• 著者: Yan Ji, Pai-Hsi Huang, Steve Woolfenden, Andrea Myers
  • Corresponding author: Yan Ji (Novartis Pharmaceuticals Corporation, East Hanover, New Jersey, USA)
  • 雑誌: Clinical and Translational Science
  • 発行年: 2022
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 35620969

背景

WNT974は、Wntリガンドのパルミトイル化と分泌に必須の膜結合型O-アシルトランスフェラーゼであるPorcupineを選択的に阻害するfirst-in-classの経口分子標的薬である。Wntシグナル経路は細胞増殖、極性、運命決定を制御し、β-カテニン依存型 Wnt経路の異常活性化が多種の悪性腫瘍の病態形成に関与することが知られている。特に、メラノーマにおけるWntシグナル伝達は、抗腫瘍免疫を妨げることが報告されている Spranger et al. Nature 2015

先行研究である Liu et al. (2013) では、WNT974の前臨床試験において、Wnt依存性の頭頸部癌および膵癌の異種移植モデルで抗腫瘍活性が確認され、その効果はAXIN2 (axis inhibition protein 2) mRNAを指標としたWntシグナル阻害と良好に相関した。また、臨床における安全性と有効性を評価した既報の Rodon et al. (2021) では、進行固形腫瘍を対象とした第I相FIH (first-in-human: 初回人体投与) 試験が実施されたが、従来のMTD (maximum tolerated dose: 最大耐用量) アプローチでは、最も頻度の高いAE (adverse event: 有害事象) である味覚障害 (dysgeusia) がDLT (dose-limiting toxicity: 用量制限毒性) 判定期間外に発症し、かつCTCAE (Common Terminology Criteria for Adverse Events) grade 2止まりのためDLTとしてカウントできず、最適用量の同定が困難であった。このように、従来のMTDアプローチでは、早期臨床開発における最適な生物学的用量であるOBD (optimal biological dose) を特定するための情報が不足しており、新たな用量選択戦略において課題が残されている。

さらに、Ji et al. (2018) などの先行研究でも指摘されているように、がん治療におけるWntシグナル経路阻害薬の適切な用量設定は、従来の細胞傷害性抗がん剤とは異なる課題を抱えており、最適な生物学的用量の特定には、薬物動態、薬力学、および安全性の包括的な評価が不可欠である。特に、WNT974のようなfirst-in-classの薬剤では、その作用機序に起因する特異的な有害事象プロファイルが、従来の用量設定基準に適合しない場合があり、この点が用量選択の未解明な領域として残されていた。本研究は、このような状況下での用量選択のギャップを埋めることを目指した。

目的

本研究の目的は、PopPK (population pharmacokinetics: 母集団薬物動態) モデリングと、Wnt経路標的阻害バイオマーカーである皮膚AXIN2 mRNA発現および安全性エンドポイントである味覚障害の曝露-応答解析を統合したモデルベースアプローチにより、WNT974のRDE (recommended dose for expansion: 推奨拡大用量) を科学的根拠に基づいて決定することである。さらに、このアプローチが、従来のMTDアプローチに代わる早期がん臨床試験における用量選択の汎用的な戦略として応用可能であることを示す。具体的には、標的阻害の最大化と有害事象の最小化を両立させるWNT974の最適な曝露範囲を特定し、その範囲を達成する用量を同定することを目指した。このモデルベースアプローチは、限られた早期臨床データから最大限の情報を引き出し、データ駆動型の意思決定を可能にすることで、その後の臨床開発を効果的に支援することを目的としている。本研究の成果は、Ji et al. ClinTranslSci 2022 において詳細に報告されている。

結果

母集団薬物動態モデルの構築とパラメータ推定: WNT974の血漿中濃度プロファイルは、遅延一次吸収と線形クリアランスの2コンパートメントモデルによって適切に記述された。PK解析にはn=66 patientsから得られた1098点の血漿中濃度データが用いられた。推定されたPKパラメータは、クリアランス (CL/F) が20.7 L/h (相対標準誤差 %RSE=3.9%)、中央コンパートメント分布容積 (Vc/F) が138 L (2.0%)、末梢コンパートメント分布容積 (Vp/F) が260 L (9.4%)、分布クリアランス (CLd) が7.11 L/h (9.4%) であった (Table 2A)。個体間変動 (IIV) はCLで38.6%CV、Vcで44.1%CV、Vpで78.5%CVと中程度のばらつきを示した。視覚的予測チェック (VPC) は、観測データが90%予測区間内に良好に収まっており、モデルの予測性能が適切であることを示した。年齢、体重、BMI、肝機能、ECOGステータスなどの共変量は、CL/FおよびVp/Fに有意な影響を与えなかった。この結果から、患者背景因子による用量調整の必要性は低いと考えられた。

皮膚AXIN2 mRNA発現抑制に基づく標的阻害の評価: 皮膚AXIN2 mRNA発現の抑制は、Cminと最も良好な相関を示し、AUCtauやCmaxよりもCminが最適な曝露指標であることが示唆された。Emaxモデルにより、ベースライン効果 (E0) は0.84 (90%PI: 0.66-1.0)、最大効果 (Emax) は0.65 (0.46-0.83)、半最大効果濃度 (EC50) は0.45 ng/ml (90%PI: 0.09-2.62) と推定された (Table 2B)。定常状態Cminが2.6 ng/mlを超えると、95%の確率で最大AXIN2阻害の50%以上が達成されると予測された (Figure 1)。臨床におけるEC50 (0.45 ng/ml、約1.1 nMに相当) は前臨床データと良好な一貫性を示した。高用量でのAXIN2抑制の追加的な増加は認められず、プラトーに達する傾向が示された。この結果は、WNT974がWnt経路を強力に阻害することを示唆している。

味覚障害の発現確率と曝露量の関係: 治療関連味覚障害 (dysgeusia) の発現確率は、AUCtauおよびCmaxの増加とともに正の相関を示した (Figure 2)。ロジスティック回帰分析において、Cmaxの上昇に伴う味覚障害 (Grade ≥2) の発現リスクは、全体集団で OR 2.50 (95% CI 1.20-5.20, p=0.015) であり、女性サブグループでは OR 2.80 (95% CI 1.10-7.10, p=0.031) と、いずれも有意な相関を示した。Grade ≥2の味覚障害が25%未満の患者に発現する確率50%を達成するための基準として、定常状態Cmaxが118 ng/ml未満、かつAUC24h (area under the plasma concentration-time curve from time zero to 24 hours) が762 ng·h/ml未満であることが推定された (Table 3)。味覚障害はWntシグナル阻害に伴うオンターゲットの副作用と考えられており、本解析によって治療効果を維持しつつ副作用を最小限に抑えるための許容曝露量の上限が定量的に定義された。

推奨拡大用量 (RDE) のシミュレーションと決定: PopPKモデルを用いたシミュレーションの結果、10 mg q.d.連続投与レジメンは、予測された集団PK分布が目標曝露域内 (Wnt阻害目標であるCmin >2.6 ng/ml、および味覚障害許容範囲であるCmax <118 ng/mlかつAUC24h <762 ng·h/ml) に収まることが示された (Figure 3, Table 4)。特に、15 mg q.d.ではAUCおよびCmaxの上限が味覚障害の閾値をそれぞれ約70%および40%上回る可能性があり、5 mg q.d.では標的阻害の確率を最大化できないと予測された。これらの解析に基づき、10 mg q.d.が標的阻害と忍容性の最適なバランスを提供すると判断され、RDEとして選択された。この用量は、FIH試験の拡大パートおよび第II相試験での使用が承認され、実際の臨床データでも予測通りのPKプロファイルと良好な忍容性が確認された。

皮膚と腫瘍組織におけるAXIN2 mRNA発現抑制の乖離と抗腫瘍活性: 患者の腫瘍組織においてもAXIN2 mRNA発現の抑制が観察された。しかし、皮膚AXIN2アッセイと比較して腫瘍AXIN2アッセイは変動が大きく、Wnt経路の評価において皮膚AXIN2がより安定したバイオマーカーであることが示唆された。一部の患者では、皮膚と腫瘍のAXIN2 mRNA発現抑制に乖離が認められ、これはβ-カテニンなどWnt経路の下流における腫瘍特異的な遺伝子変異がPorcupine阻害によるAXIN2発現低下を妨げている可能性が示唆された。また、用量漸増試験では、WNT974の限定的な抗腫瘍活性しか認められなかった。単剤拡大パートでは、n=16 patientsにおいて安定病変 (SD) が最良奏効であり、その持続期間中央値は19.9週であった。これらの結果は、WNT974の単剤療法における抗腫瘍効果が限定的であることを示している。

考察/結論

先行研究との違い: 従来のDLT/MTDアプローチは、サイクル1内に発現しない毒性やGrade 2止まりの毒性などへの対応が困難であった。本研究は、これらの限界を曝露-応答モデリングによる定量的意思決定で克服した点で、これまでの経験的用量設定手法と対照的である。特に、味覚障害のような遅発性で低グレードの有害事象がMTDを決定できない場合において、本モデルベースアプローチはより適切な用量選択を可能にする点で、これまでのMTDに依存したアプローチと異なり、明確な優位性を示す。

新規性: 本研究で初めて、母集団薬物動態、標的阻害バイオマーカーである皮膚AXIN2 mRNA曝露-応答、および有害事象である味覚障害の曝露-安全性の3モデルを統合し、最適な生物学的用量であるOBDを同定するアプローチを提示した。これは、早期がん臨床試験における用量選択のための新規かつ包括的なフレームワークを提供する。この統合的アプローチは、限られた早期臨床データから最大限の情報を引き出し、データ駆動型の意思決定を可能にする点で画期的である。

臨床応用: 本知見は、Wnt経路阻害薬に限らず、DLTが設定しにくい分子標的薬や免疫療法全般の用量選択に広く臨床応用可能なフレームワークを提供する。このモデルベースアプローチは、早期開発段階における限られたデータから、標的阻害と忍容性のバランスを最適化する用量を決定するための、データ駆動型意思決定を可能にし、臨床現場における薬剤開発の効率化と患者への利益最大化に貢献する臨床的意義を持つ。

残された課題: 本研究のlimitationとして、試験規模の小ささ (n=66 patients)、単施設的な患者背景、および早期試験データのみの使用による有効性情報への限界が挙げられる。また、皮膚AXIN2 mRNAが腫瘍AXIN2より変動が小さく安定したPD評価に有用であった一方で、皮膚と腫瘍間のAXIN2発現乖離の存在も示された。今後の検討課題として、腫瘍特異的なバイオマーカーの探索や、より大規模な患者コホートでの検証が残されている。さらに、WNT974の活性代謝物LHA333の薬理学的寄与が最小限とされたが、その影響をより詳細に評価することも今後の研究方向性として考えられる。

本研究で示されたモデルベースアプローチの有用性は、Ji et al. ClinTranslSci 2022 において実証されており、今後のトランスレーショナル・オンコロジー開発における重要なマイルストーンとなる。

方法

試験デザインと患者集団: 本研究は、進行固形腫瘍患者を対象とした第I相FIH試験 (NCT01351103) の用量漸増パートのデータを使用した。本試験は、MTDおよび/またはRDEを決定することを主要目的 (primary endpoint) とした、単剤およびスパルタリズマブ (抗PD-1抗体) との併用療法を評価する非盲検、多施設共同試験としてデザインされた。5〜45 mgの用量範囲で、連続1日1回 (q.d.)、間欠q.d. (4日投与/3日休薬)、および1日2回 (b.i.d.) 投与を含む計10種類の投与レジメンが検討された。PK解析にはn=66 patients、バイオマーカーおよび安全性解析には全患者のデータが用いられた。本試験は用量漸増試験であるため、事前の sample size calculation は実施されず、コホートごとの患者組み入れ規定に基づきサンプルサイズが決定された。

PopPKモデリング: WNT974の血漿中濃度データは、NONMEMを用いた非線形混合効果モデリング (nonlinear mixed effects modeling) により解析された。構造モデルは、遅延一次吸収と線形クリアランスの2コンパートメントモデルで構成された。年齢、体重、BMI、肝機能、ECOGステータスなどの共変量効果は、グラフィカル探索により評価された。個体間変動であるIIV (interindividual variability) は対数正規分布を仮定し、指数項を用いて推定された。モデル評価は、収束性、目的関数値の変化、適合度プロット、およびVPC (visual predictive check) に基づいて行われた。

曝露-応答解析 (バイオマーカー): 皮膚AXIN2 mRNA発現レベルは、GUSB (glucuronidase beta) および MRPL19 (mitochondrial ribosomal protein L19) 参照遺伝子で補正された相対定量であるRQ (relative quantity) 値のベースラインからの変化率であるPRQ (percentage change from baseline of RQ) をエンドポイントとして使用された。Emaxモデルを用いて、C1D15 (Cycle 1 Day 15) の AUCtau (area under the plasma concentration-time curve during a dosing interval)、Cmax (maximum plasma concentration)、Cmin (minimum plasma concentration) との曝露-応答関係が評価された。

曝露-応答解析 (安全性): 治療関連味覚障害の発現確率は、C1D15のAUCtau、Cmax、Cminの関数としてロジスティック回帰 (logistic regression) モデルを用いて解析された。さらに、味覚障害の発現頻度と用量群間の関連性を補完的に評価するため、Fisher’s exact test (フィッシャーの正確検定) などの統計手法も用いられた。

RDE選択: PopPKモデルを用いて200〜500の仮想患者をシミュレーションし、標的阻害と毒性のバランスが取れる目標曝露域内に収まる用量をRDEとして決定した。このプロセスには、モンテカルロシミュレーション (Monte Carlo simulation) が用いられた。