• 著者: Chen H, Zhao L, Meng Y, Qian X, Fan Y, Zhang Q, Wang C, Lin F, Chen B, Xu L, Huang W, Chen J, Wang X (Nanjing Medical University)
  • Corresponding author: Wang X, Chen J, Huang W, Xu L (Nanjing Medical University, Nanjing University of Chinese Medicine, Nanjing First Hospital, The Affiliated Cancer Hospital of Nanjing Medical University)
  • 雑誌: Cancer Letters
  • 発行年: 2022
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 35240233

背景

腫瘍微小環境 (TME: tumor microenvironment) は、がんの発生、進展、転移、および治療抵抗性の獲得において極めて重要な役割を果たしていることが近年の研究で明らかになっている。TMEを構成する様々な間質細胞の中でも、がん関連線維芽細胞 (CAF: cancer-associated fibroblast) は最も主要な細胞成分であり、細胞外マトリックスの再構築や多様な液性因子の分泌を介して、がん細胞の増殖や浸潤を強力に支援する。先行研究において、CAFが内皮細胞や免疫細胞などの他のTME構成成分と相互作用し、血管新生や免疫監視からの逃避を制御することが報告されている Quail et al. NatMed 2013。正常線維芽細胞 (NF: normal fibroblast) からCAFへの活性化・変換は、主にがん細胞から放出される因子によって誘導されるが、その詳細な分子機構には未だ多くの不明な点が存在し、十分な解明には至っていない。

特に、非小細胞肺がん (NSCLC: non-small cell lung cancer) において、がん細胞がどのようにして周囲の間質細胞を教育し、腫瘍促進的な微小環境を構築するのかという点については、研究が不足している。Sulfonylurea receptor 1 (SUR1、遺伝子名ABCC8: ATP binding cassette subfamily C member 8) は、ATP感受性カリウム (KATP: ATP-sensitive potassium) チャネルの調節サブユニットであり、糖尿病治療薬であるスルホニルウレア系薬剤グリベンクラミド (glibenclamide) の標的受容体として知られている。膵β細胞におけるインスリン分泌制御におけるSUR1の役割は確立されているが、悪性腫瘍、特に肺がんにおけるSUR1の機能や、それがTMEに及ぼす影響についてはこれまでほとんど研究されてこなかった。先行研究では、SUR1がNSCLCにおいて発現亢進しており、グリベンクラミドがSUR1/p70S6K (p70 ribosomal S6 kinase: p70リボソームS6キナーゼ) 経路を阻害することでKATPチャネル非依存的にがん細胞の増殖を抑制することが示されていたが、SUR1発現がん細胞がCAFの蓄積や活性化にどのように関与しているかは未解明であった。

また、細胞外小胞の一種であるエクソソーム (exosome) は、miRNAやタンパク質を内包して細胞間コミュニケーションを媒介する重要なツールとして注目されている Wortzel et al. DevCell 2019。RNA結合タンパク質であるKHSRP (KH-type splicing regulatory protein: KHタイプスプライシング制御タンパク質) は、前駆体miRNA (pre-miRNA) の成熟を促進することが知られているが、がん細胞内でのシグナル伝達がどのようにKHSRPの活性を制御し、エクソソームを介したメッセージ伝達に影響を与えるのかという詳細なメカニズムも不明であった。本研究は、NSCLCにおけるSUR1発現がん細胞が、エクソソームを介してNFからCAFへの変換を誘導する新規経路を明らかにし、TMEを標的とした新たな治療戦略を提示することを目的とする。

目的

本研究の目的は、NSCLCにおいて、SUR1を高発現するがん細胞が、TMEにおけるNFからCAFへの変換を誘導する分子メカニズムを詳細に解明することである。具体的には、がん細胞由来のエクソソームに内包されるmiRNA、特にlet-7a-5pの役割と、その成熟を制御する細胞内シグナル伝達経路 (SUR1/p70S6K/KHSRP軸) を同定する。さらに、既存のSUR1阻害薬であるグリベンクラミドが、CAFの活性化および腫瘍の増殖・転移を抑制する治療薬として機能するかどうかを、細胞実験、マウス皮下移植モデル、および患者由来がん組織移植 (PDX: patient-derived xenograft) モデルを用いて検証し、その臨床的有用性を評価することを目的とする。

結果

SUR1高発現とLUADにおけるCAF蓄積および予後不良の相関: Human Tissue Atlasデータベースの解析、および自施設のLUAD患者51例のコホートにおいて、腫瘍組織におけるSUR1の発現レベルは、CAFの代表的なマーカーであるα-SMAの発現量と有意な正の相関を示した (p<0.05) (Fig. 1)。51例のコホートにおいて、SUR1の高発現は臨床病期 (ステージII vs. ステージI、p=0.043) およびリンパ節転移の有無 (p=0.025) と有意に関連していた (Table 1)。さらに、76例のLUAD組織マイクロアレイを用いたKaplan-Meier生存解析の結果、SUR1高発現群は低発現群と比較して全生存期間 (OS) が有意に短縮していることが示された (p<0.05) (Fig. 1G)。一方で、TCGAデータベースの解析では、がん細胞が大部分を占める腫瘍組織においてABCC8 (SUR1) とACTA2 (actin alpha 2, smooth muscle: 平滑筋αアクチン2) の遺伝子発現レベルに直接的な相関は認められず、これはCAFにおけるSUR1発現ではなく、がん細胞のSUR1発現がNFの間接的なCAF化を誘導していることを示唆している。

SUR1によるin vivoでのCAF蓄積促進と腫瘍進展の亢進: ヌードマウスを用いた皮下腫瘍モデルにおいて、SUR1を安定過剰発現させたA549細胞 (n=8 mice) を移植した群は、コントロール群と比較して腫瘍体積および重量が有意に増大した (p<0.05) (Fig. 2A, B)。腫瘍組織のMasson三色染色およびIHC解析の結果、SUR1過剰発現腫瘍ではα-SMA陽性のCAFの浸潤およびコラーゲン線維の蓄積が顕著に増加していた (Fig. 2C)。また、尾静脈注射による肺転移モデル (n=10 mice) において、SUR1過剰発現群は肺転移結節数を有意に増加させたが、SUR1阻害薬であるグリベンクラミド (200 mg/kg/day) の経口投与により、転移結節数および肺組織におけるα-SMA陽性CAFの蓄積が有意に抑制された (p<0.05) (Fig. 2D, E)。さらに、SUR1のノックダウン (shRNA) またはグリベンクラミド治療は、皮下移植モデルにおいて腫瘍内のα-SMA陽性線維芽細胞とコラーゲン密度を有意に減少させた (Fig. 2F, G)。

SUR1発現がん細胞由来エクソソーム中のlet-7a-5p減少とTGFBR1活性化を介したCAF化誘導: 正常肺線維芽細胞 (MRC-5およびHFL-1、n=3 replicates) をSUR1過剰発現 A549細胞の馴化培地 (SUR1_OE CM) で処理したところ、ACTA2、FN1 (fibronectin 1: フィブロネクチン1)、COL1A1 (collagen type I alpha 1 chain: I型コラーゲンα1鎖)、S100A4 (S100 calcium binding protein A4: S100カルシウム結合タンパク質A4)、PDGFB (platelet-derived growth factor subunit B: プレートレット由来成長因子サブユニットB) などのCAFマーカー遺伝子の発現が有意に上昇し、細胞遊走能が亢進した (p<0.05) (Fig. 3)。このCAF化誘導効果は、エクソソーム放出阻害剤であるGW4869 (20 μM) の前処理によって完全に消失したことから、がん細胞由来のエクソソームが媒介していることが確認された (Fig. 4A)。マイクロアレイおよびqRT-PCR解析により、SUR1過剰発現がん細胞から分泌されるエクソソーム内では、腫瘍抑制的miRNAであるlet-7a-5pのコンテンツが有意に減少(約0.5-fold decrease、p<0.05)していることが判明した (Fig. 4G)。let-7a-5pは、線維芽細胞においてTGFBR1 (transforming growth factor beta receptor 1: TGFβ受容体1) の3’ UTRに直接結合してその発現を抑制し、Smad2/3のリン酸化を阻害することでTGFβシグナルを不活性化する (Fig. 4J, K)。SUR1発現がん細胞由来のエクソソームは、let-7a-5pの不足により線維芽細胞のTGFBR1発現を上昇させ、TGFβシグナルを活性化することでCAFへの変換を促進することが実証された。

SUR1/p70S6K経路によるKHSRPのS395リン酸化を介したpre-let-7a成熟阻害: がん細胞内におけるlet-7a-5pの減少メカニズムを解明するため、シグナル伝達経路を解析した。SUR1の下流因子であるp70S6Kのノックダウンは、SUR1によるlet-7a-5pの低下を有意にキャンセルした (p<0.05) (Fig. 5A)。質量分析を用いた定量的リン酸化プロテオミクスにより、p70S6KがRNA結合タンパク質であるKHSRPのセリン395 (S395) 残基を直接リン酸化することを見出した (Fig. 5G)。共免疫沈降 (co-IP) アッセイにより、p70S6KはKHSRPのC末端ドメイン (Tr4) に結合することが示された (Fig. 5D)。通常、KHSRPはpre-let-7aに結合してその成熟を促進するが、p70S6KによるS395のリン酸化は、KHSRPとpre-let-7aの結合親和性を著しく低下させ、結果として成熟let-7a-5pの産生を抑制することがRIPアッセイにより明らかになった (Fig. 5F, H)。グリベンクラミドによるSUR1阻害は、p70S6K活性を抑制してKHSRPのリン酸化を阻害し、pre-let-7aとの結合を回復させることで、let-7a-5pの成熟を促進した。

グリベンクラミドによるPDXモデルでのCAF蓄積阻害と腫瘍増殖抑制: 臨床応用への可能性を検証するため、LUAD患者由来の組織を用いたPDXモデル (n=5 mice) を構築した。グリベンクラミド (200 mg/kg/day) の経口投与は、PDX腫瘍の増殖を極めて強力に抑制し、腫瘍体積および重量を有意に減少させた (p<0.01) (Fig. 6A, B)。組織学的解析において、グリベンクラミド投与群ではα-SMA陽性CAFの割合およびコラーゲン線維の蓄積が対照群と比較して顕著に低下していた (Fig. 6C)。また、PDX腫瘍組織におけるACTA2、COL1A1、FN1、VimentinなどのCAFマーカーのmRNAおよびタンパク質発現レベルが有意に低下し、p-p70S6Kの発現も抑制されていた (Fig. 6D, E)。さらに、グリベンクラミド投与群の腫瘍内では、let-7a-5pの発現レベルが有意に回復(約1.5-fold increase、p<0.05)していることが確認された (Fig. 6F)。

考察/結論

本研究は、NSCLCにおいてSUR1発現がん細胞が腫瘍微小環境 (TME) を再構築し、正常線維芽細胞 (NF) からがん関連線維芽細胞 (CAF) への変換を誘導する詳細な分子メカニズムを初めて明らかにした。

先行研究との違い: 従来のCAF活性化に関する研究の多くは、がん細胞から直接分泌されるTGFβなどの液性因子に焦点を当てていた。これらと異なり、本研究はがん細胞内のSUR1シグナル伝達がエクソソーム中のmiRNAコンテンツ、特にlet-7a-5pの量をエピジェネティックに調節し、これを介して間接的にNFのTGFβシグナル受容体 (TGFBR1) を活性化するという、新規の細胞間コミュニケーション経路を提示した。

新規性: 本研究で初めて、SUR1/p70S6K経路がRNA結合タンパク質であるKHSRPのセリン395 (S395) 残基を直接リン酸化し、pre-let-7aとの結合を阻害することで成熟let-7a-5p of 産生を抑制するという、転写後修飾レベルでのmiRNA成熟制御機構を新規に同定した。また、pre-let-7aのm7G (7-methylguanosine: 7-メチルグアノシン) 修飾がKHSRPとの結合を強化し、METTL1 (methyltransferase-like 1: メチルトランスフェラーゼ様1) がこのプロセスに関与していることも本研究で初めて示された。

臨床応用: 本知見は、既存の糖尿病治療薬であるグリベンクラミドの肺がん治療への臨床応用に強固な科学的根拠を提供する。グリベンクラミドは、がん細胞のSUR1を標的としてp70S6K/KHSRP軸を阻害し、エクソソーム中のlet-7a-5pを回復させることで、CAFの蓄積および腫瘍の増殖・転移を抑制する。すでに臨床現場で安全に使用されている薬剤のドラッグリポジショニング (drug repurposing) として、早期の臨床試験への移行が期待される。また、肺がん患者の血漿エクソソームにおいてlet-7a-5pが有意に低下していることから、非侵襲的な液体生検 (liquid biopsy) バイオマーカーとしての臨床的意義も極めて高い。

残された課題: 今後の検討課題として、SUR1過剰発現がん細胞の馴化培地によるCAF化誘導が、生体内から直接単離されたCAFの基底活性化レベルには完全に達していない点が挙げられる。これは、TMEにおけるCAFの不均一性や、TGFβシグナル以外の並行する活性化経路が関与している可能性を示唆しており、今後の詳細な検討が必要である。また、本研究は主にマウスモデルおよびin vitro実験系を用いており、ヒト臨床現場におけるSUR1/let-7a-5p/CAF軸の直接的な治療効果や安全性を検証するための臨床試験の実施が、今後の重要な課題として残されている。

方法

本研究では、臨床検体解析、in vitro細胞実験、およびin vivo動物実験を組み合わせた多角的なアプローチを採用した。 臨床検体として、南京医科大学附属がん病院において2015年から2019年の間に手術を受けた肺腺がん (LUAD: lung adenocarcinoma) 患者51例の腫瘍組織および隣接正常組織ペアを収集し、免疫組織化学 (IHC: immunohistochemistry) 染色によりSUR1およびα-SMA (alpha-smooth muscle actin: α-平滑筋アクチン) の発現を解析した。また、有効症例76例を含むLUAD組織マイクロアレイ (TMA: tissue microarray) を用いて、生存解析を実施した。さらに、肺がん患者48例の組織、および肺がん患者22例と健常者18例 of 末梢血から血漿エクソソームを単離し、qRT-PCR (quantitative reverse transcription-polymerase chain reaction: 定量的逆転写ポリメラーゼ連鎖反応) によりlet-7a-5pの発現量を定量した。

in vitro実験では、ヒトNSCLC細胞株であるA549、ヒト胎児肺線維芽細胞株であるMRC-5およびHFL-1、ならびにヒト胚性尿路上皮細胞由来HEK293T細胞を使用した。がん細胞の馴化培地 (CM: conditioned medium) および超遠心分離法により回収したエクソソームを線維芽細胞に添加し、CAFへの変換能を評価した。エクソソームの形態および粒径分布は、透過型電子顕微鏡 (TEM: transmission electron microscopy) およびナノ粒子トラッキング解析 (NTA: nanoparticle tracking analysis) システム (NanoSight NS300) を用いて確認した。遺伝子ノックダウンおよび過剰発現には、siRNA、shRNA、およびプラスミドベクターのトランスフェクションを実施した。タンパク質間の相互作用およびリン酸化修飾の同定には、共免疫沈降 (co-IP: co-immunoprecipitation) 法、質量分析 (MS: mass spectrometry) ベースの定量的リン酸化プロテオミクス、およびRNA免疫沈降 (RIP: RNA immunoprecipitation) アッセイを用いた。プロモーター活性やmiRNAの標的遺伝子結合能の検証には、デュアルルシフェラーゼレポーターアッセイを用いた。

in vivo実験では、4〜6週齢の雌性ヌードマウス (nu/nu) を用い、A549細胞 (5 × 10^6 cells/mouse) を皮下注射した皮下腫瘍モデル、および尾静脈注射 (2 × 10^6 cells/mouse) による肺転移モデルを作製した。また、患者由来のLUAD組織をNOD-SCID IL2rg-/- (NSG) マウスに皮下移植したPDXモデルを構築した。治療介入として、SUR1阻害薬であるグリベンクラミド (200 mg/kg/day) を経口投与し、腫瘍体積および重量を測定した。統計解析には、GraphPad Prismを用いて、2群間比較のためのStudent’s t-test、多群間比較のためのone-way ANOVA、生存曲線比較のためのKaplan-Meier法およびlog-rank検定、ならびにPearson相関解析を適用した。