• 著者: Myung-Ju Ahn, Dong-Wan Kim, Byoung Chul Cho, et al.
  • Corresponding author: James Chih-Hsin Yang (National Taiwan University Hospital, Taipei, Taiwan)
  • 雑誌: Lancet Respiratory Medicine
  • 発行年: 2017
  • Epub日: 2017-10-19
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 29056570

背景

非小細胞肺がん (NSCLC) における中枢神経系 (CNS) 転移、特に脳転移 (BM) および軟膜転移 (LM) は、患者の予後を著しく悪化させ、生活の質を低下させる深刻な合併症である。EGFR変異陽性NSCLC患者の50%以上が生涯にCNS転移を発症すると報告されており (Rangachari et al. 2015)、脳転移患者の全生存期間 (OS) 中央値は約16ヶ月、軟膜転移患者では4.5〜11ヶ月と極めて不良な予後を示す (Fan et al. 2014, Umemura et al. 2012)。放射線療法は脳転移の標準治療であるが、その生存期間への寄与は限定的であり、毒性や長期的な後遺症が問題となる (Borgelt et al. 1981, Borgelt et al. 1980)。

既存のEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) であるゲフィチニブ、エルロチニブ、アファチニブなどは、血液脳関門 (BBB) 透過性が限定的であり、脳脊髄液 (CSF) への移行性が低い (Kpuu,CSF値は0.066〜0.29の範囲) (Colclough et al. 2016)。このため、通常用量ではCNSにおける十分な薬物濃度を達成することが困難であった。一部の報告では、承認用量の最大10倍に増量することで一時的に有効濃度に達することが示されたが、重篤な有害事象のため長期投与は不可能であった (Clarke et al. 2010, Jackman et al. 2015)。オシメルチニブは他の承認TKIと比較してBBB透過性が高い (Kpuu,CSF 0.29) とされ、頭蓋内活性も示されているものの、完全な脳内濃度平衡には至らない (Yang et al. 2016)。軟膜転移に対しては、現在のところ標準治療が確立されておらず、効果的な治療法の開発が喫緊の課題である。

このような背景から、BBBを高度に透過し、CNS転移に対してより効果的な治療を提供できる新規薬剤の開発が求められていた。これまでのEGFR-TKIはBBB透過性に課題があり、CNSにおける薬物濃度が不足していた。AZD3759は、血漿とCSFでほぼ同等の薬物濃度 (Kpuu,CSF ≈ 1) を達成するように設計された新規の経口EGFR-TKIである (Zeng et al. 2015)。本試験は、AZD3759の臨床における初の評価であり、EGFR変異陽性NSCLCのCNS転移患者に対するその安全性、忍容性、薬物動態、および初期有効性を評価することを目的とした。特に、従来のTKIでは治療が困難であった軟膜転移に対する効果が期待されたが、その有効性は未解明であった。

目的

本研究の主要目的は、EGFR変異陽性NSCLC(脳転移または軟膜転移を有する)患者を対象としたAZD3759の安全性および忍容性プロファイルを評価し、最大耐容用量(MTD)を決定することである。副次目的として、AZD3759およびそのN-脱メチル化代謝物(AZ’1168)の薬物動態(血漿およびCSF中濃度)を評価し、初期の抗腫瘍有効性(客観的奏効率 [ORR])を検討する。さらに、CSF中のEGFR変異DNAコピー数の変化を評価し、薬力学的応答との関連を探索することも目的とした。本試験は、AZD3759 (BLOOM) が血液脳関門 (BBB) を透過し、脳・軟膜転移に対して有効な治療選択肢となり得るかを検証する。

結果

患者背景と用量漸増相の結果: 2014年11月18日から2016年9月7日までに、EGFR変異陽性NSCLC患者67例が登録された。内訳は用量漸増相に29例、用量拡大相に38例である。患者の69%が女性、99%が腺癌であった。EGFR変異の内訳はL858Rが51%、exon 19欠失が49%であった。用量漸増相では、50mg、100mg、200mg、300mg BIDの各コホートでDLTは認められなかった。しかし、500mg BIDコホートの3例中2例(67%)にDLT(Grade 3ざ瘡1例、忍容不能なGrade 2粘膜炎1例)が発現したため、この用量は許容不可と判断された。MTDは300mg BIDと規定されたが、3ヶ月を超える長期投与で忍容性の低下が観察されたため、用量拡大相には200mg BIDと300mg BIDの両用量が採用された。最終的に、忍容性と活性のバランスが最適であると判断され、200mg BIDが第2相推奨用量として確立された (Figure 1, Table 1, Table 2)。

薬物動態とBBB透過性の実証: 用量拡大相の全38例から採取されたCSFおよび血漿サンプル(Ctrough時点)の解析により、AZD3759の優れたBBB透過性が実証された。200mg BID群では平均Kpuu,CSFが1.18、300mg BID群では1.0であり、全体平均は1.11(範囲0.29-1.96)であった。これは、AZD3759が血漿とCSFでほぼ同等の薬物濃度を達成したことを示している。200mg BIDにおけるAZD3759のCSF Ctrough濃度は31.5nmol/L(範囲6.52〜61.3nmol/L)であり、その代謝物AZ’1168は44.2nmol/Lであった。これらのCSF濃度は、EGFRリン酸化のIC50(AZD3759: 7.4nmol/L、AZ’1168: 5.3nmol/L)を大幅に上回っており、標的抑制に十分な脳内薬物濃度が達成されていることが確認された。この結果は、従来の承認済みEGFR-TKI(Kpuu,CSF 0.066〜0.29)と比較して、AZD3759が約4〜15倍高いBBB透過性を持つことを臨床的に初めて示した (Figure 2)。

TKI未治療の脳転移患者における頭蓋内有効性: 用量拡大相のEGFR-TKI未治療の脳転移患者(200mg BID群14例、300mg BID群2例、合計18例が評価可能)において、AZD3759は非常に高い頭蓋内活性を示した。CNS確認ORRは83%(15/18例;完全奏効 [CR] 1例、部分奏効 [PR] 14例)であり、CNS疾患制御率 (DCR) は89%(16/18例)であった。頭蓋外確認ORRは72%(13/18例;CR 2例、PR 11例)、頭蓋外DCRは94%(17/18例)であった。総合ORR(頭蓋内+頭蓋外)は65%(13/20例)、DCRは90%(18/20例)であった (Table 6)。データカットオフ時点で、16例が治療継続中であり、15例が奏効を維持していた。このCNS ORR 83%は、当時の承認済みEGFR-TKI(ゲフィチニブの脳転移データで約40%、オシメルチニブのTKI未治療でのCNS ORR約70%台)と比較して非常に高い活性を示唆する。

軟膜転移患者における有効性(TKI前治療後): TKI前治療後の軟膜転移患者コホート(n=18)では、MRIによる軟膜転移の確認奏効率は28%(5/18例;CR 1例、PR 4例)であり、DCRは78%(14/18例)であった (Table 7)。特筆すべきは、2例が15ヶ月を超える無増悪期間を達成し、神経症状の改善を示したことである。しかし、頭蓋外病変に対する確認奏効は0例であり、TKI前治療後の頭蓋外耐性病変に対するAZD3759の活性は限定的であった。これは、T790M変異などのEGFR-TKI耐性機序がAZD3759の活性にも影響することを示唆している。CSF中のEGFR変異DNAコピー数の動態解析では、10例中8例で投与7日後に一過性の上昇が認められ、その後9例でベースラインレベル以下に低下した。これは、腫瘍細胞の崩壊によるcfDNA放出とその後の抗腫瘍効果によるものと考えられ、薬力学的応答の間接的な指標として機能した。

安全性プロファイル: AZD3759の最も一般的な薬剤関連有害事象は皮膚障害と消化管障害であった。用量拡大相における全グレードの皮膚障害は200mg群で92%、300mg群で92%に発生した。Grade 3の皮膚障害は200mg群で17%、300mg群で40%と、300mg群で高頻度であった。全グレードの消化管障害は200mg群で57%、300mg群で67%に発生し、Grade 3の消化管障害は200mg群で9%、300mg群で27%と、こちらも300mg群で高頻度であった (Table 4)。Grade 4の毒性は両群ともに認められなかった。肝胆道系Grade 3の有害事象は200mg群で13%に認められたが、300mg群では0%であった。薬剤関連のCNS毒性は、用量漸増相および用量拡大相のいずれにおいても報告されなかった。これは、BBB透過による脳内高濃度にもかかわらず、CNS毒性が生じなかったという重要な安全性知見である。投与中断率は200mg群で65%、300mg群で87%であり、投与減量率は200mg群で52%、300mg群で67%であった (Table 5)。300mg群ではより高頻度の毒性、中断、減量が観察されたため、200mg BIDが推奨用量として選択された。治療関連中止は200mg群で1例(ALT/AST上昇)、300mg群で2例(下痢、皮疹各1例)であった。

考察/結論

BLOOM第1相試験は、AZD3759 (BLOOM) が血液脳関門 (BBB) を完全に透過し (Kpuu,CSF ≈ 1.11)、EGFR変異陽性NSCLCの脳・軟膜転移患者において、200mg BIDの用量で忍容可能な安全性プロファイルと有望な頭蓋内抗腫瘍活性を示すことを臨床的に初めて確立した。このBBB完全透過という薬理学的特性は、従来のEGFR-TKIが脳内での有効濃度達成に限界を持つという課題に対する革新的なアプローチであった。

新規性: 本研究で初めて、AZD3759は血漿とCSFで同等の薬物濃度を達成し、EGFRリン酸化のIC50を上回るCSF濃度を維持することが示された。この薬物動態プロファイルは、特にEGFR-TKI未治療の脳転移患者において83%という高いCNS客観的奏効率 (ORR) に結びついた。これは、従来のTKIと比較して優れた頭蓋内活性であり、AZD3759がCNS転移を有するEGFR変異陽性NSCLC患者に対する一次治療としての可能性を示唆する。

先行研究との違い: しかし、AZD3759の皮膚および消化管毒性は、300mg BIDでは高頻度であり、長期投与における忍容性低下が観察された。このため、200mg BIDが忍容性と活性のバランスが最も良い用量として推奨された。薬剤関連のCNS毒性が認められなかったことは、BBB透過性の高い薬剤の安全性プロファイルにおいて重要な知見であり、これまでのTKIと異なりCNS毒性が問題とならなかった。

EGFR-TKI前治療後の軟膜転移患者における頭蓋外病変への限定的な活性は、T790M変異などのTKI耐性機序がAZD3759にも影響することを示唆した。この点は、Yu et al. ClinCancerRes 2013の報告とも一致する。TKI前治療後の患者に対しては、AZD3759単独療法ではなく、他の薬剤との併用療法がより良い全体的な疾患制御に必要となる可能性がある。

臨床応用: 本試験の結果はAZD3759のさらなる開発を支持するものであったが、その後オシメルチニブが一次治療の標準として確立された(Mok et al. NEnglJMed 2017のFLAURA試験では脳転移患者でも高い頭蓋内ORRが報告されている)ことで、AZD3759の開発ポジションは再検討される必要が生じた。しかし、本試験は、これまで治療選択肢が手薄であった軟膜転移NSCLCという困難な病態に対して有望な活性を示しており、この領域における新たな治療戦略の探索として重要な臨床的意義を持つ。

残された課題: 残された課題として、AZD3759の長期的な無増悪生存期間および全生存期間のデータが未成熟である点が挙げられる。また、T790M変異陽性患者に対するAZD3759の最適な治療戦略や、他のTKIとの併用療法、あるいは逐次療法における位置づけについても今後の検討課題である。本研究は第1相試験であり、より大規模な臨床試験での有効性と安全性の検証が求められる。

方法

本研究は、オーストラリア、韓国、台湾、米国の11施設で実施された多施設共同非盲検第1相臨床試験(BLOOM試験;ClinicalTrials.gov登録番号: NCT02228369)である。2014年11月18日から2016年9月7日の期間に患者が登録された。

患者選択: 組織学的または細胞学的に確認された進行期EGFR変異陽性NSCLC患者が対象とされた。主要なEGFR活性化変異(L858Rまたはexon 19欠失)を有することが求められた。脳転移コホートの患者は、脳実質内に少なくとも1つの測定可能な病変(長径1cm以上)を有する必要があった。軟膜転移コホートの患者は、CSF細胞診陽性かつ少なくとも1つの観察可能な軟膜病変を有する必要があった。ECOGパフォーマンスステータスは、脳転移患者では0または1、軟膜転移患者では0〜2が許容された。

試験デザイン: 本試験は用量漸増相と用量拡大相の2部構成で実施された。

  1. 用量漸増相: EGFR-TKIおよび化学療法による前治療後に病勢進行した脳転移または軟膜転移を有する患者を対象に、AZD3759を50mg、100mg、200mg、300mg、500mgの1日2回(BID)経口投与した。各用量コホートには最低3例の評価可能患者を登録し、安全性評価に基づいて次の用量レベルへ移行した。MTDは、用量制限毒性(DLT)の予測確率が25%未満となる最高用量と定義された。
  2. 用量拡大相: 用量漸増相で選択された200mg BIDおよび300mg BIDのAZD3759を、以下のコホートに投与した。(1) EGFR-TKI未治療の脳転移患者、(2) EGFR-TKI未治療の軟膜転移患者、(3) EGFR-TKI前治療後の軟膜転移患者。TKI前治療後の脳転移患者は登録対象外であった。

安全性評価: 有害事象の重症度はNational Cancer InstituteのCommon Terminology Criteria for Adverse Events (CTCAE) バージョン4.03に基づき評価された。安全性は各来院時に評価され、AZD3759との関連性が判断された。

薬物動態評価: 用量拡大相の全患者から、AZD3759反復投与1週間後のトラフ時(Ctrough)に血漿およびCSFサンプルを同時採取し、AZD3759およびその代謝物AZ’1168の濃度を測定した。非結合血漿濃度に対するCSF濃度の比(Kpuu,CSF)を算出した。

有効性評価: CNS病変および頭蓋外病変に対する抗腫瘍活性は別々に評価された。頭蓋外病変にはRECISTバージョン1.1を、CNS腫瘍には修正RECISTバージョン1.1を適用した。CNS病変では、長径1cm以上の測定可能病変を最大5つまで標的病変とし、残りを非標的病変とした。CNSおよび頭蓋外の腫瘍反応は、それぞれ脳MRIおよび造影CTを用いて6週間ごとに病勢進行まで評価された。軟膜転移の評価にはMRIが用いられた。

バイオマーカー分析: 軟膜転移患者のCSFサンプルから、AZD3759初回投与前および反復投与7日後のCtrough時にEGFR変異DNAコピー数をデジタルドロップレットPCR (ddPCR) を用いて測定し、経時的変化を追跡した。

統計解析: ベイズ適応デザインを用いて用量漸増およびMTDを決定した。安全性および有効性解析には、AZD3759を少なくとも1回投与された全患者が含まれた。遊離血漿濃度とCSF濃度の相関はピアソン係数を用いて解析された。