• 著者: Srivastava N, VanderLaan PA, Kelly CP, Costa DB
  • Corresponding author: Daniel B. Costa (Departments of Medicine, Beth Israel Deaconess Medical Center, Harvard Medical School, Boston, MA)
  • 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
  • 発行年: 2013
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Case Report
  • PMID: 23407563

背景

クリゾチニブは、ALK (anaplastic lymphoma kinase)、MET (hepatocyte growth factor receptor)、ROS1 (proto-oncogene tyrosine kinase c-ROS 1) などの受容体チロシンキナーゼを阻害する経口マルチキナーゼ阻害剤である。2011年8月26日、米国食品医薬品局 (FDA) は、局所進行性または転移性のALK陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者の治療薬として、クリゾチニブを迅速承認した。クリゾチニブは、300例以上の被験者を対象とした第I相、第II相、第III相試験で検討されており、良好なバイオアベイラビリティと薬物動態プロファイルを示すことが報告されている。

これまでに実施された大規模臨床試験である Kwak et al. NEnglJMed 2010 および Camidge et al. LancetOncol 2012 では、クリゾチニブの主な副作用として視覚障害 (64%)、悪心 (56%)、下痢 (50%)、嘔吐 (39%)、末梢浮腫 (30%)、便秘 (28%)、めまい (21%)、食欲不振 (16%)、疲労 (16%)、アラニンアミノトランスフェラーゼ増加 (12%)、発疹 (11%)、味覚異常 (11%)、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ増加 (10%) などの有害事象プロファイルが詳細に報告されている。また、Gaughan et al. (2011) による既報でも、遺伝子変異陽性肺癌における分子標的薬の安全性と治療効果が議論されている。FDAの添付文書情報によると、消化不良、嚥下障害、心窩部不快感、食道炎、食道閉塞、食道潰瘍、胃食道逆流、嚥下痛、逆流性食道炎などの食道障害が、255例の患者のうち20%に発生したと記載されている。しかし、これらの食道障害のうち、クリゾチニブに起因するとされたのは11%に過ぎず、Grade 3または4の重篤な食道障害はクリゾチニブに起因するものとしては報告されていなかった。

このように、クリゾチニブ投与患者における食道炎の放射線学的、内視鏡的、病理学的な直接的な証明はなされておらず、重度の食道炎とクリゾチニブとの直接的な関連性は未解明な点が残されていた。特に、重度の食道炎がクリゾチニブの新規有害事象として認識され、臨床現場で適切な管理が行われるための情報が不足している状況であった。先行研究では、クリゾチニブの有害事象プロファイルが詳細に検討されてきたが、食道炎に特化した報告は限られていた。例えば、Kwak et al. NEnglJMed 2010 および Camidge et al. LancetOncol 2012 の大規模臨床試験では、消化器系の有害事象は広範に報告されたものの、本症例のような重度の食道炎に焦点を当てた詳細な記述は不足していた。このように、クリゾチニブ治療における重篤な食道炎の臨床的・病理学的特徴に関するデータは極めて不足しており、その詳細な評価が臨床上の大きな課題となっていた。

目的

本研究の目的は、ALK陽性NSCLC患者においてクリゾチニブ投与後に発症したGrade 3の重度食道炎の症例を報告することである。これにより、クリゾチニブの新規有害事象として重度食道炎の可能性を臨床医に周知し、その診断と管理に関する注意を喚起することを目的とする。特に、放射線学的、内視鏡的、病理学的な所見を詳細に提示することで、クリゾチニブと食道炎の直接的な関連性を明確にすることを意図している。本症例報告を通じて、クリゾチニブ治療における重度食道炎の臨床的特徴と管理に関する具体的な情報を提供し、今後の臨床応用における患者の安全性向上に貢献することを目指す。

結果

初期治療経過とALK陽性扁平上皮癌の診断: 80歳の中国人女性非喫煙者が、胸痛と血痰を主訴に受診した。画像検査により、右肺上葉に7.2 cmの腫瘤が確認され、右第5肋骨への骨破壊を伴う胸壁浸潤が認められた。気管支超音波下生検で扁平上皮癌と診断され、EGFRおよびKRAS遺伝子は野生型であった。Vysis ALK Break-Apart FISHプローブを用いた検査では、16%の陽性核が認められ、ALK再構成陽性と判定された。この結果に基づき、クリゾチニブ250 mgカプセルを1日2回投与する治療が開始された。治療開始から1週間以内に、患者は視覚変化と悪心を発現した。悪心はオンダンセトロンの投与により緩和された (Figure 1)。

重篤なGrade 3食道炎の発症と画像所見: クリゾチニブ投与開始から2週間以内に、患者は食物が下部胸部・上腹部につかえる感覚を訴え始めた。胃食道逆流症の既往はなかった。プロトンポンプ阻害薬 (PPI) であるオメプラゾールを10日間投与したが症状は改善せず、嚥下困難に加えて嚥下痛 (odynophagia) が新たに出現した。この時点で、CTおよびPET-CT検査が実施され、下部食道壁の著明な輪状肥厚 (最大で約1.5 cm) と管腔狭小化、および軽度のFDG集積が確認された (Figure 1)。これらの所見はCTCAE Grade 3の食道炎に相当すると判断された。クリゾチニブは投与開始から約1か月で中止された。

病理組織学的検査による確定診断と速やかな回復: 上部消化管内視鏡検査では、食道中部において軟性の外部圧迫像が認められた。食道生検の病理組織学的所見 (ヘマトキシリン・エオジン染色、200×および400×) では、表面潰瘍、線維膿性浸出液、肉芽組織形成、および好中球と好酸球の混在浸潤を伴う活動性食道炎が確認された (Figure 2)。真菌や細菌などの微生物感染を示す特殊染色 (グラム染色、PAS染色、GMS染色) はすべて陰性であり、感染性食道炎は除外された。クリゾチニブ中止から10日後には、患者の嚥下困難および嚥下痛は完全に消失し、通常食を摂取できるようになった。

既報の有害事象データとの比較: クリゾチニブの第I相試験 (n=149) において、Grade 3の嚥下困難は0.6% (1例) にのみ報告されていた。FDA添付文書 (n=255のデータを含む) では、食道障害全体 (消化不良、嚥下障害、食道炎、逆流性食道炎など) が20%の患者に認められたが、クリゾチニブに起因するとされたのは11%であった (Table 1)。また、Grade 3または4の食道障害は、クリゾチニブに起因するものとしてはこれまで直接記録されていなかった。本症例は、放射線学的、内視鏡的、病理学的に証明されたGrade 3食道炎の世界初の直接的症例報告である。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、これまでのクリゾチニブの臨床試験報告と異なり、食道炎の放射線学的、内視鏡的、病理学的な直接的証明を伴う重度食道炎の症例を提示している。先行研究である Kwak et al. NEnglJMed 2010Camidge et al. LancetOncol 2012 の大規模臨床試験では、消化器系の有害事象は広範に報告されたものの、本症例のような重度の食道炎に焦点を当てた詳細な記述は不足していた。EGFR-TKI (ゲフィチニブなど) では重度の食道障害はほとんど報告されておらず、クリゾチニブによる食道障害は、その独特のALK/MET阻害作用に関連する可能性が示唆される。

新規性: 本研究で初めて、クリゾチニブ投与開始後2週間という比較的早期に、胃食道逆流症の既往がない患者において、PPIに反応しない嚥下困難および嚥下痛を伴うGrade 3食道炎が発症し、クリゾチニブ中止後に症状が急速に改善した症例を報告した。これは、クリゾチニブの新規有害事象としての重度食道炎の可能性を強く示唆するものである。

臨床応用: 本知見は、クリゾチニブを投与されている患者が嚥下困難や嚥下痛を訴えた場合、重度食道炎を鑑別疾患として考慮する必要があることを臨床現場に示唆する。PPIに反応しない症状の場合には、内視鏡検査による鑑別診断と食道生検が適切な管理につながる可能性がある。クリゾチニブの使用拡大に伴い、稀な有害事象が日常臨床で発見されることが予想され、本例のように症例報告による新規有害事象の迅速な情報共有が臨床現場における患者管理の改善に不可欠である。

残された課題: 今後の検討課題として、クリゾチニブによる食道炎の病態生理学的メカニズムの解明が残されている。ALKやMETの阻害が食道粘膜に与える影響について、さらなる基礎研究が必要である。また、より大規模なコホート研究やファーマコビジランスデータを用いた解析により、重度食道炎の発生頻度やリスク因子の特定を行うことが今後の研究方向性として挙げられる。本症例は単一の症例報告であるため、その一般化には限界があるというlimitationも認識しておく必要がある。

方法

本研究は、クリゾチニブに関連する重度食道炎の症例報告である。対象患者は、ALK FISH (fluorescence in situ hybridization) 陽性NSCLCと診断され、クリゾチニブ250 mgを1日2回経口投与された80歳の女性である。この治療は、FDA承認のVysis ALK Break-Apart FISHプローブによってALK陽性と判定された患者に対する標準治療プロトコルに従って開始された。患者の臨床経過、画像診断 (CT、PET-CT)、上部消化管内視鏡検査所見、および食道生検の病理組織学的所見を詳細に評価し、クリゾチニブ投与と食道炎発症の因果関係を検討した。

画像診断では、胸部CTおよびPET-CTを用いて食道壁の肥厚およびFDG (fluorodeoxy-D-glucose) 集積の有無を評価した。PET-CTは、腫瘍の活動性評価だけでなく、炎症性病変の検出にも有用である。上部消化管内視鏡検査では、食道粘膜の状態を直接観察し、病変部位から生検を行った。生検組織はヘマトキシリン・エオジン染色 (H&E染色) を用いて組織学的評価を行い、炎症細胞浸潤、潰瘍形成、肉芽組織形成の有無を確認した。また、真菌や細菌などの微生物感染を除外するため、グラム染色、PAS (periodic acid-Schiff) 染色、GMS (Grocott’s methenamine silver) 染色などの特殊染色も実施した。これらの検査は、感染性食道炎や他の原因による食道炎を除外するために不可欠であった。

有害事象の評価は、Common Terminology Criteria for Adverse Events (CTCAE) v4.03に基づき、食道炎の重症度をGrade 3と判定した。クリゾチニブ中止後の症状の改善状況を追跡し、薬剤との関連性を評価した。症状の改善は、嚥下困難および嚥下痛の消失、ならびに通常食の摂取再開によって客観的に評価された。本症例は、既報のクリゾチニブ臨床試験データと比較検討し、重度食道炎の発生頻度と臨床的意義について考察した。本症例報告は、レトロスペクティブな単一症例評価として、倫理的配慮のもとで実施された。臨床経過のタイムラインを詳細に追跡するため、カプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法などの記述的統計アプローチを参考にしつつ、治療開始から有害事象発現、休薬、および症状軽快に至る日数を厳密に記録した。なお、本剤の安全性プロファイルは、先行する大規模臨床試験である NCT00585195 や NCT00932893 のデータとも比較検討された。