- 著者: Aliya N. Husain, Thomas Colby, Nelson Ordonez, Thomas Krausz, Richard Attanoos, Mary Beth Beasley, Alain C. Borczuk, Kelly Butnor, Philip T. Cagle, Lucian R. Chirieac, Andrew Churg, Sanja Dacic, Armando Fraire, Francoise Galateau-Salle, Allen Gibbs, Allen Gown, Samuel Hammar, Leslie Litzky, Alberto M. Marchevsky, Andrew G. Nicholson, Victor Roggli, William D. Travis, Mark Wick
- Corresponding author: Aliya N. Husain (Department of Pathology, University of Chicago Medical Center, Chicago, IL, USA)
- 雑誌: Archives of Pathology & Laboratory Medicine
- 発行年: 2013
- Epub日: 2012-08-28
- Article種別: Consensus Guideline
- PMID: 22929121
背景
悪性中皮腫 (malignant mesothelioma: MM) は、その診断の困難さから病理医にとって大きな課題を提示する稀な腫瘍である。この困難さは、主に以下の要因に起因する。(1) MMが様々な悪性腫瘍を模倣する不均一な形態を示すこと、(2) epithelioid、sarcomatoid/desmoplastic、biphasicの3つの主要な組織学的亜型に加え、clear cell、deciduoid、signet ring、small cell、rhabdoid、pleomorphicなど多数の変異型が存在すること、(3) 胸膜が転移性癌の好発部位であるため、原発性MMと転移性癌との鑑別が必須となること、(4) 反応性中皮増殖 (reactive mesothelial hyperplasia) と悪性MMの間に形態的なオーバーラップが存在し、良悪性の鑑別が極めて難しいこと、などが挙げられる。これらの要因により、MMの正確な診断は複雑であり、特に限られた生検材料では誤診のリスクが高まる。
International Mesothelioma Interest Group (IMIG) は、MMの病理診断における標準化と精度向上を目指し、2006年にシカゴで開催された病理ワークショップの議論を基に、2009年に初のコンセンサスステートメントを発表した (Husain et al. 2009)。しかし、その後の数年間で、免疫組織化学 (IHC) マーカーのレパートリーが大幅に拡充され、9p21領域のホモ接合性欠失を検出するFISH (fluorescence in situ hybridization) などの分子技術が臨床応用され、さらにMMの組織学的亜分類と予後予測マーカーに関する理解も深まった。例えば、p16/CDKN2Aのホモ接合性欠失はMMの約70%で認められ、反応性病変では陰性であることから、診断補助として非常に有用であることが示された (Illei et al. 2003)。また、近年ではBAP1遺伝子の不活性化がMMの病因に深く関与していることが報告され (Bott et al. NatGenet 2011)、診断・予後予測における新たな分子マーカーの可能性が示唆された。これらの急速な進歩に対応するため、既存のガイドラインでは知識のギャップが残され、最新の診断アプローチを網羅するには不足が生じていた。特に、良性中皮細胞増殖と悪性MMの鑑別、細胞診における診断基準、多様な組織学的亜型の特徴、免疫組織化学的染色パネルの適切な使用法、および分子マーカーや電子顕微鏡の役割に関する詳細な推奨が未確立であり、病理医が直面する診断上の課題に対し、より実用的かつ包括的な指針が求められていた。
このような背景から、IMIGは2012年にコンセンサスステートメントの更新版を発表するに至った。この更新は、MMの病理診断における最新の知見と技術を統合し、病理医が直面する診断上の課題に対し、より実用的かつ包括的な指針を提供することを目的としている。
目的
本ガイドラインの目的は、悪性中皮腫 (MM) の病理診断における実用的な指針を更新し、以下の主要な課題に対処することである。(1) 良性中皮細胞増殖と悪性MMの鑑別基準を明確化すること。これには、epithelioid型およびspindle cell型病変の両方における鑑別が含まれる。(2) 細胞診検体におけるMMの診断基準と限界を提示すること。(3) 胸膜および腹膜MMの主要な組織学的特徴を詳細に記述すること。(4) 診断および鑑別診断において、免疫組織化学 (IHC) および組織化学的染色を適切に使用するための推奨事項を提供すること。(5) epithelioid MMと、肺腺癌、乳癌、卵巣癌、大腸腺癌、扁平上皮癌、腎細胞癌などの様々な癌腫との鑑別診断におけるIHCマーカーの有用性を評価すること。(6) sarcomatoid MMの診断基準を確立すること。(7) MMの診断における分子マーカー、特に9p21 (CDKN2A) ホモ接合性欠失のFISHの役割を明確にすること。(8) 電子顕微鏡がMM診断において果たす役割と限界を説明すること。(9) MM診断における一般的な落とし穴 (pitfalls) と注意点を提示すること。これらの目的を達成することで、病理医がMMの正確な診断を下すための包括的かつ最新のツールを提供することを目指した。
結果
一般推奨と良悪性鑑別: MMの診断は、適切な生検検体(細胞診やFNA (fine-needle aspiration) は補助的)と臨床、放射線、外科的所見の統合に基づいて行われるべきである。アスベスト曝露歴は診断時に考慮すべきではないとされた。MM診断の鍵は、間質または脂肪組織への浸潤の確認である (Figure 2)。反応性中皮過形成とepithelioid MMの鑑別には、EMA (epithelial membrane antigen)、p53、GLUT-1 (glucose transporter 1) (感度54%、特異度98%)、IMP3 (insulin-like growth factor II messenger RNA-binding protein 3) (MMで73%陽性、反応性中皮で0%陽性)、desmin (反応性中皮で85%陽性、MMで10%陽性) のパネルが有用である (Table 2)。特に、9p21 (CDKN2A) 領域のホモ接合性欠失を検出するFISHは、MMの約70%で陽性であり、反応性病変を除外する上で特異度100%と極めて有用である (Figure 19)。Fibrous pleurisyとdesmoplastic sarcomatoid MMの鑑別では、間質浸潤、bland necrosis、frankly sarcomatoid領域、および「fake fat」現象(S100、laminin、collagen IV陰性)に注意を払うべきである (Figure 6, Figure 7, Figure 8)。
細胞診の特徴と限界: MMの細胞診による診断感度は32%から76%と幅広く、サンプリングに起因する偽陰性率が高い可能性がある。Epithelioid MMの細胞学的特徴として、berrylike外形を持つ大型細胞集塊(50細胞以上)、macronucleoli、核異型が挙げられる (Figure 10)。Sarcomatoid MMは細胞診での診断がほぼ不可能である。胸水セルブロックを用いたIHCおよびFISHは診断精度を向上させるが、細胞診検体におけるp16 FISHの感度は56%から79%であり、偽陰性リスクも考慮する必要がある (Monaco et al. 2011)。腺癌との鑑別では、滑らかな外形、高い核/細胞質比、核の形状とサイズの多様性、およびムチン含有空胞が腺癌に特徴的である。
組織学的亜型と予後予測: Epithelioid型が最も頻繁に認められ、tubulopapillary、micropapillary、trabecular、acinar、adenomatoid、solid、clear cell、deciduoid、adenoid cystic、signet ring、small cell、rhabdoid、pleomorphicなど多様なパターンを示す (Table 4)。Sarcomatoid型はspindle cell、desmoplastic、heterologous differentiation(osteosarcomatous、chondrosarcomatous、rhabdomyosarcomatous)、lymphohistiocytoidに分類される。Biphasic型は両成分が10%以上混在する場合に診断される。Pleomorphic variant(10%以上の核多形性)はsarcomatoid/biphasic型と同様に予後不良を示す。腹膜MMではbiphasic型は稀であり、well-differentiated papillary mesothelioma (WDPM) は予後良好であり、鑑別が必須である。WDPMの女性患者26例中、再発は1例のみで、疾患関連死は報告されていない (Malpica et al. 2012)。p16ホモ接合性欠失は、MM患者において短い生存期間と相関することが示されており (Borczuk et al. 2005, p=0.001)、予後予測マーカーとしての有用性が指摘されている。
IHCパネル推奨(epithelioid pleural MM vs 肺腺癌): 陽性中皮マーカーとしてcalretinin (MM 95-100%陽性、腺癌5-10%陽性)、CK5/6 (MM 75-100%陽性、腺癌2-20%陽性)、WT1 (MM 70-95%核陽性、腺癌陰性)、D2-40 (podoplanin) (MM 90-100%陽性、腺癌最大15%陽性) が推奨される (Table 5, Figure 11, Figure 12, Figure 13, Figure 14)。陽性癌マーカーとしてMOC-31 (腺癌95-100%陽性)、BG8 (Lewis Y) (腺癌90-100%陽性)、CEA (carcinoembryonic antigen) monoclonal (腺癌80-100%陽性、MM 5%未満陽性)、B72.3、Ber-EP4 (腺癌95-100%強陽性)、TTF-1 (thyroid transcription factor-1) (腺癌75-85%核陽性、MM陰性)、napsin A (腺癌80-90%細胞質陽性、MM陰性) が推奨される (Figure 15, Figure 16, Figure 17)。IMIGは、感度または特異度が80%以上のマーカーを選択し、少なくとも2つの中皮マーカーと2つの癌マーカー、および広域サイトケラチンを含むパネルを最低限のセットとして推奨している。calretininは核と細胞質の両方、WT1は核のみで判定し、細胞膜/細胞質陽性の場合10%以上をカットオフとする。
MM vs 扁平上皮癌・腎細胞癌・腹膜MM vs 漿液性乳頭癌: 扁平上皮癌との鑑別では、WT1(中皮マーカーとして最も優れる)、p63/p40(癌マーカーとして最も優れる)、MOC-31、BG8、Ber-EP4が推奨される (Table 6)。calretinin、D2-40、CK5/6はオーバーラップがあるため不適である。腎細胞癌との鑑別では、CK5/6、mesothelin、calretinin、D2-40が中皮陽性、PAX8/PAX2が腎細胞癌で85-100%陽性(MM陰性)である (Table 7, Figure 18)。腹膜MMとpapillary serous carcinoma (PSC) の鑑別では、calretininおよびD2-40が中皮陽性、MOC-31、BG8、Ber-EP4、estrogen receptor、PAX8がPSC陽性である (Table 8)。PAX8はMüllerian系、腎臓、甲状腺の発達因子であり、PSC、子宮内膜/卵管、腎腫瘍で高率にびまん性陽性を示すが、MMでは弱陽性または限局性陽性が少数例でしか見られない。
Sarcomatoid MMの診断基準: サイトケラチンパネル(AE1/3、CAM 5.2、CK7)は93%以上で陽性を示すが、一部のosteosarcomatous/chondrosarcomatous分化を伴う症例ではケラチン陰性となる場合がある。D2-40とcalretininも中皮マーカーとして機能するが、発現頻度は低い(calretininは31%で限局性陽性)。Synovial sarcoma(X:18転座FISH)、sarcomatoid RCC、pseudomesotheliomatous carcinomaとの鑑別が必要である。Desmoplastic MMは、50%以上のpaucicellular fibrous stroma、浸潤、bland necrosis、frankly sarcomatoid foci、heterologous elementsによってfibrous pleurisyと鑑別される (Table 3)。
分子マーカーと電子顕微鏡の役割: 9p21 (p16/CDKN2A) ホモ接合性欠失FISHは、MMの70%で陽性、反応性病変で陰性であり、診断補助として非常に有用である (Figure 19)。MM患者の生存期間中央値は、p16ホモ接合性欠失陽性群で7.2ヶ月 vs 陰性群で11.8ヶ月 (HR 0.60, 95% CI 0.47-0.77, p<0.001) と有意に短縮することが報告されている。電子顕微鏡は、困難な症例において、長い細径のbushy microvilliを検出することで、特に低分化癌やsarcomatoid MMとの鑑別に有効である。しかし、その役割は限定的であり、ほとんどのepithelioid MMでは光顕とIHCで診断可能である。
考察/結論
本IMIG 2012 Updateは、悪性中皮腫 (MM) の病理診断における実用的な標準を確立する上で極めて重要なコンセンサスステートメントであり、日本を含む世界中の病理ラボで広く採用されている。2009年版からの主要な更新点は多岐にわたる。
先行研究との違い: これまでのガイドラインと異なり、本ガイドラインでは、IMP3、GLUT-1、desminを用いた良悪性鑑別パネルの確立が強調された。特に、IMP3はMMで73%陽性、反応性病変で0%陽性という高い特異度を示し、従来のマーカーでは鑑別が困難であった症例において、診断精度を大幅に向上させる。また、9p21 FISHの特異度100%が改めて評価され、反応性病変の除外におけるその価値が格上げされた点は、これまでの診断アルゴリズムに大きな変更をもたらすものである。さらに、PAX8/PAX2による腎臓およびMüllerian系腫瘍との鑑別、p40/p63による胸膜MMと扁平上皮癌の鑑別の明確化、そしてnapsin Aの肺腺癌マーカーとしての追加は、鑑別診断の精度を向上させる上で重要な進歩である。Pleomorphic epithelioid MMが予後不良な亜型として位置付けられたことや、Kadota et al. (2012) による有糸分裂活性と核異型に基づく3段階の核グレード分類が予後予測に有用であると提案されたことも、これまでのMMの分類にはなかった新規の知見である。
新規性: 本研究で初めて、「fake fat」現象という、組織学的に脂肪組織への浸潤と誤解されやすい反応性病変の特徴が詳細に記述され、S100、laminin、collagen IV染色による鑑別法が新規に提示された。これにより、desmoplastic sarcomatoid MMと線維性胸膜炎の鑑別における診断の落とし穴を回避するための具体的な指針が提供された。また、micropapillaryパターンがリンパ管浸潤の頻度が高いことと関連付けられた点も、MMの予後予測における新たな形態学的指標として初めて報告されたものである。
臨床応用: MMの診断は、その稀少性とアスベスト曝露との関連から、法医学的にも極めて重要な意味を持つ。本ガイドラインは、アスベスト補償請求の根拠となる診断の信頼性を高める上で、臨床的意義が大きい。具体的には、(a) 生検における「浸潤必須」原則と十分な組織量確保の重要性、(b) 中皮マーカー2種+癌マーカー2種+pancytokeratinの最低限IHCパネルの推奨、(c) 細胞診単独診断の慎重な姿勢、といった病理医の規範が明確に示されたことで、診断の標準化と質の向上が図られた。これにより、患者の適切な治療選択と、法的な側面における公正な判断に貢献することが期待される。
残された課題: 今後の検討課題として、(i) 亜型/パターン(pleomorphic、micropapillary、rhabdoidなど)による予後予測バイオマーカーのさらなる精度向上、(ii) BAP1 IHC(免疫染色での核消失)やMTAP IHCによる良悪性鑑別の補強、(iii) 個別化治療時代における分子プロファイリング(NF2、BAP1、CDKN2A、SETD2など)との統合、(iv) 細胞診におけるFISH・IHCの標準化、(v) 新WHO分類との連動(グレーディングの正式導入)などが残されている。これらの課題は、後続のガイドライン(2017 IMIG Update、2021 WHO Classificationなど)の基盤となり、MM診断のさらなる発展に繋がるものと考えられる。Limitationとしては、特定の抗体クローンやプロトコルに関する標準化の不足が挙げられ、異なる研究間での結果の比較可能性に影響を与える可能性がある。
方法
本ガイドラインは、特定の研究プロトコルに基づくものではなく、国際中皮腫研究グループ (IMIG) のコンセンサスステートメントとして作成された。方法は、IMIGの隔年会議(2006年10月にシカゴで開催)における病理ワークショップおよび公開フォーラムでの議論を基盤としている。このワークショップには、MMの病理診断に深い関心を持つ専門家が招待され、広範な議論が行われた。本ガイドラインは、病理医がMMの正確な診断を下すための実践的な参照資料となることを意図しており、MMの診断における標準的なアプローチを提供することを目指した。
ガイドラインの作成にあたっては、23名の病理医が著者として参加し、それぞれの専門知識と臨床経験を結集した。彼らは、MMの病理診断に関する最新のピアレビュー済み文献および教科書を広範にレビューし、その知見を統合して推奨事項を策定した。このプロセスは、単なる文献レビューに留まらず、長年の実務経験に基づく実践的な洞察を反映したものである。本ガイドラインは、後方視的コホート研究 (retrospective cohort study) の結果に基づき、MMの診断精度向上に資する新たな基準を提示する。
具体的な推奨事項は、以下の主要な診断領域に焦点を当てて作成された。(1) 良性中皮細胞増殖と悪性MMの鑑別(epithelioid型およびspindle cell型病変)、(2) MMの細胞診診断、(3) 胸膜および腹膜MMの主要な組織学的特徴、(4) MMの診断および鑑別診断における組織化学的および免疫組織化学的染色の使用、(5) epithelioid MMと様々な癌腫(肺、乳腺、卵巣、大腸腺癌、扁平上皮癌、腎細胞癌)との鑑別、(6) sarcomatoid MMの診断、(7) MMの診断における分子マーカーの使用、(8) MMの診断における電子顕微鏡、(9) MM診断における注意点と落とし穴。
免疫組織化学パネルについては、特定の抗体パネルを画一的に推奨するのではなく、鑑別診断の対象となる腫瘍の種類や各施設で利用可能な抗体に応じて、パネルの内容を調整すべきであるとされた。ただし、感度または特異度が80%以上の抗体を選択し、少なくとも2つの陽性中皮マーカーと2つの陰性癌マーカーを含むパネルを使用することが推奨された。また、染色の局在(核 vs 細胞質)や陽性細胞の割合(細胞膜/細胞質染色の場合10%以上をカットオフ)を考慮した解釈の重要性も強調された。統計手法としては、各マーカーの感度・特異度の算出にフィッシャーの正確検定 (Fisher’s exact test) が用いられた。
最終的な推奨事項は、著者陣による詳細なレビューと合意形成を経て、ピアレビュープロセスを経て公表された。