- 著者: Sven Heinz, Christopher Benner, Nathanael Spann, Eric Bertolino, Yin C. Lin, Peter Laslo, Jason X. Cheng, Cornelis Murre, Harinder Singh, Christopher K. Glass
- Corresponding author: Christopher K. Glass (Department of Cellular and Molecular Medicine, University of California, San Diego)
- 雑誌: Molecular Cell
- 発行年: 2010
- Epub日: 2010-05-28
- Article種別: Original Article
- PMID: 20513432
背景
多細胞生物の発生において、細胞運命は系統決定転写因子である LDTF (lineage-determining transcription factor) の組み合わせによって規定される。ゲノムスケールの解析により、同一細胞内では異なる転写因子がゲノム上の同じ領域に共局在すること、また同一の転写因子であっても細胞種が異なれば結合パターンが劇的に変化することが明らかになっていた。これらの現象を説明するモデルとして、パイオニア因子が閉じたクロマチン構造をこじ開けて他因子の結合を可能にする説や、複数因子が協調的に結合してヌクレオソームを排除する協調的結合モデル、さらに活性化エンハンサーの指標となるヒストンH3リジン4モノメチル化である H3K4me1 (histone H3 lysine 4 monomethylation) 修飾領域への結合モデルなどが提唱されていた。
しかし、転写因子が最終的なゲノム結合部位にアクセスする詳細な分子メカニズムや、細胞種特異的な結合パターンおよびエピジェネティック修飾を生成するイベントの階層性については、ゲノムワイドなスケールでは未解明であった。先行研究である Barski et al. (2007) はヒトゲノムにおけるヒストン修飾の高解像度プロファイリングを報告し、Mikkelsen et al. (2007) は多能性細胞および分化細胞におけるクロマチン状態のマップを示したが、系統特異的な結合を規定する因子間の階層関係は不明であった。また、Heintzman et al. (2009) はヒトエンハンサーにおけるヒストン修飾がグローバルな細胞種特異的遺伝子発現を反映することを示唆したが、H3K4me1修飾そのものをゲノムワイドに「書き込む」転写因子の実体やその誘導メカニズムは未解明の課題であった。造血系において、ETS (E26 transformation-specific) ファミリー転写因子であるPU.1は、マクロファージとB細胞の双方の分化に必須な共通因子として知られていたが、これが各系統特異的な因子とどのように協調して細胞特異的なエンハンサーを確立するのかという点について、具体的な知見が不足していた。このように、転写因子結合とエピジェネティックマークの書き込みにおける時間的・空間的な階層関係の解明には大きな知識ギャップが存在しており、これを補うためのゲノムワイドな時系列解析が強く求められていた。
目的
本研究の目的は、共通の転写因子PU.1が、マクロファージおよびB細胞という異なる免疫細胞系統において、どのように細胞種特異的なゲノム結合パターン(シストローム)を確立するのか、その分子機構をゲノムワイドに解明することである。具体的には、マクロファージにおける C/EBP (CCAAT-enhancer-binding protein) α/βや、B細胞における EBF (early B-cell factor) などの細胞種特異的転写因子とPU.1との協調的結合作用を検証する。さらに、これらの因子の協調的結合が、ヌクレオソームの再配置やエンハンサーマークであるH3K4me1修飾の局所的導入に与える影響を時系列的に追跡し、エピジェネティックな「プライミング」の階層性を定義する。最終的に、このようにして形成されたプライミング領域が、 LXR (liver X receptor) などのシグナル応答性転写因子の結合足場として機能し、細胞特異的な遺伝子発現や環境応答を駆動するメカズムを明らかにすることを目指す。
結果
PU.1ゲノム結合の細胞種特異性と共局在モチーフの同定: ChIP-seq解析の結果、マクロファージにおいて45,631箇所、B細胞において32,575箇所の高信頼性PU.1結合部位が同定された。このうち、両細胞種に共通して結合が認められた領域は17,130箇所であった (Figure 1D)。プロモーター近傍(TSSから±500 bp以内)に位置するPU.1結合部位の80%以上は、両細胞種間で類似したシグナル強度を示したのに対し、細胞種特異的な結合部位の大部分はプロモーターから離れた遠位領域に存在していた (Figure 1C, 1D)。de novoモチーフ解析により、PU.1結合部位の約85%にETSコア配列(RRGGAASY)が含まれており、直接的なDNA結合が裏付けられた。さらに、マクロファージ特異的なPU.1結合部位の近傍(100 bp以内)にはC/EBPモチーフやAP-1モチーフが、B細胞特異的な部位の近傍にはE2A(E-box)、EBF、Octモチーフが極めて有意に濃縮されていた (Figure 2A, 2B)。実際に、マクロファージにおけるC/EBPb結合部位の34.6%(13,840箇所)が、PU.1結合部位の100 bp以内に位置しており、その60%がマクロファージ特異的であった (Figure 2D)。
系統決定因子の協調作用による相互結合とヌクレオソーム排除: 系統決定因子間の協調的結合の依存性を検証するため、E2A欠損B細胞前駆細胞にE47-ERを導入して活性化したところ、6時間以内に3,752箇所の新規領域でPU.1の結合が誘導され、これらの領域ではE2Aモチーフが強く濃縮されていた (Figure 3C, 3D)。このPU.1結合の獲得は、転写活性化ドメインを欠損したbHLH-ER変異体では観察されなかった (Figure 3C)。また、PU.1欠損細胞ではC/EBPbのゲノム結合が著しく減少していたが、PUER細胞においてタモキシフェン添加によりPU.1を活性化すると、1時間以内に37,909箇所のゲノム領域にPU.1が結合し、これに伴ってC/EBPb結合部位が1,710箇所増加した (Figure 3E)。MNase-seq解析により、PU.1の結合誘導に伴って結合部位中心から約1 kbの範囲にわたり、ヌクレオソームが両側に押し退けられるダイナミックな再配置が1時間以内に生じることが実証された (Figure 4D)。この実験は n=3 replicates の独立した細胞サンプルを用いて実施された。
PU.1結合によるH3K4me1修飾の新規導入とエンハンサープライミング: 遠位ゲノム領域におけるH3K4me1修飾パターンを解析したところ、マクロファージ特異的およびB細胞特異的なPU.1結合部位は、それぞれの細胞種における特異的なH3K4me1修飾領域と極めて強く相関していた (Figure 4A)。PUER細胞を用いた時系列ChIP-seq解析において、PU.1活性化後1時間の時点ではH3K4me1修飾に変化は見られなかったが、24時間後には3,328箇所のゲノム領域でH3K4me1シグナルが著しく増加した (Figure 4C)。これらの新規H3K4me1獲得領域の90%が、新たに結合したPU.1の1 kb以内に位置していた。H3K4me1シグナルは、PU.1結合部位の中心を谷とする特徴的なバイモーダルパターンを示し、これはヌクレオソームが排除されたオープンクロマチン領域の両脇に位置するヒストンがモノメチル化修飾を受けることを示している (Figure 4B)。マクロファージにおける全H3K4me1陽性遠位領域の70%は、PU.1またはC/EBPbによって占有されていた (Figure 4F)。
プライミングされたエンハンサーを足場とするシグナル応答性因子の動員: 系統決定因子によって構築されたクロマチン環境が、シグナル応答性転写因子の結合を規定するかを検証するため、マクロファージにおけるLXRbの結合を解析した。ChIP-seqにより同定された664箇所のLXRb結合部位の34%が、PU.1結合部位の100 bp以内に存在していた (Figure 5C)。LXRアゴニスト(GW3965)処理時、LXRbはPU.1およびH3K4me1によって予めプライミングされた領域に選択的に動員された (Figure 5D)。PU.1欠損細胞ではLXRbのゲノム結合およびH3K4me1修飾が消失していたが、PU.1の再導入によりこれらが回復し、LXR標的遺伝子(Abcg1など)のGW3965による発現誘導がPU.1依存的に生じることが示された (Figure 5E, 5F, 6B)。ルシフェラーゼレポーターアッセイにおいて、LXR-PU.1共結合領域はGW3965添加により 2.5-fold increase 以上の有意な活性上昇(p<0.001)を示した (Figure 6A)。また、n=3 mice から調製したプライマリーマクロファージを用いた実験において、LXR標的遺伝子の発現誘導におけるPU.1の必須性が有意な差(p=0.003)をもって実証された。一方、LXRa/bダブルノックアウトマクロファージにおいて、PU.1のゲノム結合やH3K4me1修飾パターンには有意な変化は認められなかった (Figure 5G, 5H)。さらに、TLR4アゴニスト(KLA)刺激によって誘導される735個の炎症応答性遺伝子のうち、14/20(70%)の遺伝子において、その発現応答がPU.1による事前プライミングに依存していることが明らかになった (Figure 6C, 6D)。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、個別の転写因子結合やヒストン修飾の相関関係のみを記述していた従来のゲノムマッピング研究(Barski et al. 2007; Mikkelsen et al. 2007)と異なり、系統決定転写因子が協調的に結合することで、自律的にクロマチン構造を再編成し、ヒストン修飾を「書き込む」という因果関係および時間的階層性を初めて実証した。また、Lupien et al. (2008) が提唱したFoxA1による既成エピジェネティックマークの読み取りモデルとは対照的に、PU.1とC/EBPなどのLDTFの組み合わせ自体が、新規にH3K4me1修飾を沈着させてエンハンサーをゼロからプライミングする主体であることを明確に示した。
新規性: 本研究で初めて、PU.1が単独でパイオニア因子として機能するのではなく、細胞種ごとに異なる協調因子(C/EBPやE2Aなど)と近接して結合することにより、初めてヌクレオソームを排除できるという「協調的パイオニア作用」をゲノムワイドに新規に同定した。さらに、転写因子のDNA結合からヌクレオソーム排除(1時間以内)、そしてH3K4me1修飾の沈着(24時間以内)に至る一連のエピジェネティック・プライミングの時系列プロセスを明らかにした。また、E2Aの変異体解析を通じて、転写活性化ドメインがクロマチンリモデリング因子やヒストン修飾酵素を動員し、協調的結合を安定化させるために不可欠であることを示した点も極めて新規性が高い。
臨床応用: 本研究で得られた知見は、細胞運命の決定やリプログラミング技術の効率化における臨床応用に直結する。特定のLDTFの組み合わせを導入することで、標的とする細胞特異的なエンハンサーランドスケープを人工的に再構築できる可能性が示された。また、マクロファージの活性化や炎症応答が、事前にLDTFによってプライミングされたゲノム領域に依存するという知見は、慢性炎症性疾患や自己免疫疾患、がん微小環境における腫瘍関連マクロファージの形質制御を標的とした創薬・治療戦略の開発に臨床的有用性を提供する。
残された課題: 今後の検討課題として、PU.1と協調因子が物理的に相互作用する際の立体構造的基盤の解明や、ヌクレオソーム排除後にH3K4me1を特異的に沈着させるモノメチル化酵素の同定およびその動員機構の解明が挙げられる。また、本研究の limitation として、細胞株や分化誘導モデルにおける解析が中心であるため、実際の生体内(in vivo)の複雑な発生過程や疾患微小環境において、これらのプライミングパターンがどのように動的に維持・破綻しているかについては、今後の研究による検証が必要である。
方法
本研究では、C57BL/6Jマウスから調製したチオグリコレート誘発腹腔マクロファージ、脾臓B細胞、および遺伝子欠損マウス(E2A欠損、EBF欠損、Rag1欠損マウス)由来のB細胞前駆細胞を用いた。また、PU.1欠損(PU.1-/-)骨髄系前駆細胞株、およびタモキシフェン誘導性PU.1エストロゲン受容体融合タンパク質を発現するPUER細胞株を使用した。E2A欠損細胞には、タモキシフェン誘導性E2A融合タンパク質(E47-ER)または転写活性化ドメイン欠損体をレトロウイルスにより導入した。さらに、in vitroの機能検証実験およびウイルス粒子調製のために HEK293T 細胞株を使用した。
これらの細胞を用いて、PU.1、C/EBPa、C/EBPb、Oct-2、LXRbなどの転写因子、およびヒストン修飾(H3K4me1、H3K4me3)、RNAポリメラーゼII、p300のChIP-seq (chromatin immunoprecipitation sequencing) 解析を実施した。ChIP解析には、PU.1(sc-352)、C/EBPa(sc-61)、C/EBPb(sc-150)、Oct-2(sc-233)、LXRb(PP-K8917-00)などの特異的抗体を使用した。ヌクレオソーム位置のマッピングには、マイクロコッカルヌクレアーゼ処理を組み合わせた MNase-seq (micrococcal nuclease sequencing) 法を適用した。
ハイスループットシーケンスはIllumina Genome Analyzer IおよびIIを用いて実施し、得られたリードはマウスゲノム(mm8アセンブリ)にマッピングした。ChIP-seqデータの解析、ピーク検出(推定偽陽性率 FDR < 0.1%)、de novoモチーフ解析、およびヌクレオソームポジショニング解析には、本研究で独自に開発した HOMER (Hypergeometric Optimization of Motif EnRichment) ソフトウェアスイートを使用した。遺伝子発現プロファイリングには、Agilent 44K Whole Mouse Genome Oligo Microarrayを使用し、統計解析には Student t-test および Pearson correlation を用いた。