• 著者: Rodriguez de Dios N, Couñago F, Murcia-Mejia M, Rico-Oses M, Calvo-Crespo P, Samper P, Vallejo C, Luna J, Trueba I, Sotoca A, Cigarral C, Farre N, Manero RM, Duran X, Gispert JD, Sanchez-Benavides G, Rognoni T, Torrente M, Capellades J, Jimenez M, Cabada T, Blanco M, Alonso A, Martinez-San Millan J, Escribano J, Gonzalez B, Lopez-Guerra JL
  • Corresponding author: Rodriguez de Dios N (Hospital del Mar, Barcelona, Spain)
  • 雑誌: Journal of Clinical Oncology
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-08-11
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 34379442

背景

小細胞肺癌 (SCLC) 患者に対する予防的全脳照射 (PCI) は、限局期SCLCにおいて脳転移予防の標準治療の一つとされている。しかし、進展期SCLCにおけるその役割については、Slotman et al. NEnglJMed 2007 が全生存期間 (OS) の改善を示した一方で、Takahashi et al. LancetOncol 2017 がOSの有意な改善を認めなかったことから、現在も議論が続いている状況である。

PCIの主な懸念は、全脳照射に伴う神経認知機能の低下であり、特に記憶や学習に関わる海馬の神経幹細胞への放射線傷害がその病態に関与すると考えられている。先行研究では、脳転移を有する患者を対象とした海馬回避全脳照射 (HA-WBI) が神経認知機能を保護する可能性が示唆されており、例えば Brown et al. JClinOncol 2020 のNRG-CC001試験は、HA-WBIとメマンチン併用が認知機能と患者報告症状を改善することを示した。

しかし、SCLC患者におけるPCIの文脈で海馬回避 (HA) が神経認知機能に与える影響を評価した大規模な無作為化第III相試験のデータは不足していた。特に、海馬回避ゾーン (HAZ) 内への脳転移発生率が増加し、PCIの予防効果が損なわれる可能性が主要な懸念として残されていた。このギャップを埋めるため、本試験はSCLC患者におけるHA-PCIの有効性と安全性を検証することを目的とした。

目的

本第III相試験は、SCLC患者に対するPCIにおいて、海馬回避PCI (HA-PCI) が標準PCIと比較して神経認知機能、特に言語記憶をより良好に温存するかを検証することを主要目的とした。主要評価項目は、治療完了後3ヶ月時点でのFree and Cued Selective Reminding Test (FCSRT) の遅延自由再生 (DFR) スコアのベースラインからの低下率とされた。スコアがベースラインから3点以上低下した場合を「低下あり」と定義した。

副次評価項目には、FCSRTの他のスコア(即時総自由再生 [TFR]、総再生 [TR]、遅延総再生 [DTR])、患者の生活の質 (QOL)、脳転移の発生率と部位、早期および晩期有害事象、ならびに全生存期間 (OS) の評価が含まれた。これらの評価は、ベースライン、およびPCI完了後3ヶ月、6ヶ月、12ヶ月、24ヶ月の各時点で実施された。

結果

2019年10月までに合計150例の患者が登録され、HA-PCI群と標準PCI群にそれぞれ75例ずつ無作為に割り付けられた (Figure 1)。生存患者の追跡期間中央値は40.4ヶ月であった。

主要評価項目:3ヶ月時点の神経認知機能 (DFR) 低下率: 主要評価項目である3ヶ月時点でのFCSRT-DFRスコアの低下率は、HA-PCI群で5.8%であったのに対し、標準PCI群では23.5%と有意に高かった (オッズ比 [OR] 5.0; 95% CI 1.57-15.86; p=0.003)。この結果は、HA-PCIがSCLC患者の言語記憶、特に遅延自由再生能力の低下を有意に抑制することを示しており、主要評価項目を達成した。追跡不能患者を低下と仮定した感度分析でも同様の結果が得られ、HA-PCI群で13.3%、標準PCI群で30.7%の低下率であり (OR 2.9; 95% CI 1.26-6.57; p=0.010)、HA-PCIの優位性が確認された。

神経認知機能の長期的な推移: FCSRTの他の神経認知機能スコアについても、HA-PCI群における保護効果が示された (Table 2)。3ヶ月時点での総再生 (TR) スコア低下率はHA-PCI群8.7%に対し標準PCI群20.6%であり (p=0.049)、有意な差が認められた。6ヶ月時点では、DFR低下率がHA-PCI群11.1% vs 標準PCI群33.3% (p=0.005)、TR低下率が20.3% vs 38.9% (p=0.035)、総自由再生 (TFR) 低下率が14.8% vs 31.5% (p=0.040) と、HA-PCI群で有意な改善が認められた。さらに、24ヶ月時点でのTR低下率はHA-PCI群14.2%に対し標準PCI群47.6%と、長期にわたるHA-PCIの優位性が維持された (OR 5.4; 95% CI 1.22-24.26; p=0.019)。これらの結果は、HA-PCIが神経認知機能の低下を持続的に抑制することを示唆している (Figure 2)。

脳転移発生率と部位: 脳転移の発生率は両群間で有意差が認められなかった。2年時点での脳転移の累積発生率は、HA-PCI群で22.8% (95% CI 14.1-32.9)、標準PCI群で17.7% (95% CI 10.0-27.3) であり (Figure 3)、統計的に有意な差はなかった。HA-PCI群における脳転移患者30例のうち、HAZ内への孤立性脳転移は1例のみであった (Figure 4)。また、HAZ関連病変を有する多発性脳転移も2例に過ぎなかった。これは、HA-PCIの主要な懸念であった海馬付近への転移リスク増加が現実には生じないことを示している。

全生存期間、QOLおよび安全性: 全生存期間 (OS) についても、HA-PCI群のOS中央値は23.4ヶ月、標準PCI群は24.9ヶ月であり、両群間に有意差は認められなかった (Figure 5)。限局期および進展期SCLC患者のサブグループ解析でもOSに差はなかった。QOL (QLQ-C30およびBN20スコア) および有害事象の発生率についても、両群間で有意な差は観察されず、Grade 2を超える重篤な有害事象は報告されなかった。ほとんどの患者は無症状であった。

考察/結論

PREMER試験は、SCLC患者に対するPCIにおいて海馬回避が神経認知機能、特に言語記憶の温存に優れていることを、無作為化第III相試験で本研究で初めて実証した。3ヶ月時点でのFCSRT-DFRスコア低下率がHA-PCI群で5.8%であったのに対し、標準PCI群では23.5%と約4倍の差が認められたことは、HA-PCIの明確な優位性を示す。この効果は24ヶ月時点まで持続しており、神経認知機能の長期的な保護が期待される。

① 先行研究との違い: 脳転移患者を対象とした Brown et al. JClinOncol 2020 のNRG-CC001試験の結果と一致して、海馬回避が神経認知機能保護に有効であることが確認された。しかし、SCLC患者におけるPCIの文脈で、HA-PCIが認知機能保護に優れることを示した点で、これまでの研究とは異なる新規性を持つ。また、HVLT-Rを用いた一部の試験では有意な差が認められなかったが、本試験で採用されたFCSRTは、より軽度な記憶障害を検出する感度が高く、短期記憶に依存しない評価が可能であるため、異なる結果が得られた可能性がある。FCSRTは、短期記憶の使用をブロックすることで海馬機能をよりよく分離できると考察されている。

② 新規性: 本試験は、SCLC患者におけるHA-PCIの神経認知機能保護効果を、脳転移発生率やOSを損なうことなく実現できることを示す新規なエビデンスを提供する。特に、HA-PCIの主要な懸念であった海馬回避ゾーン内への脳転移増加が認められなかった点は、HA-PCIの安全性とPCIとしての有効性が維持されることを明確に示しており、これまで報告されていない重要な知見である。

③ 臨床応用: これらの結果は、HA-PCIがSCLC患者に対するPCIの臨床現場において標準治療として考慮されるべきであることを強く支持する。神経認知機能の保護は患者のQOLに直結するため、HA-PCIの導入は患者の治療体験を大幅に改善する臨床的意義を持つ。

④ 残された課題: 本試験のlimitationとして、神経心理士のみが盲検化された単盲検試験である点、および限局期と進展期のSCLC患者が混在している点が挙げられる。また、本試験は150例の中規模試験であり、脳転移発生率やOSに対する十分な統計的検出力を持たない可能性がある。したがって、NRG-CC003試験のような大規模な確認試験との整合性が今後の検討課題となる。長期的な神経認知機能の変化、特に24ヶ月以降の慢性的な影響については、さらなるデータ蓄積が必要である。

方法

本試験は、スペインのGOECP (放射線腫瘍学グループ) に所属する13施設が参加した多施設共同無作為化第III相比較臨床試験 (PREMER試験) として実施された。2015年3月から患者登録が開始され、ClinicalTrials.gov (NCT02397733) に登録された。

対象患者と無作為化:組織学的または細胞学的にSCLCと診断され、PCIの適応があり、脳転移を認めない18歳以上の患者150例が対象とされた。患者はHA-PCI群と標準PCI群に1:1の割合で無作為に割り付けられた。無作為化は施設ごとに層別化され、コンピューター生成リストに基づき可変長のブロック法が用いられた。患者および放射線腫瘍医は治療割り付けについて盲検化されなかったが、神経認知テストの採点を行う神経心理士およびMRI画像を評価する検査技師は盲検化された。ベースライン特性は両群間で良好に均衡していた (Table 1)。

治療計画と照射方法:両群ともに、総線量25 Gyを10分割(1回あたり2.5 Gy)で週5回照射された。HA-PCI群では、RTOGアトラスに準拠して海馬の輪郭が描出され、さらに5 mmの放射状拡張を加えた海馬回避ゾーン (HAZ) が設定された。このHAZを計画標的体積 (PTV) から除外するために、強度変調放射線治療 (IMRT) または体積変調回転照射 (VMAT) が用いられた。HA-PCI群における海馬への平均線量は10.9 Gy (標準偏差 [SD] 2.0)、最大線量は14.7 Gy (SD 2.7) であったのに対し、標準PCI群ではそれぞれ24.5 Gy (SD 2.1)、24.9 Gy (SD 1.7) であった (Table 1)。

評価項目:主要評価項目は、PCI完了後3ヶ月時点でのFCSRT-DFRスコアのベースラインからの低下率とされた。QOLは、Aaronson et al. JNatlCancerInst 1993 が開発したEORTC QLQ-C30および脳腫瘍モジュール (BN20) を用いて評価された。有害事象はNCI Common Terminology Criteria for Adverse Events (CTC) version 4.0に従って評価された。

統計解析:各群67例のサンプルサイズは、両側検定でαリスク0.05、βリスク0.20 (検出力80%) を許容し、3ヶ月時点でのFCSRT-DFRスコア低下率において50%の差を検出するために算出された。脱落患者を考慮し、合計150例が無作為化された。FCSRTスコアの群間差はFisherの正確検定を用いて比較された。脳転移の累積発生率は、死亡を競合リスクとして考慮し、Pepe and Mori検定により群間比較が行われた。OSはKaplan-Meier法により推定され、ログランク検定で比較された。統計的有意水準はp値0.05未満とされた。