• 著者: Sebastian M, Eberhardt WEE, Hoffknecht P, Metzenmacher M, Wehler T, Kokowski K, Alt J, Schütte W, Büttner R, Heukamp LC, Stenzinger A, Jänicke M, Fleitz A, Zacharias S, Dille S, Hipper A, Sandberg M, Weichert W, Groschek M, von der Heyde E, Rauh J, Dechow T, Thomas M, Griesinger F
  • Corresponding author: Martin Sebastian (Universitätsklinikum Frankfurt, Frankfurt, Germany)
  • 雑誌: Lung Cancer
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-02-05
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 33611226

背景

KRAS遺伝子変異は、非小細胞肺癌 (NSCLC) における最も頻度の高い癌遺伝子ドライバー変異であり、欧米人患者の20〜40%に認められる。この変異は30年以上にわたり「治療不可能 (undruggable)」とされてきたが、近年、KRAS G12C変異に特異的な共有結合阻害薬 (例: AMG510/sotorasib、MRTX849/adagrasib、JNJ-74699157) が開発され、有望な初期臨床データが報告されている。KRAS変異の大部分はコドン12に発生し、その中でもG12C変異が最も頻度が高く、全体の約11%を占める。G12C変異は、G12V (21%)、G12D (17%)、G12A (7%) などの他のサブタイプと比較して、喫煙者に多く見られることが知られている。

KRAS変異の予後に関する報告はこれまで一貫しておらず、その臨床的意義は依然としてcontroversialな点が多い。例えば、中国での小規模な後ろ向き研究では、KRAS G12C変異NSCLC患者の無増悪生存期間 (PFS) が非G12C変異患者よりも良好であったと報告されているが、米国の大規模研究ではG12C変異と非G12C変異の間で同様の臨床経過が示されている。また、PD-L1発現との関連についても、G12C変異が陽性PD-L1発現 (TPS 1-49%) と関連するとする報告がある一方で、PD-L1高発現 (TPS ≥ 1%) のG12C変異患者で予後不良が示唆された研究もある。

これらのKRAS G12C特異的阻害薬の臨床試験は、通常、対照群を持たない単群試験として設計されているため、標準治療下でのKRAS G12C変異NSCLC患者のリアルワールドにおける大規模なアウトカムデータが不足していた。このようなデータは、新規薬剤の有効性を評価するための歴史的対照として極めて重要である。ドイツのCRISP (Clinical Registry Investigating SCLC and NSCLC with Patients) レジストリは、ドイツ全土の150以上の施設が参加する前向き観察研究であり、この知識gapを埋めるための最適な基盤を提供した。本研究は、このCRISPレジストリのデータを用いて、KRAS G12C変異NSCLC患者の臨床病理学的特徴、PD-L1発現、治療パターン、および生存アウトカムを詳細に解析し、今後のKRAS G12C阻害薬の臨床開発に不可欠なリアルワールドデータを提供することを目的とした。

目的

本研究の目的は、ドイツのCRISP前向き観察レジストリに登録された進行非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者コホートにおいて、KRAS変異状態 (KRAS野生型、KRAS G12C変異、KRAS非G12C変異) 別の臨床病理学的特徴、PD-L1発現レベル、一次治療の内容、および生存アウトカム (無増悪生存期間 [PFS] および全生存期間 [OS]) を詳細に記述し、比較することである。特に、KRAS G12C変異を有する患者群に焦点を当て、そのリアルワールドにおける標準治療下での転帰を明らかにすることで、現在開発中のKRAS G12C特異的阻害薬の臨床試験における貴重な歴史的対照データを提供することを目的とする。さらに、多変量解析を用いて、KRAS変異状態が独立した予後因子であるかどうかを評価し、PD-L1発現などの他の因子との関連を検討する。

結果

患者背景とKRAS変異分布: 解析対象となった進行NSCLC患者1039例のうち、KRAS野生型が60.4% (n=628)、KRAS G12C変異が15.4% (n=160)、KRAS非G12C変異が24.2% (n=251) であった。KRAS変異を有する患者411例のうち、G12C変異は38.9%を占め、次いでG12Vが21.2%、G12Dが13.9%であった。KRAS変異の90.3%がコドン12に、6.3%がコドン13に、3.4%がコドン61に認められた (Fig. 2A)。KRAS G12C変異群は、中央年齢65.5歳、女性44.4%、現在喫煙者40.6%、非扁平上皮組織型99.4%と、KRAS野生型群と比較して女性、喫煙者、非扁平上皮癌の割合が高い傾向が認められた (Table 1)。

PD-L1発現状況: PD-L1発現検査が実施された患者において、腫瘍細胞PD-L1発現率 (TPS) が50%を超える高発現の割合は、KRAS G12C変異群で43.5%と、KRAS野生型群の28.0%およびKRAS非G12C変異群の28.9%と比較して有意に高率であった (Fig. 2B)。一方、TPSが1%未満の低発現の割合は、KRAS G12C変異群で8.1%と、KRAS野生型群の15.3%およびKRAS非G12C変異群の14.7%よりも低かった (Table 1)。この結果は、KRAS G12C変異を有するNSCLCが、免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) 治療に対してより感受性が高い可能性を示唆する。

一次治療の内容: 2019年時点では、一次治療として免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) を含む治療を受けた患者の割合は、KRAS G12C変異群で89.3%と、KRAS野生型群の68.8%およびKRAS非G12C変異群の87.7%と比較して高かった (Fig. 3B)。ICI単独療法はKRAS G12C変異群で31.3%、ICIと化学療法の併用療法は18.8%の患者に実施された (Fig. 3A)。一次治療の内容は経年的に変化しており、2016年にはプラチナ製剤とタキサン系薬剤の併用化学療法がG12C変異患者の57.1%に用いられていたが、2019年にはG12C変異患者でこの併用療法を受けた患者はいなかった。これは、2017年2月のPD-L1陽性NSCLCに対するペムブロリズマブ単独療法、および2018年9月の化学療法との併用療法の承認といった、ICI治療の導入を反映している。

生存アウトカム: アウトカムコホート (少なくとも1年間の追跡期間がある患者) における解析では、KRAS変異ステータス (野生型、G12C、非G12C) 間で、無増悪生存期間 (PFS) および全生存期間 (OS) に有意な差は認められなかった (Fig. 4A, B)。KRAS G12C変異群のPFS中央値は5.7ヶ月 (95% CI 4.2-8.2)、OS中央値は11.6ヶ月 (95% CI 9.0-18.1) であった。多変量Cox比例ハザードモデルによる解析では、KRAS変異状態は独立した予後因子ではなかった。一方、ECOGパフォーマンスステータス不良 (ECOG ≥ 2 vs ECOG = 0) は、全死亡リスクの有意な増加と関連した (HR 1.97, 95% CI 1.31-2.97, p=0.001)。PD-L1発現レベルは独立した予後因子であり、PD-L1高発現 (TPS ≥ 50% vs TPS < 1%) は死亡リスクの有意な低下と関連した (HR 0.39, 95% CI 0.26-0.60, p<0.001)。中程度のPD-L1発現 (1% ≤ TPS < 50% vs TPS < 1%) でも死亡リスクの低下が認められた (HR 0.61, 95% CI 0.41-0.90, p=0.012) (Fig. 4C)。KRAS変異サブタイプ間 (G12C vs 非G12C) でもOSおよびPFSに有意差は認められなかった (Fig. S1A, B)。

考察/結論

本研究は、ドイツのCRISPレジストリから得られた、KRAS変異を有する進行NSCLC患者における最大規模の前向きリアルワールドコホートデータを提供するものである。KRAS G12C変異は、ドイツのNSCLC患者の15.4%に認められ、KRAS変異全体の38.9%を占めることが示された。これは、これまでの報告 (ドイツで42.9%、米国で34.9%、中国で28-33%) と概ね一致する。

先行研究との違い: 多くの先行研究ではKRAS変異の予後に関する結果がcontroversialであり、G12C変異の予後的な役割についても一貫した見解が得られていなかった。本研究の多変量解析では、KRAS変異状態自体が独立した予後因子ではないことが示され、これは一部の先行研究、例えばArbour et al. ClinCancerRes 2018Skoulidis et al. CancerDiscov 2015が報告した、共変異が予後を規定するという見解と一致する。しかし、G12C変異患者がより良好なECOGパフォーマンスステータスを有し、PD-L1高発現の割合が高いにもかかわらず、生存期間に有意な差が見られなかった点は、一部のG12C変異が予後不良と関連するとした報告と対照的である。

新規性: 本研究で初めて、大規模なリアルワールドデータを用いて、KRAS G12C変異NSCLC患者におけるPD-L1 TPS > 50%の高発現率が43.5%と高いことを示した。これは、G12C変異腫瘍が免疫原性の高い微小環境を有し、ICI治療に感受性が高い可能性を示唆する新規の知見である。また、KRAS G12C阻害薬の臨床試験における歴史的対照として、標準治療下での詳細なアウトカムデータを提供した点も本研究の新規性である。

臨床応用: 本研究で得られた標準治療下でのKRAS G12C変異NSCLC患者の転帰データは、現在開発中のKRAS G12C特異的阻害薬 (sotorasib、adagrasibなど) の臨床試験結果を解釈する上で極めて重要な背景情報となる。例えば、sotorasibの第2相CodeBreaK100試験で報告された奏効率 (ORR) 37.1%の有益性を、本研究で示された標準治療の成績と比較することで、その臨床的意義をより明確に評価できる。また、本データは、KRAS G12C阻害薬が承認された際の潜在的な適応患者数を推定する基盤となり、臨床現場での患者選択や治療戦略の構築に貢献する。

残された課題: 本研究の非介入型デザインは、リアルワールドの治療実態を反映する一方で、サブグループ間の因果関係の結論を導くことを制限する。また、全ての患者でKRAS変異検査が実施されたわけではないため、KRAS変異の全体的な発生率が他のコホートと異なる可能性がある。腫瘍評価のタイミングや基準に関する詳細な規定がないため、レジストリのPFSおよび奏効データは臨床試験のそれと完全に一致しない可能性がある。今後の検討課題として、PD-L1発現レベルと特定の治療法を組み合わせたサブグループ解析を、イベント数が十分になった時点で実施する必要がある。さらに、KRAS変異と共存するゲノム異常が予後に与える影響についても、より詳細な解析が求められる。

方法

CRISP (Clinical Registry Investigating SCLC and NSCLC with Patients) は、ドイツ全土の150以上の施設が参加する、開放型、非介入、前向き、多施設共同の観察レジストリである (ClinicalTrials.gov登録番号: NCT02622581)。本解析では、2015年12月17日から2019年6月30日までの期間にCRISPレジストリに登録された進行NSCLC (UICC第7版のStage IVまたは切除不能Stage IIIB) 患者を対象とした。

解析対象患者の選択基準は以下の通りである。まず、登録された全4032例の患者から、生年、性別、腫瘍組織型 (扁平上皮癌または非扁平上皮癌)、分子検査の有無、一次治療開始日のいずれかの情報が欠損している患者を除外した。次に、EGFR、ALK、ROS1、BRAFなどの既知のドライバー変異を有する患者 (n=306) およびチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) 治療を受けているが標的変異が未確認の患者 (n=4) を除外した。最終的に、KRAS変異の有無が評価可能で、かつKRAS変異タイプが詳細に特定されている1039例の患者を本解析の対象とした。このコホートは、KRAS野生型 (n=628)、KRAS G12C変異 (n=160)、KRAS非G12C変異 (n=251) の3群に分類された。KRAS変異の検出は、主に次世代シーケンシング (NGS) (約75%) によって行われ、病理報告書から抽出されたヌクレオチドまたはタンパク質配列情報に基づいた。PD-L1発現状態も病理報告書から抽出され、免疫組織化学 (IHC) による腫瘍細胞PD-L1発現率 (TPS) として記録された。

統計解析は、KRAS変異状態別に記述統計量を用いて行われた。イベントまでの期間 (PFS、OS) は、カプラン・マイヤー法を用いて推定された。生存解析は「アウトカムコホート」を対象とした。これは、2018年6月30日以前に登録され、少なくとも1年間の追跡期間がある患者群と定義された。PFSは一次治療開始日から病勢進行または死亡までの期間、OSは一次治療開始日からあらゆる原因による死亡までの期間と定義された。多変量解析にはCox比例ハザードモデルが用いられ、年齢、BMI、性別、Charlson併存疾患指数 (CCI)、ECOGパフォーマンスステータス、KRAS変異状態、PD-L1発現状態を独立変数として、全生存期間に対する独立した予後因子を同定した。ハザード比 (HR) の信頼区間 (CI) はWald統計量に基づき算出された。全てのP値は両側検定であり、P < 0.05を有意水準とした。多重比較に対する調整は行われなかった。解析にはSASソフトウェアバージョン9.4が使用された。