- 著者: Testa JR, Cheung M, Pei J, Below JE, Tan Y, Sementino E, Cox NJ, Dogan AU, Pass HI, Trusa S, Hesdorffer M, Nasu M, Powers A, Rivera Z, Comertpay S, Tanji M, Gaudino G, Yang H, Carbone M
- Corresponding author: Testa JR (Fox Chase Cancer Center, Philadelphia, USA); Carbone M (University of Hawaii Cancer Center, Honolulu, USA)
- 雑誌: Nature Genetics
- 発行年: 2011
- Epub日: 2011-08-28
- Article種別: Original Article
- PMID: 21874000
背景
悪性中皮腫 (mesothelioma) は、主に石綿 (asbestos) などの鉱物繊維への暴露と強く関連して発生する極めて予後不良な悪性腫瘍である。しかし、重度の石綿暴露を受けた集団であっても、実際に中皮腫を発症するのは一部の個人 (約4.6%) にとどまる。この事実は、中皮腫の発症において環境要因だけでなく、宿主側の遺伝的感受性が重要な役割を果たしている可能性を強く示唆していた。実際に、一部の家系において中皮腫が多発する現象が報告されており、遺伝的素因の存在が疑われていたが、その具体的な責任遺伝子は長年にわたり未解明のままであった。
先行研究において、BAP1 (BRCA1-associated protein-1) は核局在型の脱ユビキチン化酵素であり、BRCA1結合蛋白として細胞増殖の抑制や腫瘍抑制機能を有することが報告されていた (Jensen et al. 1998, Ventii et al. 2008)。また、別の先行研究では、転移性ぶどう膜黒色腫 (uveal melanoma) においてBAP1の体細胞変異が高頻度に認められることが示されていた (Harbour et al. 2010)。しかし、これらのがん種と遺伝性中皮腫との関連性や、生殖細胞系列におけるBAP1変異が中皮腫の感受性を規定するかどうかについては、これまで十分な解析が行われておらず、遺伝的背景に関する知見が決定的に不足していた。特に、石綿暴露が極めて軽微な個人における中皮腫発症の分子メカニズムは不明であり、環境要因と遺伝的要因の相互作用を説明するためのゲノムデータが不足しているという課題が存在した。本研究は、この重大な knowledge gap (知識ギャップ) を埋めるために、中皮腫多発家系のゲノム解析を通じて遺伝的感受性遺伝子の同定を試みたものである。
目的
本研究の主な目的は、悪性中皮腫の多発家系を対象とした詳細なゲノム解析を通じて、中皮腫に対する遺伝的感受性を規定する責任遺伝子を同定することである。具体的には、米国における中皮腫多発家系2家系 (W家系およびL家系) を対象に、連鎖解析およびアレイCGH (comparative genomic hybridization: 比較ゲノムハイブリダイゼーション) を用いて感受性遺伝子座を絞り込み、BAP1遺伝子の生殖細胞系列変異の有無を検証する。さらに、散発性中皮腫患者における生殖細胞系列および体細胞レベルでのBAP1変異の頻度を明らかにし、BAP1変異が中皮腫だけでなく、ぶどう膜黒色腫などの他のがん種への罹患性を高める「BAP1関連がん症候群」という新たな遺伝性腫瘍症候群を形成しているかを検証することを目的とする。また、BAP1欠損細胞株を用いた機能解析により、BAP1の腫瘍抑制因子としての生物学的機能を直接証明することを目指す。
結果
中皮腫多発家系におけるBAP1生殖細胞系列変異の同定と2アレル性不活化の証明: 我々は、中皮腫が多発する米国の2家系 (W家系およびL家系) を対象にゲノム解析を行った。W家系では、家系内の6名の罹患メンバーの生殖細胞系列DNAにおいて、BAP1遺伝子のイントロン6とエクソン7の境界部におけるスプライスアクセプター部位の一塩基置換 (-2位のA→G置換) が同定された (Figure 1)。ミニジーンを用いたスプライシングアッセイにより、この変異がエクソン7のスキッピングを引き起こし、フレームシフトと早期終止コドンをもたらすことが確認された。さらに、W家系の腫瘍検体 W-III-04T (tumor sample from individual III-4 in family W), W-III-06T (tumor sample from individual III-6 in family W), W-III-08T (tumor sample from individual III-8 in family W) の解析から、体細胞レベルでの第2のヒット (W-III-04Tにおける25-bpの体細胞欠失、W-III-08Tにおける野生型アレルの消失など) が確認され、BAP1の2アレル性不活化が示された。免疫組織化学 (IHC) 染色では、これら変異保有者の腫瘍組織においてBAP1の核内発現が完全に消失していた (Figure 3)。連鎖解析では、3p21-22領域において最大LOD (logarithm of the odds) score 2.1が算出され、BAP1変異と疾患表現型との完全な連鎖が証明された。一方、L家系では、3名の中皮腫患者および2名の皮膚扁平上皮がん患者において、BAP1のエクソン16にナンセンス変異 (p.Gln684X) が同定された。L家系の腫瘍検体 L-III-18T (tumor sample from individual III-18 in family L) では、アレイCGHによりBAP1遺伝子座を含む約218 kbのホモ接合性欠失が検出され、やはり両アレルの完全な不活化が確認された (Figure 2)。
散発性中皮腫におけるBAP1生殖細胞系列変異の同定とぶどう膜黒色腫との臨床的共起:
次に、家族歴のない散発性中皮腫患者 n=26 patients の生殖細胞系列DNAを対象にBAP1遺伝子の全シーケンシングを実施した。その結果、2例 (7.7%) においてBAP1の生殖細胞系列欠失変異が同定された。同定された変異は、c.1832delC (p.Leu573fsX3) およびc.2008-2011delTCAC (p.Ser628fsX8) であり、いずれもC末端の核局在シグナル (NLS: nuclear localization signal) の上流で早期終止コドンを生じさせる切断型変異であった (Figure 2)。臨床情報を詳細に検討したところ、これらBAP1生殖細胞系列変異を保有する2例は、いずれも中皮腫と診断される前にぶどう膜黒色腫の治療を受けていた (それぞれ中皮腫診断の6年前および1年前)。残りのBAP1野生型である24例の散発性中皮腫患者には、ぶどう膜黒色腫の既往は一切認められなかった。米国におけるぶどう膜黒色腫の年間発症率は約5-7/100,000であり、中皮腫の発症率とほぼ同等である。これら2つの極めて稀な悪性腫瘍が同一の個人に偶然共起する確率は極めて低く、二項分布を用いた確率計算では、米国人口 (約310 million) において年間3例以上の共起例が偶然に発生する確率は 2.3 x 10^-7 と極めて低い値を示した。この統計学的証拠は、生殖細胞系列BAP1変異が中皮腫とぶどう膜黒色腫の双方に対する遺伝的感受性を規定する共通の分子基盤であることを明確に示しており、「BAP1関連がん症候群」という新たな遺伝性腫瘍症候群の存在を決定づけるものである。
体細胞BAP1変異の頻度と中皮腫細胞における腫瘍抑制機能の機能的検証:
散発性中皮腫患者18例から得られた腫瘍DNAのシーケンシング解析を行ったところ、4例 (22%) においてBAP1の体細胞切断型変異が同定された (Figure 4)。これらの腫瘍組織を用いたウエスタンブロット解析では、BAP1タンパク質の発現が著明に低下していることが確認された。さらに、ヒト中皮腫細胞株 n=12 cell lines を用いた発現解析では、過半数にあたる7株 (58%) においてBAP1タンパク質の発現が完全に消失していることが明らかとなった。BAP1の腫瘍抑制因子としての生物学的機能を直接検証するため、BAP1発現が消失している中皮腫細胞株に野生型BAP1遺伝子を導入するレスキュー実験を行った。その結果、コントロールベクターを導入した細胞群と比較して、野生型BAP1を再導入した細胞群では、形成されたコロニー数が約3.5-fold減少 (p<0.05) し、細胞の増殖能および生存能が著しく抑制されることが示された。この結果は、BAP1が中皮腫細胞の増殖制御において中心的な役割を果たす腫瘍抑制遺伝子であり、その機能喪失が中皮腫の発生・進展に直接寄与していることを機能的に証明している。
居住環境における石綿暴露評価と遺伝-環境相互作用による発がんリスクの修飾: 本研究で解析したW家系およびL家系のメンバーには、職業的な石綿暴露の履歴は認められなかった。そこで、環境要因の関与を明らかにするため、両家系が過去に長期間居住していた家屋およびその周辺環境を対象に、電子顕微鏡などを用いた詳細な鉱物学的分析を実施した。その結果、L家系のメンバーが居住していた5軒の家屋すべてにおいて、天井材やタイルなどの建材からクリソタイル (温石綿) が検出された。また、W家系のメンバーが育った家屋からも、微量のトレモライトおよびクリソタイルが検出された。米国において石綿を含有する家屋は約30 million存在し、一般的な住民も微量の環境暴露を受けている。しかし、通常の中等度以下の環境暴露では中皮腫の発症率は極めて低い。それにもかかわらず、BAP1変異を保有する家系メンバーにおいて最大50%という極めて高い割合で中皮腫が発生している事実は、BAP1生殖細胞系列変異が石綿の発がん作用に対する感受性を著しく高めていることを示している。すなわち、遺伝的素因 (BAP1変異) と環境要因 (微量の石綿暴露) の相互作用が、中皮腫発症の強力なトリガーとなっていることが実証された。
考察/結論
先行研究との違い: これまでの研究では、悪性中皮腫の発生は主に職業的な石綿暴露などの環境要因に起因すると考えられており、宿主側の遺伝的感受性に関する研究は極めて手薄であった。また、同時期に報告された Bott et al. NatGenet 2011 などの研究は、散発性中皮腫におけるBAP1の体細胞変異に焦点を当てていた。これらと異なり、本研究は中皮腫多発家系の詳細なゲノム解析を通じて、生殖細胞系列におけるBAP1変異が中皮腫の遺伝的素因であることを明確に示した。さらに、ぶどう膜黒色腫におけるBAP1体細胞変異を報告したHarbour et al. (2010) の知見と対照的に、本研究は生殖細胞系列変異がこれら2つの異なる悪性腫瘍の共通の感受性因子であることを明らかにした。
新規性: 本研究は、生殖細胞系列BAP1変異が悪性中皮腫およびぶどう膜黒色腫への罹患性を高める新たな遺伝性腫瘍症候群 (BAP1関連がん症候群) の原因であることを世界で初めて証明した。散発性中皮腫患者において、ぶどう膜黒色腫の既往を持つ症例から高頻度 (7.7%) でBAP1生殖細胞系列変異が同定されたことは、これまで報告されていない極めて新規性の高い知見である。また、BAP1変異保因者においては、通常では発がんを誘発しないような微量の環境石綿暴露であっても中皮腫発症リスクが著しく増大するという、遺伝-環境相互作用の具体的な分子メカニズムを新規に提示した。
臨床応用: 本研究の知見は、臨床現場におけるがんリスク管理および早期診断のパラダイムシフトをもたらす。臨床的意義として、ぶどう膜黒色腫の既往を持つ患者や中皮腫の家族歴を有する個人に対して、BAP1生殖細胞系列変異のスクリーニング検査を導入することが推奨される。変異保因者を早期に同定することにより、石綿暴露の徹底的な回避指導や、胸部CTを用いた定期的な画像モニタリングによる中皮腫の早期発見・早期治療介入 (胸膜切除術など) が可能となり、予後の劇的な改善につながる。このように、本研究はプレシジョン・メディシンの臨床応用に直結する重要な基盤を提供する。
残された課題: 今後の検討課題として、BAP1関連がん症候群における他のがん種 (乳がん、腎がん、膵がん、子宮平滑筋肉腫など) の累積発症リスクの定量化や、年齢別の発がんリスクの解明が挙げられる。また、本研究の limitation (限界) として、解析した散発性中皮腫の症例数 (n=26) が比較的少数にとどまっているため、より大規模な多施設共同コホートにおける生殖細胞系列BAP1変異の正確な頻度算出が必要である。さらに、BAP1変異が石綿による炎症反応や中皮細胞の壊死・発がんにどのように関与しているか、その詳細な分子シグナル経路 (Hippo-Merlin-NF2経路など) とのクロストークの解明が今後の重要な研究方向性である。
方法
本研究は、14年間にわたり前向きに追跡調査を行った米国の2つの中皮腫多発家系 (ウィスコンシン州のW家系、およびルイジアナ州のL家系) を対象とした前向きコホート研究 (prospective cohort study) である。主要評価項目 (primary endpoint) は、中皮腫の発症および遺伝的感受性遺伝子の同定とした。本研究は特定の介入を行う臨床試験ではないため、臨床試験登録番号 (NCT番号など) は取得していないが、家系メンバーを対象とした厳格な追跡プロトコールに基づき実施された。サンプルサイズ計算 (sample size calculation) については、希少な家族性中皮腫家系を対象としたゲノム解析であるため、特定の検出力を担保するための事前計算は行わず、対象家系の全適格メンバーを網羅的に解析対象とした。
家系メンバーの末梢血から生殖細胞系列DNAを抽出し、Affymetrix Genome-Wide Human SNP Array 6.0を用いてジェノタイピングを行った。得られたデータに基づき、ALLEGRO (software for parametric linkage analysis) を用いた優性遺伝モデルによるパラメトリック連鎖解析を実施した。また、腫瘍組織から抽出したDNAを用いて、Agilent 244K Human Genome CGHマイクロアレイによるアレイCGH解析を行い、染色体3p21.1領域における微細なゲノム欠失や増幅などの構造異常を探索した。
BAP1遺伝子の全17エクソン、イントロン境界、およびプロモーター領域を対象に、Sangerシーケンシングによる塩基配列決定を行った。W家系で同定されたイントロン6のスプライス部位変異の機能的影響を評価するため、野生型および変異型のBAP1ゲノム領域 (エクソン6から8まで) を組み込んだミニジーン発現ベクターを作製し、HEK293T細胞にトランスフェクションしてスプライシングアッセイを実施した。
さらに、26例の散発性中皮腫患者の生殖細胞系列DNAを対象にBAP1のシーケンシングを行い、そのうち18例については腫瘍組織DNAの体細胞変異も解析した。BAP1のタンパク質発現は、抗BAP1抗体を用いたウエスタンブロット法および免疫組織化学 (IHC: immunohistochemistry) 染色により評価した。BAP1の腫瘍抑制機能を検証するため、BAP1発現が消失している中皮腫細胞株に野生型BAP1遺伝子を導入し、G418選択下でのコロニー形成能 (clonogenicity assay) の変化を評価した。統計解析においては、コロニー数の比較などにt検定を用い、生存データの解析や臨床病理学的因子の関連性評価には、必要に応じてFisher’s exact (フィッシャー極めて正確な) テストやKaplan-Meier (カプラン・マイヤー) 法を適用した。また、両家系の居住環境における石綿暴露状況を評価するため、家屋内の天井、壁、周囲の土壌からサンプルを採取し、走査電子顕微鏡 (SEM: scanning electron microscopy)、透過電子顕微鏡 (TEM: transmission electron microscopy)、エネルギー分散型X線分光法 (EDX: energy dispersive X-ray spectroscopy)、および電子回折法を用いた詳細な鉱物学的分析を実施した。