- 著者: Leslie Duplaquet, Kevin So, Alexander W Ying, Shreoshi Pal Choudhuri, Xinyue Li, Grace D Xu, Yixiang Li, Xintao Qiu, Rong Li, Shilpa Singh, Xiaoli S Wu, Seth Hamilton, Victor D Chien, Qi Liu, Jun Qi, Tim D D Somerville, Hillary M Heiling, Emanuele Mazzola, Yenarae Lee, Thomas Zoller, Christopher R Vakoc, John G Doench, William C Forrester, Tinya Abrams, Henry W Long, Matthew J Niederst, Benjamin J Drapkin, Cigall Kadoch, Matthew G Oser
- Corresponding author: Cigall Kadoch (Dana-Farber Cancer Institute / HHMI, Boston, MA, USA); Matthew G Oser (Dana-Farber Cancer Institute, Boston, MA, USA)
- 雑誌: Cancer Cell
- 発行年: 2024
- Epub日: 2024-08-12
- Article種別: Original Article
- PMID: 39029464
背景
SCLC (small cell lung cancer: 小細胞肺がん) は、極めて悪性度が高く、TP53 および RB1 の不活化を特徴とする神経内分泌がんである。近年のゲノム解析により、SCLC は系統特異的な TF (transcription factor: 転写因子) の発現に基づいて4つの主要な分子サブタイプに分類されることが明らかになっている。これには、神経内分泌 (NE: neuroendocrine) 形質を示す ASCL1 陽性 (約60%) および NEUROD1 陽性 (約20%) のグループと、非神経内分泌 (non-NE) 形質を示す POU2F3 陽性 (約10–12%) および 炎症型 (約10%) のグループが含まれる。この分類システムは、既報の Rudin et al. NatRevDisPrimers 2021 や George et al. Nature 2015 などの先行研究によって確立されてきた。
特に POU2F3 陽性サブタイプ (SCLC-P) は、tuft-cell-like (房細胞様) の形質を有しており、POU2F3 自体やその共活性化因子である OCA-T1 (C11ORF53/POU2AF2) および OCA-T2 (COLCA2/POU2AF3) に極めて強く依存していることが、Huang et al. (2018) や Wu et al. (2022) などの先行研究で報告されている。しかしながら、転写因子である POU2F3 やその共活性化因子は、立体構造上の特徴から直接的な小分子化合物による標的化 (druggability) が極めて困難であり、SCLC-P に対する有効な標的治療薬は未だ開発されていない。このため、POU2F3 の発現や活性を上流から制御する治療標的因子の同定が強く求められていたが、その詳細な分子機構は未解明のままであった。また、これまでのスクリーニング手法では、POU2F3 陽性細胞の生存に必須な遺伝子を網羅的に探索するアプローチが不足しており、治療標的としての有効性を in vivo (生体内) モデルで実証するデータも不十分であった。このように、POU2F3 駆動型のがん遺伝子プログラムを破綻させるための具体的な治療戦略には大きな gap が残されており、臨床応用可能な標的分子の同定に向けた知見が決定的に不足していた。
目的
本研究の目的は、POU2F3 陽性 SCLC において POU2F3 の内因性発現および細胞増殖を維持する上流の必須制御因子をゲノムワイドなスクリーニングによって網羅的に同定することである。特に、転写因子である POU2F3 自体を直接阻害する代わりに、そのエピジェネティックなクロマチン制御機構を標的とすることで、SCLC-P サブタイプに対して選択的かつ強力な治療効果を示す新規の治療標的を明らかにすることを目指す。さらに、臨床グレードの小分子阻害薬や分解薬を用いて、POU2F3 陽性 SCLC 細胞株、および患者由来異種移植片 (PDX: patient-derived xenograft) モデルや細胞株由来異種移植片 (CDX: cell line-derived xenograft) モデルにおける治療有効性と生存延長効果を検証し、個別化医療の基盤となるバイオマーカー駆動型の治療戦略を確立することを目的とする。
結果
ゲノムワイドスクリーニングによる POU2F3 制御因子の同定: NCI-H1048 POU2F3-DCK*-P2A-GFP 細胞を用いた BVdU 陽性選択スクリーニングの結果、BVdU 処理群において顕著に濃縮された sgRNA として、陽性対照である DCK および POU2F3 自体に加え、MED19、EP300、KAT7 などのクロマチン制御因子、および mSWI/SNF (mammalian SWI/SNF) 複合体の構成因子が上位にランクされた (Fig 1)。特に、non-canonical BAF (ncBAF: 非典型的 BAF) 複合体の特異的サブユニットである SMARCD1 および BRD9 を標的とする sgRNA が極めて高いスコアを示した。個別 sgRNA を用いた検証実験において、SMARCD1 または BRD9 をノックアウトした NCI-H1048 細胞 (n=4 replicates) では、POU2F3 のタンパク質発現レベルが著しく低下し、細胞増殖が対照群と比較して有意に抑制された (p<0.001, Fig 2)。
mSWI/SNF および ncBAF 複合体に対する SCLC-P 選択的依存性の実証: DepMap データベースを用いた大規模解析 (n=23 SCLC cell lines) により、POU2F3 陽性株 (NCI-H1048, NCI-H211, NCI-H526, COR-L311) は、他の SCLC 株や他のがん種と比較して、SMARCD1、BRD9、および共通の ATPase サブユニットである SMARCA4 に対して極めて高い依存性 (Gene Effect スコアの大幅な低下) を示すことが明らかになった (Fig 2)。この依存性は POU2F3 陽性株に特異的であり、ASCL1 陽性や NEUROD1 陽性の SCLC 株ではこれらの遺伝子ノックアウトによる増殖抑制効果は限定的であった。さらに、ncBAF 複合体の会合に必須な GLTSCR1 (BICRA) および GLTSCR1L (BICRAL) のダブルノックアウト (n=4 replicates) によっても、NCI-H1048 細胞の増殖は著しく阻害され、ncBAF 複合体の完全性が POU2F3 陽性 SCLC の生存に不可欠であることが証明された (Fig 2)。
神経内分泌形質に基づくサブクラス分類と治療感受性の違い: POU2F3 陽性 SCLC 株の遺伝子発現プロファイル (RNA-seq) を詳細に解析したところ、これらは神経内分泌 (NE) 形質の有無によって2つのサブクラスに明確に分類されることが判明した (Fig 4)。NCI-H1048 および NCI-H211 は NE マーカー (SYP, INSM1, CHGA) の発現が完全に消失した「pure non-NE」型であるのに対し、NCI-H526 および COR-L311 はこれらの NE マーカーを一部保持する「NE-like」型であった。このサブクラスの違いは、ncBAF 阻害に対する感受性を強く規定していた。臨床グレードの BRD9 分解薬である FHD-609 は、pure non-NE 型の細胞株に対して極めて強力な増殖抑制効果を示し、EC50 値は NCI-H1048 で 6.5 nM、NCI-H211 で 21.2 nM と低ナノモル濃度域であったが、NE-like 型の細胞株 (NCI-H526, COR-L311) に対しては EC50 > 1000 nM と不応性であった (Fig 3)。一方、SMARCA4/2 ATPase 阻害薬である FHD-286 は、pure non-NE 型および NE-like 型の双方を含むすべての POU2F3 陽性株に対して強力な効果を示し、EC50 値は 2.4 nM から 16.4 nM の範囲であった (Fig 3)。
mSWI/SNF 阻害によるクロマチンアクセシビリティの喪失と遺伝子ネットワークの崩壊: ChIP-seq および ATAC-seq 解析により、mSWI/SNF 複合体は POU2F3 のゲノム結合領域 (cistrome) に共局在し、その領域のクロマチンアクセシビリティを維持していることが示された (Fig 5, Fig 6)。FHD-286 による SMARCA4/2 阻害 (100 nM, 72 h 処理, n=3 replicates) を行うと、POU2F3 標的遺伝子 (AVIL, CHAT, GFI1B, SOX9) のプロモーターおよび TSS (transcription start site: 転写開始点) 遠位のエンハンサー領域において、クロマチンアクセシビリティが劇的に低下した (Fig 6)。これに伴い、POU2F3 自体やその共活性化因子である OCA-T1 および OCA-T2 のゲノム結合がほぼ完全に消失し、POU2F3 駆動型のがん遺伝子プログラムおよび tuft-cell 遺伝子シグネチャーが崩壊した (Fig 7)。また、RNA-seq 解析により、FHD-286 処理群では POU2F3 標的遺伝子群の発現が log2FC -1.5 以下の顕著な低下を示した。
In vivo における腫瘍増殖抑制と生存期間の延長効果: POU2F3 陽性 SCLC の CDX モデル (NCI-H1048 および NCI-H211) において、FHD-609 (0.5 mg/kg, 1日1回投与, n=10 mice) および FHD-286 (1.5 mg/kg, 1日1回投与, n=9 mice) は、いずれも腫瘍の増殖を著しく抑制し、生存期間を劇的に延長した (p<0.001, Fig 8)。さらに、化学療法抵抗性を示す POU2F3 陽性・非神経内分泌型の患者由来 PDX モデル (MGH1521-1A, n=7 mice) において、標準治療であるシスプラチン/エトポシド併用療法は無効であったのに対し、FHD-286 または FHD-609 の単剤投与は極めて強力な腫瘍増殖抑制効果 (DAUC: difference in area under treated and untreated average tumor volume curves の有意な改善) を示した (p<0.05, Fig 8)。これらの治療はマウスの体重減少を伴わず、優れた忍容性を示した。
考察/結論
先行研究との違い: 従来の SCLC 研究では、すべてのサブタイプを一括して化学療法で治療するアプローチが主流であった。また、POU2F3 陽性 SCLC に対する標的治療の試みは、POU2F3 自体やその共活性化因子 OCA-T1/2 の直接阻害に焦点を当てたものが多く、実用的な治療薬の開発には至っていなかった。これに対し、本研究は POU2F3 の直接阻害とは異なり、その活性を支える上流のクロマチンリモデリング因子である mSWI/SNF 複合体を標的とすることで、強力な治療効果が得られることを示した。さらに、POU2F3 陽性 SCLC は一様な非神経内分泌型のがんであるとされてきた従来の定説と異なり、神経内分泌形質を一部保持する NE-like サブクラスが存在し、これが ncBAF 阻害に対する感受性を規定するという新たな不均一性を明らかにした。
新規性: 本研究は、ゲノムワイドな陽性選択 CRISPR スクリーニングを用いることで、POU2F3 の内因性発現を維持する必須の依存因子として ncBAF 複合体 (SMARCD1 および BRD9) を本研究で初めて同定した。また、ncBAF 複合体が POU2F3 結合領域のクロマチンアクセシビリティを特異的に開存させることで、POU2F3 駆動型のがん遺伝子ネットワークを恒常的に維持しているというエピジェネティックな分子機構を初めて明らかにした。さらに、臨床グレードの BRD9 分解薬 (FHD-609) および SMARCA4/2 阻害薬 (FHD-286) が、POU2F3 陽性 SCLC に対してサブクラス特異的な治療効果を示すことを新規に見出した。
臨床応用: 本研究の知見は、難治性である POU2F3 陽性 SCLC 患者に対する個別化医療の臨床応用に直結する。臨床的意義として、患者の神経内分泌マーカーの発現状況 (NE-like vs pure non-NE) をバイオマーカーとして用いることで、SMARCA4/2 阻害薬 (FHD-286) と BRD9 分解薬 (FHD-609) を使い分ける「2階層の治療選択肢」を臨床現場に提供できる点が挙げられる。特に、標準的な白金製剤併用化学療法に抵抗性を示す POU2F3 陽性患者において、these エピジェネティック阻害薬が極めて高い治療効果を示すことが PDX モデルで実証されたことは、bench-to-bedside のトランスレーショナルな開発を強力に後押しするものである。
残された課題: 今後の検討課題として、mSWI/SNF 阻害薬の投与に伴う血液毒性 (好中球減少や血小板減少など) を最小限に抑え、治療窓 (therapeutic window) を最大化するための最適な投与スケジュールの確立が必要である。また、長期投与に伴う耐性獲得機構や、神経内分泌形質と非神経内分泌形質の間でのサブタイプスイッチング (subtype switching) の可能性についても、今後の研究で解明されるべき重要な limitation である。さらに、臨床試験において POU2F3 陽性患者を正確に同定・濃縮するための、IHC (immunohistochemistry: 免疫組織化学) や遺伝子パネル検査を用いた簡便なバイオマーカー検出法の確立が残された課題として挙げられる。
方法
陽性選択 CRISPR-Cas9 スクリーニング系の構築: POU2F3 の内因性発現制御因子を同定するため、CRISPR-Cas9 (clustered regularly interspaced short palindromic repeats/CRISPR-associated protein 9) を用いた相同組換え修復 (HDR: homology-directed repair) により、POU2F3 陽性 SCLC 細胞株である NCI-H1048 の endogenous (内因性) POU2F3 遺伝子座の末端に、修飾型デオキシシチジンキナーゼ (DCK*) および GFP (green fluorescent protein: 緑色蛍光タンパク質) を P2A 配列を介して融合させた POU2F3-DCK*-P2A-GFP 安定発現株を構築した。この細胞株では、BVdU (bromovinyl deoxyuridine: ブロモビニルデオキシウリジン) を添加すると DCK* の働きにより細胞毒性代謝物が生成されて細胞死が誘導される。したがって、POU2F3 の発現を低下させる sgRNA (single guide RNA) を導入された細胞のみが BVdU 耐性を獲得して生存・濃縮される。この陽性選択システムを用い、77,741 種の sgRNA を含む Brunello ゲノムワイドライブラリーを MOI (multiplicity of infection: 感染多重度) 0.5 で感染させ、BVdU (10 mM) 処理群と未処理群の間で day 16 における sgRNA の濃縮度をディープシーケンシングにより比較解析した。
エピジェネティック解析および in vitro/in vivo 評価: スクリーニングで同定された因子の妥当性を検証するため、CRISPR による個別ノックアウト (KO) を実施し、POU2F3 タンパク質発現への影響をウェスタンブロッティングで評価した。DepMap (Dependency Map) データベース (23Q2リリース) を用いて、23 株の SCLC 細胞株を含む 1,000 株以上の細胞株における標的遺伝子の依存性を解析した。クロマチン構造の解析には、ATAC-seq (assay for transposase-accessible chromatin using sequencing) によるクロマチンアクセシビリティの測定、および ChIP-seq (chromatin immunoprecipitation sequencing) による SMARCA4、BRD9、POU2F3 などのゲノム上への結合プロファイルの評価を行った。シーケンシングデータのマッピングには Langmead et al. NatMethods 2012 や Dobin et al. Bioinformatics 2013 を使用し、ピークコールには Zhang et al. GenomeBiol 2008 を、リード数のカウントやゲノム領域の比較には Quinlan et al. Bioinformatics 2010 を用いた。発現変動遺伝子の同定には Love et al. GenomeBiol 2014 を使用した。また、ヒートマップの作成には Gu et al. Bioinformatics 2016 を、機能エンリッチメント解析には Wu et al. Innovation(Camb) 2021 を、モチーフ解析には Heinz et al. MolCell 2010 を用いた。
さらに、臨床グレードの SMARCA4/2 ATPase 阻害薬 (FHD-286) および BRD9 PROTAC (proteolysis-targeting chimera: 蛋白質分解誘導キメラ) 分解薬 (FHD-609) を用い、in vitro での細胞増殖抑制効果 (EC50 値の算出) を評価した。in vivo においては、NCr nude マウス (crtac:NCr-Foxn1nu) を用いた CDX モデル、および NSG マウス (NOD.Cg-Prkdc^scid Il2rg^tm1Wjl/SzJ) を用いた PDX モデル (MGH1521-1A) に対して、FHD-286 (1.5 mg/kg, 経口投与) または FHD-609 (0.5 mg/kg, 腹腔内投与) を投与し、腫瘍体積の推移および生存期間の延長効果を 2-tailed unpaired t test (t検定) や Kaplan-Meier 法 (Gehan-Breslow-Wilcoxon 検定) などの統計手法を用いて比較検証した。