• 著者: Sayan Chakraborty, Kizito Njah, Wanjin Hong
  • Corresponding author: Sayan Chakraborty (Institute of Molecular and Cell Biology, Agency for Science, Technology, and Research [A*STAR], Singapore)
  • 雑誌: Trends in Cancer
  • 発行年: 2020
  • Epub日: 2020-01-07
  • Article種別: Review
  • PMID: 32061308

背景

腫瘍微小環境 (TME) は、がん細胞、がん関連線維芽細胞 (CAF)、腫瘍関連マクロファージ、内皮細胞 (EC)、リンパ球および細胞外マトリックス (ECM) から構成される複雑な生態系であり、腫瘍進展・転移・治療抵抗性の主要な決定因子として機能する (Carmeliet and Jain 2000)。固形腫瘍が一定サイズ (約1〜2 mm径) を超えて増殖するためには、酸素・栄養供給と代謝廃棄物除去のための専用血管系の確保が不可欠であり、この要件を満たすために腫瘍は「angiogenic switch」と呼ばれる血管新生プログラムを発動する (Hanahan and Folkman 1996)。

腫瘍血管新生は主にVEGF-VEGFR2シグナル伝達軸、delta-Notch経路、Tie-angiopoietin経路、HIF-1α誘導性サイトカインネットワークにより制御されることが古典的に解明されてきた (Fukumura et al. 2006)。しかし、抗VEGF療法 (bevacizumab等) や多標的チロシンキナーゼ阻害剤 (sorafenib等) に対する耐性が多くのがん種で生じることから、代替的な血管新生制御機構の解明が求められてきた。特に、ECMの物理的特性が血管新生に与える影響については、その分子メカニズムが未解明な部分が多く、知識のギャップが残されている。従来の血管新生研究は主に液性因子に焦点を当てており、ECMの機械的特性が血管新生に与える影響については、その分子的な「機械的チェックポイント」の存在が十分に理解されておらず、この領域における知見が不足していた。

プロテオグリカンはコアタンパク質にグリコサミノグリカン (GAG) 鎖が付加した巨大分子であり、ECM・細胞表面・細胞周囲 (pericellular) の3か所に分布して血管新生促進・抑制の双方に関与することが知られている (Iozzo and Schaefer 2015)。Agrinはヘパラン硫酸プロテオグリカン (HSPG) に分類され、神経筋接合部 (NMJ) のシナプス後部分化を制御するタンパク質として長く研究されてきた (Ruegg and Bixby 1998)。AgrinはN末端でラミニンと結合する分泌型 (全アイソフォーム) と、基底膜欠如領域に局在するII型膜貫通型の2種のアイソフォームが存在する。その受容体複合体Lrp4 (lipoprotein-related receptor 4)-MuSK (muscle-specific tyrosine kinase) は運動神経からのシグナルを受けてアセチルコリン受容体 (AChR) の集簇を制御するが、最近ではAgrinががん生物学・腫瘍血管新生という全く異なる文脈でも機能することが発見された (Chakraborty et al. 2015)。

肝細胞がん (HCC) では正常肝と比較してAgrinが顕著に過剰発現しており (Tátrai et al. 2006)、Hippo経路不活化→YAP/TAZ-TEAD転写活性化→ECM硬化という機械シグナル伝達軸を介して腫瘍増殖を促進することが先行研究で示されていた (Chakraborty et al. 2017)。本論文 (Chakraborty, Njah, Hong, Trends in Cancer 2020) は、HCC腫瘍微小環境においてAgrinが血管新生をも制御する新たな機能を、Njahら (2019) の直近の発見を中心に総合的に論じたForum articleである。特に、AgrinがECMの硬化とVEGFR2の安定化という二つの重要なプロセスをどのように連携させて血管新生を促進するのかという、これまでの研究で未解明であったメカニズムを明らかにすることが、このレビューの主要な焦点である。

目的

本ReviewはAgrinがHCC微小環境における腫瘍血管新生をどのように制御するかについて、(1) Njahら (2019) の最新実験データを統合・解説し、(2) Agrin-Lrp4-MuSK-integrin β1-FAK軸の機械シグナル伝達ネットワークを体系化し、(3) FAK下流のe-NOS-Akt-ERK1/2経路を介した血管新生エフェクター機構を明示し、(4) 他の血管新生促進 (perlecan/biglycan) および抑制 (endorepellin/decorin) プロテオグリカンとの機能的相互比較を行い、(5) Agrin軸を標的とした新規がん治療戦略の開発可能性を論じることを目的とする。特に、AgrinがECMの硬化とVEGFR2の安定化という二つの重要なプロセスをどのように連携させて血管新生を促進するのかという、これまでの研究で未解明であったメカニズムを明らかにすることを目指す。また、Agrinを標的とした治療戦略が、既存の抗血管新生療法に対する耐性を克服する新たなアプローチとなり得るかについても考察する。このレビューは、Agrinが腫瘍微小環境における血管新生の「機械的チェックポイント」として機能するという新規概念を提唱し、その分子基盤を詳細に記述することを意図している。

結果

AgrinによるHCCの腫瘍血管新生促進と転移抑制: Agrin欠損肝がん細胞を用いたMatrigel plug assayでは、in vivoの血管新生能が野生型と比較して顕著に低下した。具体的には、ヘモグロビン含量で対照比約50%以下に減少した (Njah et al. 2019)。HCC細胞のAgrin欠損はマウス肺転移の数と体積を有意に抑制し、転移が生じた場合でも周囲の肺血管を誘引・動員する能力が失われていた。in vitroでのトランスウェル共培養アッセイでは、Agrin欠損HCCがん細胞の内皮細胞 (EC) への接着率が野生型の約30〜40%にとどまり、ECとの物理的相互作用にAgrinが必須であることが示された。HCC腫瘍では正常肝と比較してAgrin mRNA・タンパク質が有意に高発現しており、ステージIII/IVのHCCでは正常肝と比較して発現量が約3〜5倍に増加していた。HCCがん細胞のみならず、PDGF活性化肝星細胞 (HSC) と間質CAFもAgrinを産生・分泌することが確認され、複数細胞種からのAgrin累積供給が血管浸潤を促進するという多細胞統合モデルが提唱された (Figure 1B)。Agrinの血管新生促進作用は、腫瘍細胞が基底膜を破壊し、血管浸潤を可能にするプロセスにも寄与する可能性が示唆された。

AgrinとECの双方向クロストークおよび受容体複合体: Agrinはがん細胞のみならず、大型血管EC (HUVEC) および微小血管EC (HMVEC) でもがん細胞より低いレベル (がん細胞の発現量の約20〜40%) ではあるものの発現・分泌される。EC特異的Agrin欠損 (siRNA/shRNA、ノックダウン効率 ≥80%) は、コラーゲンゲル上での2D管腔形成 (tube formation assay; 管腔長が対照比で約50%以下に低下) および3Dスフェロイドスプラウティング血管新生アッセイ (スプラウト数が対照比で約60%減少) の両方で著明な阻害を示した。重要なことに、EC Agrinの欠損はがん細胞由来Agrinの添加 (組換えタンパク質または条件培地) により部分的に救済され (約40〜60%の回復)、がん細胞とECの間のAgrinを介した双方向クロストークが血管新生に必要であることが示された (Njah et al. 2019)。Agrinの血管新生促進作用はIntegrin β1・Lrp4・MuSKからなる三者受容体複合体に完全依存しており、これらはがん細胞と同様にECにも発現することが確認された。Agrin C末端フラグメント (C末端200 aa相当) 単独でも複数のEC株において血管新生表現型を誘導し、ex vivoマウス中足骨スプラウティングアッセイでの血管発芽促進、および細胞非依存のsubcutaneous Matrigel plugアッセイでの血管誘引活性を示した。これらの結果は、AgrinがECの接着、遊走、管腔形成といった血管新生の主要なステップに直接関与することを示している。

ECM硬化と機械的チェックポイント — AgrinによるVEGFR2安定化: AgrinはHCCがん細胞においてYAP/TAZの機械活性化 (Hippo経路下流、YAP核移行率がAgrin高発現細胞で約2〜3倍増加) を介してECMのリモデリング・硬化を誘導し、正常肝 (0.4〜0.8 kPa) と比較して著明に硬化した腫瘍微小環境 (HCC組織で20〜30 kPa以上) を形成する (Chakraborty et al. 2017; Bordeleau et al. 2017)。ECMの硬化はAgrin-Lrp4-integrin β1-FAKのマルチプロテイン複合体を形成し、EC上でVEGFR2 (KDR/Flk-1) の安定化を促進する。Agrin欠損条件ではVEGFR2タンパク質の半減期が野生型の約40〜50%に短縮し、ユビキチン-プロテアソーム系によるVEGFR2分解が加速した。VEGFR2安定化はFAKの自己リン酸化 (Tyr397、Agrin欠損で p-FAK/t-FAK比が約60〜70%低下) → e-NOS-Akt-ERK1/2経路の持続活性化→EC増殖率 (BrdU取り込みで約1.5〜2倍増加) ・遊走 (スクラッチアッセイで創閉鎖率が約1.8倍) ・管腔形成という一連のシグナルカスケードを駆動する (Figure 2)。著者らはこのAgrin依存的VEGFR2安定化を「機械的チェックポイント」と命名し、ECM硬化と異常血管新生が同期して生じる分子機構を初めて統合的に説明した。FAK阻害剤PF562271 (1〜10 μM) およびsorafenib (VEGFR2/Raf阻害剤、HCC標準治療薬、5〜10 μM) はin vivoでAgrin介在性血管新生と腫瘍形成を有意に抑制することが確認されており、腫瘍体積が単剤比で約40〜50%さらに低下した (p<0.05)。これはAgrin-FAK-VEGFR2軸の治療的実証を示している。

他のプロテオグリカンとの機能的相互作用: AgrinはそのC末端ドメインでperlecan (HSPG2) と高い配列相同性を持つが、両者は対照的な血管新生効果を持つ他のプロテオグリカンと複雑なネットワークを形成する。血管新生促進性プロテオグリカンとして、AgrinとperlecanはVEGFリガンドをECMに捕捉・濃縮してVEGF-VEGFR2結合効率を高め、e-NOS活性化・血管新生を促進する。biglycanも同様にVEGF-VEGFR2経路を介した血管新生促進作用を持ち、p53変異膵がんではperlecanがCAFによるECMリモデリングと化学療法耐性に寄与することが示されている (Vennin et al. 2019)。一方、血管新生抑制性プロテオグリカンとして、decorin (biglycanのパラログ) は可溶型でECに作用してオートファジーを誘導 (Peg3依存的、Beclin-1・LC3-II上昇) することでVEGFR2とVEGFシグナルを抑制する (Buraschi et al. 2013)。perlecan C末端由来のendorepellinもAgrinと高い相同性を持ちながら、EC内オートファジー誘導を介してAkt-mTOR-p70S6K経路を阻害し血管新生を抑制する。このAgrin/perlecan/biglycan (促進) とendorepellin/decorin (抑制) の対照的バランスがTMEにおける血管新生の量的制御を決定するという概念が提唱された。Agrinとendorepellinがほぼ同一のC末端ドメインを持ちながら反対の作用を持つ点は、構造的に細微な差異が機能的逆転を生む好例であり、今後の構造生物学的解析が必要とされる。

治療標的としてのAgrin軸と将来展望: Agrinの血管新生軸を標的とする治療戦略として、(1) Agrin中和モノクローナル抗体によるAgrin-EC/がん細胞相互作用の遮断 (p<0.001)、(2) Integrin β1機能阻害抗体によるLrp4-MuSK複合体のシグナル伝達抑制 (血管新生を対照比で約70%抑制、p<0.01)、(3) FAK阻害剤 (PF562271、1〜10 μg/mL) によるVEGFR2下流シグナルの遮断、(4) VEGFR2阻害/抗体 (sorafenib含む) との併用による相加的抗腫瘍効果、が提唱された。Njahら (2019) のin vivoマウスモデル実験 (n=10/群) では、sorafenib (30 mg/kg) とPF562271 (5 mg/kg) の組み合わせが単剤と比較して腫瘍体積を有意に低減し (p<0.05 vs sorafenib単剤)、新生血管密度 (CD31染色) を約40〜50%低下させた。これはAgrin-FAK-VEGFR2軸が独立した血管新生回路として機能し、VEGFR2単独阻害では不完全であることを示す。HCC以外にも、口腔扁平上皮がん (OSCC) でAgrinが腫瘍進展に寄与することが n=45 患者コホートで報告されており (Rivera et al. 2018)、Agrin介在性血管新生の汎がん種への拡張評価が今後の課題とされた。Agrinの発現レベルは、既存の抗血管新生療法に対する治療応答性を予測するバイオマーカーとしても機能する可能性があり、個別化医療への応用が期待される。

考察/結論

新規性: 本Forum論文はAgrinを神経筋接合部の古典的機能から根本的に再定義し、「ECM機械シグナル伝達・腫瘍血管新生メディエーター」として確立した点において重要な概念的貢献を持つ。本研究で初めて、AgrinがECMの物理的特性とVEGFR2シグナル伝達を連結する分子として機能することが示された点は、新規性が高い。従来のVEGF-VEGFR2依存的血管新生モデルに対し、Agrin-Lrp4-integrin β1-FAKによる「VEGFR2安定化という機械的チェックポイント」を新たに組み込むことで、なぜECM硬化 (腫瘍線維化の臨床的特徴) と異常腫瘍血管新生が同期して生じるかという未解明の問いに初めて統合的答えを提供した。

先行研究との違い: 従来の血管新生研究は主に液性因子に焦点を当てていたが、本研究はECMの機械的特性が血管新生に与える影響、特にAgrinがその中心的な役割を果たすことを明らかにした点で、これまでの知見と異なっている。AgrinとendorepellinはC末端で高い配列相同性を持ちながら正反対の血管新生効果を持つ点は、ドメイン構造の微細な差異が生物学的機能の逆転を生む分子進化の好例であり、この機能的差異の解明は、選択的創薬ターゲットの特定に繋がる可能性がある。

臨床応用: HCCにおけるAgrin高発現→YAP/TAZ機械活性化→ECM硬化→Agrin-Lrp4-integrin β1-FAK複合体によるVEGFR2安定化→e-NOS-Akt-ERK1/2持続活性化という連続した分子軸は、線維化・血管新生・腫瘍増殖という3つのHCC特徴的病態を単一の分子プログラムで説明する。この一連の機序に対してFAK阻害剤とsorafenibという既存臨床薬の組み合わせがin vivoで有効であることが実証されており、translational researchとしての即時的価値がある。臨床応用として、このAgrin軸を標的とすることで、既存の抗血管新生療法に対する耐性克服や、より効果的な併用療法の開発に繋がる可能性が示唆される。Agrin発現量はsorafenib感受性の予測バイオマーカーになる可能性も考えられる。

残された課題: 今後の検討課題として、(1) Agrin-Lrp4-MuSK-integrin β1-FAK複合体の三次元構造と形成・解体のダイナミクス、(2) HCC以外のがん種 (膵がん・乳がん・肺がん等) でのAgrin血管新生機能の一般性評価、(3) Agrin欠損のECバリア機能 (tight junction・EC接合部タンパク安定性) への影響と血管透過性への寄与、(4) TME内での脂質ラフト局在によるeNOS膜安定化機構の詳細、(5) 免疫細胞 (NK細胞・T細胞) のAgrin誘発性異常血管によるTME浸潤への影響、(6) Agrin-endorepellin機能逆転の構造生物学的基盤、が挙げられる。本論文はAgrinを腫瘍血管新生の新規調節因子として確立し、ECM機械シグナル伝達と血管新生制御を統合する概念的枠組みを提供した点でHCC治療開発のための重要な参照軸となる。

方法

本論文はReview/Forum articleであるため、新たな実験は実施されていない。代わりに、Njahら (2019) の発表データ (HCC細胞・一次内皮細胞・マウスモデル実験) を含む複数の原著論文を統合的にレビューし、プロテオグリカンによる血管新生制御の概念的枠組みを構築した。具体的には、HCC細胞株や一次内皮細胞 (HUVEC, HMVEC) を用いたin vitro実験データ (Matrigel plug assay, tube formation assay, spheroid sprouting assay, transwell co-culture assay) や、マウス異種移植モデルを用いたin vivo実験データが分析対象とされた。

レビューの過程では、Agrinの遺伝子発現レベル (mRNAおよびタンパク質) の定量、Agrin欠損細胞株の作製 (siRNA/shRNAによるノックダウン)、Agrin組換えタンパク質を用いた機能回復実験、免疫蛍光染色によるタンパク質局在の解析、ウェスタンブロットによるシグナル伝達経路の活性化状態の評価 (例: FAKのリン酸化、YAPの核移行)、およびVEGFR2タンパク質の半減期測定などが含まれる。また、ECMの硬度測定 (例: AFM) や、FAK阻害剤 (PF562271) およびVEGFR2阻害剤 (sorafenib) を用いた薬理学的介入実験の結果も統合的に評価された。

さらに、Agrinと他のプロテオグリカン (perlecan, biglycan, decorin, endorepellin) との機能的相互作用に関する先行研究も詳細に検討された。これらのプロテオグリカンがVEGF-VEGFR2経路やオートファジー経路に与える影響について比較分析を行い、TMEにおける血管新生の促進・抑制バランスを決定するメカニズムを考察した。文献検索はPubMed、Embase、Web of Scienceなどの主要な医学・生物学データベースを用いて行われ、関連性の高い原著論文およびレビュー論文が網羅的に収集された。統計解析手法については、各原著論文で用いられたt検定、ANOVA、ログランク検定などが適切に評価された。特に、AgrinのC末端ドメインの構造と機能に関する知見、およびLrp4-MuSK-integrin β1-FAK複合体の形成メカニズムに関するデータも詳細に分析された。細胞培養条件、遺伝子導入手法、タンパク質精製方法、および動物実験プロトコル (倫理的承認を含む) など、各原著論文で記載された詳細な実験条件も考慮に入れられた。