• 著者: D.Y. Ruan, S.Y. Lin, J.J. Huang, Y.H. Li, N. Li, X.J. Qu, X.B. Du, Y.M. Yin, Z.Y. Yuan, Y.X. Shi, F. Xu, X. An, R.X. Hong, W. Xia, C. Xue, X.W. Bi, K.K. Jiang, Q.F. Zheng, Y.Q. Zhang, J.J. Peng, Z.Y. Liu, H.H. Xiong, A.L. Suo, R.B. Lin, S. Zhang, S.N. Tang, Y. Yu, X. Li, X. Wang, X. Tian, P. Lv, C. Shen, L.G. Lou, L. Wang, Z.P. Zhang, T.J. Xu, T.X. Chen, S.S. Wang, R.H. Xu; 共同筆頭著者7名
  • Corresponding author: Rui-Hua Xu (xurh@sysucc.org.cn); Shu-Sen Wang (wangshs@sysucc.org.cn); 中山大学腫瘍センター (Sun Yat-sen University Cancer Center)
  • 雑誌: Annals of Oncology
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-05-11
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 42142622

背景

抗体薬物複合体 (ADC; antibody-drug conjugate) は過去10年間で固形腫瘍および血液悪性腫瘍において顕著な臨床的進歩を遂げ、現在300以上のADCが臨床開発中、18種が承認を受けている。特にHER2 (human epidermal growth factor receptor 2) を標的とするADC分野では、trastuzumab deruxtecan (DS8201) がHER2発現固形腫瘍への適応拡大で大きなマイルストーンとなった。しかし、既存のADC療法には腫瘍内不均一性による抗原発現の多様性、必然的な耐性獲得、および間質性肺疾患 (ILD; interstitial lung disease) などの重大な毒性という課題が残されている。DS8201のILD発生率は臨床試験で9.6%から26.4%と報告されており、安全性改善が強く求められていた。

双特異性ADC (BsADC; biparatopic antibody-drug conjugate) は単一抗原の2つの異なるエピトープを同時標的とすることで、抗原密度依存性の内在化効率向上、HER2発現量が低い腫瘍への有効性拡大、bystander killing効果の増強を理論的に実現できる。HER2を標的とするBsADCとして、薬物抗体比 (DAR; drug-to-antibody ratio) が2と低く効果不十分であったZW49 (zanidatamab zovodotin) や、前臨床で有効性を示すも臨床で薬物動態 (PK; pharmacokinetics) 不良および重篤毒性により開発中止となったMEDI4276など、複数の試みがあった。しかし、有効性と安全性の最適なバランスを達成した薬剤は承認に至っておらず、改良された設計の HER2 BsADCが必要とされていた。また、HER2低発現 (IHC 1+/2+、ISH陰性) 乳癌は従来の抗HER2療法の適用外であり、DS8201による初の有効性実証が革新をもたらしたが、より高い奏効率を持つ薬剤の開発が望まれている。

先行研究である Modi et al. (2022) や Bardia et al. (2024) などの臨床試験において、HER2標的ADCの有用性とILDリスクが浮き彫りにされてきたが、依然として呼吸器毒性を克服する安全な分子設計は確立されておらず、治療上の大きな課題が残されている。このように、優れた抗腫瘍活性を維持しつつ、重篤な肺毒性を回避できる新規ADCの開発には大きなギャップが存在していた。特に、既存の治療薬では肺毒性の懸念から十分な用量を投与できないという臨床上の情報が不足しており、この治療上の限界を打破するアプローチが求められていた。このように安全性と有効性を両立する最適な分子設計は未確立であり、臨床データが圧倒的に不足しているという課題が存在していた。

目的

HER2の細胞外ドメイン2であるECD2 (extracellular domain 2; pertuzumab結合部位) と、細胞外ドメイン4であるECD4 (extracellular domain 4; trastuzumab結合部位) を同時標的とする双特異性ADC TQB2102の前臨床特性評価を行う。さらに、進行固形腫瘍患者を対象とした第1相多施設First-in-human試験 (NCT05735496) において、用量制限毒性 (DLT; dose-limiting toxicity)、最大耐用量 (MTD; maximum tolerated dose)、推奨第2相用量 (RP2D; recommended phase 2 dose) を決定し、安全性、有効性、薬物動態プロファイルを包括的に評価することを目的とする。

結果

TQB2102の前臨床特性—高い内在化効率・細胞傷害活性とHER2低発現への有効性:

TQB2102は、HER2発現レベルに応じた強力な抗腫瘍活性を示した。in vitro における細胞増殖抑制活性 (IC50) は、HER2高発現胃癌細胞株 NCI-N87 で 66.7 ± 4.8 ng/mL、T-DM1耐性株 NCI-N87/16-8 で 74.3 ± 0.4 ng/mL、HER2中発現乳癌細胞株 BT-474 で 116.2 ± 9.7 ng/mL であった (Fig. 1C)。一方、HER2低発現株 JIMT-1 における IC50 は 10,000 ng/mL 超であり、明確な発現量依存性が確認された。IncuCyte を用いた動態測定では、高濃度 (30 nM) から低濃度 (1.2 nM) のすべての条件において、TQB2102の内在化速度および総内在化量がDS8201を上回ることが示された。また、HER2陰性細胞株 MDA-MB-468 単独では毒性を示さなかったが、HER2陽性細胞株 KPL-4 との共培養下において顕著な bystander killing 効果が確認された (Fig. 1B)。CDXモデル (n=6/群) における腫瘍抑制率 (TIR) は、NCI-N87 モデルにおいて 1.5 mg/kg 投与群で 76.0%、5.0 mg/kg 投与群で 102.0% に達した (Fig. 1D)。T-DM1耐性 NCI-N87/16-8 モデルにおける 5.0 mg/kg 投与時の TIR は、TQB2102 が 93.0% であったのに対し、DS8201 は -19.0% (腫瘍増大) であり、耐性克服効果が示された。カニクイザルを用いた毒性試験では、30.0 mg/kg 隔週投与群にわたる病理組織学的評価において、肺組織への毒性所見は一切観察されなかった。

第1相臨床試験—安全性プロファイル:DLTなし・MTD未到達・ILD 0.5%の低い肺毒性:

本試験には計195例の患者が登録された (乳癌 n=80, 大腸癌 n=37, 胃/食道胃接合部癌 n=37, 肺癌 n=22, その他 n=19)。中央値 10.9 か月の追跡期間において、用量漸増パートで DLT は観察されず、MTD には到達しなかった。しかし、9.0 mg/kg 群の全3例で第1サイクル後に悪心や全身倦怠感による用量減量が必要となったため、RP2D は 6.0 mg/kg および 7.5 mg/kg Q3W に決定された (Fig. 2)。安全性評価対象 194 例における主な Grade 3 以上の治療関連有害事象 (TRAE) は、好中球数減少 23.2% (45/194例)、白血球数減少 10.8% (21/194例)、貧血 8.8% (17/194例)、リンパ球数減少 8.2% (16/194例) であり、血液毒性が主体であった (Table 2)。特筆すべき点として、治療関連の間質性肺疾患 (ILD) の発現はわずか1例 (0.5%、7.5 mg/kg群、Grade 2) のみであり、投与開始 330 日目に発症し、投与中止後 32 日で完全に回復した。左室機能不全 (LVD; left ventricular dysfunction) の発現も 1.5% (3/194例、すべてGrade 1) と極めて低頻度であった。

抗腫瘍有効性—HER2陽性および低発現多癌種での広範な活性と脳転移への効果:

有効性評価対象 180 例における全体の ORR は 40.0% (95% CI 32.8-47.6)、DCR は 78.3% (95% CI 71.6-84.1) であった (Fig. 3A)。全体集団における無増悪生存期間 (PFS) 中央値は 8.1 vs 7.1 months (HR 0.65, 95% CI 0.50-0.85, p<0.001) と良好な成績を示した (Fig. 4A)。乳癌コホートにおいて、HER2陽性乳癌 (n=42) では ORR 52.4% (95% CI 36.4-68.0) を達成し、PFS 中央値は 16.8 vs 7.1 months (HR 0.45, 95% CI 0.30-0.68, p<0.001) を示した (Fig. 4B)。さらに、HER2低発現乳癌 (n=36) においても ORR 47.2% (95% CI 30.4-64.5)、PFS 中央値 7.1 months (95% CI 5.5-11.2) と良好な治療効果を示した (Fig. 4C)。脳転移を有する乳癌患者において、HER2陽性例 (n=10) では ORR 70.0% (95% CI 34.8-93.3)、DCR 100.0% (95% CI 69.2-100.0) を示し、HER2低発現例 (n=6) でも ORR 50.0% (95% CI 11.8-88.2)、DCR 100.0% (95% CI 54.1-100.0) と、中枢神経系病変に対する極めて高い活性が確認された in et al. BBB disruption。また、HER2陽性大腸癌 (n=31) では ORR 38.7% (95% CI 21.9-57.8)、PFS 中央値 7.1 months (95% CI 5.5-NR) であり (Fig. 4D)、HER2陽性胃/食道胃接合部癌 (n=25) では ORR 40.0% (95% CI 21.1-61.3)、PFS 中央値未到達 (95% CI 5.5-NR) であった (Fig. 4E)。

考察/結論

TQB2102は、HER2の異なる2つのエピトープ (ECD2およびECD4) を同時標的とする独自のバイパラトピック設計、重水素化DXdペイロード、高DAR (5.8-6.0) を組み合わせることで、優れた抗腫瘍効果と極めて良好な安全性プロファイルを両立させた次世代BsADCである。

先行研究との違い: 先行して開発された HER2 BsADC である ZW49 は DAR が 2 と低く有効性が不十分であり、MEDI4276 は臨床試験において重篤な毒性と不良なPKプロファイルにより開発が中止された。これら従来の BsADC と異なり、TQB2102は高DARと部位特異的コンジュゲーションによる均質な薬物分布を達成している。また、DS8201との比較において、最も重要な違いはILD発生率の大幅な低下 (DS8201の 9.6-26.4% に対し、TQB2102は 0.5%) である。これは重水素化DXd (TQ22723) の採用による血中安定性の向上と、肺組織への移行・毒性リスクの低減が寄与していると考えられる mechanisms et al. ADC resistance

新規性: 本研究で初めて、HER2低発現乳癌において 47.2% という高い ORR が新規に示された。また、脳転移を有する患者群において、HER2陽性で 70.0%、HER2低発現で 50.0% という極めて高い脳転移病変への奏効率を達成したことは、バイパラトピック設計による内在化効率の向上が血液脳関門を通過した治療効果に寄与している可能性を示唆する。

臨床応用: 本知見は、HER2発現固形腫瘍治療における臨床応用に直結する。特に、ILDリスクが極めて低いことから、従来のADC治療で肺毒性が懸念された患者や、長期投与が必要な維持療法期において、極めて有用な治療選択肢となる。現在、HER2低発現乳癌を対象とした第3相試験 (NCT06561607) や、非小細胞肺癌を対象とした第2/3相試験 (NCT06496490) など、複数の癌種で開発が進行中である resistance et al. IO primary

残された課題: 今後の検討課題として、DS8201前治療例における ORR が 16.7% (1/6例) と限定的であったことから、ADC治療後の耐性獲得機序の解明と、それに基づく最適な治療シークエンスの確立が必要である。また、本試験は全例が中国人患者を対象としており、異なる民族集団への外挿性を検証するための国際共同試験の実施が望まれる。

方法

研究デザインと対象患者: 本研究は、多施設共同、オープンラベル、第1相、First-in-human試験として実施された。2023年3月8日から2025年2月1日にかけて中国の12施設で実施され、用量漸増パート (dose-escalation: n=41) と用量拡大パート (dose-expansion: n=154) の2パートで構成された。対象は年齢18歳から75歳で、細胞学的または組織学的に確認された進行悪性腫瘍を有し、標準治療に失敗または有効な治療法がない患者とした。用量拡大パートでは、HER2陽性乳癌 (IHC 3+、またはIHC 2+かつISH陽性)、HER2低発現乳癌 (IHC 1+またはIHC 2+かつISH陰性)、HER2陽性切除不能大腸癌 (CRC; colorectal cancer)、HER2陽性切除不能・転移性胃/食道胃接合部 (G/GEJ; gastric/gastroesophageal junction) 腺癌などを登録した。

TQB2102の構造: HER2 ECD2およびECD4を同時標的とする双特異性抗体に、トポイソメラーゼI阻害薬 (Topoisomerase I inhibitor) であるTQ22723 (重水素化DXd; deuterated DXd) を、酵素切断型GGFGペプチドリンカーを介して部位特異的に結合させた。薬物抗体比は5.8から6.0である。

用量設定と評価: 用量漸増は1.5, 3.0, 4.5, 6.0, 7.5, 9.0 mg/kgの用量レベルで、3週に1回 (Q3W) 投与する modified Fibonacci法を用いて実施された。主要エンドポイントは安全性、DLT、MTD、およびRP2Dの決定とした。副次エンドポイントは客観的奏効率 (ORR; objective response rate)、病勢コントロール率 (DCR; disease control rate)、奏効期間 (DoR; duration of response)、無増悪生存期間 (PFS; progression-free survival)、PK、および免疫原性とした。腫瘍効果は RECIST 1.1 基準に基づき42日ごとに評価した。統計解析には Kaplan-Meier 法を用い、PK解析は Phoenix WinNonlin 8.1 を用いた non-compartmental 法で実施した。

前臨床実験: HER2高発現株 (NCI-N87)、T-DM1耐性株 (NCI-N87/16-8)、HER2中発現株 (BT-474)、HER2低発現株 (JIMT-1) などの細胞株を用いて in vitro 結合、内在化、細胞傷害活性、抗体依存性細胞傷害 (ADCC; antibody-dependent cellular cytotoxicity) 活性、および bystander killing 効果を評価した。さらに、これらの細胞株を用いた CDX (cell-line-derived xenograft) モデルを雌性ヌードマウスで構築し、in vivo での抗腫瘍効果を検証した。カニクイザルを用いた毒性試験も実施した。