- 著者: P. Baas, D. Fennell, K. M. Kerr, P. E. Van Schil, R. L. Haas, S. Peters (on behalf of the ESMO Guidelines Committee)
- Corresponding author: ESMO Guidelines Committee (ESMO Head Office, via L. Taddei 4, CH-6962 Viganello-Lugano, Switzerland)
- 雑誌: Annals of Oncology
- 発行年: 2015
- Epub日: 2015-09-01
- Article種別: Clinical Practice Guideline
- PMID: 26223247
背景
悪性胸膜中皮腫 (MPM: malignant pleural mesothelioma) は、比較的稀な腫瘍であるものの、極めて予後不良な難治性悪性腫瘍である。英国における男性の罹患率は10万人あたり3.4人、フランスでは2.3人、オランダでは3.2人であり、過去10年間でわずかな増加傾向がみられる。この背景には、原因物質であるアスベスト (asbestos) 曝露から発症までに30年から50年という長い潜伏期間が存在することが挙げられる。世界保健機関 (WHO: World Health Organization) の推計によると、アスベスト関連疾患 (ARD: asbestos-related disease) による死亡者は世界全体で年間92,250人に達しており、症例の80%以上が職業性のアスベスト曝露に起因する予防可能な疾患である。西側諸国ではアスベスト使用禁止措置により罹患率は頭打ちになりつつあるが、発展途上国における継続的な使用は世界的な流行をもたらす懸念材料となっている。
近年、遺伝学的背景として BAP1 (BRCA1-associated protein 1) 遺伝子の胚細胞変異が一部のMPM発症素因となることが同定され、注目を集めている (Testa et al. NatGenet 2011)。しかし、MPMの初期症状は呼吸困難や胸痛、体重減少など非特異的であり、診断時にはすでに進行期に達していることが多い。また、胸水細胞診のみによる診断は困難であり、反応性中皮細胞との鑑別や、組織亜型の同定には高度な病理学的アプローチが要求される。
治療面においては、ペメトレキセド (pemetrexed) とシスプラチン (cisplatin) の併用化学療法が標準一次治療として確立されているものの、術後補助療法、維持療法、二次治療、外科的切除の適応、および放射線療法の至適線量や照射方法に関するエビデンスは依然として限定的である。特に、胸膜外肺全摘術 (EPP: extrapleural pneumonectomy) や胸膜剥離術 (P/D: pleurectomy/decortication) といった侵襲的術式の選択や、術後放射線療法を組み合わせた集学的治療の治療的意義については、依然として多くの議論が存在し、臨床的な合意は得られていない。このように、MPMの診療における多くの領域で最適なアプローチが不明であり、標準化された治療アルゴリズムの確立に向けたデータが不足しているという課題が残されている。本ガイドラインは、これらの臨床的ギャップを解消し、最新のエビデンスに基づいた推奨事項を提示するために、欧州臨床腫瘍学会 (ESMO: European Society for Medical Oncology) により策定された。
目的
本ガイドラインの目的は、MPMの診断、病理、病期分類、一次治療、二次治療、維持療法、放射線療法、外科治療、およびフォローアップに関する最新のエビデンスを統合し、臨床現場における意思決定を支援するための推奨事項を提示することである。具体的には、多職種からなる専門家パネルによる文献レビューに基づき、各臨床疑問に対してエビデンスレベル (I〜V) と推奨グレード (A〜E) を付与した明確な診療指針を提供し、MPM患者に対する最適な個別化医療と集学的治療のアルゴリズムを確立することを目指す。さらに、診断における組織生検の必須性、免疫染色パネルの標準化、外科的切除の適応基準、および放射線療法の安全な実施基準を明文化することで、世界的な診療水準の向上と患者予後の改善に寄与することを目的とする。
結果
診断および病理学的評価における必須要件: MPMが疑われる患者に対しては、詳細なアスベスト職業曝露歴の聴取 [II, A]、および胸部CT (computed tomography) スキャンの施行 [II, A] が必須である (Table 2)。胸水細胞診のみによる確定診断は、感度が不十分であり、反応性中皮細胞との鑑別が困難であるため、原則として推奨されない [IV, C]。確定診断には、組織生検による組織浸潤の確認が必須である [IV, A]。生検サンプルの取得には、ビデオ補助胸腔鏡下手術 (VATS: video-assisted thoracic surgery) または局所麻酔下胸腔鏡検査 (pleuroscopy) が推奨される [IV, A]。病理診断においては、主要な3つの組織亜型、すなわち上皮型 (epithelioid)、二相型 (biphasic)、および肉腫型 (sarcomatoid) を区別して記載しなければならない [IV, A]。免疫染色 (IHC: immunohistochemistry) は、原発診断の全例において必須であり [IV, A]、2種以上の中皮系マーカー (calretinin、cytokeratin 5/6、WT1、podoplanin/D240) と、2種以上の腺癌マーカー (TTF1、CEA、EP4) を組み合わせたパネル検査が強く推奨される [V, A] (Husain et al. ArchPatholLabMed 2013)。なお、肉腫型MPMでは、通常の中皮系マーカーが陰性となる頻度が高いため注意を要する。また、腫瘍マーカーであるCyfra 21.1、Fibulin-3、メソテリン (mesothelin) は、鑑別診断における特異度が不十分であり、診断目的でのルーチン使用は推奨されない [II, B]。
病期分類と画像診断の役割: MPMの病期分類には、IMIGおよびUICC (Union for International Cancer Control) によるTNM分類 (第7版) の使用が推奨される [III, B] (Table 1)。IASLCのデータベースを用いた3,101例の解析では、現行のTNM分類におけるT1とT2、およびN1とN2の間で全生存期間 (OS: overall survival) に有意な差が認められず、将来的な分類改訂の必要性が示唆されている。磁気共鳴画像法 (MRI: magnetic resonance imaging) は、外科的切除が検討される特殊な状況において、横隔膜、心膜、または胸壁への局所浸潤を精緻に評価するためにのみ推奨される [II, B]。陽電子放出断層撮影 (PET: positron emission tomography) スキャンの使用は限定的であり、遠隔転移の同定や早期治療反応性の評価を目的に、研究プロトコル内でのみ使用が考慮される [III, B]。ただし、胸膜癒着術 (pleurodesis) 施行後6ヶ月間は、炎症反応によるPETの偽陽性リスクが高まるため、評価の際には注意が必要である。
切除不能例に対する一次および二次化学療法:
切除不能な進行期MPMに対する一次治療として、抗葉酸剤とプラチナ製剤の併用療法 (ペメトレキセド+シスプラチン、またはラルチトレキセド+シスプラチン) が、唯一承認された標準治療である [I, A] (Table 2)。Vogelzangらによる第III相試験において、ペメトレキセド+シスプラチン併用群 (n=226) はシスプラチン単剤群 (n=222) と比較して、主要エンドポイントである全生存期間を有意に延長した。全生存期間中央値は併用群で 12.1 months であったのに対し、単剤群では 9.3 months であり、ハザード比は HR 0.77 (95% CI 0.61-0.97, p=0.020) であった。さらに、組織亜型別のサブグループ解析において、上皮型中皮腫患者 (n=312) における全生存期間のハザード比は HR 0.72 (95% CI 0.55-0.94, p=0.014) であり、併用療法の顕著な治療効果が示された。カルボプラチン (carboplatin) は、シスプラチンの代替薬として、高齢者や合併症を有する患者において忍容性が良好であり、許容される選択肢である。維持療法 (継続維持または切り替え維持) については、全生存期間の延長効果が証明されておらず、臨床試験への参加のみが推奨される [II, A]。二次治療においても確立された標準治療は存在せず、全身状態が良好な患者に対しては臨床試験への登録が強く推奨される [II, A]。単剤ビノレルビン (vinorelbine) は一定の活性を示しているが、ペメトレキセド既治療例に対するペメトレキセド単剤の二次治療は、最良支持療法 (BSC: best supportive care) と比較して生存期間の有意な延長を示さなかった。
放射線療法の適応と技術的制約: 放射線療法 (RT: radiotherapy) は、胸壁浸潤に伴う疼痛緩和を目的として、短期間の照射スケジュール (1 × 10 Gy、または 3 × 8 Gy) で考慮される [II, A]。胸腔ドレーン挿入経路や生検部への予防的照射は、ランダム化比較試験 (n=61) において腫瘍播種 (seeding) の予防効果が証明されず、ルーチンでの施行は推奨されない [III, A]。術後補助放射線療法は、局所制御率を向上させる目的で考慮されるが、標準治療としてのエビデンスは存在しない [II, A]。EPP後の片側胸腔に対する強度変調放射線療法 (IMRT: intensity-modulated radiotherapy) を施行する際には、残存する対側肺の線量制約を厳格に遵守する必要がある。具体的には、対側肺のV20 (20 Gy以上照射される体積割合) を15%未満、平均肺線量 (MLD: mean lung dose) を10 Gy未満に抑えることが必須である。これらの制約を逸脱した場合、致死的な放射線肺炎 (13例中6例で致死的な肺炎が発生したとの報告あり) のリスクが極めて高くなるため、照射は専門施設においてのみ実施されるべきである [II, A]。
外科的切除の適応と集学的治療: 外科的切除は、診断、病期分類、緩和、または集学的治療の一環として施行される [II, A] (Table 2)。胸水コントロールが困難な症例に対しては、VATSによる部分切除または胸膜癒着術が考慮される。完全切除を目指す術式として、EPPとP/D (または extended P/D) が定義されている。663例のレトロスペクティブ解析において、術後死亡率はEPP群で 7% であったのに対し、P/D群では 4% であり、全生存期間中央値は P/D群 16 months vs EPP群 12 months と、P/D群で良好な傾向が示された。また、ランダム化比較試験である MARS 1試験 (n=50例がランダム化) では、EPP群 (n=16) の全生存期間中央値が 14 months であったのに対し、非EPP群 (n=34) では 19 months であり、EPP群における術後死亡率は 18.8% と極めて高値であった。この結果から、EPPを伴う集学的治療 (trimodality therapy) の意義には強い疑問が投げかけられており、外科的切除の適応判断は、経験豊富な多職種チームによって慎重に行われるべきである [III, C]。EORTC 08031試験 (n=57) において、シスプラチン+ペメトレキセドによる導入化学療法後にEPPを施行する集学的治療のプロトコル完遂率が評価されたが、90日生存かつ毒性なしを達成した割合は 42.1% にとどまり、主要エンドポイントを達成できなかった。
考察/結論
本ESMOガイドライン2015年改訂版は、MPMの診療における標準的なアプローチを体系化し、臨床現場における意思決定のための強固な基盤を提供している。
先行研究との違い: 本ガイドラインは、従来の外科的切除を重視するアプローチと異なり、MARS 1試験などのランダム化比較試験の知見を反映し、EPPを伴う集学的治療に対して極めて慎重な姿勢を示している点が対照的である。また、診断において胸水細胞診のみに依存せず、組織生検による浸潤の確認を必須とした点も、これまでの診断基準と異なる。
新規性: 本ガイドラインは、BAP1胚細胞変異の関与を新規に記載し、中皮腫の発症における遺伝的素因の重要性を初めて公式に提示した (Testa et al. NatGenet 2011)。さらに、病理診断における免疫染色パネルとして、中皮系マーカー2種以上と腺癌マーカー2種以上の併用を具体的に明文化した点も新規である。
臨床応用: 本知見の臨床応用として、臨床現場における正確な組織亜型分類の決定が挙げられる。これにより、予後予測や治療方針の決定がより精緻に行われる。また、ペメトレキセド+シスプラチン併用療法を標準一次治療として臨床現場に定着させ、高齢者や合併症を有する患者に対してはカルボプラチンへの代替という実用的な選択肢を提供している。
残された課題: 今後の検討課題として、外科的切除 (特にP/D) の真の治療的意義を検証する MARS 2試験の結果が待たれる。また、維持療法や二次治療における有効な薬剤の確立が不十分であり、今後の研究において免疫チェックポイント阻害薬や標的治療薬 (FAK阻害剤など) の臨床試験の進展が期待される。Limitationとして、本ガイドライン策定時点では、これら新規薬剤の第III相試験データが不足しており、推奨レベルが限定的である点が挙げられる。
方法
本臨床実践ガイドラインは、ESMOの標準作業手順 (standard operating procedures) に従って策定された。胸部腫瘍学、病理学、胸部外科学、および放射線腫瘍学の専門家からなる執筆パネルが組織され、主要な文献データベースである PubMed、Embase、および Cochrane を用いて、MPMの診断、病期分類、治療に関する包括的な文献検索が実施された。
エビデンスレベルおよび推奨グレードの付与には、米国感染症学会-米国公衆衛生局 (IDSA-USPHS: Infectious Diseases Society of America-United States Public Health Service) のグレーディングシステムが採用された。エビデンスレベルは、大規模ランダム化比較試験 (RCT: randomised controlled trial) に基づく「レベルI」から、対照群のない研究や専門家の意見に基づく「レベルV」まで分類され、推奨グレードは、臨床的有用性が極めて高い「グレードA」から、有効性がないか有害であることを示す「グレードE」まで設定された。
ガイドラインの策定にあたっては、主要な臨床試験のデータが詳細に検討された。生存期間の解析には Kaplan-Meier 法、ハザード比 (HR: hazard ratio) の算出には Cox regression (コックス比例ハザード回帰分析)、群間比較には log-rank テストを用いた統計的手法が評価された。また、進行中の臨床試験として、ペメトレキセド維持療法を評価する NCT01085630 試験、局所粘着斑キナーゼ (FAK: focal adhesion kinase) 阻害剤であるdefactinibを評価する COMMAND試験 (NCT01870609)、および予防的放射線療法の意義を検証する PIT試験 (NCT01604005) などのプロトコルが参照された。
さらに、病理学的診断基準の標準化に向けて、国際中皮腫インタレストグループ (IMIG: International Mesothelioma Interest Group) のコンセンサスステートメントや、世界保健機関 (WHO) による組織分類が精査された。外科的切除に関しては、国際肺癌学会 (IASLC: International Association for the Study of Lung Cancer) のデータベースを用いた病期分類の妥当性検証データが組み込まれた。最終的な推奨事項は、専門家パネルによる合意形成の後、匿名の査読者 (peer reviewer) による査読プロセスを経て、ESMOガイドライン委員会によって承認された。