- 著者: Vasan N, Boyer J, Herbst RS
- Corresponding author: Herbst RS (Yale Cancer Center and Smilow Cancer Hospital at Yale-New Haven, New Haven, CT)
- 雑誌: Clinical Cancer Research
- 発行年: 2014
- Epub日: 2014-06-03
- Article種別: Review
- PMID: 24893629
背景
RASは全ヒト癌において最も高頻度に変異が認められる癌遺伝子である。4種のRASタンパク質 (HRas (Harvey RAS)、KRas4a (Kirsten RAS splice isoform 4a)、KRas4b (Kirsten RAS splice isoform 4b)、NRas (neuroblastoma RAS)) はGTPase (グアノシン三リン酸加水分解酵素) として機能する分子スイッチであり、GTP結合状態 (活性型) とGDP結合状態 (不活性型) の間を往復する。GAP (GTPase activating protein; GTPase活性化タンパク質) がGTP加水分解を促進し、GEF (guanine nucleotide exchange factor; グアニンヌクレオチド交換因子) がGDP解離を促進することでRASの活性サイクルが制御される。KRAS変異 (G12、G13、Q61位) はこのGAPとの結合を阻害し、KRASを恒常的なGTP結合状態に固定することで下流のRaf/MEK/ERK・PI3K/Akt/mTOR・RalGDS/Ral経路を持続的に活性化させ、増殖・抗アポトーシス・血管新生・代謝変化を誘導する。Hanahan & WeinbergがHanahan et al. Cell 2011で概説した癌のホールマーク (Hallmarks of cancer) の多くは、このKRAS変異を通じて駆動される。
1960年代のRAS発見以来、1980年代から1990年代にかけてはRASの翻訳後修飾を標的とするFTase (farnesyltransferase; ファルネシルトランスフェラーゼ) 阻害薬が最有力候補として台頭した。しかしlonafarnibやtipifarnibを用いたKRAS変異陽性膵臓癌の第III相試験は生存期間改善を示せず (Van Cutsem et al. 2004)、ファルネシル化阻害薬であるsalirasibもNSCLC Phase II試験で画像的奏効を得られなかった。この失敗の根本原因は、FTaseを阻害するとKRASがGGTase I (geranylgeranyltransferase I; ゲラニルゲラニルトランスフェラーゼI) による代替プレニル化を受けて膜移行・活性化を維持するバイパス機構にあった。この挫折を経て「KRAS変異は創薬不可能 (undruggable)」との概念が定着し、製薬業界のRAS創薬への関心は一時的に著しく低下した。
臨床的にも、KRAS変異陽性NSCLC患者はKRAS野生型患者に比べて化学療法からの利益が乏しく、Winton et al. NEnglJMed 2005らが指摘するように個別化治療戦略の必要性が急務であった。さらに、個々のKRAS変異サブタイプ (G12C/G12V/G12Dなど) が下流シグナル経路や薬剤感受性に与える影響は十分に解明されておらず、このgap in knowledgeが臨床試験設計の大きな障壁となっていた。治療法が不足していたKRAS変異NSCLCに対して2010年代初頭から、新規RAS調節酵素の同定・siRNAを用いた合成致死スクリーニング・NMR (核磁気共鳴) フラグメントスクリーン・構造生物学的アプローチの革新が相次ぎ、再びRASを標的化する「Rasルネッサンス」の機運が高まった。
目的
本レビューは、KRAS変異陽性NSCLCを主要モデルとして、(1) RASシグナル伝達経路の分子機構とアイソフォーム・点突然変異ごとの生物学的差異、(2) 膜会合阻害 (FTase・RCE1 (Ras converting enzyme 1)・ICMT・PDEδ)、(3) KRASタンパク質直接阻害 (アロステリック阻害・KRAS G12C共有結合阻害)、(4) 下流シグナル阻害 (Raf/MEK/PI3K/Akt/mTOR)、(5) 合成致死スクリーニング (TBK1・WT1・CDK4・GATA-2・BCL-XL)、(6) 臨床試験 (BATTLE試験・selumetinib+docetaxel) の6軸を網羅し、「undruggable」からの脱却に向けた個別化治療アプローチの実現可能性を提示することを目的とする。
結果
KRAS変異アイソフォームの臓器特異性と点突然変異サブタイプの生物学的差異: RASアイソフォームは臓器依存的な変異パターンを示す (Fig 2A)。KRASは膵臓癌・大腸癌・肺癌 (腺癌) に多く、NRASは悪性黒色腫・AML (acute myeloid leukemia; 急性骨髄性白血病) に、HRASは頭頸部癌・尿路上皮癌に多い。肺癌全体においてRAS変異陽性は約53%であり、そのうち53%が腺癌組織型を占める (Fig 2A)。肺癌における主要KRAS変異の頻度はG12C (約30%) > G12V (約20%) > G12Dの順であり、大腸癌ではG12D・G12V・G13Dが、膵臓癌ではG12D・G12V・G12Rが多く、各癌種が固有の「KRASプロファイル」を示す (Fig 2B)。
変異サブタイプによる生物学的差異も重要である。in vitroコロニー形成アッセイではG12VとG12Rが最も高い細胞変換能を示し、マウスin vivoモデルでもG12V・G12R・G12D変異体はG12Cや野生型と比較して高病期肺腫瘍を形成した。臨床的には、G12D変異患者はsorafenibへの感受性が比較的高く、G12C変異患者はpemetrexedおよびtaxolへの感受性が高い傾向が観察された。一方でG12CとG12VはRalGDS (Ral guanine nucleotide dissociation stimulator) 経路への依存性が高くAktシグナルへの依存性が低いという分子特性が、特定サブタイプの予後不良と関連すると推定されている。KRAS G12Vは全KRAS変異陽性肺癌の約20%を占め、総じて最も高い腫瘍原性ポテンシャルを有すると考えられている (Table 2)。
RAS膜移行・会合プロセスに対する新規酵素標的の探索: RASが活性シグナルを伝達するためには、C末端CAAXモチーフを起点とする一連の翻訳後修飾を経て細胞膜に移行することが必須である (Fig 3)。この多段階プロセスは、FTase (ファルネシル化) → RCE1 (Ras converting enzyme 1; タンパク質分解) → ICMT (isoprenylcysteine carboxyl methyltransferase; メチル化) の順に進み、HRas/NRas/KRas4aはGolgiでパルミトイル化されて形質膜に移行する。KRas4bはパルミトイル化を受けず、ファルネシル基とC末端ポリ塩基性領域による静電的相互作用で膜会合する (Fig 3)。
FTase阻害薬はKRASに対してGGTase Iによる代替プレニル化が生じるため無効であることが明確になった後、RCE1・ICMT・PDEδ (phosphodiesterase delta) が代替標的として注目された。RCE1欠失は線維芽細胞増殖を抑制するが、KRAS駆動型骨髄増殖性疾患GEMMでは逆に病勢を増悪させるパラドックスが報告されており、細胞特異的な差異がある。一方、ICMTの不活化はKRAS変異陽性線維芽細胞およびGEMMで一貫して腫瘍形成を抑制し、小分子ICMT阻害薬cysmethynilは大腸癌細胞の足場非依存性増殖を有意に抑制した (IC50は低マイクロモル範囲)。さらにICMT阻害はメトトレキサートのオフターゲット効果としても確認されている。最も有望な新規標的はPDEδであり、ファルネシル化KRas4bの細胞内輸送を担うシャペロンとして機能する。PDEδ-KRAS相互作用をナノモル規模の親和性 (IC50 50 nM以下) で阻害する新規ベンズイミダゾール化合物が開発され、KRAS変異陽性膵臓癌細胞株のオンコジェニックシグナルを抑制し、さらに膵臓癌マウス異種移植モデルにおいても顕著な腫瘍退縮効果が実証された (Fig 3)。
KRAS G12Cを標的とした直接阻害薬の概念実証: KRASタンパク質はGTPに対してピコモル範囲の極めて高い親和性を有し、滑らかな球状表面で結合ポケットが乏しいため、長年にわたり直接的な薬物標的化は「不可能」とされてきた。この概念を覆す端緒となったのが、NMRフラグメントスクリーンを用いた2グループによるアロステリック阻害薬の同定である。これらの化合物はスイッチ2領域 (switch 2) とコアβシートの間の疎水性ポケットに結合してSOS (son of sevenless) 媒介GTP交換活性をマイクロモル規模 (IC50 約1-10 μM) の親和性で阻害し、SOSとの結合部位と部分的に重複することでSOSによるKRAS活性化を遮断した。
さらに画期的な進展として、FDA承認チロシンキナーゼ阻害薬 (afatinib・ibrutinib) の活性部位近傍システインへの不可逆的共有結合戦略に着想を得て、Ostrem et al. (2013, Nature) はKRAS G12C特異的共有結合阻害薬を開発した。KRAS G12C変異特有の12位システイン残基に共有結合することで、SOS媒介ヌクレオチド交換を遮断してKRASをGDP結合の「off state」に固定し、スイッチ2を中心とする新規結合面を形成する。サブマイクロモル規模 (IC50 < 0.5 μM) の親和性を持つこれらの化合物は、KRAS G12C変異陽性NSCLC細胞株において細胞生存率を約40-60%低下させアポトーシスを誘導し、野生型KRASへの影響を示さなかった。これが後のsotorasib (AMG510) やadagrasib (MRTX849) といった臨床承認薬へとつながる重要な概念実証 (proof-of-concept) となった (Fig 3)。
合成致死スクリーニングによる5種の新規治療標的: 直接阻害の困難なKRAS変異癌に対する迂回戦略として、RNAi (RNA interference; RNA干渉) 技術を用いたゲノムワイドshRNAスクリーニングが実施され、KRASと合成致死関係を示す遺伝子群が同定された (Table 1)。合成致死性とは2遺伝子のいずれか一方の攪乱では細胞死が生じないが、両者を同時に攪乱すると細胞死が誘導される現象であり、固定されたKRAS変異との組み合わせで選択的に癌細胞を死滅させる戦略として注目された。
TBK1 (TANK-binding kinase 1): ドラッガブルタンパク質を対象としたshRNAスクリーニングにより、TBK1はKRAS変異陽性肺腺癌細胞においてKRAS自身に次ぐ強力な細胞死誘導因子として同定された。TBK1は下流のRalB-Sec5複合体により活性化され、BCL-XLとNF-κBシグナルを介して抗アポトーシスシグナルを駆動する。ナノモル親和性 (IC50 <100 nM) のTBK1阻害薬が前臨床で開発されており、KRAS変異陽性細胞株において野生型細胞と比較して選択的な細胞死誘導 (選択性指数 >5倍) が確認され、薬理学的tractabilityが実証されている。
WT1 (Wilms tumor 1): KRAS転写シグネチャー解析から同定された転写因子であり、WT1の欠失はマウス細胞株・GEMM・ヒト細胞株の3系でKRAS依存性の細胞老化 (senescence) と増殖抑制を誘導した (SA-β-gal陽性細胞の2-3倍増加)。KRAS変異陽性肺癌患者においてWT1発現レベルが予後と相関することも示されており (高発現群でOS短縮)、直接創薬は困難だが細胞老化誘導機構が将来の間接的な治療標的となりうる。
CDK4 (cyclin-dependent kinase 4): CDKサブタイプ別解析において、CDK4の特異的欠失は肺組織特異的にKRAS変異依存性の細胞老化を誘導し、大腸や膵臓では同効果が認められないという組織特異的依存性が明確にされた。CDK4/6デュアル阻害薬PD-0332991 (CDK4 IC50 = 9 nM、CDK6 IC50 = 15 nM) を用いた治療実験では腫瘍増殖抑制が示されたものの、遺伝的ノックダウンで観察された老化は誘導されず、より強力かつ選択的なCDK4阻害薬の必要性が示唆された (Table 1)。
GATA-2: ヒトKRAS変異陽性NSCLC細胞株スクリーニングから、GATA-2が細胞生存に必須の転写因子として同定された。GATA-2はプロテアソーム (Nrf1経由)・IL-1シグナル (TRAF6経由)・Rho/ROCKシグナル (STAT5経由) を統合してNF-κBを駆動する。下流の阻害薬であるproteasome阻害薬bortezomib (0.5-1 mg/kg i.v.) とROCK阻害薬fasudil (30 mg/kg p.o.) の併用療法がKRAS駆動型肺癌GEMMで腫瘍退縮を示し、2つの独立グループで再現確認された (Table 1)。
BCL-XL: MEK阻害薬selumetinibへの感受性増強を目的としたpooled shRNA druggable-gene screenでBCL-XLが同定された。selumetinib単剤はBIMタンパク質量を増加させるが、増加したBIMはBCL-XLに捕捉されてアポトーシスに不十分である。BCL-XL阻害薬navitoclax (ABT-263、BCL-XL IC50 <1 nM) との併用によりBIM/BCL-XL複合体が減少し、遊離BIMの一部がMCL-1と複合体を形成してアポトーシスを強力に誘導した。この効果はKRAS変異陽性大腸癌・肺癌・膵臓癌の複数細胞株 (n=5種以上) と異種移植・GEMMモデルで確認された (Table 1)。
KRAS変異陽性NSCLCを対象とした主要臨床試験の成果: 前臨床の有望な知見を臨床に橋渡しする複数の試験が実施された。BATTLE (Biomarker-integrated Approaches of Targeted Therapy for Lung Cancer Elimination) 試験 (NCT00409968) は化学療法不応NSCLC患者255名を対象とし、リアルタイムバイオマーカー解析と適応型ランダム化を組み合わせた革新的バイオマーカー統合型Phase II試験である。初期97名の8週DCR (disease control rate; 疾患制御率) 結果に基づいて158名が適応型に割り付けられた。全体DCRは46%であり、sorafenib投与群が最高DCR 58%を達成した。後付けバイオマーカー解析では、EGFR野生型患者に対するsorafenibのDCRは64% vs 33% (p<0.001)、KRas/BRaf変異群内ではsorafenibがerlotinibに対してDCR 79% vs 14%と有意に優れ (p=0.016)、G12C/G12V変異群のPFS中央値が1.84ヶ月であったのに対し他KRAS変異群3.55ヶ月・KRAS野生型1.95ヶ月と有意に不良であった (p=0.026) (Table 2)。
さらに、Janne et al. LancetOncol 2013 によるランダム化Phase II試験 (NCT00890825) では既治療のKRAS変異陽性進行NSCLC患者87名がdocetaxel単独 (n=43) またはselumetinib+docetaxel (n=44) に割り付けられた。主要エンドポイントであるPFS中央値は5.3ヶ月 vs 2.1ヶ月と有意に延長し (HR 0.58, 80% CI 0.42-0.79, 片側p=0.014)、OS中央値も9.4ヶ月 vs 5.2ヶ月と延長傾向を示した (HR 0.80, 80% CI 0.56-1.14, 片側p=0.21) (Table 2)。客観的奏効率 (ORR) は併用群で37% (n=16/44)、プラセボ群では0% (n=0/43) と顕著な差を認めた。一方で、Grade 3/4有害事象は併用群の82% (n=36) に発生し、主な内訳は好中球減少症・発熱性好中球減少症・無力症 (asthenia) であり、忍容性の問題が重要な制約として浮き彫りとなった。進行中の関連試験としてはselumetinib+MK2206 (Akt阻害薬、BATTLE-2、NCT01248247)、bortezomib単剤 (NCT01833143)、retaspimycin (Hsp90阻害薬)+everolimus (mTOR阻害薬、NCT01427946)、selumetinib+erlotinib (NCT01229150) が当時進行中であった (Table 2)。
考察/結論
先行研究との比較と本研究の位置づけ: 従来のRAS標的治療研究は、主にFTase阻害薬という単一アプローチに依存し、代替プレニル化バイパス機構の存在によって失敗してきた。これまでの研究においてKRAS変異がいかに「創薬不能」と扱われてきたかは、1990年代から2000年代にわたるFTase阻害薬の相次ぐ臨床試験失敗の歴史が如実に示している。本レビューが整理した多角的戦略群は、この停滞した研究パラダイムと対照的であり、膜移行阻害・直接阻害・合成致死という3つの独立したアプローチが同時に前進することで「Rasルネッサンス」が形成されたことを示している。既報のFTase阻害薬戦略が依存していたHRas選択的プレニル化メカニズムとは異なり、KRASとNRasに対してはGGTase Iによる代替プレニル化が機能するという根本的な差異が、アイソフォーム特異的な標的戦略の必要性を改めて浮き彫りにした。BATTLE試験の適応型ランダム化設計もまた、従来の固定的ランダム化比較試験と相違を示し、リアルタイムバイオマーカーと治療効果を統合する革新的アプローチとして個別化医療の方向性を示した。
本研究の新規性: 本レビューの最大の新規性は、2014年時点でなお前臨床段階にあったKRAS G12C特異的共有結合阻害薬の概念実証 (Ostrem et al. 2013) をいち早く総説として提示し、KRAS「undruggable神話」の終焉を予見した点にある。これはnovelな視点であり、「GTPに対するピコモル親和性を持つKRASへの薬物結合」という当時の定説を覆す先駆的知見として強調された。また、TBK1・WT1・CDK4・GATA-2・BCL-XLという5種の合成致死標的を一覧化し、利用可能な阻害薬との対応関係を体系的に整理したTable 1は、後続研究者が優先的に取り組むべき標的ランドスケープを示した本研究で初めて提示された包括的マップとして意義深い。さらに、個々のKRAS点突然変異サブタイプが生物学的特性・治療感受性・予後に与える異なる影響のエビデンスを統合した点は、今日の精密腫瘍学 (precision oncology) の礎となった。
臨床応用への含意: 本レビューが整理した知見は、KRAS変異陽性NSCLC患者における精密治療の臨床応用に複数の重要な示唆を与える。selumetinib+docetaxel併用がPFS中央値5.3ヶ月 vs 2.1ヶ月 (HR 0.58, p=0.014) と有意延長を示したことは、MEK阻害薬と化学療法の組み合わせが臨床的意義を持ちうる最初のランダム化エビデンスであった。BATTLE試験でG12C/G12V変異群の予後が有意に不良であったことは、臨床現場での変異サブタイプ別患者層別化の重要性を実証した。GATA-2下流へのbortezomib+fasudil併用やBCL-XLへのselumetinib+navitoclax併用は単剤耐性を克服する臨床的有用性の高い多標的戦略として、bench-to-bedside翻訳医学のモデルケースを提供した。
残された課題と今後の展望: 多くの有望な前臨床・臨床知見が提示された一方で、実臨床への翻訳には多くの残された課題が明確化された。第一に、selumetinib+docetaxel併用群での Grade 3/4毒性82%という高頻度は、MEK阻害薬と細胞毒性化学療法の安全性の限界を示しており、次世代の直接KRAS阻害薬 (sotorasib・adagrasibなど) との比較や組み合わせが今後の検討課題である。第二に、WT1・GATA-2などの転写因子は直接的な薬物結合が困難であり、間接的アプローチの精緻化が更なる検討を要する。第三に、CDK4依存性の肺組織特異性 (大腸・膵臓では非依存) の分子機構は今後の研究課題として残されており、組織特異的なRASシグナル差異の解明が必要である。第四に、LKB1・TP53などの共変異 (co-mutation) が治療感受性に与える影響は当時手薄であり、包括的ゲノムプロファイリングとの統合が不可欠となる。本論文の「Rasルネッサンスはまだ始まったばかり」という締めくくりは、その後の10年でKRAS G12C阻害薬の臨床承認に至る歴史的展開を予見しており、future researchの継続的な学際的取り組みの重要性を先見的に提言していた。
方法
本論文は、KRAS変異陽性NSCLCにおける治療標的と臨床試験の現状を体系的に網羅した総説である。PubMed、Embase、ClinicalTrials.gov (最終検索2013年12月) を用いて、KRAS変異NSCLCの分子生物学・前臨床モデル・臨床試験に関する査読済み論文およびレビューを選定した。検索キーワードとして「KRAS」「NSCLC」「targeted therapy」「RAS signaling」「synthetic lethality」「farnesyltransferase inhibitors」「MEK inhibitors」等のMeSH用語と自由語を論理演算子で組み合わせた。
前臨床研究では、A549・H358・H1299などのKRAS変異陽性ヒト肺癌細胞株を用いたin vitroデータ、およびKRas G12Dを発現するGEMM (genetically engineered mouse model; 遺伝子改変マウスモデル) または異種移植 (xenograft) モデルを用いたin vivoデータを抽出した。細胞増殖はコロニー形成アッセイ・細胞生存率測定で、アポトーシスはフローサイトメトリー・免疫ブロッティングで評価された。タンパク質-リガンド相互作用の解析にはNMR分光法・X線結晶構造解析が用いられ、阻害定数 (IC50・Kd) はin vitro結合実験から算出された。
臨床試験データについては、バイオマーカー統合型BATTLE試験 (NCT00409968) とselumetinib+docetaxelランダム化Phase II試験 (NCT00890825) の試験デザイン・主要エンドポイント・安全性プロファイルを詳細に解析した。生存解析にはKaplan-Meier法、群間比較にはlog-rank検定、多変量解析にはCox比例ハザード回帰モデルが用いられ、ハザード比 (HR)・信頼区間 (CI)・p値を原著論文から引用した。データ統合はGRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) の概念を参考に定性的に評価した。