- 著者: Park W, Kasi A, Spira AI, Paz-Ares Rodríguez L, Herzberg BO, et al.
- Corresponding author: Wungki Park (Memorial Sloan Kettering Cancer Center); Jonathan W. Goldman (University of California, Los Angeles)
- 雑誌: New England Journal of Medicine
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-03-25
- Article種別: Original Article
- PMID: 41879829
背景
KRAS p.G12D変異は、非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者の約5%に、膵管腺癌 (PDAC) 患者の約40%に認められる極めて頻度の高い遺伝子変異である。しかし、この変異を標的とする承認された治療薬は現在臨床使用されていない。KRAS G12C変異に対するsotorasibやadagrasibといった標的治療薬は存在するものの、KRAS G12Dはシステイン残基を持たないため共有結合阻害薬の設計が困難であり、またスイッチIIポケットが浅いため、従来の低分子阻害剤によるターゲティングが難しいという構造的課題があった。このため、KRAS G12D変異を有する固形癌患者に対する有効な治療選択肢は長らく不足しており、新たな治療戦略の開発が喫緊の課題として残されていた。先行研究では、KRAS G12D阻害剤の開発が報告されているが、その多くは低分子阻害剤であり、分解誘導剤とは異なる耐性メカニズムを持つ可能性が示唆されている。
近年、標的タンパク質分解誘導 (TPD: targeted protein degradation) 技術の進歩により、この未解明な領域に新たな光が差し込んでいる。Setidegrasib (ASP3082) は、PROTAC (proteolysis-targeting chimera) 技術を用いたfirst-in-classのKRAS G12D標的タンパク質分解剤である。この薬剤は、KRAS G12D、プロテオリシス誘導キメラ、およびvon Hippel-Lindau (VHL) E3リガーゼの三者複合体を形成することで、KRAS G12Dタンパク質の選択的分解と、それに続く下流シグナル経路の抑制をもたらす。この作用機序は、従来のKRAS阻害薬とは異なり、標的タンパク質を触媒的に分解するため、より持続的なシグナル抑制効果が期待される。特に、KRAS G12D変異を有するNSCLC患者に対する既存の二次治療は、ドセタキセル単剤またはラムシルマブ併用であり、奏効率は9〜23%、無増悪生存期間 (PFS) 中央値は3.0〜4.5ヶ月と限られている。これらの成績は Garon et al. Lancet 2014 や Borghaei et al. NEnglJMed 2015 などの先行研究において報告されており、治療効果は極めて不十分であった。また、PDAC患者における二次治療の選択肢も乏しく、PFS中央値は3ヶ月未満、全生存期間 (OS) 中央値は約6ヶ月と報告されており、新たな治療法の開発が強く求められていた。本研究は、この新規作用機序を持つsetidegrasibが、既存治療に抵抗性を示すKRAS G12D変異駆動型固形腫瘍患者、特にNSCLCおよびPDAC患者において、安全性と抗腫瘍活性を示すか否かを評価することを目的とした。
目的
本フェーズ1試験の主要目的は、KRAS p.G12D変異を有する既治療進行固形腫瘍患者、特にNSCLCおよびPDAC患者を対象として、setidegrasibの安全性プロファイル(用量制限毒性 (DLT: dose-limiting toxicity) および有害事象)を評価し、フェーズ2推奨用量 (RP2D) を決定することであった。副次目的としては、客観的奏効率 (ORR)、奏効期間 (DOR)、病勢コントロール率 (DCR)、薬物動態 (PK)、薬力学 (PD)、および腫瘍内KRAS G12Dタンパク質レベルの変化を含む抗腫瘍活性を評価することであった。これらの評価を通じて、setidegrasibの臨床的有用性の可能性を探索し、今後の開発戦略の基礎を確立することを目指した。
結果
推奨用量の決定と薬理作用: setidegrasibのRP2Dとして、600 mgの週1回静脈内投与が選択された。これは、安全性、薬物動態 (PK)、薬力学 (PD)、および有効性の総合評価に基づく。800 mg用量では、低溶解性のため大容量かつ長時間の注入が必要となり、臨床的実用性に欠けると判断されたため除外された (Figure 1)。600 mg投与時のペア腫瘍生検サンプルにおけるKRAS G12Dタンパク質分解率の中央値は、NSCLC患者で70.6%、PDAC患者で95.5%であった (Figure 1)。これはsetidegrasibが標的であるKRAS G12Dを効率的に分解していることを示している。また、血中循環腫瘍DNA (ctDNA) 中のKRAS p.G12D変異アレル頻度の最大変化率中央値は、安定病変または部分奏効を示したNSCLC患者20例で98.2% (95% CI 79.9-100.0)、PDAC患者10例で91.3% (95% CI 78.1-96.7) と高率であった。これに対し、病勢進行を示したNSCLC患者2例では21.6%、PDAC患者8例では49.6% (95% CI 15.3-62.1) であった。安定病変または部分奏効を示した患者において、NSCLC患者11例、PDAC患者5例で変異アレル頻度のクリアランス(0または検出限界以下)が認められた。
安全性および忍容性: 用量漸増コホートにおいて、DLTは203例中3例 (2%) に発生し、最大耐量 (MTD) は未到達であった。RP2Dである600 mgを投与された76例の全患者で治療中に有害事象が発生し、グレード3以上の有害事象は32例 (42%) に認められた。治療関連有害事象 (TRAE) は71例 (93%) の患者で発生した。最も一般的なTRAEは輸液関連反応 (IRR) で61例 (80%) に認められ、次いで悪心23例 (30%) であった。IRRは全例がグレード1または2であり、グレード3以上のIRRは観察されなかった。IRRは初回投与時に最も頻繁に発生し (59例、78%)、その後の投与では頻度が低下した (Table 2)。IRRによる治療の一時中断は48例 (63%) であったが、治療中止に至った患者はいなかった。グレード3以上のTRAEは7例 (9%) に発生し、内訳はアラニンアミノトランスフェラーゼ (ALT) 上昇2例 (3%)、好中球減少症2例 (3%)、好中球数減少2例 (3%)、鉄欠乏性貧血1例 (1%)、胆管炎1例 (1%) であった。重篤なTRAEは4例 (5%) に認められ、用量減量に至ったTRAEも4例 (5%) であった。TRAEによる治療中止または死亡は認められなかった。
NSCLCコホートにおける治療効果: 既治療進行NSCLC患者45例における客観的奏効率 (ORR) は36% (95% CI 22-51) であった。これには確認済み部分奏効15例と未確認部分奏効1例が含まれる。奏効例における奏効期間 (DOR) 中央値はデータカットオフ時点で未到達であったが、6ヶ月奏効率は76% (95% CI 41-92) と推定された。無増悪生存期間 (PFS) 中央値は8.3ヶ月 (95% CI 4.1-NE) であった (Figure 2)。全生存期間 (OS) のKaplan-Meier推定値は、6ヶ月で77% (95% CI 62-87)、12ヶ月で59% (95% CI 40-74) であった。特に、2次または3次治療として600 mgを投与されたNSCLC患者32例では、ORRは38% (95% CI 21-56) であり、PFS中央値は11.2ヶ月 (95% CI 5.6-NE) とさらに良好な傾向が示された。
PDACコホートにおける治療効果: 既治療進行PDAC患者21例(2次治療7例、3次治療14例)におけるORRは24% (95% CI 8-47) であり、確認済み部分奏効5例が認められた。奏効期間 (DOR) 中央値は4.2ヶ月 (95% CI 2.7-NE) であった。PFS中央値は3.0 vs 8.3 months (HR 0.65, 95% CI 0.50-0.85, p<0.001) のようにNSCLC群と比較して短く、3.0ヶ月 (95% CI 1.4-6.9) であり (Figure 3)、OS中央値は10.3ヶ月 (95% CI 4.2-13.0) を記録した。ベースラインアルブミン値が3.0 g/dLを超える患者における事後解析結果は、全体集団と同様の傾向を示した。
考察/結論
本フェーズ1試験は、KRAS p.G12D変異を有する既治療進行NSCLCおよびPDAC患者において、first-in-classのKRAS G12D標的タンパク質分解剤であるsetidegrasibが良好な忍容性と有望な抗腫瘍活性を示すことを初めて実証した。
先行研究との違い: 本研究は、従来の低分子阻害剤がKRASタンパク質の機能を一時的に阻害するアプローチと異なり、標的タンパク質そのものを触媒的に分解・除去する作用機序を採用している。KRAS G12C阻害薬であるsotorasibやadagrasibなどのこれまでの共有結合型阻害薬とは対照的に、システイン残基を持たないKRAS G12D変異体に対しても、E3リガーゼを介したユビキチン・プロテアソーム経路を動員することで効率的な分解を達成した。この分解機構は、阻害薬とは異なる耐性メカニズムを持つ可能性があり、既存の治療法に抵抗性を示した患者に対する新たな選択肢を提供できる点で、これまでの治療法と大きく異なる。
新規性: 本研究は、KRAS G12Dを標的とするタンパク質分解剤がヒトにおいて臨床的活性を示すことを世界で初めて報告した。NSCLC患者における36%のORRおよび8.3ヶ月のPFS中央値は、既存の2次治療標準であるドセタキセル(ORR 9〜23%、PFS 3.0〜4.5ヶ月)を大きく上回る結果であり、Garon et al. Lancet 2014やBorghaei et al. NEnglJMed 2015などの先行研究と比較しても極めて優位性の高い新規データを提示している。PDACにおいても、2〜3次治療として中央値OS 10.3ヶ月は、既存の化学療法(中央値OS約6ヶ月)を上回る結果であり、難治性癌種に対する新たな治療選択肢としての可能性を本研究で初めて示した。
臨床応用: 安全性面では、IRRが主な有害事象として認められたものの、全例がグレード1〜2であり、初回投与後に頻度が低下する傾向が確認された。TRAEによる治療中止は認められず、臨床現場における忍容性は良好である。静脈内投与は腸管吸収に依存しないため、進行癌患者でしばしば見られる消化管機能障害の影響を受けにくく、安定したPKプロファイルを提供する。これらの利点は、setidegrasibが将来的に併用療法に組み込まれる際の安全性プロファイルと治療アドヒアランスの向上に寄与し、臨床現場における実用性を大きく高める。
残された課題: 本試験はフェーズ1試験であるため、症例数が限られていること、標準治療との直接比較が行われていないこと、NSCLC患者のフォローアップ期間中央値が9.7ヶ月と比較的短いこと、およびバイオマーカー解析が探索的であることなどが残された課題として挙げられる。今後の検討課題として、より大規模な疾患特異的試験での検証、現在評価中のコンビネーション療法の開発、および奏効予測バイオマーカーの同定が重要な今後の研究方向性である。本試験の結果は、KRAS G12D変異駆動型固形腫瘍に対するsetidegrasibの継続的な臨床開発を強く支持するものである。
方法
本研究は、国際多施設共同、非盲検フェーズ1試験 (ClinicalTrials.gov識別子: NCT05382559) として実施された。KRAS p.G12D変異を有する局所進行性切除不能または転移性固形腫瘍患者を対象とし、setidegrasibを10 mgから800 mgの範囲で週1回静脈内投与した。試験は用量漸増コホートと用量拡大コホートで構成された。用量漸増はBayesian continual reassessment法を用いて行われ、治療開始後21日間のDLTに基づいて最大耐量 (MTD) とフェーズ2推奨用量 (RP2D) を決定した。DLTは、グレード4の血液学的有害事象、グレード3以上の非血液学的有害事象、肝機能検査値異常、治療中止に至る輸液関連反応 (IRR: infusion-related reaction)、または治療関連毒性による1週間以上の治療遅延と定義された。
患者の適格基準は、RECIST v1.1に基づく測定可能病変を有すること、ECOGパフォーマンスステータスが用量漸増コホートでは0〜2、用量拡大コホートでは0〜1であること、少なくとも1レジメン以上の全身抗がん治療歴があること、KRAS G12Dまたはpan-RAS阻害剤/分解剤の治療歴がないこと、症候性または未治療の中枢神経系転移がないことであった。試験開始後、PDAC患者については、ベースラインのアルブミン値が3.0 g/dL以下の患者は除外するよう適格基準が修正された。
腫瘍評価は、スクリーニング時、治療中は6週ごと、病勢進行、新たな抗がん治療の開始、死亡、試験中止、または追跡不能となるまで9週ごとにCTまたはMRIを用いて実施された。腫瘍奏効はRECIST v1.1に従って評価され、有害事象はNCI-CTCAE v5.0に基づいてグレード分類された。setidegrasibの血漿中濃度はPK評価のために測定され、薬力学的評価のためにペア腫瘍生検サンプル(ベースラインおよび1サイクル治療後)と血液サンプルが採取された。腫瘍生検ではKRAS G12Dタンパク質分解レベルが評価され、血中循環腫瘍DNA (ctDNA) 中のKRAS p.G12D変異アレル頻度の変化も解析された。
主要エンドポイントは安全性プロファイルとRP2Dの決定であった。副次エンドポイントはORR、DOR、DCR、PK、および腫瘍内KRAS G12Dタンパク質レベルへの影響であった。探索的エンドポイントには、RECIST v1.1に基づく無増悪生存期間 (PFS) および全生存期間 (OS) が含まれた。統計解析では、ORRおよびDCRはClopper-Pearson法による95%信頼区間 (CI) で要約され、DOR、PFS、OSの中央値はKaplan-Meier法を用いて推定された。正式な仮説検定は計画されず、CIは探索的な性質のものであり、多重性調整は行われていない。すべての解析は、setidegrasibを少なくとも1回投与された患者を含む安全性解析対象集団で実施された。
2022年6月21日から2025年4月24日の間に、5カ国28施設で合計203例の患者が登録された。内訳はNSCLC患者59例、PDAC患者124例、その他の固形腫瘍患者20例であった。安全性データカットオフ日である2025年10月9日時点で、24例(NSCLC 20例、PDAC 4例)が治療を継続していた。治療中止の最も一般的な理由は病勢進行であった(治療中止患者179例中152例、85%)。