• 著者: Kishikawa S, Hayashi T, Saito T, Takamochi K, Kohsaka S, Sano K, Sasahara N, Sasa K, Kurihara T, Hara K, Suehara Y, Takahashi F, Suzuki K, Yao T
  • Corresponding author: Takuo Hayashi (Department of Human Pathology, Juntendo University Graduate School of Medicine, Tokyo, Japan)
  • 雑誌: Modern Pathology
  • 発行年: 2021
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 33024306

背景

肺浸潤性粘液性腺癌 (IMA: invasive mucinous adenocarcinoma) は、全肺腺癌の2〜10%を占める組織学的に独特な亜型であり、2015年の世界保健機関 (WHO: World Health Organization) 分類において浸潤性腺癌の特殊型に位置づけられている。IMAは、杯細胞または円柱細胞の形態を示す腫瘍細胞が豊富な細胞内粘液を有し、肺胞壁に沿って置換性あるいは乳頭状に増殖するという特徴的な組織像を呈する。遺伝子レベルでは、IMAはKRAS変異を高頻度 (約70%) に有することが知られており、この特徴は非粘液性腺癌とは大きく異なる。肺腺癌のゲノムプロファイルに関する大規模解析を行った Campbell et al. NatGenet 2016 などの先行研究において、IMAは独自の遺伝学的背景を持つことが示されている。また、新分類の予後的有用性を検証した Tsuta et al. LungCancer 2013 などの既報においても、IMAの予後は非粘液性腺癌と比較して一貫しておらず、その臨床病理学的挙動には多様性が存在することが指摘されている。さらに、KRAS変異陽性肺癌に対する治療戦略をレビューした Vasan et al. ClinCancerRes 2014 などの先行研究が示すように、KRAS変異を標的とした治療開発が進む一方で、IMAにおける粘液産生や悪性度を規定する詳細な分子メカニズムは未解明な部分が多い。

ムチン (MUC: mucin) は高度に糖鎖修飾された高分子タンパク質であり、上皮細胞の保護やシグナル伝達に関与している。ムチンは膜結合型 (MUC1、MUC4など) と分泌型 (MUC2、MUC5AC、MUC6など) に大別され、癌化に伴う発現パターンの変化が浸潤や転移を促進することが知られている。IMAにおいては、気道系ムチンであるMUC5ACの発現が広く認識されているが、胃型粘液形質を示すMUC6など、他のムチンの発現パターンやその臨床病理学的意義、さらには腫瘍の遺伝子変異プロファイルとの詳細な関連性については、これまでの研究では十分に検討されておらず、未確立の領域として残されている。また、IMAの臨床像は単発性の結節から、肺胞内散布による多発・両側性病変、肺炎類似の浸潤影まで極めて多様であるが、このような臨床的異質性を説明するための病理学的・分子生物学的なサブタイプ分類に関する知見は決定的に不足している。特に、どのようなムチン発現プロファイルが低悪性度あるいは高悪性度の臨床経過と相関するのかという点についての体系的な解析は不十分であり、日常の病理診断において予後予測や治療標的の同定に寄与する実用的なマーカーの確立が強く求められている。

目的

本研究の目的は、肺浸潤性粘液性腺癌 (IMA) 70例の切除検体コホートを対象として、各種ムチン (MUC1、MUC2、MUC4、MUC5AC、MUC6) の免疫組織化学 (IHC: immunohistochemistry) 的発現パターン、および腫瘍の分化を制御する転写因子であるTTF-1 (thyroid transcription factor-1)、CDX2 (caudal-type homeobox 2)、HNF1β (hepatocyte nuclear factor 1 beta)、HNF3α (hepatocyte nuclear factor 3 alpha)、HNF3β (hepatocyte nuclear factor 3 beta)、HNF4α (hepatocyte nuclear factor 4 alpha) の発現状況を網羅的に評価することである。さらに、これらの発現プロファイルと、主要なドライバー遺伝子変異 (EGFR、KRAS、GNAS (GNAS complex locus)、TP53変異およびキナーゼ融合遺伝子) のステータス、ならびに患者の臨床病理学的背景 (年齢、性別、喫煙歴、腫瘍径、病期、リンパ管侵襲、生存期間、無再発期間) との相関関係を詳細に解析する。特に、胃型分泌ムチンであるMUC6のびまん性発現が、IMAにおける特定の臨床病理学的特徴や遺伝子変異パターンを有する独自の予後良好なサブセットを定義し得るか、また日常の病理診断における実用的な分類ツールおよび予後予測因子として機能するかを明らかにすることを検証する。

結果

対象患者の臨床病理学的背景と遺伝子変異プロファイル: 70例のIMA患者 (男性41例、女性29例) を対象とした。中央値年齢は70.5歳 (範囲: 41-85歳) であり、喫煙歴を有する患者は44例 (63%) であった。病理病期はStage Iが50例 (71%) を占め、腫瘍径が20mm以下の症例は31例 (44%) であった (Table 1)。リンパ管侵襲は6例 (9%)、リンパ節転移は1例 (1.4%) のみに認められ、組織学的には純粘液型が60例 (86%)、非粘液成分との混合型が10例 (14%) であった。遺伝子解析の結果、KRAS変異が47例 (67%) と最も高頻度に検出され、その内訳はG12Vが20例 (43%)、G12Dが15例 (32%)、G12Cが6例 (13%) であった (Fig. 1)。その他のドライバー遺伝子変異として、ERBB2変異が3例 (4.3%)、CD74-NRG1融合遺伝子が2例 (2.9%)、BRAF変異が2例 (2.9%)、MET exon 14 skippingが1例 (1.4%) に認められた。一方、EGFR変異やALK、ROS1、RETの再構成は全例で陰性であった。TP53変異は7例 (10%) に認められ、そのうち5例 (71%) はKRAS変異を併発していた。さらに、GNAS変異は2例 (2.9%) に検出され、そのうち1例はKRAS G12D変異と共存していた。

免疫組織化学染色におけるムチンおよび転写因子の発現パターン: 各種ムチンの発現頻度を評価したところ、MUC5ACは99% (70例中69例) の症例で陽性を示し、そのうち51例 (73%) でびまん性発現 (陽性率90%以上) を認めた (Fig. 2)。MUC6は86% (60例) で陽性であり、びまん性発現は19例 (27%)、限局性発現は41例 (59%) に認められた (Fig. 3)。MUC1は59% (41例、びまん性6%)、MUC4は23% (16例、びまん性3%) で陽性であり、MUC2は3% (2例) のみで限局性に陽性であった。転写因子の解析では、HNF1β、HNF3α、HNF3βが全例 (100%) で陽性であり、HNF4αは69例 (99%) で陽性を示した (Fig. 5)。対照的に、TTF-1の陽性率は6% (4例)、CDX2は9% (6例) と低頻度であった。MUC6の発現分布を示すヒストグラムでは、他のムチンとは異なり、10-19%と90-100%の2つのピークが存在することが示された (Fig. 4)。ムチン間の相互関連性においては、MUC1の発現はMUC4の発現と有意に正の相関を示し (p=0.0224)、MUC6のびまん性発現とは有意に負の相関を示した (p=0.0069)。また、MUC1およびMUC4の発現は、混合型組織型において有意に高頻度であった (MUC1: p=0.0384, MUC4: p=0.0128)。

MUC6びまん性発現と臨床病理学的因子および遺伝子変異との相関: MUC6のびまん性発現 (n=19) と臨床病理学的特徴および遺伝子変異ステータスとの関連を多変量ロジスティック回帰分析で検討した。その結果、MUC6のびまん性発現は、KRAS-wild-type vs mutantにおいて有意に高頻度であり、多変量解析において HR 11.743 (95% CI 2.666-71.946, p=0.0008) と極めて強い独立した相関を示した (Table 3)。また、腫瘍径が20mm以下の小腫瘍 (tumor size ≤ 20mm vs >20mm) において HR 8.158 (95% CI 1.728-51.965, p=0.0073)、および女性患者 (female vs male) において HR 4.833 (95% CI 1.107-25.605, p=0.0359) とも有意に独立して相関していた。単変量解析においても、腫瘍径20mm以下 (HR 12.800 (95% CI 3.633-61.130, p<0.0001)) および女性 (HR 4.740 (95% CI 1.525-14.729, p=0.007)) はMUC6びまん性発現と有意に関連していた。さらに、年齢因子 (Age <70 vs ≥ 70) については、単変量解析で HR 2.856 (95% CI 0.937-8.708, p=0.0650) と有意傾向を示すにとどまった。注目すべき点として、MUC6びまん性発現を示す19例の中には、CD74-NRG1融合遺伝子陽性の2例全例、およびERBB2変異陽性の2例が含まれており、KRAS野生型IMAにおける特定の代替ドライバー遺伝子変異がMUC6びまん性発現サブグループに集積していることが示された。

MUC6びまん性発現およびその他の因子が患者予後に及ぼす影響: 術後生存解析 (Kaplan-Meier法) において、MUC6びまん性発現群 (n=19) は、陰性または限局性発現群 (n=51) と比較して、CSSが有意に良好であり (p=0.0495)、RFSも有意に延長していた (p=0.0094) (Fig. 6)。特筆すべきことに、MUC6びまん性発現群の19例においては、観察期間中にIMAによる疾患死は1例も認められなかった。一方、MUC4陽性例は有意に不良なCSS (p=0.0305) およびRFS (p=0.0454) と関連していた。また、TP53変異陽性例は極めて予後不良であり、野生型と比較してCSSが著しく短縮していた (p<0.0001)。KRAS変異陽性例 (n=47) のサブタイプ解析では、KRAS G12D変異を有する症例 (n=15) は、G12VやG12Cなどの他のKRAS変異症例と比較して、RFSが有意に短縮していることが示された (p=0.0187)。この結果は、KRAS変異を一括して扱うのではなく、アミノ酸置換のサブタイプごとに異なる生物学的挙動を示す可能性を示唆している。さらに、リンパ管侵襲やリンパ節転移の有無も予後解析において評価され、病期 (Stage I vs II-IV) がCSSおよびRFSの双方において極めて強力な予後予測因子であることが確認された (p<0.0001)。

考察/結論

本研究の最も重要な知見は、肺浸潤性粘液性腺癌 (IMA) において、MUC6のびまん性発現がKRAS野生型、小腫瘍、および女性患者と有意に関連し、極めて予後良好な臨床病理学的亜群を定義することを示した点である。

先行研究との違い: これまでの一般的なIMAに関する研究では、MUC5ACの発現や高頻度なKRAS変異が一括して強調される傾向にあり、IMA内部の多様性や低悪性度サブセットの存在については十分に光が当てられてこなかった。本研究は、IMAの大部分がMUC5ACを均一に発現しているのに対し、MUC6の発現パターンには明確な二峰性の分布が存在し、約3割の症例でびまん性に発現しているという事実を明らかにした。この点で、一様な悪性腫瘍として扱われがちであった従来のIMAの理解と異なり、腫瘍内の不均一性や独自の低悪性度サブセットの存在を明瞭に描き出している。

新規性: 本研究は、MUC6のびまん性発現が、KRAS野生型、腫瘍径20mm以下、および女性という特定の臨床病理学的・分子遺伝学的特徴と独立して相関することを、多変量解析を用いて本研究で初めて新規に同定した。さらに、MUC6びまん性発現群では追跡期間中に疾患死が1例も認められず、極めて良好なCSSおよびRFSを示すことを明らかにした。これは、MUC6発現がIMAにおける低侵襲性・低悪性度の独立した臨床病理学的亜群を定義する実用的な指標となり得ることを示す、これまで報告されていない新規の知見である。

臨床応用: 本知見は、日常の病理診断におけるIMAのサブタイプ分類および予後予測ツールとしての臨床応用に直結する。MUC6のIHC染色は比較的簡便かつ安価に実施可能であり、臨床現場において低悪性度のIMA症例を迅速にスクリーニングし、過剰治療を避けるための層別化に極めて有用である。また、MUC6びまん性発現例にCD74-NRG1融合遺伝子やERBB2変異などの代替ドライバーが濃縮していたことは、これらの症例に対する抗HER2/HER3療法などの分子標的治療の臨床的有用性を示唆しており、個別化医療の推進に貢献する。

残された課題: しかしながら、本研究にはいくつかの残された課題が存在する。第一に、本研究は単一施設における70例の後方視的コホートに基づいた解析であり、症例数が比較的限定されているため、今後はより大規模な独立した外部コホートを用いた検証が必要である。第二に、MUC6がIMAにおいてどのようにして発現誘導され、なぜ腫瘍の浸潤性や転移能の低下 (予後良好) をもたらすのかという詳細な分子生物学的メカニズムは未解明であり、今後の検討課題である。また、KRAS G12D変異が他のKRAS変異型と比較して有意に予後不良であった点についても、その生物学的な差異を解明するための基礎的研究が求められる。

方法

本研究は、2010年1月から2018年12月までに順天堂大学医学部附属順天堂医院呼吸器外科において完全切除された原発性肺腺癌の中から、組織学的にIMAと診断された70例を対象とした後方視的研究である。すべての切除組織は10%中性緩衝ホルマリンで固定され、常法に従ってパラフィン包埋 (FFPE: formalin-fixed paraffin-embedded) された。組織診断は、2015年WHO分類に基づいて2人の病理医が独立して再確認した。

遺伝子変異解析として、EGFR変異およびKRAS変異はPNA-LNA (peptide nucleic acid-locked nucleic acid) PCR (polymerase chain reaction) clamp法を用いて検出した。TP53変異およびGNAS変異については、PCR増幅後にダイレクトシーケンス法を用いて解析した。EGFRおよびKRAS変異が陰性であった症例については、Ion GeneStudio S5システムを用いたターゲットシーケンス、あるいは全エクソーム・全トランスクリプトーム解析を含む次世代シーケンス (NGS: next-generation sequencing) を実施した。さらに、既知のドライバー変異を認めない症例に対しては、NanoStringアッセイを用いて、CD74-NRG1などのキナーゼ融合遺伝子のスクリーニングを行った。

IHC染色では、MUC1、MUC2、MUC4、MUC5AC、MUC6、TTF-1、CDX2、HNF1β、HNF3α、HNF3β、HNF4α、およびp53に対する特異的抗体を使用した。免疫染色の陽性コントロールおよび条件検討の対照として、肺腺癌細胞株である A549 のFFPE細胞ブロック切片を同時に染色し、染色の恒常性を確認した。ムチンの発現強度は、陽性腫瘍細胞の割合に基づいて、陰性 (10%未満)、限局性発現 (10%以上90%未満)、びまん性発現 (90%以上) の3段階に半定量的に分類した。転写因子については、腫瘍細胞の10%以上の核に陽性所見を認めた場合を陽性とした。

統計学的解析には、GraphPad PrismおよびJMPソフトウェアを使用した。カテゴリ変数間の関連性は Fisher’s exact テストまたはカイ二乗検定を用いて評価した。生存解析には Kaplan-Meier 法を用い、疾患特異的生存 (CSS: cancer-specific survival) および無再発生存 (RFS: recurrence-free survival) の生存曲線を画定し、ログランク (log-rank) テストを用いて群間比較を行った。MUC6のびまん性発現に関連する独立した臨床病理学的因子を同定するため、単変量および多変量ロジスティック回帰分析を実施した。すべての統計学的検定において、p値が0.05未満の場合を有意差ありと判定した。本研究は順天堂大学倫理委員会の承認 (承認番号: 2019067) を得て実施された。