- 著者: Natsuki Takano, Ryo Ariyasu, Junji Koyama, Tomoaki Sonoda, Masafumi Saiki, Yosuke Kawashima, Tomoyo Oguri, Kakeru Hisakane, Ken Uchibori, Shingo Nishikawa, Satoru Kitazono, Noriko Yanagitani, Fumiyoshi Ohyanagi, Atsushi Horiike, Akihiko Gemma, Makoto Nishio
- Corresponding author: Makoto Nishio (Department of Thoracic Medical Oncology, The Cancer Institute Hospital, Japanese Foundation for Cancer Research [JFCR], Tokyo, Japan)
- 雑誌: Lung Cancer (Elsevier)
- 発行年: 2019
- Epub日: 2019-03-15
- Article種別: Original Article
- PMID: 31027701
背景
肺癌は日本を含む世界各国において、癌関連死の主要な原因である Jemal et al. CaCancerJClin 2011。非小細胞肺癌 (NSCLC) は全肺癌の85-90%を占め、診断時には約70%が進行期または転移性であり、予後が不良であると報告されている。しかし、過去20年間で日本の進行NSCLC治療は、複数の新規抗悪性腫瘍薬の承認により劇的に変革を遂げてきた。1995年までに、細胞傷害性抗癌剤 (CA、プラチナ製剤ベースの化学療法) による延命効果が確立された。その後、2002年には最初のEGFRチロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) であるゲフィチニブが承認され、2004年にはEGFR活性化変異が同定された Lynch et al. NEnglJMed 2004、Paez et al. Science 2004。EGFR変異検査は2007年から日本で保険適用となり、その後エルロチニブ (2007年)、アファチニブ (2013年)、オシメルチニブ (2016年) といった新規EGFR-TKIが相次いで承認された。
血管新生阻害剤 (AI) の分野では、2009年に最初の抗VEGF抗体であるベバシズマブが非扁平上皮NSCLC治療薬として承認され Sandler et al. NEnglJMed 2006、2016年にはラムシルマブが続いた。ALK融合遺伝子陽性NSCLCに対しては、2007年にEML4-ALK融合遺伝子が同定され Soda et al. Nature 2007、2012年には最初のALK-TKIであるクリゾチニブが承認された Shaw et al. NEnglJMed 2013。その後、アレクチニブ (2014年) とセリチニブ (2016年) が承認され、ALK陽性NSCLCの治療選択肢が拡大した。さらに、近年では免疫チェックポイント阻害剤 (ICI) の導入が治療パラダイムを大きく変えた。2015年には最初の抗PD-1抗体であるニボルマブがNSCLC治療薬として承認され Borghaei et al. NEnglJMed 2015、Brahmer et al. NEnglJMed 2015、その後もペムブロリズマブやアテゾリズマブが承認された。
これらの新規薬剤は個別の臨床試験において、無増悪生存期間 (PFS) や全生存期間 (OS) の改善効果が報告されている。しかし、実際の臨床現場におけるこれらの進歩が、NSCLC患者集団全体の長期的な生存期間にどのような影響を与えたかについては、限定的な情報しか得られていない点が課題であった。特に、日本の単一施設における長期間にわたるリアルワールドデータを用いた、新規薬剤クラスの導入が生存期間に与える影響を包括的に評価した研究は不足しており、この知識ギャップが残されている。本研究は、日本の三次がんセンターにおける22年間のStage IV NSCLC患者の生存動向を解析し、新規薬剤クラスの承認と生存改善の関連性を、ドライバー遺伝子変異の有無で層別化して評価することを目的とした。
目的
本研究の目的は、日本がん研有明病院 (JFCR) で1995年から2017年にかけて治療を受けたStage IV NSCLC患者の全体的な全生存期間 (OS) の経時的変化を評価することである。具体的には、この22年間を5つの期間に区分し、各期間におけるOS中央値の比較を行う。さらに、新規薬剤クラスの承認がOSに与える影響を、ドライバー遺伝子変異の有無 (EGFR変異陽性、ALK融合遺伝子陽性、ドライバー変異陰性) で層別化して解析する。これにより、個々の薬剤クラスがリアルワールドの臨床実践において、Stage IV NSCLC患者の生存改善にどの程度寄与したかを明らかにすることを目指す。また、傾向スコアマッチング (PSM) を用いて、患者背景の不均衡による選択バイアスを調整し、より客観的な生存期間の比較を行うことも目的とする。本研究は、日本の単一施設におけるStage IV NSCLC患者の治療実態と予後改善の関連性を包括的に評価することを主要なエンドポイントとしている。
結果
患者背景と治療動向: 本研究には、Stage IV NSCLC患者1,547名が登録された。期間Aから期間Eにかけて、患者背景にはいくつかの変化が認められた (Table 1)。診断時年齢の中央値は、期間A-Dでは63-65歳であったが、期間Eでは67歳と有意に高齢化していた (期間B/C/Dと比較してp<0.05)。75歳以上の高齢患者の割合も、期間Aの9%から期間Eの17%へと増加した。女性患者の割合は34-39%で期間による有意差はなかった。非喫煙者の割合は期間Aの17%から期間Eの33%へと増加傾向を示した。腺癌の割合は74-82%で安定していた。EGFR変異陽性患者は、EGFR変異検査が保険適用となった期間C以降で同定され、期間Cで13%、期間Dで32%、期間Eで31%と、期間D以降は約30%でプラトーに達した。ALK融合遺伝子陽性患者は、ALK融合検査が承認された期間C以降で同定され、期間Cで1%、期間Dで8%、期間Eで6%であった。
治療パターンも期間とともに大きく変化した (Table 2)。抗悪性腫瘍薬を全く受けなかった患者の割合は、期間Aの42%から期間Cの8%へと減少し、その後期間Eでは15%に微増した。CA治療を受けた患者の割合は、期間Aの58%から期間Cの86%へと増加したが、期間Eでは51%に減少した。EGFR-TKI治療を受けた患者の割合は、期間Aの3%から期間Cの44%へと急増し、期間C-Eでは30-44%で推移した。ALK-TKI治療は期間Dから導入され、期間Dで8%、期間Eで8%の患者が受領した。AI治療は期間Cから導入され、期間Dでは22%の患者が受領したが、期間Eでは8%に減少した。ICI治療は期間Cから記録され、期間Cで1%、期間Dで8%、期間Eでは32%と急増した。
全生存期間 (OS) の段階的な改善: 全集団におけるOS中央値は、期間Aの9.0ヶ月 (95% CI 6.6-11.0) から、期間Bで11.0ヶ月 (95% CI 9.6-12.7)、期間Cで13.7ヶ月 (95% CI 11.6-15.1)、期間Dで17.9ヶ月 (95% CI 15.7-20.6) へと段階的に改善した (Fig. 2A)。期間EのOS中央値は、追跡期間が短いため未到達 (NR) であった。期間AとBの比較ではHR 0.81 (95% CI 0.66-1.00, p=0.048) と有意な改善が認められ、期間BとCの比較ではHR 0.81 (95% CI 0.68-0.96, p=0.012)、期間CとDの比較ではHR 0.75 (95% CI 0.65-0.87, p<0.001) と、いずれも有意なOSの改善が示された。期間DとEの比較ではHR 0.77 (95% CI 0.59-1.01, p=0.061) と、統計的有意差は認められなかったものの、改善傾向が示唆された。
傾向スコアマッチング (PSM) によるOSの比較: ベースライン特性 (年齢、性別、喫煙歴、組織型、ECOG PS) で調整したPSM解析後も、OS改善の傾向は維持された (Fig. 3A-D)。期間A vs BではOS中央値が9.0ヶ月 vs 10.2ヶ月であり、HR 0.85 (95% CI 0.67-1.07, p=0.156) と有意差はなかったが改善傾向が見られた。期間B vs CではOS中央値が13.2ヶ月 vs 13.9ヶ月であり、HR 0.92 (95% CI 0.74-1.14, p=0.451) と有意差は認められなかった。しかし、期間C vs DではOS中央値が13.8ヶ月 vs 17.5ヶ月と有意に改善し、HR 0.80 (95% CI 0.68-0.94, p<0.006) であった。期間D vs EではOS中央値が18.0ヶ月 vs NRであり、HR 0.78 (95% CI 0.57-1.05, p=0.099) と改善傾向が示された。
ドライバー変異別サブグループにおけるOS: EGFR変異陽性患者におけるOSの停滞: EGFR変異陽性患者 (n=294) は期間C-Eで同定され、その99.3%がEGFR-TKI治療を受けていた。しかし、これらの患者におけるOS中央値は、期間Cで37.1ヶ月 (95% CI 25.0-43.4)、期間Dで32.0ヶ月、期間Eで未到達 (NR, 95% CI 21.8-NR) であり、期間間での有意なOS改善は認められなかった (期間C vs D: HR 1.02, 95% CI 0.71-1.44, p=0.931; 期間D vs E: HR 0.69, 95% CI 0.32-1.34, p=0.309) (Fig. 2B)。これは、複数のEGFR-TKIが承認されたにもかかわらず、OSの有意な改善には寄与しなかったことを示唆する。
ALK融合遺伝子陽性患者のOS: ALK融合遺伝子陽性患者 (n=61) は期間C-Eで同定され、その90.1%がALK-TKI治療を受けていた。OS中央値は期間Cで15.7ヶ月、期間Dで36.3ヶ月、期間EでNRであった (Fig. 2C)。しかし、期間Cの症例数が2例と非常に少なかったため、期間間での統計的有意差は評価できなかった。
ドライバー変異陰性患者のOS改善傾向: ドライバー変異陰性患者 (n=1,177) のOS中央値は、期間Aの8.9ヶ月から期間Bの11.0ヶ月へと有意に改善した (期間A vs B: HR 0.81, 95% CI 0.66-1.00, p=0.047) (Fig. 2D)。期間BからDにかけてはOSの変化は小さかったが、期間Eでは12.3ヶ月と改善傾向が認められた (期間E vs D: HR 0.79, 95% CI 0.58-1.06, p=0.119)。多変量Cox解析では、女性、腺癌、良好なECOG PS、CA、AI、ICIの使用が独立したOS改善因子として同定された。
Cox多変量解析における独立したOS改善因子: 全期間における多変量Cox解析では、性別 (女性 HR 0.84, 95% CI 0.72-0.97, p=0.01)、組織型 (腺癌 HR 0.79, 95% CI 0.68-0.92, p<0.01)、ECOG PS 0-1 (HR 0.43, 95% CI 0.36-0.50, p<0.01) が独立した予後因子として同定された (Table 3B)。治療因子では、CA (HR 0.77, 95% CI 0.66-0.89, p<0.01)、EGFR-TKI (HR 0.49, 95% CI 0.43-0.57, p<0.01)、ALK-TKI (HR 0.29, 95% CI 0.19-0.42, p<0.01)、AI (HR 0.65, 95% CI 0.53-0.79, p<0.01)、ICI (HR 0.33, 95% CI 0.24-0.45, p<0.01) の使用が全て独立したOS改善因子であった。期間別に見ると、期間A/BではEGFR-TKIが、期間CではECOG PSとCAが、期間DではALK-TKI (HR 0.30) が、期間EではALK-TKI (HR 0.12) とEGFR-TKI (HR 0.17) がOSに最も大きな影響を与えていた。
考察/結論
本研究は、日本がん研有明病院 (JFCR) における1,547症例のStage IV NSCLC患者を対象とした22年間の単一施設コホート研究であり、日本のリアルワールドにおけるStage IV NSCLC患者のOSが着実に改善してきたことを定量的に示した重要な報告である。
主要な発見と新規性: 全体集団のOS中央値は、期間Aの9.0ヶ月から期間Dの17.9ヶ月へと段階的に延長し、期間Eでは未到達であった。この改善は、細胞傷害性抗癌剤の成熟期 (期間A→B)、EGFR-TKIの普及とベバシズマブの導入期 (期間C→D)、そしてICIの導入と次世代ALK-TKIの登場期 (期間D→E) と、新規薬剤クラスの承認と密接に同期していた。傾向スコアマッチング後も、特に過去10年間でOS改善の傾向が維持されており、各新規薬剤クラスが生存改善に独立して寄与したことが示された。本研究で初めて、日本の単一施設における長期間のリアルワールドデータを用いて、新規薬剤クラスの導入がStage IV NSCLC患者全体の生存期間に与える影響を包括的に評価し、その新規性を示した。
先行研究との違い: EGFR変異陽性患者では、ゲフィチニブ承認後、エルロチニブやアファチニブといった複数のEGFR-TKIが導入されたにもかかわらず、期間C以降でOSの有意な改善は認められなかった。これは、Park et al. LancetOncol 2016やUrata et al. JClinOncol 2016などの先行研究の結果と一致しており、類似クラスの薬剤追加がOS改善に与える影響は限定的である可能性を示唆する。この点は、新規クラス薬剤の導入が生存改善に大きく寄与した全体集団の結果とは対照的である。
臨床応用への含意: 本研究の知見は、新規薬剤クラスの承認がStage IV NSCLC患者の真の生存改善の主要なドライバーであることを明確に示しており、規制当局の意思決定の重要性を強調する。また、EGFR、ALK、そしてROS1、BRAF、MET、RET、HER2、KRAS G12C、NTRKなどのドライバー遺伝子変異に対する包括的なバイオマーカー検査の徹底が、個別化医療を推進し、患者の予後改善に不可欠であることを示唆する。特に、ドライバー変異陰性患者では、期間BからDにかけてOSに大きな変化はなかったが、ICIが導入された期間EにおいてOSの改善傾向が認められた。これは、Borghaei et al. NEnglJMed 2015などのICIが、ドライバー変異陰性NSCLC患者の予後を改善する新たな治療選択肢を提供したことを強く示唆する。ICIの早期導入は、期間Eで32%の患者がICI治療を受けていたことから、今後のさらなる延命効果が期待されるなど、臨床的意義は大きい。
残された課題と限界: 本研究は単一施設 (JFCR) のデータに基づいているため、日本の他の医療機関や地域における一般化可能性には限界がある。また、後向き研究であるため、治療選択バイアスが完全に排除されているとは言えず、PSMによる調整も既知の交絡因子に限定される。期間Aのデータ記録は、後期の期間と比較して喫煙歴不明の割合が高いなど、質に劣る部分があった。特に期間Eの追跡期間中央値が9.2ヶ月と短いため、長期的なOSの正確な評価は不完全である。BSCのみの患者割合が期間Aの42%から期間Eの15%へと変化していることも、治療適応の時代変化がOSに影響を与えている可能性を示唆する。EGFR-TKIの世代別 (ゲフィチニブ vs エルロチニブ vs オシメルチニブ) の詳細な比較は、症例数が不足しており、十分な統計的検出力が得られなかった。今後の検討課題として、2017年以降の期間 (KEYNOTE-189承認後、オシメルチニブの一次治療、アレクチニブの一次治療など) の更新解析が必要である。また、多施設共同のリアルワールドデータとの比較や、薬剤費用対効果分析、バイオマーカーガイド下治療シーケンスの最適化、稀なドライバー変異サブセットのリアルワールドアウトカム評価も今後の研究方向性として挙げられる。
方法
試験デザインと対象患者: 本研究は、日本がん研有明病院 (JFCR) における単一施設の後ろ向きコホート研究 (retrospective cohort study) である。1995年1月1日から2017年3月1日までの期間にJFCRのデータベースに登録された、Stage IV NSCLCの連続1,547症例が対象とされた。これには、最善の支持療法 (BSC) のみを受けた患者も含まれる。
期間区分: 診断日を基準として、以下の5つの期間に区分された。
- 期間A: 1995年-1999年 (n=149)
- 期間B: 2000年-2004年 (n=237)
- 期間C: 2005年-2009年 (n=378)
- 期間D: 2010年-2014年 (n=542)
- 期間E: 2015年-2017年 (n=241)
データ収集: 患者の臨床および病理学的情報は、JFCRのデータベースおよび医療記録から後向きに収集された。収集されたデータ項目には、NSCLC診断日、性別、診断時年齢、喫煙歴、組織型、臨床病期、ECOGパフォーマンスステータス (PS)、および治療歴 (細胞傷害性抗癌剤 [CA]、EGFR-TKI、ALK-TKI、血管新生阻害剤 [AI]、免疫チェックポイント阻害剤 [ICI]) が含まれる。
主要評価項目: 全生存期間 (OS) は、NSCLC診断日から死亡日までと定義された。生存患者は2017年3月1日に打ち切りとされ、追跡不能となった患者は最終追跡日に打ち切りとされた。
統計解析:
- ベースライン特性の比較: 各期間における患者のベースライン特性の差異は、カテゴリカル変数にはPearsonのχ²検定、連続変数にはt検定を用いて評価された。
- 生存期間の推定と比較: OSはKaplan-Meier法を用いて推定され、生存曲線の比較にはログランク検定が用いられた。
- ハザード比の算出: 各期間間でのOSの比較にはハザード比 (HR) と95%信頼区間 (CI) が算出された。
- Cox回帰分析: OSに関連する臨床因子を特定するため、単変量および多変量Cox比例ハザード回帰分析 (Cox proportional hazards regression analysis) が実施された。単変量解析でp値が0.05以下であった変数が多変量モデルに組み込まれた。
- 傾向スコアマッチング (PSM): 既知のベースライン特性 (年齢、性別、喫煙歴、組織型、ECOG PS) の不均衡を調整するため、傾向スコアマッチングが用いられた。傾向スコアは、特定の治療を受ける確率に関する多重ロジスティック回帰に基づいて算出された。隣接する期間間 (A vs B, B vs C, C vs D, D vs E) でマッチングが実施され、生存アウトカムが比較された。
- ソフトウェア: 全ての統計解析はJMPソフトウェアバージョン11.0.2 (SAS Institute Inc., Cary, NC, USA) を用いて実施された。
倫理的承認: 本研究は、JFCRの施設内倫理審査委員会 (承認番号: 2017-1131) の承認を得て実施された。