- 著者: Gemma A, Kusumoto M, Kurihara Y, Masuda N, Banno S, Endo Y, Houzawa H, Ueno N, Ohki E, Yoshimura A
- Corresponding author: Akihiko Gemma (Graduate School of Medicine, Nippon Medical School, Tokyo, Japan)
- 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
- 発行年: 2019
- Epub日: 2018-12-03
- Article種別: Original Article
- PMID: 30521972
背景
肺がんは世界的に主要な疾患負荷であり、2012年には世界で182万件の新規症例と159万人の死亡が報告された。非小細胞肺癌 (NSCLC) は新規診断肺癌の84%を占め、EGFR遺伝子キナーゼドメイン変異をはじめとする複数の遺伝子ドライバー変異が標的療法の対象として同定されている。ALK受容体チロシンキナーゼ (ALK) 融合遺伝子はNSCLC患者の2.4%から5.6%に認められる確立した分子異常であり、日本人肺癌患者での頻度も同等であることが示されている。
クリゾチニブ (crizotinib) はALK、MET、ROS1キナーゼ活性を抑制する経口低分子チロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) である。PROFILE 1007試験 (既治療ALK陽性NSCLC対化学療法) では既治療患者における有益性が示され (Shaw et al. NEnglJMed 2013)、PROFILE 1014試験 (未治療ALK陽性NSCLC対化学療法) では未治療患者でも優越性が確認された (Solomon et al. NEnglJMed 2014)。さらにPROFILE 1014の最終OS解析においても長期的な臨床的有益性が示されている (Solomon et al. JClinOncol 2018)。日本では2012年3月にクリゾチニブが最初のALK-TKIとして承認されたが、新薬承認申請に用いられた国内データは第I相試験参加の日本人患者15例のみと限られており、実臨床での安全性プロファイルは不十分であった。
薬剤性間質性肺疾患 (ILD) は肺癌治療に用いられる多くのTKIに共通する薬剤性合併症であり、クリゾチニブ・セリチニブ・アレクチニブ等のALK-TKIにおけるILD発症率は1.1%から2.6%と報告されている。一方、ゲフィチニブ等のEGFR-TKIによるILDは日本人NSCLC患者では3.5%から5.8%と欧米の0.23%に比べて著しく高いことが複数の前向き大規模コホート研究で示されており、クリゾチニブでも同様に日本人での高い発症リスクが懸念された。しかし、特に日本の実臨床環境において、クリゾチニブ誘発性ILDの臨床的特徴とリスク因子を評価した大規模リアルワールドデータは不足しており、ILDの致死的転帰を予防し薬剤の適切使用を確保するためのエビデンスに gap in knowledge があった。
目的
本研究の目的は、日本の実臨床環境下においてクリゾチニブ治療に伴うILDの発症率・発症時期・画像パターン、および独立したリスク因子を世界で初めて大規模な市販後全例調査 (post-marketing surveillance: PMS) データに基づいて明らかにすることであった。特に、ILDの致死的転帰を防ぐために必要なリスク評価と監視体制の根拠を、2000例以上の日本人ALK陽性NSCLC患者のリアルワールドコホートから提供することを目指した。
結果
コホート構成とベースライン特性: 特別調査では2029例が調査を完了し、薬剤摂取なしの1例を除外したn=2028例が安全性解析対象集団に含まれた (Figure 1B)。ベースライン特性は、年齢中央値61.0歳 (mean ± SD: 59.5 ± 13.51歳、範囲3-100歳) で、60.2%が65歳未満であった。女性が53.6%、非喫煙者が56.4%、元喫煙者が37.1%、現喫煙者が5.9%であった (Table 1)。病期はIV期が72.2%、M1b が55.3%と進行例が大多数を占め、ECOG PS 0-1が77.6%、PS 2が12.9%、PS 3-4が9.4%であった。組織型は腺癌が多数を占め (非特異的腺癌37.0%、乳頭状腺癌17.8%、腺房腺癌16.9%等)、扁平上皮癌は1.3%のみであった。クリゾチニブの治療ラインは1次または2次治療が62.7%を占めた。局所施設医師が報告したILD疑い症例は136例137イベント (6.71%) および肺炎4例 (0.20%) であり、計140例が独立審査委員会に付された。詳細な臨床情報が得られた109例を再評価した結果、86例がクリゾチニブ関連ILDと判定され、評価不能31例を合わせ最終的にn=117例 (5.77%) がクリゾチニブ関連ILDとして確定した (Figure 2A)。
ILD発症率とCTCAEグレード別内訳: 確定ILD n=117例のCTCAEグレード別発症率は、Grade 1が21例 (1.04%)、Grade 2が26例 (1.28%)、Grade 3が29例 (1.43%)、Grade 4が18例 (0.89%)、Grade 5 (死亡) が23例 (1.13%) であった (Table 2)。Grade 3以上の重症ILDは合計70例 (3.45%) に達し、このうち死亡例は23例であった。確定ILD117例のうち、ILD独立審査委員会が薬剤との因果関係を否定した23例の内訳は感染症または感染症疑いが最多 (n=10) であり、放射線肺炎が2例、心不全関連の肺水腫等が各1例であった。ILD発症後の対応としては、クリゾチニブの中止が102例 (87.2%) と大多数を占め、減量継続が8例 (6.8%)、用量変更なしの継続が6例 (5.1%) であった。
ILD発症時期と致死リスクの早期集中: ILDを発症した患者において、発症時期はクリゾチニブ投与開始後4週以内が41.9%、8週以内が69.2%に集中した (Figure 3)。致死的転帰をたどった23例のうち、13例 (56.5%) が4週以内、19例 (82.6%) が10週以内にILDを発症しており、致死リスクは早期発症例に著しく偏っていた。この結果は、クリゾチニブの4臨床試験 (PROFILE 1001、1005、1007、1014) の後方視的レビューで日本人患者の50.0%が4週以内にILDを発症したとする既報や、日本の医薬品副作用報告データベース解析でのクリゾチニブILD中央値発症期間が1ヶ月以内とする報告と一致しており、クリゾチニブ開始後最初の4から8週間が最も厳重なモニタリングを要する時期であることが示された。
画像パターン別予後とDADパターンの高致死率: 確定ILD117例のうち、画像パターンはDADパターンが32例 (27.4%)、non-DADパターンが54例 (46.2%)、評価不能が31例 (26.5%) であった (Figure 2A)。致死的転帰はDADパターン32例中17例 (53.1%) に認められたのに対し、non-DADパターン54例では3例 (5.6%) にとどまり、DADパターンで著明に予後不良であることが示された (Figure 2B)。肺水腫様陰影はDADパターン (9.4%: 3/32例) とnon-DADパターン (9.3%: 5/54例) でほぼ同等の頻度で認められたが、DADパターンにおける死亡は1例のみであり、肺水腫様陰影と予後の因果関係は特定できなかった (Figure 2C)。クリゾチニブ継続例 (減量8例・用量変更なし6例) では、大部分が回復または回復傾向を示したが、急性呼吸窮迫症候群 (ARDS) 等の重症例では未回復が確認された (Table 3)。
多変量Cox回帰分析によるILD発症リスク因子: 多変量Cox比例ハザード逐次変数選択法により、以下の6因子がクリゾチニブ誘発性ILDの独立リスク因子として同定された (Table 4)。年齢については、45歳未満を基準として65歳以上75歳未満でHR 3.099 (95% CI 1.361-7.052, p=0.007)、75歳以上でHR 3.721 (95% CI 1.544-8.971, p=0.003) と有意なリスク増加を示した。ECOG PSについては、PS 0を基準としてPS 2でHR 2.595 (95% CI 1.395-4.826, p=0.003)、PS 3-4でHR 3.093 (95% CI 1.595-5.999, p<0.001) と有意に上昇した。喫煙歴については非喫煙者を基準として元喫煙者でHR 1.636 (95% CI 1.059-2.529, p=0.027)、現喫煙者でHR 4.522 (95% CI 2.486-8.225, p<0.001) と有意に上昇した。肺の基礎疾患は特に強力なリスク因子であり、ILD既往歴を有する患者ではHR 12.616 (95% CI 4.474-35.575, p<0.001)、現在のILD合併患者ではHR 6.053 (95% CI 3.086-11.869, p<0.001) と際立って高いハザード比が示された。胸水合併患者ではHR 2.415 (95% CI 1.571-3.713, p<0.001) の有意なリスク増加が認められた。
考察/結論
本研究は、日本の実臨床環境においてクリゾチニブ治療に伴うILDの発症率・発症時期・画像パターン・リスク因子を2000例以上の大規模コホートで包括的に評価した世界初のPMS (post-marketing surveillance) 研究である。
これまでの研究との違いと発症率の位置づけ: 本研究で確認されたクリゾチニブ関連ILD発症率5.77%は、クリゾチニブの4臨床試験 (PROFILE 1001、1005、1007、1014) における日本人患者データの後方視的レビューで報告された既報の3.7%とは異なり高値であった。この差は、本研究の患者集団の年齢中央値 (61歳) が既報 (52歳) より高齢であることが一因と考えられる。欧米患者のILD発症率 (1.2-1.3%) と対照的に、日本人患者では明確に高い発症率が認められており、これはゲフィチニブやエルロチニブ等のEGFR-TKIによるILDが日本人で3.5-5.8%と高いこと (欧米0.23%) と一致する。エルロチニブの日本での市販後調査POLARSTAR (Phase IV post-marketing all-patient surveillance study of erlotinib) においても4.3%のILD発症率が確認されており、TKI誘発性ILDに対する日本人患者の特異的感受性が示唆される。しかし、この日本人における高発症率のメカニズムは依然として不明確である。
本研究の新規性と主要知見: 本研究で初めて、2000例超の日本人ALK陽性NSCLC患者の実臨床コホートにおいて、クリゾチニブ関連ILDのリスク因子が多変量解析で定量化された。特に、ILD既往歴 (HR 12.616, 95% CI 4.474-35.575) およびILD合併 (HR 6.053, 95% CI 3.086-11.869) という肺の基礎疾患がきわめて高いハザード比を示したことは、これまで報告されていない重要な定量的知見である。ILDの69.2%が投与開始後8週以内に発症し、致死例では82.6%が10週以内に発症するという早期集中パターンが大規模コホートで確認されたことも、本研究で新規に実証された。さらにDADパターンのILDでは53.1%が致死的転帰をたどる一方、non-DADパターンでは5.6%にとどまり、画像パターンによる予後予測の重要性が示された。
臨床応用と臨床的意義: 本研究で同定された6つのリスク因子 (55歳以上・ECOG PS 2-4・喫煙歴・ILD既往歴・ILD合併・胸水合併) は、クリゾチニブ投与前のリスク評価と、投与開始後4から8週間の集中的な臨床現場での監視戦略の根拠を提供する。これらのリスク因子を有する患者に対しては、より頻回な画像評価と臨床症状の観察が求められ、臨床的意義が高い。DADパターンが確認された際には緊急かつ集中的な治療介入が必要であるが、non-DADパターンのILD症例では慎重なリスク・ベネフィット評価のもとでクリゾチニブ再投与に成功した事例も報告されており、画像パターンの正確な判定が治療方針に直接影響する。クリゾチニブ治療においては、肺癌合併ILDの発生率が診断時で5.8-15.2%と高いことが知られており、ILD合併患者への使用には特に慎重な監視が不可欠である。
残された課題と研究の limitation: 本研究の limitation として、局所施設医師のILD診断にばらつきがある可能性 (実臨床設定のためプロトコルが定義されていない)、独立審査委員会による再評価で詳細情報が得られなかった31例が評価不能となった点、および日本の処方薬再審査当局によるレビュー後にデータ解釈が変更される可能性が挙げられる。肺水腫様陰影のクリゾチニブ特異的意義についても、予後との因果関係は特定できなかったため、更なる検討が必要である。TKI誘発性ILDの日本人での高い発症率の機序については遺伝的素因・環境要因・患者背景等の寄与が不明であり、今後の研究課題である。今後のさらなる検討として、クリゾチニブ誘発性ILDの分子機序解明と、特定された高リスク群に対する最適なモニタリング・介入プロトコルの確立が求められる。
方法
本研究は、日本の Good Post-marketing Study Practice 省令に基づくクリゾチニブの市販後特別調査 (全例調査、NCT01597258) のデータを解析した。対象は2012年5月から2014年12月の登録期間中に日本でクリゾチニブを投与されたALK融合遺伝子陽性NSCLC患者全例であり、観察期間は52週間であった。安全性解析対象集団は、医療記録に基づきクリゾチニブを少なくとも1回投与された患者 (n=2028) と定義された。
収集されたベースラインデータには、性別・年齢・体重・体表面積・BMI (body mass index: 体格指数)・病期・転移病期・病理組織学的診断・ECOG PS (Eastern Cooperative Oncology Group Performance Status)・喫煙歴・Brinkmann指数・呼吸器疾患に対する高濃度酸素投与の有無・既往歴・合併症・クリゾチニブの治療ラインが含まれた。ILD発生率の評価は、5名の医療専門家から構成されるILD独立審査委員会が担当した。同委員会は、局所施設医師がILD疑いまたは肺炎として報告した全症例を患者の医療記録・病理学的所見・胸部画像所見に基づき専門的に再評価し、クリゾチニブとの因果関係を判定した上でCTCAE (Common Terminology Criteria for Adverse Events) version 4.0に従いグレードを判定した。また、DAD (diffuse alveolar damage: びまん性肺胞傷害) パターンおよび肺水腫様陰影の有無も評価された。
統計解析では記述統計のほか、ILD発症リスク因子の特定にCox比例ハザード回帰 (Cox regression) を用いた単変量および多変量逐次変数選択法を実施した。探索的変数には、性別・年齢・BMI・ECOG PS・喫煙歴・Brinkmann指数・高濃度酸素投与の有無・ILD既往歴・自己免疫疾患既往歴・ILD合併・肺線維症合併・放射線肺炎合併・癌性リンパ管症合併・胸水合併・肺水腫合併等が含まれた。単変量解析でp<0.05の変数を多変量解析に投入し、統計的有意水準はp<0.05に設定した。解析にはSAS version 9.1.3 (SAS Institute Japan Ltd.) を使用した。