- 著者: Luigi Ombrato, Emma Nolan, Ivana Kurelac, Antranik Mavousian, Victoria Louise Bridgeman, Ivonne Heinze, Probir Chakravarty, Stuart Horswell, Estela Gonzalez-Gualda, Giulia Matacchione, Anne Weston, Joanna Kirkpatrick, Ehab Husain, Valerie Speirs, Lucy Collinson, Alessandro Ori, Joo-Hyeon Lee, Ilaria Malanchi
- Corresponding author: Joo-Hyeon Lee (University of Cambridge); Ilaria Malanchi (The Francis Crick Institute)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2019
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 31462798
背景
転移がん細胞は、転移先臓器において局所微小環境(転移ニッチ)を形成し、自らの生存と増殖を支援する。この転移ニッチには、免疫細胞や間葉系細胞など多様な細胞が関与することが知られているが、特に実質細胞(parenchymal cells)の変化については、転移巣周囲の細胞を空間的に同定・単離する技術的困難から、これまで十分な研究が行われていなかった。転移初期の少数の前転移ニッチ細胞を同定するためには、組織全体の中から転移がん細胞に隣接する宿主細胞だけを選択的に標識・分離できる新しいシステムが不足していた。
先行研究では、腫瘍微小環境(TME)における様々な細胞タイプ、例えば活性化線維芽細胞、周皮細胞、内皮細胞、炎症細胞などががん細胞の挙動に影響を与えることが報告されている(Hanahan and Coussens Cancer Cell 2012)。また、転移がん細胞が初期の転移増殖段階で、正常な組織構造とは異なる局所TME(転移ニッチ)を形成し、転移巣の増殖を支援する上で重要であることも示されている(Quail et al. NatMed 2013)。しかし、転移ニッチの細胞組成、特に初期段階における詳細な解析は、組織内の転移ニッチ細胞を空間的に識別することの困難さによって制約されてきた。この技術的なギャップが、がん細胞による初期の定着に応答するものの、転移巣が成長するにつれて数が少ないままの細胞の同定を妨げていた。転移ニッチにおける実質細胞の役割は未解明な部分が多く、その機能的意義を詳細に解析するための技術が不足していることが課題であった。
本研究では、転移がん細胞が近傍の宿主細胞を直接標識するシステムを開発し、これらの限界を克服することを目指した。これにより、転移ニッチにおける実質細胞の役割、特に乳がんの肺転移におけるその機能的意義を詳細に解析することが可能となる。
目的
本研究の目的は、転移がん細胞が細胞透過性蛍光タンパク質を放出し、近傍の宿主細胞を標識するニッチラベリングシステムを開発することである。このシステムを用いて、乳がん肺転移における転移ニッチに存在する実質細胞の性質を明らかにするとともに、これらの細胞が転移を支援する機能的意義を解析する。具体的には、転移ニッチにおける非免疫系細胞の遺伝子発現プロファイルを比較し、特に肺実質細胞の応答を詳細に調査することで、転移微小環境における新たな細胞成分とその幹細胞様特性を同定することを目指す。本研究は、転移ニッチにおける細胞を高い空間分解能で同定、単離、機能的に評価するためのプラットフォームを提供し、転移の初期段階における宿主細胞の応答に関する知識のギャップを埋めることを目指す。
結果
mCherry-ニッチラベリングシステムの有効性とシステム検証: in vivo実験において、sLP-mCherryが転移巣周囲の約5細胞層まで宿主細胞を効率的に標識し、FACSによるmCherry+ニッチ細胞(GFP-mCherry+)の選択的分離に成功した。既知の転移ニッチ構成要素であるCD11b+骨髄系細胞およびLy6G+好中球がmCherry+分画に著明に濃縮されることで、本システムの妥当性が確認された (Extended Data Fig. 2d, 3a, 3b)。細胞内半減期43時間、CD63+多膜小胞への局在という特性から、本システムは接触依存的な短距離標識として機能し、転移巣直近の細胞を高特異的に同定できることが示された (Fig. 1e-g)。mCherry標識されたニッチ細胞の割合は、転移細胞数に比例して維持されることが示された(Extended Data Fig. 2c)。
好中球の転移ニッチ機能とROSによるがん細胞増殖支援: mCherry+ニッチ好中球は、非標識好中球と比較して、タンパク質合成、酸化的リン酸化、および細胞内ROSレベルが有意に増加していた (プロテオーム解析、Fig. 2a, b)。ROS阻害剤TEMPO存在下で、好中球による癌細胞増殖支援が著明に減弱し (3D共培養、Fig. 2c-e)、転移ニッチ好中球が活性酸素種を介してがん細胞増殖を支援するという新たな機能が明確化された。具体的には、ROS阻害剤TEMPOの添加により、がん細胞の増殖が約50%抑制された(p=0.007)。この結果は、Wculek and Malanchi Nature 2015やCoffelt et al. NatRevCancer 2016によって報告された好中球の転移促進機能に新たなメカニズム的洞察を加えるものである。
非免疫系ニッチ細胞のシグナリングとWISP1の転移促進機能: 非免疫系(CD45-)ニッチ細胞のRNA-seq解析では、微小転移初期に最も多くの遺伝子変化が検出され、腫瘍促進因子WISP1/CCN4を含む多数の遺伝子が上方制御された (Fig. 3d)。WISP1阻害抗体の投与によりin vivo転移形成が有意に抑制され(n=10 mice、2独立実験、p=0.0012)、WISP1が転移ニッチ成立に機能的に必要であることが示された (Fig. 3e)。WISP1の発現は、mCherry+ニッチ細胞において約2.5-foldの増加を示した。さらに、肺上皮細胞(EPCAM+・SP-C+AT2細胞)がmCherry+転移ニッチに存在することをFACSと免疫蛍光染色で確認し、ヒト乳がん肺転移標本でも転移境界部の肺胞細胞クラスターで増殖活性増加が観察された (Fig. 3g-i, Extended Data Fig. 6a-f)。これは、Liu et al. CancerCell 2016が報告した肺胞上皮細胞の応答とは異なる、直接的な局所応答を示唆する。
がん関連実質細胞(CAPs)の同定と脱分化特性: scRNA-seqによるt-SNE解析で、mCherry+ニッチ内に2つの上皮細胞クラスターを同定した (Fig. 4e)。クラスター1(EPCAM+CDH1+)は通常型肺胞マーカーを発現し正常AT2細胞に類似するが、クラスター2(EPCAM+CDH1-)は肺前駆細胞マーカーSCA1/Ly6aとTm4sf1を発現した脱分化状態を示した (Fig. 4f, g)。このCDH1-クラスターをがん関連実質細胞(cancer-associated parenchymal cells; CAPs)と定義した。RT-qPCR解析でも、正常肺胞マーカー(Sftpc, Sftpb, Abca3, Pdpn, Ager)の全体的な発現低下を確認した (Fig. 4h)。mCherry+ニッチのEPCAM+SCA1+細胞の頻度が、異なる転移細胞タイプでも増加していることがFACS解析で確認された (Fig. 4i, Extended Data Fig. 9b, c)。特に、SCA1+細胞の割合はmCherry+ニッチで約20%増加した(p=0.005)。
CAPsのAT2細胞起源、多系統分化能、自己複製能の実証: オルガノイド培養実験において、正常肺EPCAM+細胞はCD31+細胞存在下で主に肺胞オルガノイドを形成するのに対し、mCherry+ニッチEPCAM+細胞(CAPs)は気管支系統に偏った形成と多系統気管支肺胞オルガノイドを形成し、複数回の継代を経ても高い自己複製能を維持した (Fig. 5b-e)。癌細胞との共培養により、正常肺EPCAM+細胞がCAP様フェノタイプを獲得し(気管支・気管支肺胞オルガノイド比率増加、Fig. 5f-h)、Sftpc-Cre系譜標識実験でCAPsがAT2細胞起源であること(in vitroで癌細胞曝露後に多系統分化能を獲得、in vivoでSftpc-lineage細胞が転移巣に隣接)を証明した (Fig. 5i-k)。CAPsのオルガノイド形成効率は、正常肺細胞と比較して約3-fold高かった(p<0.001)。これらの結果は、がん細胞が肺胞II型細胞の組織修復プログラムをハイジャックし、幹細胞様特性を持つCAPsを誘導することを示唆する。
考察/結論
本研究は、転移ニッチ内の実質細胞を空間的・機能的に同定する革新的ツールであるmCherry-ニッチラベリングシステムを開発し、乳がん肺転移において肺胞II型細胞(Alveolar type 2 cell: AT2細胞)が脱分化して幹細胞様特性を持つがん関連実質細胞(cancer-associated parenchymal cells; CAPs)に変容することを初めて明確に示した。
先行研究との違い: これまでの転移ニッチ研究は、免疫細胞や線維芽細胞などの間葉系細胞に焦点が当てられてきたが、本研究は実質上皮細胞の積極的な転移ニッチへの参加を実証した点で、これまでの報告とは対照的な新機軸を開いた。特に、Peinado et al. NatRevCancer 2017が提唱する前転移ニッチの概念に対し、本研究は転移巣に直接隣接する実質細胞の動態を詳細に解析した。
新規性: 本研究で初めて、転移がん細胞が細胞透過性mCherryタンパク質を放出し、近傍の宿主細胞を標識するニッチラベリングシステムを新規に開発した。このシステムにより、肺胞II型細胞に由来するCAPsが、幹細胞様特性、肺前駆細胞マーカーの発現、多系統分化能、および自己複製能を獲得し、転移の増殖を支援することを初めて明らかにした。これは、がん細胞が組織再生プログラムをハイジャックする機序として、これまで報告されていない重要な知見である。
臨床応用: 本知見は、CAPsが転移がん細胞の増殖を支援することから、CAP-がん細胞相互作用が転移治療の新規標的となりうるという臨床的意義を持つ。特に、WISP1の機能解析は、がん転移治療の標的探索に実際的な貢献をする可能性があり、WISP1阻害剤の開発が臨床応用につながる可能性がある。また、mCherry-ニッチラベリングプラットフォームは、他の転移臓器やがん種への応用が可能な汎用性の高いツールとして、広く展開できる。
残された課題: 今後の検討課題として、CAPsの形成メカニズムにおけるがん細胞由来因子の特定と、それらの因子がAT2細胞の脱分化および幹細胞様特性獲得にどのように寄与するかの詳細な解析が残されている。また、in vivoでのCAPsの長期的な挙動や、異なるがん種におけるCAPsの役割についてもさらなる研究が必要である。Limitationとして、本研究は主に乳がん肺転移モデルに焦点を当てており、他の転移部位やがん種への一般化には追加の検証が必要である。
方法
mCherry-ニッチラベリングシステムの構築: 転移がん細胞が近傍の宿主細胞を直接標識するシステムを開発するため、細胞透過性脂質溶解性タグ(修飾TATkペプチド)を付加した分泌型mCherryタンパク質(sLP-mCherry)を発現する4T1乳がん細胞(labelling-4T1細胞; GFP+mCherry+)を構築した。分泌されたsLP-mCherryは近傍細胞に取り込まれ、mCherry+(GFP-)として蛍光ソーティングが可能となる。in vitro実験では、sLP-mCherryの細胞内半減期は43時間であり、CD63+多膜小胞(ライソゾーム様構造)に局在することが確認された。この特性から、本システムは転移巣直近の細胞を高特異的に同定できる接触依存的な短距離標識として機能すると考えられる。
in vivoモデルと細胞分離: syngeneicなBALB/cマウス(n=50 mice)への尾静脈注射によりlabelling-4T1細胞を肺に転移させ、転移巣周囲の約5細胞層にわたる隣接細胞(GFP-mCherry+;ニッチ細胞)をFACSで分離した。免疫細胞(CD45-Ter119-CD31-)を排除した後、非免疫系ニッチ細胞を解析した。この手法により、遠位肺細胞(GFP-mCherry-)と転移ニッチ内の宿主細胞を特異的に識別することが可能となった。
分子解析:
- バルクRNA-seq: 非免疫系(CD45-)ニッチ細胞のRNA-seqによる遺伝子発現プロファイル比較を、微小転移期と大転移期の両方で実施した。これにより、転移ニッチの経時的な変化を捉えることを目指した。遺伝子発現解析にはLove et al. GenomeBiol 2014のDESeq2パッケージとSubramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005のGSEA (Gene Set Enrichment Analysis) を用いた。
- プロテオーム解析: mCherry+ニッチ好中球(Ly6G+)と非標識好中球のプロテオーム解析をLC-MS/MSにより実施し、転移ニッチにおける好中球の機能的変化を調査した。
- scRNA-seq: CD45-細胞のシングルセルRNAシーケンス(scRNA-seq)を実施し、mCherry+ニッチ細胞(n=1,473 cells)と遠位肺細胞(n=1,996 cells)のt-SNE解析により、転移ニッチ内の細胞多様性を詳細に解析した。
機能解析:
- 3Dスキャフォールド共培養系: 3Dスキャフォールド共培養系を用いて、がん細胞とニッチ細胞(好中球、上皮細胞)の相互作用ががん細胞増殖に与える影響を評価した。特に、ROS阻害剤TEMPOの存在下での好中球によるがん細胞増殖支援の減弱を検証した。
- Matrigelオルガノイド培養: mCherry+ニッチEPCAM+細胞(CAPs)の多系統分化能と自己複製能を評価するため、Matrigelオルガノイド培養を実施した。CD31+細胞またはがん細胞との共培養条件下でのオルガノイド形成を比較した。
- 系譜追跡実験: Sftpc-lineage細胞(AT2特異的Cre)を用いた系譜追跡実験により、CAPsの起源が肺胞II型細胞(Alveolar type 2 cell: AT2細胞)であることを証明した。
統計解析: 統計解析はPrism v.7.0c (GraphPad Software) を用いて実施された。P値は両側Student’s t検定(対応ありまたはなし)から得られた。必要に応じて、Welchの補正が不均一分散のt検定に適用された。一部のデータ(Fig. 4i)はD’Agostino and Pearson正規性検定を通過しなかったため、Wilcoxon matched-pairs signed-rank testが実施された。共培養がん細胞増殖の比較には単一サンプル検定が用いられ、経時的な増殖比較や複数の実験群間の多重解析には二元配置分散分析(two-way ANOVA)が用いられた。