- 著者: Inamura K, Yokouchi Y, Kobayashi M, Ninomiya H, Sakakibara R, Subat S, Nagano H, Nomura K, Okumura S, Shibutani T, Ishikawa Y
- Corresponding author: Yuichi Ishikawa (Division of Pathology, Cancer Institute Hospital, Japanese Foundation for Cancer Research, Tokyo, Japan)
- 雑誌: Oncotarget
- 発行年: 2017
- Epub日: 2017-02-23
- Article種別: Original Article
- PMID: 28404926
背景
TROP2 (trophoblast cell surface antigen 2) は、細胞膜を貫通する糖タンパク質であり、多くの固形癌で高発現が認められ、患者の予後と関連することが報告されている Kobayashi et al. Virchows Arch 2010、Pak et al. World J Surg Oncol 2012、Li et al. Biochem Biophys Res Commun 2016。TROP2 は、新規の分子標的治療の有望なターゲットとして注目されており、特に抗体薬物複合体 (ADC) であるsacituzumab govitecan (IMMU-132) は、SN-38 を結合した抗 TROP2 ADC として開発されている。この ADC は、重篤な副作用を伴わずに、トリプルネガティブ乳癌、転移性小細胞肺癌 (SCLC)、および PD-1/PD-L1 阻害剤抵抗性の非小細胞肺癌 (NSCLC) に対して有効性を示すことが報告されている。これらの先行研究は、TROP2 が様々な癌種において治療標的としての可能性を持つことを示唆する。
肺癌は、腺癌、扁平上皮癌 (SqCC)、高悪性度神経内分泌腫瘍 (HGNET) など、組織学的および分子学的に多様な疾患群である。HGNET は、SCLC と大細胞神経内分泌癌 (LCNEC) を含む。これらのサブタイプ内でも、EGFR、KRAS、ALK、RET、ROS1 などのドライバー遺伝子変異のプロファイルは異なり、疾患の不均一性が顕著である Cancer et al. Nature 2014、TCGA et al. Nature 2012、George et al. Nature 2015、Takeuchi et al. NatMed 2012、Rikova et al. Cell 2007、Govindan et al. Cell 2012、Imielinski et al. Cell 2012。しかし、肺癌における TROP2 の生物学的役割や、その発現が予後にどのように関連するかについては、これまで十分に解明されていなかった。特に、肺癌の多様なサブタイプにおける TROP2 発現と予後の関連性に関する包括的なデータは不足しており、TROP2 を標的とした治療法の開発において、どのサブタイプの患者が最も恩恵を受けるかという重要な知識ギャップが残されている。本研究は、この知識ギャップを埋めることを目的とする。
目的
本研究の目的は、肺癌の主要なサブタイプである腺癌270例、扁平上皮癌 (SqCC) 201例、および高悪性度神経内分泌腫瘍 (HGNET) 115例 (SCLC 74例、LCNEC 41例) の合計586例において、TROP2 の発現レベルを免疫組織化学的に評価し、その発現が臨床病理学的・分子学的特徴および肺癌特異的予後とどのように関連するかをサブタイプ別に詳細に解析することである。特に、TROP2 発現と予後の関連性が肺癌サブタイプ間で異なる可能性を検証し、TROP2 を標的とした治療法の適切な適応を決定するための基礎データを提供することを目指す。本研究は、後向きコホート研究として実施された。
結果
TROP2 発現率の肺癌サブタイプ間での顕著な差: TROP2 高発現は、腺癌の64% (172/270例)、SqCC の75% (150/201例) で認められた。一方、HGNET では18% (21/115例) と低く、組織型間で TROP2 発現率に顕著な差が認められた (Table 1)。特に HGNET における低発現と、腺癌および SqCC における高発現が特徴的であった。この結果は、TROP2 が肺癌の異なるサブタイプで異なる生物学的役割を持つ可能性を示唆する。
腺癌における TROP2 高発現と臨床病理学的特徴の関連: 腺癌において、TROP2 高発現は男性 (p=0.0018)、腫瘍径30mm超 (p=0.016)、病理学的 II-IV 期 (p=0.012)、および中低分化度 (p=0.045) と有意に関連していた (Table 1)。しかし、EGFR、KRAS、ALK の遺伝子変異ステータスとの有意な関連は認められなかった (p=0.26, p=0.89, p=0.75)。これらの関連性は、TROP2 高発現が腺癌においてより進行した病態と関連する可能性を示唆する。
SqCC における TROP2 高発現と臨床病理学的特徴の関連: SqCC では、TROP2 高発現は高分化型腫瘍と有意に関連していた (p=0.040) (Table 1)。その他の臨床病理学的特徴との有意な関連は認められなかった。この結果は、SqCC における TROP2 の役割が腺癌とは異なる可能性を示唆する。
HGNET における TROP2 高発現と臨床病理学的特徴の関連: HGNET において、TROP2 高発現は LCNEC サブタイプと有意に関連しており (p=0.0013)、SCLC では TROP2 発現率が低かった (Table 1)。HGNET における Ki-67 指数 (<60% vs ≥60%) と TROP2 発現との間には有意な関連は認められなかった (p=0.61)。また、SCLC における術前化学療法の有無 (22/74例が施行) は TROP2 発現と無関連であった (p=0.67)。LCNEC における TROP2 高発現の割合は34% (14/41例) であり、SCLC の9.5% (7/74例) と比較して有意に高かった。
TROP2 発現と肺癌特異的死亡率のサブタイプ別関連: 腺癌では、TROP2 高発現が肺癌特異的死亡率の増加と有意に関連した (単変量 HR 1.60, 95% CI 1.07-2.44, p=0.022) (Table 2, Figure 2A)。しかし、多変量解析ではこの関連は有意ではなかった (HR 1.27, 95% CI 0.84-1.96, p=0.26)。これは、病理学的病期、腫瘍分化度、年齢などの交絡因子が TROP2 発現の予後予測能に影響を与えたためと考えられる。
SqCC では、TROP2 高発現と肺癌特異的死亡率との間に有意な関連は認められなかった (単変量 HR 0.79, 95% CI 0.35-1.94, p=0.79) (Table 2, Figure 2C)。多変量解析でも同様に有意な関連は認められなかった (HR 0.78, 95% CI 0.35-1.91, p=0.56)。
HGNET では、TROP2 高発現が低い肺癌特異的死亡率と有意に関連した (単変量 HR 0.23, 95% CI 0.037-0.74, p=0.0096) (Table 2, Figure 2E)。さらに、多変量解析においても、TROP2 高発現は独立した予後良好因子として確認された (多変量 HR 0.13, 95% CI 0.020-0.44, p=0.0003)。これは、TROP2 高発現の HGNET 患者が、TROP2 低発現の HGNET 患者と比較して、肺癌特異的死亡リスクが約87%低いことを示唆する。
TROP2 発現と全生存期間のサブタイプ別関連: 腺癌では、TROP2 高発現は短い全生存期間と関連したが (単変量 HR 1.49, 95% CI 1.06-2.13, p=0.021)、多変量解析では有意ではなかった (HR 1.25, 95% CI 0.88-1.80, p=0.21) (Table 2, Figure 2B)。SqCC では、TROP2 発現と全生存期間との間に有意な関連は認められなかった (単変量 HR 1.34, 95% CI 0.74-2.58, p=0.35; 多変量 HR 1.33, 95% CI 0.74-2.57, p=0.35) (Table 2, Figure 2D)。HGNET では、TROP2 高発現は長い全生存期間と関連し (単変量 HR 0.50, 95% CI 0.21-1.02, p=0.057)、多変量解析でも有意な予後良好因子であった (多変量 HR 0.30, 95% CI 0.12-0.65, p=0.0015) (Table 2, Figure 2F)。
これらの結果は、TROP2 が肺癌サブタイプによって異なる生物学的役割を果たすことを強く示唆する。腺癌では TROP2 高発現が腫瘍の攻撃性や進行と相関する傾向がある一方、HGNET、特に LCNEC では、TROP2 高発現が良好な腫瘍生物学と関連する可能性が示された。
考察/結論
本研究は、586例の大規模な肺癌連続症例解析により、TROP2 発現が肺癌サブタイプによって予後への影響が異なることを初めて明確に示した。具体的には、腺癌では TROP2 高発現が予後不良と関連する傾向がある一方、HGNET では TROP2 高発現が予後良好因子として機能することが多変量解析で確認された (HR 0.13, 95% CI 0.020-0.44, p=0.0003)。SqCC では TROP2 発現と予後との有意な関連は認められなかった。
先行研究との違い: これまでの研究では、TROP2 発現と肺癌予後の関連について相反する報告があり、例えば、一部の腺癌研究では TROP2 高発現が予後不良とされたが、別の研究では予後良好と報告されていた。本研究は、これらの矛盾する結果が、肺癌の組織学的多様性に起因する可能性を示唆する。特に、HGNET における TROP2 の予後保護的効果は、これまで報告されておらず、先行研究と対照的である。また、Ishii et al. JThoracOncol 2015 が SCLC で PD-L1 陽性が低い死亡率と関連すると報告したのと同様に、TROP2 も肺癌サブタイプによって異なる役割を果たすことが示唆される。
新規性: 本研究で初めて、HGNET において TROP2 高発現が多変量解析で独立した予後良好因子であることを確認した。さらに、HGNET 内でも LCNEC が SCLC と比較して TROP2 高発現の割合が高い (LCNEC 34% vs SCLC 9.5%) ことを示し、HGNET の生物学的異質性を TROP2 発現の観点から明らかにした点も新規性である。これは、Rekhtman et al. ClinCancerRes 2016 が LCNEC が SCLC 様および NSCLC 様サブセットを含む不均一な疾患であることを示した知見と一致する。
臨床応用: 本知見は、TROP2 を標的とした ADC (sacituzumab govitecan や datopotamab deruxtecan など) の臨床応用において極めて重要な示唆を与える。先行研究で示されたトリプルネガティブ乳癌や転移性 SCLC での sacituzumab govitecan の効果とは異なり、肺癌では TROP2 標的治療の適応サブタイプを慎重に選択する必要があることを示唆する。具体的には、腺癌では TROP2 高発現が予後不良バイオマーカーとして機能する可能性があり、治療介入の必要性が高い患者群を特定できるかもしれない。一方、LCNEC における TROP2 高発現は、このサブタイプに特化した TROP2 標的治療開発の可能性を示唆する。
残された課題: 今後の検討課題として、(1) TROP2 発現と ADC の実際の臨床効果との前向きな相関検証が必要である。(2) HGNET における TROP2 の予後良好効果の分子機序を解明する必要がある。例えば、TROP2 高発現 LCNEC が SCLC 様または NSCLC 様表現型、あるいは YAP1 発現と関連するかどうかを検討することが挙げられる。(3) 腺癌の EGFR、KRAS、ALK などのドライバー遺伝子変異サブタイプ別に、TROP2 発現の最適な閾値を設定し、予後予測能をさらに高める研究が求められる。(4) 免疫チェックポイント阻害剤との併用効果についても検討が必要である。本研究は、TROP2 標的治療の精密医療実装に向けた重要な基盤データを提供したが、これらの limitation を克服するためのさらなる大規模研究が不可欠である。
方法
本研究では、癌研有明病院で外科的に切除された肺癌の連続症例586例を対象とした後向きコホート研究を実施した。内訳は、腺癌270例 (1995年4月~2002年1月切除)、SqCC 201例 (2005年4月~2014年2月切除)、HGNET 115例 (1990年7月~2014年11月切除) であった。患者は2015年12月1日まで追跡調査された。本研究は、癌研有明病院の施設内倫理委員会によって承認され、全患者からインフォームドコンセントを得た。
TROP2 発現の評価には、組織マイクロアレイ (TMA) を用いた免疫組織化学染色 (IHC) を実施した。TROP2 の膜染色強度を0 (陰性)、1 (弱~中程度)、2 (強) の3段階で評価した (Figure 1)。高 TROP2 発現は、「強度1で50%以上の陽性細胞」または「強度2で10%以上の陽性細胞」と定義した。TROP2 発現の評価は、経験豊富な病理医 (KI) が盲検下で行い、一部の症例では別の病理医 (YY) が再評価し、高い一致度 (kappa値 0.60~0.66, p<0.0001) を示した。また、腫瘍内異質性を評価するため、一部の症例で全切片を用いた TROP2 IHC を実施したが、顕著な異質性は認められなかった。
HGNET 症例では、Ki-67 指数も免疫組織化学的に評価し、60%をカットオフ値として2群に分類した。EGFR 変異、KRAS 変異、ALK 融合遺伝子の検出は、それぞれ TaqMan SNP Genotyping Assay キット、直接シークエンス法、および免疫組織化学と FISH 法により実施した。
統計解析には、JMP 統計ソフトウェアパッケージ12および Excel 2013 を使用した。TROP2 発現と臨床病理学的・分子学的特徴との関連は、カイ二乗検定または Fisher の正確確率検定を用いて評価した。生存解析には、カプラン・マイヤー法とログランク検定を用いた。肺癌特異的死亡率の解析では、他の原因による死亡は打ち切りとした。TROP2 発現レベルと死亡率とのハザード比 (HR) を算出するため、単変量および多変量 Cox 比例ハザード回帰モデルを適用した。多変量解析では、年齢、性別、喫煙状況、腫瘍分化度、病理学的病期、EGFR/KRAS/ALK ステータス、組織型 (SCLC vs LCNEC)、術前・術後化学療法などの共変量を考慮し、後方ステップワイズ法 (p=0.05) で最終モデルを決定した。ハザード比例性の仮定は、ログ(-ログ[生存確率])対ログ生存時間のグラフを用いて視覚的に確認した。