• 著者: Ou SHI, Bazhenova L, Camidge DR, Solomon BJ, Herman J, Kain T, Bang YJ, Kwak EL, Shaw AT, Salgia R, Maki RG, Clark JW, Wilner KD, Iafrate AJ
  • Corresponding author: Sai-Hong Ignatius Ou (University of California Irvine Medical Center, Orange, CA)
  • 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
  • 発行年: 2010
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Case Report
  • PMID: 21102269

背景

2007年にNSCLC (non-small cell lung cancer) のサブセットにおいてEML4 (echinoderm microtubule-associated protein-like 4) とALK (anaplastic lymphoma kinase) の融合遺伝子が同定されて以来、ALK遺伝子再構成がNSCLCの約4%に認められることが明らかとなった。Shaw et al. JClinOncol 2009は、ALK再構成陽性NSCLCが若年・非喫煙者・腺癌組織型・EGFR/KRAS野生型という特徴的な臨床プロファイルを持つことを明らかにし、ALK検索対象の患者群の同定を可能にした。この知見を受け、ALKとMETの二重阻害薬であるクリゾチニブ (crizotinib, PF-02341066) を用いた第I相臨床試験 (NCT00585195) が開始され、Kwak et al. NEnglJMed 2010により客観的奏効割合 (objective response rate, ORR) 57%・奏効期間中央値48週という顕著な抗腫瘍効果が報告された。また、ALK遺伝子再構成を分子的に定義されたNSCLCサブセットの新たな治療標的として位置付けた Solomon et al. JThoracOncol 2009 も、ALK陽性NSCLCの治療開発において重要な基盤を提供していた。

しかし、こうした先行研究ではクリゾチニブ治療の奏効割合や奏効期間の概要は示されていたものの、個々の患者においてどの程度の迅速さで放射線学的・臨床的効果が発現するかについては詳細なデータが不足していた。特に、18F-FDG PET (18F-fluorodeoxyglucose positron emission tomography) / CT融合画像を用いた機能的評価によって治療開始後14日以内の代謝活性変化を定量的に示した症例報告は手薄であり、早期奏効の全貌が明確ではなかった。消化管間質腫瘍 (gastrointestinal stromal tumor, GIST) に対するイマチニブ治療においてPET/CTが早期効果判定に革新的な有用性を示したことは知られていたが、同様のパラダイムがALK陽性NSCLCに対するクリゾチニブでも成立するかについては gap in knowledge が残されていた。本論文は、この空白を埋める症例報告として位置付けられる。

目的

ALK転座陽性NSCLCに対するクリゾチニブの劇的かつ迅速な放射線学的・臨床的奏効を詳細な症例として報告し、18F-FDG PET/CTが早期機能的治療効果評価に有用であることを実証する。

結果

症例背景と多段階にわたる前治療歴: 32歳の中国人女性非喫煙者が2009年6月に持続性咳嗽を主訴に受診した。胸部画像診断で右肺門部腫瘤が確認され、気管支内視鏡生検の病理検査でCK7 (cytokeratin 7) 陽性・CK20陰性・TTF-1 (transcription tissue factor-1) 陽性・ムチカルミン陽性の中分化粘液産生腺癌と診断された。初回分子解析ではEGFRおよびKRASは野生型であり、病期診断では肝転移および脳転移を伴うStage IVと確定した。脳転移に対して定位放射線手術 (stereotactic radiosurgery, SRS) を施行後、シスプラチン/ペメトレキセド/ベバシズマブ3剤併用化学療法を6サイクル実施し部分奏効 (PR) を得た。その後ベバシズマブ維持療法を継続したが、2009年11月に患者は自主的に3ヶ月間治療を休止した。2010年2月に病勢進行が確認されたため単剤エルロチニブを開始したが6週間後に再び病勢進行が記録された。続いてドセタキセルと新規血管破壊薬 (vascular disrupting agent) の併用試験に登録されたが、1サイクルで急速な病勢進行を来した。この多段階の前治療歴を経た時点で、患者の臨床プロファイル (若年・腺癌・非喫煙・EGFR/KRAS野生型) がALK陽性NSCLCの特徴と合致することからクリゾチニブ第I相試験への参照が行われた。

ALK診断とクリゾチニブ第I相試験登録: Vysis ALK Break-Apart FISHプローブを用いたスクリーニングで、腫瘍細胞の15%超に孤立した3’ ALK赤シグナル (5’緑シグナルの消失を伴う) が認められ、ALK FISH陽性と判定された (Figure 1)。このパターンは古典的な5’/3’シグナル分裂 (split) パターンではなく、孤立した3’ ALK赤シグナルとして観察されるものだが、クリゾチニブ第I相試験参加施設での検討でsplitパターンに次いで2番目に多いALK陽性FISHパターンであることが確認されていた。追加分子解析でEML4-ALK variant 1 (E13; A20) の転写産物が確認された。これにより患者はNCT00585195 (A8081001) の分子エンリッチメントコホートに登録された。登録時のECOG PS (Eastern Cooperative Oncology Group performance status) は0であったが、持続性低熱・右頸部痛 (右肩甲下筋への腫瘍浸潤に起因)・食欲不振・咳嗽という活動性症状を有しており、ベースラインの18F-FDG PET/CT (Figure 2A) では右肺門部腫瘤および肝転移巣に著明な代謝亢進が認められた。

クリゾチニブ開始後3日以内の劇的な症状改善: 2010年6月にクリゾチニブ250 mg 1日2回経口投与を開始した。投与開始からわずか3日後、患者は毎日続いていた低熱の完全消失・右頸部痛の消失・咳嗽の著明な軽減を報告した。投与2週後 (Week 2) の受診時には体重が1.5 kg増加し、咳嗽も完全に消失していた。この症状改善の速さは、クリゾチニブ第I相試験のALK陽性コホート全体でも複数の患者において同様に報告されており、本症例だけに特異的な現象ではなくクリゾチニブの一般的な特徴的効果であることが示唆された。ECOG PS 0という良好な全身状態にもかかわらず多彩な活動性症状を呈していた患者が、投与3日でほぼ無症状となった事実は、ALK依存性の腫瘍における標的治療の威力を端的に示している。

投与14日後における劇的な画像奏効: ベースライン (投与7日前) の18F-FDG PET/CT融合画像 (Figure 2A) と比較して、投与14日後のPET/CT (Figure 2B) では主要病変の最大SUVがベースラインから70.5%低下した。同時にRECIST 1.1に基づく全標的病変の腫瘍径合計はベースラインから36.4%縮小し、PRの基準 (30%以上縮小) をわずか14日間で達成した。この迅速さは、標準化学療法では想定されていない時間軸での奏効を示しており、分子標的治療が特定の oncogene addiction (がん遺伝子依存) を持つ腫瘍において引き起こす迅速な腫瘍細胞死を象徴するものである。代謝活性の70.5%低下という変化は、形態学的なRECISTの変化 (36.4%) よりも大きな幅で観察されており、PETが形態学的変化よりも早期かつ鋭敏に治療反応を捉える可能性を示唆した (Figure 2B)。

投与4〜8週後の持続的奏効とQOLの回復: 投与4週後の18F-FDG PET/CTでは最大SUVがベースラインから72.3%低下し、RECIST腫瘍径はベースラインから45.1%縮小した。患者はこの時点でソフトウェアエンジニアとしてフルタイム勤務に復帰できるほどに回復した。投与8週後のCTスキャンでは腫瘍径がベースラインから47.5%縮小し、奏効の持続が明確に確認された。クリゾチニブ第I相試験全体のALK陽性コホートでは、客観的奏効が8週以内に44.7%・12週以内に74%の患者で認められており、本症例の14日での奏効はこのコホートにおける早期奏効例の典型として位置付けられる。

考察/結論

本症例は、ALK転座陽性NSCLCに対するクリゾチニブの劇的かつ迅速な臨床的・放射線学的効果を、詳細な時系列データと画像証拠によって示した先駆的報告であり、ALK陽性NSCLCの治療標準確立の根拠となる重要な臨床記録である。

先行研究との違いと本報告の位置付け: これまでの研究においてクリゾチニブのORR 57%・奏効期間中央値48週という全体的な有効性は示されていたが、既報では個々の症例における治療開始後14日という超早期時点での代謝活性70.5%低下・腫瘍径36.4%縮小という定量的証拠は提示されていなかった。この「迅速さの具体的実証」という点において本症例は既報と異なる。また、GISTに対するイマチニブ治療では、PET/CTによる早期腫瘍代謝評価が治療効果判定の新パラダイムとして確立されていたが、ALK陽性NSCLCでこれを対照的に示した症例報告は限られており、本報告はその空白を埋めるものである。

新規性: 本症例は18F-FDG PET/CTが、ALK陽性NSCLCにおけるクリゾチニブの機能的治療反応を形態学的CT評価よりも早期かつ鋭敏に捉える有用なツールであることを新規に示した。投与14日での最大SUV 70.5%低下という機能的変化は、腫瘍の代謝活性が解剖学的縮小 (36.4%) に先行して急速に低下することを示しており、PETが形態学的評価の補完的ツールを超えて早期効果判定の主役となり得ることを新規に実証した。また、孤立した3’ ALK赤シグナルという非古典的FISHパターンをALK陽性の診断基準として妥当性を示した点も、診断実装の観点からの新規な貢献である。

臨床的意義と個別化医療への貢献: 本症例は、ALK遺伝子再構成という単一の癌遺伝子への腫瘍依存がいかに強力な治療標的となり得るかを示した先駆的な臨床的意義を持つ事例である。EGFR/KRAS野生型の若年非喫煙腺癌という臨床プロファイルに基づくALK検索が、本症例のような劇的奏効を実現させた点は、分子プロファイリングを起点とした個別化医療 (personalized medicine) の理念を体現するものである。クリゾチニブが比較的軽微な副作用プロファイルを持つことと相まって、ALK陽性NSCLC患者のQOLと生存予後の大幅な改善を可能にする。さらに本報告は、生検時に十分な腫瘍量を確保して分子プロファイリングを実施することの臨床応用上の重要性を強調し、当時進行中であったPROFILE試験 (NCT00932451、NCT00932893) を通じたALK陽性患者へのクリゾチニブアクセス拡大を支持するエビデンスともなった。

残された課題: 今後の検討として、クリゾチニブに対する耐性機序の解明と次世代ALK阻害薬の開発が喫緊の課題として残されている。本症例は単一の症例報告であるため、18F-FDG PET/CTによる早期代謝反応と長期予後 (無増悪生存期間、全生存期間) の相関を検証するには、より大規模なコホート研究が必要である。ALK FISHにおける非古典的パターン (孤立3’ ALK赤シグナル) の診断精度・予後意義・閾値設定についてもさらなる検証が求められる。また、クリゾチニブの早期症状改善効果を客観的QOL指標によって前向きに定量化する研究も future research として重要な方向性を示している。

方法

本研究は、ALK転座陽性NSCLC患者1例を対象とした詳細な症例報告である。ALK遺伝子再構成の検出にはVysis ALK Break-Apart FISH (fluorescent in situ hybridization) プローブを使用し、腫瘍細胞の15%超に孤立した3’ ALK赤シグナル (5’緑シグナルの消失を伴う) を認めることをALK陽性の基準とした (Figure 1)。追加の分子解析によりEML4-ALK variant 1 (E13; A20) の存在が確認された。患者はクリゾチニブ第I相臨床試験 (A8081001, NCT00585195) の分子エンリッチメントコホートに登録され、クリゾチニブ250 mg 1日2回経口投与を受けた。

治療効果の評価は複数の時点で実施した。臨床症状 (発熱・咳嗽・疼痛・食欲不振) および体重変化を日次で記録した。放射線学的評価として、CTスキャンによるRECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) version 1.1に基づく全標的病変腫瘍径合計の測定と、18F-FDG PET/CT融合画像による最大SUV (standardized uptake value) の測定を実施した。評価時点はベースライン (投与開始7日前)、投与14日後、投与4週後、投与8週後とした。ALK FISHにおける非古典的パターン (孤立3’ ALK赤シグナル) の診断的意義については、Camidge et al. ClinCancerRes 2011を含むクリゾチニブ第I相試験参加施設の知見を参照した。統計学的解析は本症例報告では用いられず、臨床経過・画像所見の記述的報告とした。なお、参加全施設はPfizer社から資金提供を受けており、著者の一部はPfizer社から謝礼を受けたことが開示されている。