• 著者: Lecia V. Sequist, Belinda A. Waltman, Dora Dias-Santagata, et al.
  • Corresponding author: Lecia V. Sequist; Jeffrey A. Engelman (Massachusetts General Hospital Cancer Center / Harvard Medical School, Boston, MA, USA)
  • 雑誌: Science Translational Medicine
  • 発行年: 2011
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article (Translational / Clinical)
  • PMID: 21430269

背景

EGFR遺伝子変異を有する非小細胞肺癌 (NSCLC) は、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) であるゲフィチニブやエルロチニブに対して高い奏効を示す。しかし、治療開始後約12ヶ月で後天性薬剤耐性がほぼ必発する現象が臨床的に観察されており、その克服が重要な課題であった Mok et al. NEnglJMed 2009Maemondo et al. NEnglJMed 2010。これまでに、後天性耐性機序として、EGFR遺伝子の二次変異であるT790Mが約50%の症例で認められること、およびMET遺伝子増幅が15〜20%の症例で報告されることが主要なものとして確立されていた Kobayashi et al. NEnglJMed 2005Pao et al. PLoSMed 2005Engelman et al. Science 2007。これらの先行研究により、EGFR-TKI耐性の分子基盤に関する理解は深まったものの、残りの30〜40%の症例については、既知の機序では説明できない耐性が存在し、その分子的実体は未解明であった。

また、EGFR-TKI治療を一時的に中断した後、再治療により再び奏効する患者が臨床的に報告されていたが、この現象の分子的基盤も不明であった。治療中断後の再感受性のメカニズムは、薬剤耐性克服のための新たな治療戦略を開発する上で重要な知識ギャップであった。後天性耐性時の腫瘍組織学的および遺伝的変化の全体像を系統的に把握した研究は当時少なく、実臨床における「耐性時再生検」の重要性や、その結果に基づく治療戦略の根拠が不足していた。特に、治療中に腫瘍がどのように進化し、耐性機序がどのように動的に変化するかについての理解は手薄であった。

本研究は、これらの知識のギャップを埋め、後天性耐性機序の多様性を包括的に理解することを目的とした。特に、既知の耐性機序以外の新規メカニズムの探索、およびTKI中断後の再感受性の分子的根拠の解明が喫緊の課題であった。本研究は、後天性耐性NSCLCにおける遺伝的および組織学的変化の包括的なプロファイリングを通じて、個別化された治療戦略の開発に貢献することを目指した。

目的

本研究の目的は、EGFR変異陽性NSCLC患者においてEGFR-TKIに対する後天性耐性が生じた時点での腫瘍組織を系統的に再生検し、その遺伝的および組織学的変化の全体像を包括的に解明することである。具体的には、既知の耐性機序であるT790M変異やMET増幅以外の新規耐性機序を探索し、その頻度と特徴を明らかにすることを目指した。これには、これまで患者で報告されていない遺伝子変異や、組織学的転換といった表現型の変化の同定が含まれる。さらに、EGFR-TKI治療中断後に再治療が奏効するという臨床的観察の分子的基盤を、連続生検による腫瘍の動態解析を通じて実証することも重要な目的とした。これは、TKI選択圧の有無が耐性クローンの動態に与える影響を評価し、治療中断後の再治療戦略の科学的根拠を提供することを目指すものである。これらの知見を通じて、EGFR-TKI耐性克服のための新たな治療戦略開発に貢献し、実臨床における個別化医療の推進に資することを目指した。

結果

後天性耐性機序の包括的分類と頻度: EGFR変異NSCLC後天性TKI耐性患者37例の再生検組織について、SNaPshot多重SNP解析 (13遺伝子)、FISH (EGFR・MET)、および組織学的評価を統合解析した。その結果、全37例の耐性標本において、治療前に確認されたEGFR活性化変異は保持されており、消失した症例は認められなかった。

最も頻度の高い耐性機序はEGFR T790M変異であり、18例 (49%) で検出された。このうち3例 (8%) ではEGFR増幅も同時に認められ、SNaPshotクロマトグラムのピーク高さの比較から、T790Mアレルが選択的に増幅されていることが示唆された (補足図S2)。既知のバイパスシグナル経路としては、MET増幅が2例 (5%) で独立した耐性機序として同定された。患者19では治療前検体でEGFR増幅が認められたが、耐性獲得後の検体ではMET増幅が豊富に認められ、EGFR増幅は消失していた (図2A)。これは、EGFR-TKI治療中にMET増幅を有するEGFR変異サブクローンが選択的に増殖した可能性を示唆する。

新規遺伝的耐性機序の同定: 新規の遺伝的耐性機序として、PIK3CA変異が2例 (5%) で独立して同定された。これらのPIK3CA変異は、EGFR-TKI耐性患者における薬剤耐性の原因として初めて文書化された。また、β-catenin変異が2例 (5%) で確認されたが、これらはいずれもT790M変異と共存していた。SNaPshotアッセイでは、15例 (41%) の耐性検体で既知の遺伝的耐性機序が同定されず、未解明の耐性機序が広範に存在することが示された。このうち2例は、EGFRおよびMET遺伝子コピー数解析に十分な組織がなかった。

NSCLCからSCLCへの組織転換: 遺伝的機序とは独立した組織学的耐性機序も複数同定された。最も驚くべき所見として、5例 (14%) がNSCLCから小細胞肺癌 (SCLC) への組織転換を示した (表2)。これらのSCLC転換腫瘍は、元のEGFR活性化変異を保持しており、神経内分泌マーカー (synaptophysin、chromogranin、CD56) のIHCで陽性であった (図3A, B)。臨床的には、SCLC標準治療であるプラチナ-エトポシド併用化学療法を受けた3例中3例 (100%) で奏効が認められ、SCLC転換腫瘍に対する化学療法の有効性が示された (図3C)。1例ではSCLC転換と同時にPIK3CA変異も獲得されており、転換過程での追加的なゲノム変化の存在が示唆された。

上皮間葉転換 (EMT) の関与: T790M変異が陰性であった7例のうち3例 (43%) において、上皮間葉転換 (EMT) 表現型への変化がIHCにより確認された。これらの症例では、E-cadherinの消失とvimentinの陽性化、および紡錘形細胞形態が特徴であった (図4D)。in vitroモデルにおいても、H1975細胞株をPF00299804に曝露して耐性を誘導した結果、EMT表現型 (紡錘形形態、vimentin増加、E-cadherin消失) が再現された (図4B, C)。一方、MET増幅によるHCC827GR細胞ではEMTは認められず、EMTがMET増幅とは独立した耐性機序であることが示された。EMT表現型を獲得した細胞株では、EGFR阻害に対する内在的な感受性低下が示唆され、間葉系表現型への転換が薬剤耐性の一形態として機能することが示された。

TKI中断後のT790M消失と再感受性の縦断的実証: 3例の患者における連続生検解析は、耐性機序の動的な性質を明らかにした (図5)。患者12はL858R変異とTP53変異を有する腺癌で、エルロチニブに8ヶ月奏効後、T790M変異を獲得して耐性となった。その後、EGFR-TKIを10ヶ月間中断した後の再度の生検ではT790M変異は検出されず、エルロチニブ再投与により再び奏効した。この再治療における奏効は、TKI中断後の再感受性を示唆するものであった。同様に、別の患者では、T790M変異の獲得と消失がエルロチニブ治療と化学療法の間で繰り返されることが観察された。

患者24はL858R変異を有する腺癌で、エルロチニブに12ヶ月奏効後、SCLC転換とPIK3CA変異を獲得して耐性となった。SCLC化学療法と放射線治療後に部分奏効を得た。エルロチニブを7ヶ月間中断した後、胸水貯留を認め、胸水細胞診ではPIK3CA変異が検出されない腺癌が確認された。エルロチニブ再投与により再び奏効した。しかし、その後再び耐性となり、骨転移の生検ではSCLCへの再転換とPIK3CA変異の再獲得が認められた (図5B)。これらの知見は、TKI選択圧がない状況下ではT790M変異やPIK3CA変異を有する耐性クローンが増殖上の優位性を失い、より感受性の高いクローンに代替されるというクローナル競合のダイナミクスを臨床的に実証するものである。これは、TKI中断後の再治療戦略 (drug holiday) の分子的根拠を提供する。

考察/結論

本研究は、EGFR変異NSCLCにおけるEGFR-TKI後天性耐性機序の多様性を系統的な再生検により包括的に解明した画期的な報告である。T790M変異 (49%) やMET増幅 (5%) といった既知の機序に加え、SCLC転換 (14%)、EMT (8%)、PIK3CA変異 (5%) といった新規の耐性機序を同定したことは、耐性メカニズムの概念モデルを大きく広げるものである。

新規性: 本研究で初めて、EGFR変異NSCLCにおいてSCLCへの組織転換が後天性TKI耐性機序として高頻度 (14%) に発生することを明らかにした。これは、EGFR野生型NSCLCの化学療法耐性例や術前化学放射線療法後の切除例では観察されず、EGFR-TKI耐性に特異的な現象である可能性が示唆された。また、PIK3CA変異が患者において薬剤耐性を引き起こすことを初めて文書化した。さらに、T790M変異と同時にEGFR増幅が認められる症例が存在し、T790Mアレルが選択的に増幅される可能性を示唆したことも新規の発見である。

先行研究との違い: これまでの研究では、T790M変異とMET増幅が主要な耐性機序とされてきたが、本研究は残りの約40%の症例における未解明の耐性機序の一部 (SCLC転換、EMT、PIK3CA変異) を具体的に同定した点で、先行研究と異なる。特に、SCLC転換は、EGFR-TKI治療という特定の選択圧下で生じる表現型スイッチであり、従来の化学療法耐性における組織学的変化とは対照的な所見である。

臨床応用: SCLC転換の発見は、EGFR変異腫瘍が神経内分泌分化能を保持することを示し、SCLC転換耐性腫瘍がSCLC標準化学療法に感受性を示すという臨床的価値の高い情報を提供した。これにより、耐性時再生検が治療方針決定に不可欠であることが強調された。例えば、患者25はSCLC転換後、シスプラチンとエトポシドによる化学療法で著明な奏効を示した。また、TKI中断後にT790M変異やPIK3CA変異が消失し、再治療で奏効する可逆的な動態の実証は、「TKI中断→再投与」という治療戦略の分子的根拠を提供し、後のEGFR-TKI耐性後管理戦略に大きな影響を与えた。これらの知見は、オシメルチニブ後の耐性機序モニタリング (液体生検によるT790M動態追跡など) の臨床プロトコル設計に直接的な根拠を提供する。

残された課題: 本研究の限界としては、後方視的デザインであること、および患者が様々なタイミングで再生検を受けているため、治療パターンに異質性があることが挙げられる。また、依然として41%の症例で耐性機序が未同定であり、これらの不明な耐性機序の解明が今後の重要な課題として残されている。さらに、SCLC転換の生物学的基盤、特に表現型スイッチの分子メカニズムや、EMTと薬剤耐性を結びつける分子メカニズムの解明も今後の研究で深掘りされるべき点である。非侵襲的な方法 (循環腫瘍細胞解析、血漿DNA解析、分子画像診断など) による耐性機序の評価技術の確立も、侵襲的生検のリスクを回避するための今後の方向性である。

方法

本研究は、マサチューセッツ総合病院 (MGH) およびイェール大学の施設内倫理委員会 (IRB) の承認を得て実施された後方視的コホート研究である。EGFR変異陽性NSCLC患者のうち、ゲフィチニブまたはエルロチニブによる治療で奏効を示した後、後天性耐性により病勢進行を認めた37例を対象とした。これらの患者から、耐性発現時に腫瘍組織の再生検を実施した。再生検は、経皮的CTまたは超音波ガイド下生検 (68%)、気管支鏡、縦隔鏡、またはその他の外科的処置により行われた。治療前検体と耐性時検体の両方が利用可能な患者のみを解析対象とした。

遺伝子解析には、MGHで標準的に使用されている多重SNP解析プラットフォームであるSNaPshotアッセイを用いた。このアッセイは、EGFR、KRAS、BRAF、PIK3CA、β-catenin、APC、TP53を含む13種類の主要ながん関連遺伝子における既知の変異を検出可能である (補足表S2)。DNAはホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 組織から抽出し、マルチプレックスPCRで増幅した。また、EGFRおよびMET遺伝子増幅の評価には、蛍光in situハイブリダイゼーション (FISH) を標準プロトコルに従って実施した。腫瘍組織が限られている場合は、EGFR変異確認のためのSNaPshot、その他のSNaPshotアッセイ、MET FISH、EGFR FISHの順に優先順位を付けて検査を行った。

組織学的変化の評価として、全標本についてヘマトキシリン・エオシン (H&E) 染色による形態学的観察を行った。さらに、神経内分泌マーカー (synaptophysin、chromogranin、CD56) および上皮間葉転換 (EMT) 関連マーカー (E-cadherin、vimentin) の免疫組織化学 (IHC) 染色を実施した。IHC染色はVentana autostainer (Benchmark XT) を使用し、メーカーの指示に従って行った。

また、3例の患者については、治療経過中の複数回生検 (連続生検) による縦断的変化を解析し、耐性機序の動態的進化を評価した。この縦断的解析では、EGFR-TKI治療の中断が遺伝子型および表現型に与える影響を詳細に検討した。

in vitro実験として、H1975 (L858R/T790M) 肺腺癌細胞株を不可逆的EGFR阻害薬PF00299804 (Pfizer社より提供) に曝露し、薬剤耐性獲得後の形態学的・分子生物学的変化 (EMT関連マーカーの発現など) を評価した。HCC827GR細胞 (MET増幅による耐性) との比較も行い、EMTがMET増幅とは異なる耐性機序であることを示唆するデータを得た。統計解析には、必要に応じてFisherの正確確率検定やχ二乗検定が用いられた。