- 著者: Hyman DM, Smyth LM, Donoghue MTA, Westin SN, Bedard PL, Dean EJ, Bando H, El-Khoueiry AB, Perez-Fidalgo JA, Mita A, Schellens JHM, Chang MT, Reichel JB, Bouvier N, Selcuklu SD, Soumerai TE, Torrisi J, Erinjeri JP, Ambrose H, Barrett JC, Dougherty B, Foxley A, Lindemann JPO, McEwen R, Pass M, Schiavon G, Berger MF, Chandarlapaty S, Solit DB, Banerji U, Baselga J, Taylor BS
- Corresponding author: David M. Hyman, MD (Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY; hymand@mskcc.org)
- 雑誌: Journal of Clinical Oncology
- 発行年: 2017
- Epub日: 2017-05-10
- Article種別: Original Article
- PMID: 28489509
背景
PI3K/AKT シグナル経路はヒトがんにおいて最も高頻度に活性化するシグナル経路の一つであり、PTEN、PIK3R1、PIK3CA、AKT、mTORといった複数のシグナルノードの変異を介して活性化されることが知られている (Vivanco and Sawyers, 2002; Shaw and Cantley, 2006)。AKT キナーゼファミリーは3つの相同なセリン-トレオニンキナーゼ (AKT1、AKT2、AKT3) から構成され、PI3K シグナルの重要な下流エフェクターとして細胞増殖、生存、代謝を調節する。大規模ゲノムプロファイリング研究により、AKT1 の中でも E17K (プレクストリンホモロジードメイン 17 番目のグルタミン酸がリシンに置換される点変異) が最多のホットスポット変異であり、乳癌、子宮体癌、肺癌、膀胱癌など多種の腫瘍型で検出されることが明らかになっていた (Bleeker et al., 2008; Cohen et al., 2010; Do et al., 2008; Kim et al., 2008)。E17K 変異は AKT1 の細胞膜への異常局在と下流シグナルの恒常的活性化をもたらすゲインオブファンクション変異であり、腫瘍形成能を有することがモデル実験で確認されていた (Carpten et al., 2007)。これらの先行研究は、AKT1 E17K変異が腫瘍形成に重要な役割を果たすことを示唆していた。
AKT 阻害薬はすでに PIK3CA 変異陽性患者を対象とした臨床試験段階にあったが、PIK3CA 変異における奏効率は 4-8% と低く、AKT1 E17K 変異に特化した評価は行われていなかった (Banerji et al., 2015)。E17K 変異はいずれの腫瘍型においても数%程度の低頻度であり、従来の単一腫瘍型試験デザインでは十分な症例集積が実質的に不可能であった。このため、AKT1 E17K 変異を標的とした治療の臨床的有効性は未解明な状態であった。また、希少変異を標的とする精密医療試験の実施には、従来の試験デザインでは患者集積が不足するという課題が残されていた。本研究は、このような希少変異を標的とする精密医療試験の課題を克服するため、「mutation-specific」バスケット型デザインを採用し、腫瘍型を問わず AKT1 E17K 変異陽性患者を横断的に集積することで、希少変異を標的とする精密医療試験の先駆的モデルを実践した。従来の試験デザインでは、特定の希少変異を持つ患者群を十分に集めることが難しく、その変異に対する薬剤の有効性を評価するための十分なデータが不足していた。
目的
pan-AKT キナーゼ阻害薬 AZD5363 (経口 ATP 競合型、後に capivasertib と命名) の AKT1 変異陽性進行固形腫瘍に対する初期有効性・安全性を評価すること。さらに、腫瘍ゲノム背景 (アレリックインバランス、共変異、cfDNA 動態) と奏効の関係を探索的バイオマーカー解析として検討し、奏効予測バイオマーカーを同定することを目的とした。本研究は、AKT1 E17K 変異が治療標的となり得るかという臨床的仮説を検証し、精密医療における希少変異の治療戦略を確立するための基盤データを提供することを目指した。特に、cfDNA (cell-free DNA) を用いた非侵襲的な治療効果モニタリングの可能性についても評価することを目的とした。本研究は、AKT1 E17K変異を標的とした治療の臨床的有用性を確立し、個別化医療の進展に貢献することを目指した。
結果
患者背景と治療概要: 合計 58 例の患者が AZD5363 の投与を受けた。内訳は AKT1 E17K 変異陽性患者が n=52、非 E17K AKT1 変異患者が n=5、AKT1 変異未検出患者が n=1 であった。患者は中央値で 5 ラインの先行治療を受けており、重度の多治療歴を有していた。婦人科腫瘍コホートは AKT1 変異の低頻度のため、目標の 20 例に達せず 18 例で早期に登録が終了した。
有効性 (AKT1 E17K 変異 52 例): AKT1 E17K 変異陽性患者 52 例において、確認された部分奏効 (confirmed PR) は計 9 例 (確認 PR 率 17%) であった。内訳は ER 陽性乳癌 4 例、子宮内膜癌 2 例、子宮頸癌 1 例、トリプルネガティブ乳癌 (TNBC) 1 例、肺腺癌 1 例であった (Fig 1)。追加の未確認 PR は ER 陽性乳癌 2 例、TNBC 1 例、肛門腺癌 1 例で認められた。非 E17K AKT1 変異患者では、AKT1 Q79K 変異を持つ卵巣顆粒膜細胞腫患者で腫瘍縮小 24% を伴う 14 ヵ月の安定疾患が得られた。AKT1 E17K 変異陽性患者における PFS 中央値は、ER 陽性乳癌コホートで 5.5 ヵ月 (95% CI 2.9-6.9 ヵ月)、婦人科腫瘍コホートで 6.6 ヵ月 (95% CI 1.5-8.3 ヵ月)、その他固形腫瘍コホートで 4.2 ヵ月 (95% CI 2.1-12.8 ヵ月) であった。腫瘍型と奏効率の間に明確な相関は認められなかった。
安全性プロファイル: Grade 3 以上の有害事象として最も多く報告されたのは高血糖 (24%)、下痢 (17%)、丘疹状皮疹 (15.5%) であった (Table 2)。全体で 34% の患者が用量減量を必要とし、主な理由は下痢、丘疹状皮疹、高血糖であった。有害事象により 12% の患者が AZD5363 の投与を永久的に中止した。薬物関連の重篤な有害事象は 15.5% の患者で発生した。中央値および平均の投与総日用量はそれぞれ 943.7 mg および 871.4 mg であり、設定された 960 mg に対して良好な遵守が示された。
cfDNA バイオマーカー解析: 局所検査で AKT1 E17K 変異と確認された 43 例のうち、cfDNA でも AKT1 E17K が検出されたのは 81.4% (35/43 例) であった。cfDNA で AKT1 E17K が検出されなかった 8 例中 5 例では、腫瘍組織の中央検査で E17K 変異が確認され、そのうち 2 例で PR、1 例で 8 ヵ月以上の持続的腫瘍縮小が達成されたことから、cfDNA 陰性でも奏効が得られる可能性が示された。縦断的 cfDNA 解析 (23 例) では、治療サイクル 1 内に AKT1 E17K 変異アレル頻度の 50% 超の低下が 95.5% (22/23 例) に認められたが、サイクル 1 早期の減少とアウトカムに相関はなかった。一方、サイクル 2 以降への持続的低下 (21 日超持続) は PFS 改善と有意に相関し (HR 0.18, 95% CI 0.06-0.54, p=0.004)、PFS 中央値は持続的低下群で 5.6 ヵ月、非持続的低下群で 2.6 ヵ月であった (Fig 2C)。持続的 E17K 消失 (21 日超) を示した 5 例全員が 18 週以上持続 PR を達成した (p=0.025)。cfDNA 進行 (nadir 比 50% 超のアレル頻度上昇) は画像進行に中央値 42 日 (95% CI 31-68 日) 先行した (Fig 2D)。
アレリックインバランス (CN-LOH) の予測バイオマーカーとしての意義: 37 例でゲノム解析が可能であった。21 例 (57%) で AKT1 E17K 変異アレル頻度が他のクローナル体細胞変異を上回るアレリックインバランスを認めた (Fig 3A)。主要な機序は copy-neutral LOH (CN-LOH) による変異アレルの倍加と野生型アレル消失であり (21 例中 10 例に CN-LOH)、残りの 9 例はゲノムゲインによる変異アレル増幅であった (Fig 3B)。アレリックインバランス有り群はなし群と比較して PFS 中央値が 8.2 ヵ月 vs 4.1 ヵ月 (HR 0.41, 95% CI 0.17-0.98, p=0.04) と有意な延長を示した (Fig 3C)。アレリックインバランスは乳癌・婦人科腫瘍に多く (全体の 90%)、その他腫瘍型では稀 (10%) であった。92% (34/37 例) でクローナルな AKT1 E17K が確認された。サブクローナル AKT1 E17K の 3 例中 2 例は急速進行したが、1 例 (卵巣顆粒膜細胞腫) は多病変サンプリングで最も高い細胞割合の部位 (67%) で最良奏効 (-42.5%) を達成し、サブクローナル変異でも高頻度部位での奏効可能性が示された (Fig 3D, E)。
PI3K 経路重複変異と感受性増強: 5 例で AKT1 E17K と他の PI3K/mTOR 経路活性化変異の重複を認め、重複変異群は単独 AKT1 E17K 群より有意な PFS 延長を示した (PFS 中央値: not reached vs 4.3 ヵ月; HR 0.21, 95% CI 0.05-0.95, p=0.045) (Fig 3F)。NF1 機能喪失変異 (RAS 経路活性化) を持つ 2 例でも持続 PR が得られ、同一経路内の冗長活性化が必ずしも耐性をもたらさないことを示した。ESR1 変異ホットスポットは ER 陽性乳癌 20 例の 35% (7/20 例) に検出され、ESR1 変異なし群と比較して有意な PFS 短縮 (p=0.004) と関連した。
考察/結論
本研究は、AKT1 E17K 変異がヒトがんにおける治療可能なドライバー変異であることを初めて堅固な臨床エビデンスとして確立した。AZD5363 は中央値 5 ライン以上の多治療歴 AKT1 E17K 変異陽性固形腫瘍に対し、ER 陽性乳癌・子宮内膜癌を中心に持続的奏効と腫瘍縮小をもたらした。PIK3CA 変異における AZD5363 の奏効率 (約 4-8%) と比較して AKT1 E17K 変異では明確に高い活性が示され、PI3K/AKT 経路の同一経路内でもゲノム変異の位置によって薬理学的依存性が異なることが実証された。
新規性: 本研究最大の知見の一つは、AKT1 E17K 変異アレルが野生型アレルへの選択的負荷を伴うアレリックインバランス (CN-LOH) を頻繁に呈するという予期せぬゲノム配置の発見である。これは「変異の有無」だけでなく「ゲノム配置 (アレル比)」という新たな次元のバイオマーカー解釈の重要性を提示した点で新規性が高い。CN-LOH が乳癌・婦人科腫瘍に集中する腫瘍型特異性も注目すべき知見であり、組織起源によって AKT1 への選択圧が異なることを示す。
先行研究との違い: 本研究で示されたアレリックインバランスを有する患者群における PFS 中央値 8.2 ヵ月 vs 4.1 ヵ月 (HR 0.41, 95% CI 0.17-0.98, p=0.04) という有意な延長効果は臨床的に意義が大きく、これまでの単なる変異の有無で患者を層別化するアプローチとは異なり、将来的な患者選択基準への組み込みが期待される。また、cfDNA による非侵襲的動態モニタリングは複数の示唆を提供した。cfDNA 陰性 (局所腫瘍量低下・ctDNA 放出不足) でも奏効が得られることは、cfDNA 陰性を根拠に患者を排除すべきでないことを示し、これまでの cfDNA 検出を必須とする考え方とは対照的である。
臨床応用: cycle 1 の急速な cfDNA 低下は薬力学的反応を反映し、持続的低下 (cycle 2 以降) が真の治療反応の指標であることが初めて示された。さらに cfDNA 進行が画像進行に中央値 42 日 (95% CI 31-68 日) 先行するという知見は、液体生検を用いた治療変更判断の早期化に臨床的有用性をもたらす。PI3K 経路内重複変異が相乗的感受性を示すという発見は、従来の通説 (同一経路の冗長変異は耐性要因) を覆し、PI3K/AKT 経路の複合的活性化が特定の薬理学的依存性 (pharmacological addiction) を生じさせる可能性を示唆し、将来の組み合わせ治療開発への方向性を提供する。
残された課題: 本試験で示された AZD5363 の有効性は後続研究に大きく影響した。AZD5363 (capivasertib) はその後 PIK3CA/AKT1/PTEN 変異を有する ER 陽性 HER2 陰性進行乳癌を対象とした CAPItello-291 試験 (フルベストラント併用 RCT) で統計学的に有意な PFS 改善を示し、2023 年 FDA 承認 (TRUQAP として) を取得した。本バスケット試験は、バスケット試験デザインが成立する条件 (mutation が pathogenic かつ drug-mutation の生物学的対応が明確) を実践した先例として、その後の tumor-agnostic 承認 (Shaw et al. NEnglJMed 2013; Shaw et al. NEnglJMed 2014) の潮流を形成する基盤論文となった。限界として、小サンプルサイズ、探索的デザイン (正式な仮説検定なし)、後方視的バイオマーカー解析、および cfDNA 標準化の問題が残されているが、これらは希少変異を対象とした初の prospective basket study として許容される制限であった。今後の検討課題として、これらのバイオマーカーのプロスペクティブな検証が挙げられる。
方法
本研究は、AstraZeneca 主導の Phase I 試験 (ClinicalTrials.gov identifier: NCT01226316) の Part D (拡大コホート) として実施された。適格基準は、標準治療不応または以降の進行固形腫瘍患者、局所検査で AKT1 変異 (E17K 含む) が確認された患者、catalytic AKT 阻害薬の未使用歴、および RAS/RAF 変異がない患者であった。患者は以下の3つのコホートに分類された: ER 陽性乳癌 (目標 n=20)、婦人科腫瘍 (目標 n=20)、その他固形腫瘍 (目標 n=20)。婦人科腫瘍コホートは AKT1 変異の低頻度のため、18 例で早期に登録が終了した。
投与レジメンは、AZD5363 480 mg を 1 日 2 回、4 日間投与し、その後 3 日間休薬するサイクルを 21 日間繰り返すものであった。画像評価はベースライン時、その後 6 週間ごとに 6 ヵ月間、その後は病勢進行、死亡、または中止まで 12 週間ごとに行われた。毒性評価は CTCAE (Common Terminology Criteria for Adverse Events) v4.0 に基づいて実施された。主要エンドポイントは安全性であり、副次エンドポイントは RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) v1.1 に基づく奏効および PFS (Kaplan-Meier 法) であった。
バイオマーカー解析では、術前腫瘍組織の全エクソームシーケンシングまたはターゲット次世代シーケンシングが 37 例で実施された (Cheng et al. JMolDiagn 2015; Frampton et al. NatBiotechnol 2013)。血漿 cfDNA (cell-free DNA) の droplet digital PCR による AKT1 E17K の前向き縦断採取が 23 例で実施された。探索的解析として、アレリックインバランス、サブクローナリティ、および共変異の評価が実施された。アレリックインバランスの機序を解明するため、アレル特異的コピー数解析も行われた。これらのバイオマーカー解析は小規模なサンプルサイズであったため、正式な仮説検定は事前設定されず、探索的なものとして扱われた。統計解析には Fisher’s exact test または χ² test が用いられ、PFS の推定には Kaplan-Meier 法が使用された。患者は、文書によるインフォームドコンセントを全て取得した上で研究に参加した。