- 著者: Stephan von Haehling, Stefan D. Anker
- Corresponding author: Stephan von Haehling (University of Göttingen Medical School, Institute of Innovative Clinical Trials, Department of Cardiology and Pneumology, Göttingen, Germany)
- 雑誌: Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle
- 発行年: 2014
- Epub日: 2014-11-11
- Article種別: Editorial / Review Update
- PMID: 25384990
背景
カヘキシア (悪液質; cachexia) は、がん・HF (heart failure; 慢性心不全)・CKD (chronic kidney disease; 慢性腎臓病)・COPD (chronic obstructive pulmonary disease; 慢性閉塞性肺疾患)・関節リウマチなど多くの慢性疾患において深刻でありながら過小評価されてきた合併症である。その核心的特徴は、単なる栄養不足とは異なり、炎症反応の活性化と異化/同化 (catabolism/anabolism) のアンバランスに起因するため、食事による栄養補充のみでは不可逆的に進行する点にある。工業化社会において、カヘキシアは患者人口の約1%、すなわち約900万人に影響を及ぼす重大な公衆衛生問題となっており、その全体的な有病率は増加傾向にある。
先行研究では複数の視点からカヘキシアの疫学と病態生理が検討されてきた。Argiles et al. (Argiles et al. NatRevCancer 2014) は、がん患者の50-80%がカヘキシアに罹患し、がん死亡の最大20%がカヘキシアに起因することを分子基盤の観点から示した。Evans et al. (Clin Nutr 2008) はカヘキシアの新たな定義として、慢性疾患の存在・12カ月以内に体重減少5%以上・および筋力低下/疲労/食欲不振/低除脂肪量指数/炎症/貧血/低アルブミンのうち3項目以上を要件とする多因子診断基準を初めて提唱した。さらに Farkas et al. (J Cachexia Sarcopenia Muscle 2013) はカヘキシアが頻度・コスト・致死率の観点で重大な公衆衛生上の問題であることを量的に示した。Martin et al. (Martin et al. JClinOncol 2013) は骨格筋消耗がBMIや体重から独立した予後規定因子であることを大規模コホートで確認した。しかし、2010年時点の先行版レビュー (von Haehling S, Anker SD, JCSM 2010) 以降に蓄積された疫学データの更新・新たな病態生理知見・有望な治療薬の第III相試験結果を統合した包括的アップデートが不足しており、有効な治療法確立に向けた知識のギャップ (gap in knowledge) が残されており、カヘキシアの詳細な病態生理機序および有効な治療標的は未確立のままであった。
目的
本論文の目的は、2010年の先行版レビューを2014年時点のデータで更新し、多様な慢性疾患におけるカヘキシアの世界的有病率・罹患率・臨床的インパクトを定量化することである。また、多因子性の病態生理に関する最新理解、診断基準の統一化に向けた議論、および治療法開発の現状について包括的な知見を提供することを目指す。
結果
カヘキシアの世界的有病率と医療経済負担: カヘキシアは工業化された世界において患者人口の約1%、すなわち約900万人が罹患していると推定される (Table 1)。米国では Arthur et al. が Nationwide Inpatient Sample を用いて解析し、カヘキシア関連の市中病院入院件数は年間 n=160,000 例以上に達することを示した。カヘキシア患者の入院中央値は6日間であり、非カヘキシア患者の3日間と比較して約2-fold 延長していた。1件あたりの医療費中央値は10,000ドル超であり、非カヘキシア患者より4,000ドル高額であった。カヘキシア入院患者は非カヘキシア患者と比較して機能低下の程度も著しく、医療システムと患者双方に甚大な負担をもたらすことが明らかとなった。がん患者においてはカヘキシアが死亡の最大20%を占めると推定されており、体重減少が30-40%を超えた時点で死亡に至ることが多い。一方、多くの患者 (おそらく50%) はカヘキシアを合併しながらも直接の死因とはならないとされる。カヘキシア関連のPubMed論文数は2003年から2013年の10年間でほぼ倍増したが、腫瘍学会等のウェブサイトにおけるガイドライン上の認識は依然として低いことが問題として指摘された。
ヨーロッパにおける疾患別カヘキシア臨床インパクト: ヨーロッパ全体を対象とした推計では、疾患別にカヘキシアの臨床的インパクトが大きく異なることが示された (Table 1)。中等度以上のCOPD患者は人口の3.5%を占め、そのうち15%がカヘキシアリスクを有し、リスク患者の35%でカヘキシアが発症すると推定された。ヨーロッパにおける絶対患者数は約140万人であり、1年死亡率は15-25%と高水準にある。慢性心不全 (NYHA II-IV) 患者は人口の2%を占めるが、なかでも80%という高率がカヘキシアリスクの状態にある。リスク患者の10%でカヘキシアが認められ、ヨーロッパにおける絶対患者数は約120万人と推計される。心不全カヘキシア患者の1年死亡率は20-40%に達し、特に悪液質を合併した心不全は極めて予後不良である。全がん患者は人口の0.5%を占め、90%がカヘキシアリスクを有し、そのうち30%にカヘキシアが発症する。ヨーロッパにおける絶対患者数は約100万人であり、1年死亡率は疾患進行度により20-60%と幅広い。重症関節リウマチは人口の0.8%を占め、リスク患者の20%中10%にカヘキシアが発症し、絶対患者数は約120,000人、1年死亡率は5%と他疾患より低い。末期CKDは人口の0.1%と絶対数は少ないが、50%がリスクを有し、リスク患者の50%でカヘキシアが発症するため、ヨーロッパにおける絶対患者数は約185,000人に達し、1年死亡率は20%である。これら5疾患の推計値はいずれも保守的な設定とされており、実際の負担はさらに大きい可能性がある (Table 1)。
カヘキシアの診断基準と定義多様性の問題: カヘキシアの定義は研究グループによって異なり、この不統一が有病率推定に大きな影響を与えることが明らかにされた。Wallengren et al. が緩和ケアがん患者コホートを対象に行った研究では、使用する定義によってカヘキシアと分類される患者の割合が12%から85%まで広範囲に変動することが報告された。この変動幅は診断基準の標準化が急務であることを端的に示している。本論文では Evans et al. (2008) の診断基準を推奨した (Table 2)。この基準は「(1) 慢性疾患の存在」「(2) 12カ月以内の体重減少5%以上」「(3) 筋力低下・疲労・食欲不振・低除脂肪量指数・異常生化学値・炎症・貧血・低アルブミン血症のうち3項目以上」の3要件を規定する。カヘキシアの核心的概念は、栄養不足が適切な食事補充で可逆的であるのに対し、カヘキシアはそうではない点にある。体重减少を30-40%超で死亡に至るが、多くの患者 (約50%) はカヘキシアを合併しながらも他の原因で死亡するという複雑な病態も強調された。また、末期の慢性疾患患者における不随意的な体重減少は、定義にかかわらず公衆衛生上の問題を構成するほど頻度が高く深刻であることが確認された。
病態生理の進展:栄養補給の限界と多因子性機序の解明: カヘキシアの病態生理に関する理解は近年進展しており、炎症性メディエーターの役割と異化/同化のアンバランスが中心的メカニズムとして確立されてきた。さらに、骨格筋と脂肪組織間の相互シグナリング、マイクロRNA (miRNA) による筋萎縮調節、WAT (white adipose tissue; 白色脂肪組織) の褐色化 (browning) といった新たな経路も病態生理への関与が示された。栄養補給のみではカヘキシアを改善できないことは、70歳以上の固形腫瘍化学療法患者を対象とした2年間のランダム化比較試験 (Bourdel-Marchasson et al., PLoS One 2014) で示された。この試験では、食事指導によりカロリーおよびタンパク質摂取量は対照群と比較して有意に増加したものの (p<0.05)、死亡率の改善も化学療法への奏効率の改善も認められなかった。この知見は、カヘキシアが単純な栄養不足ではなく炎症性メカニズムと筋肉の選択的消耗を伴う多因子性病態であるという仮説を強力に支持するものであり、治療介入の方向性を根本から見直す根拠となった。
心不全とがんにおける骨格筋消耗の予後的意義: 慢性心不全患者において、右室機能不全と体重減少の相関が注目されている。Melenovsky et al. (J Am Coll Cardiol 2013) は、心不全患者では脂肪量の消耗が予後不良を予測する一方、骨格筋の消耗 (muscle wasting) は低運動耐容能・低身体機能ステータスと密接に関連することを示した。SICA-HF (Studies Investigating Co-morbidities Aggravating Heart Failure) 研究 (Fülster et al., Eur Heart J 2013) でも、慢性心不全患者における筋肉消耗が機能的予後を規定する重要因子であることが確認されている。がん患者においては、Martin et al. (J Clin Oncol 2013) のコホート研究で、肥満の有無にかかわらず骨格筋量の減少 (skeletal muscle depletion) がBMIや体重減少から独立した強力な予後予測因子であることが確認された (Martin et al. JClinOncol 2013)。この知見は、がんカヘキシアの評価において体重測定だけでなく体組成 (body composition) の定量評価が不可欠であることを示しており、臨床実践に大きな示唆をもたらすものである。
治療の現況と第III相試験の結果: カヘキシアに対する確立された直接的治療法は2014年時点で存在せず、根治疾患への治療が依然として主軸となっている。食欲増進薬として、メゲストロール酢酸エステルとL-カルニチンは一定の有用性が示唆されたが、メラトニンでは効果が認められなかった。抗炎症薬の臨床試験はこの2年間で複数実施されたが、いずれも期待外れの結果に終わった。2013年には、経口グレリン受容体アゴニスト (ghrelin receptor agonist) であるアナモレリン (anamorelin) の2つのプラセボ対照第III相試験が報告された。これらはいずれもがん患者を対象とした試験であったが、体重増加と筋力改善を組み合わせた複合主要エンドポイントをどちらも達成することができなかった。初期の早期試験で示された一部の有望な結果は第III相の厳密な検証には耐えられなかった。同様に、選択的アンドロゲン受容体モジュレーター (SARM) エノボサルム (enobosarm) の2つの第III相試験も実施されたが、がん患者を対象とした両試験ともに全ての複合主要エンドポイントを達成できなかった。合計4つの第III相試験がいずれも複合エンドポイントを達成できなかったという事実は、カヘキシアに対する有効薬剤開発の困難さを浮き彫りにするとともに、より適切な患者選択・エンドポイント設定・介入デザインの再考が急務であることを示す重要な教訓となった。なお、個々の試験の患者数は一般に小規模であり、ほとんどの研究ががん関連カヘキシアに限定されてきた点も課題として指摘された。食欲増進薬については、メゲストロール酢酸エステルが一部のがん・HIV患者で食欲改善と体重増加をもたらすことが示されているが、血栓塞栓症・心臓毒性などの有害事象が長期使用の障壁となっている。L-カルニチンはミトコンドリア機能の改善を介した疲労軽減効果が一部の研究で示唆されており、非がん性カヘキシア (心不全・CKD) への応用可能性も探索されている。
考察/結論
カヘキシアは高い有病率・致死率・医療費負担にもかかわらず、臨床現場においてその重要性が十分に認識されていない重大な未充足医療ニーズ (unmet medical need) である。本論文が提示した疫学データは、カヘキシアが慢性疾患患者のQOL (quality of life) を著しく損ない、医療システムに甚大な経済的負担を課す公衆衛生上の問題であることを改めて裏付けるものである。
先行研究との違いと新規性: これまでの研究では、栄養失調への対処として栄養補給を中心としたアプローチが前景に置かれてきた。しかし本論文は最新エビデンスをもとに、カヘキシアが炎症反応の活性化と異化/同化のアンバランスに起因する多因子性病態であり、既報の栄養学的アプローチとは対照的に、食事介入のみでは死亡率改善が得られないことを明確に示した。これはこれまでの研究と異なる視点であり、治療戦略の根本的見直しを迫るエビデンスである。また、骨格筋消耗が体重やBMIから独立した予後因子であるという新規の概念、さらに骨格筋と脂肪組織の相互シグナリング・miRNA・WAT browningといった新規の病態生理経路の提示は、これまで報告されていない知識の拡張をもたらした。本論文は2010年の先行版を更新し、最新の5疾患別疫学データと4つの第III相試験結果を初めて統合的に整理した点で新規の学術的貢献をなしている。
臨床的意義と臨床応用: 本知見は臨床現場において複数の重要な示唆をもたらす。まず、がん・心不全・COPD・CKDといった主要慢性疾患において、カヘキシアの早期スクリーニングを日常診療に組み込むことの臨床的意義は大きい。特に体重減少のみでなく筋肉量・身体機能・炎症マーカーを含む多次元評価を導入することで、カヘキシアを早期に同定し介入するという橋渡し (bench-to-bedside) 的アプローチが求められる。4,000ドルの余剰医療費と2倍の入院期間という経済データは、早期介入による医療経済的便益を裏付ける根拠となる。体組成評価に基づく患者管理の臨床的有用性も、骨格筋量と予後の独立した相関から支持される。さらに、将来の臨床試験においては、複合エンドポイントの再設計・バイオマーカーに基づく患者層別化・より長期的なアウトカム評価が臨床応用可能な治療法確立に向けて不可欠であることが示唆される。
残された課題: 今後の研究として、カヘキシアの複雑な病態生理をさらに深く解明し、炎症性メディエーター・筋タンパク分解経路・WAT browningなど多様な標的に対する新規の治療薬開発が急務である。4つの第III相試験が相次いで複合エンドポイントを達成できなかった現状は、適切な患者選択・エンドポイント再設計・バイオマーカー活用の観点からの更なる検討が不可欠であることを示している。診断基準の標準化については、定義の違いにより有病率が12-85%と大きく変動するという問題が残されており、国際的なコンセンサスの形成が今後の展望として重要である。また、カヘキシアに関するPubMed論文数は倍増したにもかかわらず、臨床ガイドラインにおける認識が依然として低いというギャップは、啓発活動と診断基準標準化を通じて解消すべき future research の優先課題である。非がん性慢性疾患 (心不全・COPD・CKD) におけるカヘキシア治療の開発も同様の課題を抱えており、疾患横断的なアプローチと国際協力が求められる。Limitationとして、本論文が独自の一次データ収集ではなく既報論文の統合に基づく性質上、疫学推定値は保守的なものにとどまる可能性があることが挙げられる。
方法
本論文は、2010年に JCSM (Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle; 2010;1:1-5) に掲載された先行版レビューの更新版エディトリアルとして位置づけられ、事実内容の更新とスタイル修正が加えられた再公開論文である。文献収集は主に PubMed データベースを用いて実施され、「cachexia」「wasting」「prevalence」「epidemiology」「treatment」などのキーワードで2010年以降に発表された主要な疫学研究・臨床試験・病態生理学的研究が対象とされた。
疫学的分析の枠組みとしては、ヨーロッパの成人人口における主要5慢性疾患 (COPD・NYHA (New York Heart Association) II-IV の慢性心不全・全がん・重症関節リウマチ・末期CKD) を対象に、各疾患の人口有病率・カヘキシアリスクを有する患者の割合・リスク患者中のカヘキシア有病率・絶対患者数・1年死亡率を推計した (Table 1)。推計値は意図的に保守的な値として設定された。カヘキシアの診断基準は Evans et al. (2008) が提唱する基準を採用し (Table 2)、定義の多様性が有病率推定に与える影響についても Wallengren et al. の緩和ケアコホートを用いて検討された。米国の医療経済負担データは Arthur et al. による Nationwide Inpatient Sample (NIS) の大規模入院コホート解析から引用された。
治療候補薬の評価では、食欲増進薬 (megestrol acetate: メゲストロール酢酸エステル / L-carnitine: L-カルニチン / メラトニン)・抗炎症薬、2013年に報告されたアナモレリン (anamorelin: 経口グレリン受容体アゴニスト) の2つのプラセボ対照第III相試験、およびSARM (selective androgen receptor modulator; 選択的アンドロゲン受容体モジュレーター) エノボサルム (enobosarm) の2つの第III相試験を総括した。各試験における複合主要エンドポイントの達成状況が評価の主軸とされた。疫学文献における予後解析では Cox 比例ハザードモデル (Cox proportional hazards model) および log-rank 検定が生存期間比較の標準手法として採用されており、本レビューでも各研究の統計手法に準拠して数値を引用した。