- 著者: Tsuta K, Kawago M, Inoue E, Yoshida A, Takahashi F, Sakurai H, Watanabe S, Takeuchi M, Furuta K, Asamura H, Tsuda H
- Corresponding author: Koji Tsuta (National Cancer Center Hospital, Tokyo, Japan)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2013
- Epub日: 2013-07-02
- Article種別: Original Article
- PMID: 23891509
背景
肺腺癌 (adenocarcinoma; ADC) は、気管支肺胞上皮癌 (bronchioloalveolar carcinoma; BAC)、腺房型 (acinar)、乳頭型 (papillary)、充実型 (solid) といった複数の建築学的増殖パターンを示す異質な疾患群である。WHO 2004分類では、約80%の浸潤性腺癌が2種以上のパターンを混在させるため、「mixed adenocarcinoma」と分類されることが多かったが、個々の増殖パターンが患者の生存率や遺伝子変異プロファイルと相関することが、複数の臨床病理学的および分子解析研究により示唆されてきた Travis et al. JThoracOncol 2011。この臨床的有用性を高めるため、国際肺癌学会 (International Association for the Study of Lung Cancer; IASLC)、米国胸部学会 (American Thoracic Society; ATS)、欧州呼吸器学会 (European Respiratory Society; ERS) が協力し、肺腺癌の新しい国際多分野分類 (IASLC/ATS/ERS分類) を発表した。
この新分類における主要な変更点には、BACの用語廃止とlepidicパターンへの置き換え、腺癌in situ (adenocarcinoma in situ; AIS) および微小浸潤性腺癌 (minimally invasive adenocarcinoma; MIA) の導入、浸潤性腺癌の優位な組織亜型に基づく分類、予後不良因子であるmicropapillary亜型の追加、そして浸潤性粘液性腺癌 (invasive mucinous adenocarcinoma; IMA) の独立した分類などが含まれる。これらの変更は、肺腺癌の診断と予後予測の精度向上を目指したものであった。
IASLC/ATS/ERS分類の予後的有用性については、これまでに4つの研究グループが解析を行い、肺腺癌の組織亜型が有意な予後予測因子であることを報告している (Yoshizawa et al. Mod Pathol 2011; Russell et al. J Thorac Oncol 2011; Warth et al. J Clin Oncol 2012; Gu et al. J Surg Oncol 2012)。しかし、これらの先行研究の多くは、限られた病期(例:ステージIのみ)の症例を対象としていたり、5年全生存率 (OS) のみで評価していたり、あるいは主要なドライバー遺伝子変異(EGFR、KRAS、ALK)との関連を系統的に解析した大規模シリーズが不足していた。特に、各組織亜型と特定のドライバー遺伝子変異との相関関係を詳細に検討した研究は未解明な点が多かった。例えば、ALK転座と組織亜型の関連については、一部の報告があるものの、その全体像や臨床的意義についてはまだ十分な知見が不足している状況であった。
本研究は、この知識ギャップを埋めることを目的とし、大規模な外科切除肺腺癌コホートを用いて、IASLC/ATS/ERS分類が患者の予後予測能およびドライバー遺伝子変異プロファイルとどのように関連するかを詳細に解析する必要があった。特に、新分類におけるAISとMIAのT病期としての位置づけや、T1腫瘍における脈管浸潤の予後的意義についても、より詳細な検討が不足していた。
目的
本研究の目的は、国立がん研究センター病院で手術切除された904例の原発性肺腺癌を対象に、IASLC/ATS/ERS分類に基づき組織亜型を再分類し、以下の4つの主要な側面を解析することである。(1) 各組織亜型が患者の全生存率 (OS) に対してどのような予後予測能を持つかを評価すること。(2) 主要なドライバー遺伝子変異であるEGFR変異、KRAS変異、およびALK転座と各組織亜型との相関関係を明らかにすること。(3) IASLC/ATS/ERS分類で新たに導入されたAIS (adenocarcinoma in situ) およびMIA (minimally invasive adenocarcinoma) 腫瘍のT病期としての適切な位置づけを検討すること。(4) T1腫瘍におけるリンパ脈管浸潤の有無が患者の予後に与える影響を解析し、その臨床的意義を評価すること。これらの解析を通じて、IASLC/ATS/ERS分類の臨床的有用性を多角的に検証し、将来の病期分類改訂や個別化医療への貢献を目指す。
結果
患者背景と組織亜型分布: 解析対象は904例の肺腺癌患者であった。女性445例 (49%)、男性459例 (51%) で、年齢中央値は63歳 (範囲23〜89歳) であった。非喫煙者446例 (49.3%)、喫煙者458例 (50.7%) であった。リンパ脈管浸潤は440例 (48.7%) で認められた。病期は、p-T1が506例、p-T2が297例、p-T3が83例、p-T4が18例であった。リンパ節転移は869例中217例 (25%) で認められた。病理学的病期は、ステージIが579例、ステージIIが149例、ステージIIIが141例であった。
IASLC/ATS/ERS分類に基づく組織亜型分布は以下の通りであった。AIS (adenocarcinoma in situ) が69例 (8%)、MIA (minimally invasive adenocarcinoma) が33例 (4%) で、合計102例 (11.3%) がAISまたはMIAと分類された。浸潤性腺癌757例のうち、最も多かったのは乳頭優位型腺癌 (papillary predominant adenocarcinoma; PPA) で338例 (37.4%)、次いでlepidic優位型腺癌 (lepidic predominant adenocarcinoma; LPA) が136例 (15.1%)、充実優位型腺癌 (solid predominant adenocarcinoma; SPA) が124例 (13.7%)、腺房優位型腺癌 (acinar predominant adenocarcinoma; APA) が98例 (10.8%)、微小乳頭優位型腺癌 (micropapillary predominant adenocarcinoma; MPA) が61例 (6.7%) であった。浸潤性粘液性腺癌 (invasive mucinous adenocarcinoma; IMA) は45例 (5.0%) であった。粘液性AISまたはMIA、コロイド型、胎児型、腸型腺癌は認められなかった (Table 1)。
生存解析と予後予測能: 全患者904例の平均追跡期間は8.2年 (範囲0.19〜13.8年) で、5年全生存率 (OS) は76%であった。腫瘍再発は272例 (30.1%) で観察された。AISまたはMIAの102例では、再発は認められなかった。 各組織亜型の5年および10年OS率は以下の通りであった。AISまたはMIAは98%および94%であり、疾患特異的生存率 (disease-specific survival) は5年・10年ともに100%であった。LPAは93%および85%、APAは67%および47%、PPAは74%および57%、MPAは62%および47%、SPAは58%および41%、IMAは76%および63%であった (Fig. 1)。 単変量解析では、性別 (男性 vs 女性: HR 1.553, 95% CI 1.249-1.930, p<0.001)、年齢 (HR 1.027, 95% CI 1.016-1.040, p<0.001)、喫煙歴 (喫煙者 vs 非喫煙者: HR 1.391, 95% CI 1.120-1.726, p=0.003)、病期 (ステージIII vs I+II: HR 5.64, 95% CI 4.485-7.095, p<0.001)、リンパ脈管浸潤 (陽性 vs 陰性: HR 4.377, 95% CI 3.420-5.603, p<0.001) がOSと有意に相関していた (Table 2)。 IASLC/ATS/ERS分類の予後予測能を評価するため、7つの亜型分類と、従来の3群統合分類 (AIS+MIA、LPA+APA+PPA、MPA+SPA+その他) を比較した。尤度比検定の結果、7亜型分類を含むモデルは統計的に有意な改善を示し (p=0.004)、3群統合分類を含むモデルも有意であった (p=0.001)。IDI (Integrated Discrimination Improvement) 推定値は、7亜型分類が0.0175 (95% CI 0.0052-0.0378) であり、3群統合分類の0.0111 (95% CI 0.0004-0.0226) よりも高い値を示し、7亜型分類がより優れた予後予測能を持つことが示唆された。
AIS+MIAのT病期分類: AIS+MIA腫瘍のT病期としての位置づけを検討するため、AIS+MIA、従来のT1腫瘍 (AIS+MIAを含む)、およびAIS+MIAを除外したT1腫瘍のOSを比較した。5年および10年OS率は、AIS+MIAで98.0%および93.6%、従来のT1腫瘍で86.7%および77.7%、AIS+MIAを除外したT1腫瘍で83.9%および73.6%であった。AIS+MIA腫瘍とAIS+MIAを除外したT1腫瘍の間 (p<0.0001)、およびAIS+MIA腫瘍と従来のT1腫瘍の間 (p=0.0003) には、患者生存率において統計的に有意な差が認められた (Fig. 2)。これらの結果は、AISとMIAがT1ではなくTisとして分類されるべき可能性を示唆する。
T1腫瘍におけるリンパ脈管浸潤の意義: 506例のT1腫瘍におけるリンパ脈管浸潤のOSへの影響を解析した。T1腫瘍全体、リンパ脈管浸潤のないT1腫瘍、リンパ脈管浸潤のあるT1腫瘍の5年および10年OS率は、それぞれ86.7%および77.7%、94.0%および87.5%、69.4%および55.1%であった (Fig. 3)。リンパ脈管浸潤のあるT1腫瘍のOS率は、T2a腫瘍のOS率 (5年65.0%、10年45.6%) と同等であった。リンパ脈管浸潤のあるT1腫瘍は、リンパ脈管浸潤のないT1腫瘍と比較して有意に予後不良であり (p<0.0001)、T1腫瘍全体と比較しても有意差が認められた (p=0.0003)。リンパ脈管浸潤のあるT1腫瘍とT2a腫瘍の間には統計的に有意な差は認められなかった (p=0.065)。
ドライバー遺伝子変異と組織亜型の相関: EGFR変異は解析された880例中356例 (40.5%) で検出された。PPAで最も高頻度であり56.0%を占め、次いでLPA (44.6%)、MPA (39.7%)、AIS+MIA (39.0%)、APA (32.3%)、SPA (15.8%) であった。IMAではEGFR変異は検出されなかった。PPAはEGFR変異陽性の独立した正の予測因子であり (p=0.00001)、SPAは負の予測因子であった (p=0.00001)。 KRAS変異は解析された862例中96例 (11.1%) で検出された。IMAで最も高頻度であり74.4%を占め、次いでMPA (16.2%)、PPA (15.6%)、LPA (9.2%)、SPA (5.3%)、AIS+MIA (4.0%)、APA (3.7%) であった。IMAはKRAS変異陽性の独立した正の予測因子であった (p=0.00001)。 ALK転座は解析された893例中40例 (4.5%) で検出された。MPAで最も高頻度であり15.0%を占め、次いでAPA (14.4%)、SPA (6.5%)、PPA (2.4%)、IMA (2.2%) であった。AIS+MIAおよびLPAではALK転座は検出されなかった。MPAおよびAPAは、それぞれALK転座陽性の独立した正の予測因子であった (p=0.00001およびp=0.0002)。これら3つの主要なドライバー遺伝子変異は相互排他的であった (Fig. 4)。
考察/結論
本研究は、大規模な手術切除肺腺癌コホートを用いてIASLC/ATS/ERS分類の臨床的有用性を多角的に検証した。最も重要な発見は、この分類が患者の予後を正確に層別化する能力を持つこと、および主要なドライバー遺伝子変異と各組織亜型との間に有意な相関が存在することである。AISおよびMIAは100%の疾患特異的生存率を示し、一方でSPAは5年OSが58%と最も予後不良であった。この予後層別化能力は、IDI値の比較によっても統計的に支持され、7つの詳細な亜型分類が従来の3群統合分類よりも優れた予測能を持つことが示された (7亜型分類 IDI 0.0175 vs 3群統合分類 IDI 0.0111)。
先行研究との違い: これまでの研究では、IASLC/ATS/ERS分類の予後予測能は示されていたものの、主要なドライバー遺伝子変異(EGFR、KRAS、ALK)との関連を系統的に解析した大規模な報告は不足していた。本研究は、この点で先行研究と異なり、特にALK転座がMPA (15.0%) とAPA (14.4%) に特異的に高頻度で認められ、AIS+MIAやLPAでは全く検出されないという組織亜型特異的な分布パターンを明らかにした。これは、ALK陽性腫瘍がsolid signet-ring cell patternやmicropapillary patternと関連するという既報の形態学的特徴と整合する (Takeuchi et al. Clin Cancer Res 2009)。
新規性: 本研究で初めて、IASLC/ATS/ERS分類に基づく詳細な組織亜型が、EGFR変異、KRAS変異、ALK転座といった主要なドライバー遺伝子変異と明確な相関を示すことを大規模コホートで実証した。特に、ALK転座がMPAおよびAPAに集中して認められるという知見は新規性があり、これらの亜型がALK検査の優先対象となる可能性を示唆する。EGFR変異がPPAと最も強く相関し、KRAS変異がIMAに圧倒的に多い (74.4%) というパターンも、それぞれの腫瘍の増殖特性と発がんシグナル経路を反映していると考えられる。
臨床応用: 本研究の知見は、肺腺癌の診断と治療戦略に重要な臨床的含意を持つ。例えば、micropapillary優位型やacinar優位型の肺腺癌が診断された場合、ALK転座の可能性が高いことから、ALK検査を優先的に実施することで診断効率が向上し、ALK阻害剤による個別化治療への迅速な移行に寄与する可能性がある。また、AISおよびMIAが100%の疾患特異的生存率を示すことから、これらの腫瘍はT1ではなくTisとして分類されるべきであるという提案は、過剰治療の回避と患者のQOL向上に繋がる。さらに、リンパ脈管浸潤陽性のT1腫瘍がT2a腫瘍と同等の予後を示すことは、T1腫瘍内での病期サブクラスの必要性を示唆し、将来のTNM病期分類改訂に影響を与える可能性がある。
残された課題: 本研究は後方視的デザインであり、単一施設での外科切除例に限定されている点がlimitationである。今後の検討課題として、進行肺腺癌におけるドライバー遺伝子変異と組織亜型の相関関係を前向き研究で検証すること、および非ALK分子標的薬(EGFR-TKIやKRAS阻害剤など)治療との関連性を解析することが挙げられる。また、組織亜型の分類における観察者間の一致度をさらに高めるためのトレーニングや標準化も重要である。
方法
本研究は、1998年1月から2002年12月までに国立がん研究センター病院で外科切除された原発性肺腺癌患者を対象とした後方視的コホート研究 (retrospective cohort study) である。当初956例の患者が登録されたが、術前治療を受けた13例、検体不足の9例、胸膜播種または悪性胸水が認められた15例、および再分類により肺腺癌以外の組織型と診断された15例を除外し、最終的に904例を解析対象とした。本研究は施設倫理委員会の承認を得て実施された。
組織学的解析: 全てのヘマトキシリン・エオシン (HE) 染色標本および利用可能な特殊染色・免疫染色標本を、2名の研究者が患者の臨床情報を盲検化した状態でレビューした。組織分類はIASLC/ATS/ERS分類に従い、最大腫瘍径 (cm) および病理学的病期 (p-stage) を記録した。病期分類は第7版TNM分類ガイドラインに基づいた。リンパ脈管浸潤の有無は、HE染色および/またはエラスチカ・バンギーソン (Elastica van Gieson) 染色標本を用いて評価した。
ドライバー遺伝子変異解析: EGFR変異 (exon 19欠失およびexon 21のL858R点変異) およびKRAS変異 (exon 1および2) は、高分解能融解曲線分析 (high-resolution melting analysis) を用いて検出した Takano et al. ClinCancerRes 2007。ALK転座は、免疫組織化学 (IHC)、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応 (RT-PCR)、および/または蛍光in situハイブリダイゼーション (FISH) アッセイを、既報の方法に従って解析した Yoshida et al. JThoracOncol 2011。
統計解析: 記述統計量として、平均値、中央値、範囲、割合を用いた。ドライバー遺伝子変異とADC亜型との関連は、年齢、性別、喫煙歴で調整したロジスティックモデルを用いて解析した。各亜型の5年および10年生存率は、カプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 推定法により算出した。T1腫瘍患者における生存率は、Cox比例ハザードモデルを用いて臨床病理学的因子との関連を比較した。
各ADC亜型の予後的意義を評価するため、亜型を含むモデルと含まないモデルの両方でCoxモデルを構築し、尤度比検定を実施した。これらのモデルは、年齢、性別、病期、リンパ脈管浸潤で調整した。モデルの予測性能改善を評価するため、Integrated Discrimination Improvement (IDI) 値を算出し、10年死亡リスクの評価に用いた (Pencina et al. Stat Med 2011)。IDI値は、亜型を含むモデルと含まないモデルのR2値の差に相当し、モデルに亜型を追加することによる予測能力の向上を定量的に評価できる。IDI値の統計的有意性は、パーセンタイルブートストラップ法により算出された95%信頼区間 (CI) を用いて評価した。全ての検定は両側検定であり、有意水準は0.05とした。P値は多重比較調整なしで報告した。データ解析にはRバージョン2.14を用いた。