リンパ節も解析し、組織種間の比較を行った。データ解析パイプラインとして、感度と特異度を向上させるための前処理パイプラインであるSEQC (Sequence Quality Control) を新規開発した。SEQCは、Illumina fastqファイルからカウント行列を生成し、細胞バーコードの置換エラーや低複雑度ポリマーをフィルタリングする。アラインメントには、高速で並列処理が可能なSTARアライナー (Dobin et al. Bioinformatics 2013) を使用し、hg38ゲノムにマッピングした。マルチアラインメントの解決には、UMI (Unique Molecular Identifier) に基づく効率的な手法を実装し、各フラグメントセットを生成したユニークな遺伝子を特定した。分子識別子 (UMI) のエラー補正には、Jaitin et al. (2014) の手法を改良したバージョンを適用し、統計的証拠が十分な場合にのみエラーを修正した。
クラスタリングと正規化には、階層的ベイズモデルであるBiscuitを使用し、細胞およびバッチ固有の変動を同時補正しながらクラスターを推定した。Biscuitは、平均発現量と共分散パターンに基づいてクラスターを識別する。さらに、追加の3例の乳癌患者 (BC9-11) から採取した27,000個のT細胞でpaired scRNA-seqとTCR sequencingを実施し、TCR利用が表現型に与える影響を解析した。TCRレパートリーの多様性がT細胞活性化の連続的なスペクトラムに寄与するかを評価するため、各クロノタイプ内の活性化状態の分布を解析した。拡散マップ (diffusion maps) による主要変動成分の抽出と「表現型体積 (phenotypic volume)」の定量化により、腫瘍内免疫細胞の状態空間の拡張を評価した。CyTOF質量分析細胞計測データも3例の乳癌患者 (BC12-14) から収集し、Treg細胞の共分散パターンを検証した。統計解析には、F-test、t-test、一元配置ANOVA (analysis of variance)、およびエントロピーベースの指標を用いて、クラスターのロバスト性、患者間の混合度、および表現型体積の有意差を評価した。