- 著者: Matthias Scheffler, Sabine Merkelbach-Bruse, Marc Bos, et al.
- Corresponding author: Jürgen Wolf (Lung Cancer Group Cologne, University Hospital of Cologne, Germany)
- 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
- 発行年: 2015
- Epub日: N/A
- Article種別: Case Report
- PMID: 26001148
背景
EGFR変異陽性非小細胞肺癌(NSCLC)患者におけるEGFR-TKI(チロシンキナーゼ阻害薬)の獲得耐性機序は多岐にわたる。主要な耐性機序として、EGFR T790M変異が約50%の患者で報告されており、MET遺伝子増幅は約5%の患者で認められることが知られている。これらの耐性機序は、EGFR-TKI治療後の腫瘍進化において重要な役割を果たす。しかし、これら異なる耐性機序が同一患者の異なる腫瘍部位に空間的に共存する「空間的腫瘍不均一性」の臨床例は稀であり、その臨床的意義や治療戦略への影響については未解明な点が多かった。
腫瘍内不均一性については、gefitinib耐性設定でのマルチリージョンシークエンシング研究により、遺伝的多様性が存在することが示されてきた。例えば、Sequist et al. SciTranslMed 2011は、EGFR-TKI耐性獲得における遺伝子型および組織学的変化の進化を報告し、耐性機序の多様性を示唆した。また、deBruin et al. Science 2014は、肺癌の進化を規定するゲノム不安定性プロセスの空間的および時間的多様性を明らかにし、腫瘍内不均一性が治療応答に影響を与える可能性を指摘している。しかし、異なる部位で異なる耐性機序が共存するという、臨床的に重大な現象を詳細に記述した事例は限られていた。
このような複雑な空間的不均一性に対して、生検ガイド下の個別化逐次標的治療のアプローチがどこまで有効であるか、その実例を提供することが本報告の重要な意義である。従来の単一部位生検による耐性機序の評価では、腫瘍全体の不均一性を捉えきれない可能性があり、治療戦略の最適化には複数の腫瘍部位からの情報が必要となる。本症例は、EGFR-TKI耐性後の腫瘍進化における空間的異質性の理解を深め、将来的な治療戦略開発に向けた重要な知見を提供するものである。特に、異なる耐性機序が異なる部位に存在する場合の治療の難しさや、併用療法の必要性を示唆する点で、現在のdriver mutation directed monotherapyパラダイムの限界を浮き彫りにする。
目的
本症例報告の目的は、EGFR L858R変異陽性肺腺癌の1例において、EGFR-TKI獲得耐性後に異なる腫瘍部位に空間的に分離したEGFR T790M変異と高レベルMET増幅という異なる耐性機序が共存する臨床経過を詳細に記述することである。さらに、複数回の生検(rebiopsy)によって得られた分子情報に基づき、逐次的な標的治療(sequential targeted therapy)がどのように実施され、その結果としてどのような臨床的応答パターン(mixed response patterns)が観察されたかを報告する。本報告は、腫瘍の空間的・クローン的不均一性が治療効果に与える影響を具体的に示し、個別化医療における複数部位生検の重要性と、併用療法戦略の必要性について考察することを目的とする。
結果
症例背景と初期治療経過: 55歳男性の患者は、2011年10月にEGFR L858R変異陽性の肺腺癌(Union for International Cancer Control stage IV)と診断された。初期治療としてerlotinibが投与されたが、耐性獲得により病勢進行。その後、cisplatin/pemetrexedによる化学療法、afatinib/cetuximabによるEGFR-TKI治療が実施されたが、いずれも進行を認めた。2013年7月には多発転移が増悪し、肺原発巣の再評価としてNGS(次世代シークエンシング)による生検が行われた。この解析では、EGFR L858R変異に加え、TP53遺伝子にR110CとC277の二つの異なる変異が検出され、二つのクローン(biclonality)の共存が示唆された(アレル頻度R110C 4% vs C277 26%)。しかし、この時点ではMET増幅は検出されなかった。その後、docetaxel/gemcitabineによる化学療法が追加されたが、2013年9月には肺、肝臓、心筋、左腕軟部組織に急速な病勢進行が確認された(Figure 1A)。
腕転移部位での高レベルMET増幅の発見と標的治療: 2013年10月、進行性の左腕筋肉転移に対してFNA(穿刺吸引生検)が実施された。この腕転移の分子解析では、EGFR L858R変異、TP53 C277*変異(肺原発巣で検出された二つのTP53クローンのうちの一つと一致)、および高レベルMET増幅(MET/CEP7比8.3、高レベル増幅のカットオフは2.0)が検出された。一方、EGFR T790M変異は陰性であった。この高レベルMET増幅を根拠に、crizotinib 250mg 1日2回とerlotinib 100mg 1日1回の併用療法が開始された。治療開始1週後のFDG-PET-CTでは、腕、肝臓、心筋転移において著明な代謝応答(FDG uptakeの低下)が確認され、患者の全身状態も改善した(Figure 1B)。しかし、肺原発巣および縦隔リンパ節は治療応答を示さず、空間的混合応答(spatial mixed response)が観察された。これは、肺原発巣にはMET増幅クローンが少ないことを示唆するものであった。
胸水でのEGFR T790M出現:別クローンによる空間的分離: 2013年12月には、肝臓および軟部組織転移では代謝応答が維持されていたものの、心筋転移で代謝性進行が認められた(Figure 1C)。2014年1月には呼吸困難と左胸水の増加が認められ、肺原発クローンの増殖が示唆された。胸水の分子解析では、EGFR L858R変異、TP53 R110C変異(腕転移のTP53 C277とは異なるTP53変異であり、別のクローン起源であることを確認)、低レベルMET増幅、およびEGFR T790M変異が検出された(Figure 1D, Table 1)。末梢血(ctDNA)でも同様にEGFR L858R、EGFR T790M、TP53 R110C変異が検出された(Figure 3)。この結果は、胸水が腕転移クローン(TP53 C277)とは完全に独立したTP53 R110Cクローンに由来し、空間的に分離した耐性機序(EGFR T790M)を有していることを明確に示した。これにより、同一患者内で「腕転移=高レベルMET増幅クローン」と「肺・胸水=EGFR T790Mクローン」という2種類の異なる耐性機序が共存していることが実証された。
AZD9291(osimertinib)治療と混合応答パターン: 胸水でEGFR T790M変異が陽性であったことを根拠に、crizotinib併用療法を中止し、AZD9291(80mg/日、当時の臨床試験参加)へ変更された(2014年2月)。AZD9291開始2週後のFDG-PET-CTでは、肺腫瘍は著明な制御を示し、T790Mクローンへの期待通りの応答が確認された。しかし、肝臓および心筋転移はAZD9291に応答せず増悪を継続した(Figure 1E)。これは、MET増幅クローンがAZD9291に感受性を示さないことを示唆するものであった。この所見は、複数クローンに対する単一薬剤の限界を示しており、「一方の部位で奏効中に他方が増悪する」という「whack-a-mole」現象が観察された。
最終耐性と臨床転帰: AZD9291治療中に肝・心筋転移の増悪が認められたため、AZD9291を中止し、crizotinib単独療法が再開された。crizotinib再開3週後には、肝臓および心筋転移でほぼ完全な代謝奏効(FDG消失)が再確認された(Figure 1F)。これは、高レベルMET増幅によって駆動される転移巣がcrizotinibに再び感受性を示したことを示唆する。しかし、患者は胸水の再増加と全身状態の悪化を訴え、2014年4月に死亡した(crizotinib再開後3週間以内)。2014年4月の胸水再解析では、EGFR L858R、T790M、TP53 R110C変異が検出されたが、MET増幅は消失していた(Table 1)。この縦断的分子解析により、複数の腫瘍部位における異なるクローン動態(MET増幅クローンの消滅とT790Mクローンの増殖)が可視化された。
考察/結論
本症例は、EGFR-TKI耐性後の腫瘍空間的不均一性の臨床的実例として、同一患者の異なる転移部位で高レベルMET増幅(腕筋肉転移)とEGFR T790M変異(胸水)という全く異なる耐性機序が共存することを示した。この知見は、単一部位の生検のみによる耐性機序の評価では重要な情報が欠落する可能性を強く示唆している。
先行研究との違い: これまでの研究では、単一の耐性機序が優勢であるか、あるいは複数の耐性機序が同一部位に共存するケースが報告されてきたが、本症例のように異なる耐性機序が異なる腫瘍部位に空間的に分離して存在し、それぞれが異なる治療応答を示すという詳細な臨床経過は、これまでの報告とは対照的である。特に、TP53変異の異なるクローンがそれぞれの耐性機序と関連していた点は、腫瘍進化の複雑性を浮き彫りにする。
新規性: 本研究で初めて、生検ガイドに基づく逐次標的治療により、異なる耐性クローンが異なる治療応答を示し、結果として「whack-a-mole」現象(一方の部位で奏効中に他部位が増悪する)が観察されることを具体的に示した。この現象は、現在のdriver mutation directed monotherapyパラダイムの限界を明確に示唆する新規の知見である。
臨床応用: 本知見は、EGFR-TKI耐性後の治療戦略を立案する上で、複数部位からの生検や液体生検(cfDNA)を用いた包括的な分子プロファイリングの臨床的意義を強調する。空間的不均一性への対応として、早期の併用療法戦略の必要性が示唆される。例えば、MET阻害薬と第三世代EGFR-TKIの併用療法が、このような複雑なクローン不均一性を持つ患者に対して有効である可能性が考えられる。
残された課題: 今後の検討課題として、空間的・時間的腫瘍不均一性をリアルタイムでモニタリングし、治療を最適化するための非侵襲的診断法の確立が挙げられる。また、異なる耐性クローンに対する最適な併用療法レジメンの開発や、治療抵抗性クローンの出現を遅らせるための戦略も今後の研究で探求されるべきである。本症例は、患者が最終的に死亡に至ったことから、クローン不均一性に対する現在の治療法の限界を示しており、より効果的な治療法の開発が残された課題である。
方法
本報告は、ドイツのケルン大学病院における単施設症例報告である。患者は、EGFR L858R変異陽性の肺腺癌と診断された55歳男性である。
EGFR変異およびMET増幅の検出: EGFR変異の検出には、初期診断時および再生検時にdideoxy sequencingが用いられた。獲得耐性後の腫瘍組織および体液(胸水、末梢血)の分子解析には、次世代シークエンシング(NGS)が導入された。MET遺伝子増幅の評価には、FISH(蛍光in situハイブリダイゼーション)法が用いられ、MET/CEP7比が2.0以上を高レベル増幅と定義した。特に、腕筋肉転移ではMET/CEP7比8.3という高レベル増幅が検出された。EGFR T790M変異の検出もNGSおよびSanger sequencingにより行われた。
複数部位からの検体採取と縦断的解析: 患者の治療経過中に、肺原発巣、腕筋肉転移、胸水、および末梢血(ctDNA)といった複数の腫瘍部位および体液から検体が採取され、分子病理学的解析が縦断的に実施された。これにより、異なる部位における耐性機序の出現とクローン進化の動態が追跡された。
治療戦略: 患者は、初期治療としてerlotinibによるEGFR-TKI治療を受けた後、cisplatin/pemetrexedによる化学療法、afatinib/cetuximabによるEGFR-TKI治療を受けた。これらの治療後に病勢進行が認められたため、分子解析の結果に基づき、以下の標的治療が逐次的に実施された。
- crizotinib + erlotinib併用療法: 腕筋肉転移における高レベルMET増幅を標的として、crizotinib 250mg 1日2回とerlotinib 100mg 1日1回の併用療法が開始された。
- AZD9291(osimertinib)単独療法: 胸水中のEGFR T790M変異を標的として、crizotinibを中止し、AZD9291 80mg 1日1回が投与された(当時の臨床試験NCT01802632に参加)。
- crizotinib単独療法再開: AZD9291治療中に肝・心筋転移の増悪が認められたため、AZD9291を中止し、crizotinib単独療法が再開された。
治療効果評価: 治療効果は、FDG-PET-CT(フルオロデオキシグルコース陽電子放出断層撮影-コンピュータ断層撮影)およびCTスキャンにより評価された。特にFDG-PET-CTは、代謝応答を評価するために治療開始1週間後および2週間後に実施され、各腫瘍部位における治療応答の差異(mixed response)が詳細に観察された。