- 著者: Koichi Takayama, Nobuyuki Katakami, Takuma Yokoyama, Shinji Atagi, Kozo Yoshimori, Hiroshi Kagamu, Hiroshi Saito, Yuichi Takiguchi, Keisuke Aoe, Akira Koyama, Naoyuki Komura, Kenji Eguchi
- Corresponding author: Koichi Takayama (Department of Respirology, Kyoto Prefectural University of Medicine, Kyoto, Japan)
- 雑誌: Supportive Care in Cancer
- 発行年: 2016
- Epub日: 2016-03-23
- Article種別: Original Article
- PMID: 27005463
背景
がん悪液質(cancer cachexia)は、骨格筋量の持続的な減少を特徴とする多因子性の症候群であり、進行がん患者の生活の質(QOL)を著しく損なうだけでなく、化学療法の忍容性低下や生存期間の短縮に直結する深刻な病態である。先行研究において、がん悪液質はがん患者の死亡原因の約20%を占めることが報告されている(Fearon et al. ClinCancerRes 2014)。また、悪液質に伴う体重減少や骨格筋減少は、予後不良やQOL低下と密接に関連することが既報により示されている(vonHaehling et al. JCachexiaSarcopeniaMuscle 2014)。しかしながら、既存の治療選択肢は極めて限定的であり、欧米で用いられる酢酸メゲストロールは脂肪量を増加させるものの除脂肪体重(LBM:lean body mass)の増加効果に乏しく、QOL改善効果も示されていない。このように、がん悪液質に対する有効かつ安全な治療法は未確立であり、臨床現場における大きな治療ギャップ(gap)が存在していた。
グレリン(ghrelin)は胃から分泌される成長ホルモン放出ペプチドであり、食欲増進作用とエネルギー代謝調節作用を併せ持つ。このグレリンの作用を模倣する新規の経口低分子グレリン受容体作動薬アナモレリン(anamorelin; ONO-7643)は、がん悪液質治療の有望な候補として開発された。海外で実施された多国籍共同第III相試験であるROMANA 1およびROMANA 2試験では、進行非小細胞肺がん(NSCLC)患者においてアナモレリンがLBMおよび体重を有意に改善し、良好な耐容性を示すことが報告されている(Temel et al. Lancet Oncol 2016)。しかし、日本人のがん患者は欧米人と比較して基準となるLBMや体格指数(BMI)が低いという身体的特徴を有しており、日本人患者におけるアナモレリンの有効性と安全性、および最適な投与量に関するデータは不足していた。特に、日本人特有の忍容性や用量反応関係については未解明な部分が多く、国内での臨床応用に向けてエビデンスの構築が強く求められていた。本研究は、日本人のがん悪液質合併NSCLC患者を対象として、アナモレリンの臨床的有用性を検証するために計画された初の無為化二重盲検プラセボ対照第II相試験である。
目的
本研究の目的は、化学療法の適応となる日本人のがん悪液質合併進行・再発NSCLC患者を対象に、新規グレリン受容体作動薬アナモレリン(50 mgまたは100 mg)を12週間毎日1回経口投与した際の有効性および安全性を、プラセボを対照とした多施設共同二重盲検ランダム化比較試験(RCT:randomized controlled trial)により評価することである。共同主要評価項目(co-primary endpoints)として、投与12週間におけるLBM(DEXA:dual energy X-ray absorptiometry法により測定)のベースラインからの平均変化量、および非利き手握力(HGS:handgrip strength)のベースラインからの平均変化量を設定した。さらに、副次評価項目として体重変化、QOL(がん化学療法患者QOL評価尺度[QOL-ACD:quality of life questionnaire for cancer patients treated with anticancer drugs]およびMDASI-J[Japanese version of the M.D. Anderson Symptom Inventory])、Karnofsky Performance Scale(KPS)、ECOG Performance Status(PS)、および血清バイオマーカー(IGF-1、IGFBP-3、プリアルブミン等)への影響を評価し、日本人患者における最適な推奨用量を決定することを目的とした。
結果
患者背景と治療完遂状況: 2011年3月から2012年9月までに計181例が登録され、プラセボ群に60例、50 mg群に65例、100 mg群に55例がランダムに割り付けられた(Table 1)。2例が未治療となり、最終的に179例が安全性解析対象となった。主要解析対象であるPPSは115例(プラセボ群42例、50 mg群42例、100 mg群31例)であった。ベースラインにおける患者背景は3群間で均一であり、平均年齢は64.8〜66.0歳、男性の割合は63.6〜76.9%、平均BMIは19.33〜20.23 kg/m²、平均LBMは38.65〜38.80 kgであった(Table 1)。
除脂肪体重(LBM)の有意な増加: 主要評価項目の一つであるLBMのベースラインから12週時までの変化量において、アナモレリン100 mg群はプラセボ群と比較して有意な増加を示した(Fig 1a)。PPS解析における12週時のLBM変化量の最小二乗平均値は、プラセボ群の 0.55 kg に対し、100 mg群では 1.15 kg であり、群間差は 0.60 kg(95% CI: 0.00-1.21 kg, p=0.0516)と境界領域の有意差であった。しかし、FAS解析においてはプラセボ群の 0.19 ± 0.31 kg vs 100 mg群の 1.07 ± 0.31 kg であり、群間差は 0.89 kg(95% CI: 0.29-1.48 kg, p=0.0037)と極めて有意な増加が確認された。50 mg群におけるLBM増加効果はプラセボ群と比較して統計学的に有意ではなかった。
握力に対する効果の欠如: もう一つの主要評価項目である非利き手HGSの12週時における変化量については、プラセボ群で 0.45 ± 0.62 kg、50 mg群で 0.02 ± 0.55 kg、100 mg群で 1.07 ± 0.67 kg であり、3群間で統計学的な有意差は認められず、握力改善効果は検出されなかった(Fig 1b)。
体重の早期かつ持続的な改善: 副次評価項目である体重変化において、アナモレリン投与群は早期から顕著な体重増加効果を示した(Fig 3a)。12週時における体重の最小二乗平均変化量は、プラセボ群の -0.93 kg vs 50 mg群の 0.54 kg、およびプラセボ群の -0.93 kg vs 100 mg群の 1.77 kg であり、50 mg群および100 mg群のいずれもプラセボ群と比較して有意な体重増加を認めた(p<0.05)。この体重増加効果は投与開始4週時の早期から認められ、12週間の治療期間を通じて持続した。
QOLおよびパフォーマンスステータスの改善: アナモレリン100 mg群は、QOL-ACDのトータルスコア、ならびに「日常生活(items 1-6)」、「身体状況(items 7-11)」のサブスコアにおいて、プラセボ群と比較して有意な改善を示した(Fig 2a-c)。特に、食欲を評価する項目8(p=0.0005)および食事の楽しみを評価する項目9(p<0.0001)において、100 mg群はプラセボ群に対して著明な改善効果を示した(Fig 2d, e)。さらに、機能的ステータスを示すKPSスコアにおいても、100 mg群はプラセボ群と比較して有意な改善を維持した(Fig 3b)。
血清バイオマーカーの動態: アナモレリン100 mg群では、成長ホルモン分泌促進作用を反映して、血清IGF-1およびIGFBP-3の濃度が投与4週時から12週時にかけてプラセボ群と比較して有意に上昇した(p<0.0001)(Fig 4a, b)。また、栄養状態の指標であるプリアルブミン値も100 mg群で有意な上昇が認められた(p=0.0068)(Fig 4c)。一方で、炎症性サイトカイン(IL-1β、IL-6、TNF-α)や、血中アシルグレリン・デスアシルグレリン値には明確な変化は認められなかった。
安全性と生存期間の解析: 12週間の治療期間中、アナモレリンは良好な耐容性を示した(Table 2)。有害事象の全体的な発現頻度はプラセボ群で 100.0%(58/58例)、50 mg群で 93.8%(61/65例)、100 mg群で 96.4%(53/55例)と同等であった。副作用の発現頻度はプラセボ群の 20.7% に対し、50 mg群で 38.5%(p=0.0319)、100 mg群で 52.7%(p=0.0004)とアナモレリン群で有意に高かったが、Grade 3以上の重篤な副作用の発現頻度は各群間で差はなかった(Table 2)。アナモレリン群で多く認められた副作用は、悪心(100 mg群で 30.9%)および糖化ヘモグロビン(HbA1c)の上昇(100 mg群で 20.0%)であった。RECISTガイドラインに基づく腫瘍評価および Kaplan-Meier 法による全生存期間(OS)の解析において、アナモレリン投与による腫瘍増殖の促進作用や予後への悪影響は認められなかった。プラセボ群に対する100 mg群のOSのハザード比(HR)は HR 0.74 (95% CI 0.50-1.10, p=0.1428) であり、プラセボ群に対する50 mg群のOSのハザード比は HR 0.91 (95% CI 0.62-1.33, p=0.6214) と、いずれも統計学的有意差は認められなかった。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、欧米を中心に行われた多国籍共同第III相試験であるROMANA 1およびROMANA 2試験(Temel et al. Lancet Oncol 2016)と異なり、体格が小さくベースラインのLBMやBMIが低い日本人のがん悪液質患者集団を対象として、アナモレリンの用量反応関係を初めて検証した第II相試験である。ROMANA試験で得られたLBM改善幅(約 1.10 kg)と比較して、本研究のFAS解析における100 mg群の改善幅(0.89 kg)は数値としてはやや小さいものの、日本人患者の低いベースラインLBM(約 38.7 kg)に対する相対的な増加率(約 2.3%)としては同等であり、日本人においても十分な身体組成改善効果が得られることが実証された。また、主要評価項目である非利き手HGSが改善しなかった点はROMANA試験と同様の結果であり、筋肉量の増加が必ずしも即座に筋力などの身体機能改善に直結しないという、がん悪液質治療薬開発における共通の課題が浮き彫りとなった。
新規性: 本研究は、日本人のがん悪液質合併NSCLC患者において、アナモレリン100 mgの12週間投与がLBM、体重、QOL、およびパフォーマンスステータス(KPS)を総合的に有意に改善することを本研究で初めて示した。特に、日本人向けに開発・検証されたQOL-ACD尺度を用いて、食欲(appetite)の増進や食事の楽しみ(meal enjoyment)といった悪液質患者にとって最も切実な症状が、アナモレリン投与によってプラセボ群に対し有意に改善されることを新規に明らかにした点は、本剤の臨床的価値を裏付ける重要な知見である。
臨床応用: 本研究で示されたアナモレリン100 mgの優れた有効性と良好な安全性プロファイルは、日本におけるがん悪液質治療の臨床現場にパラダイムシフトをもたらす基盤となった。本試験およびその後の国内第III相試験(ONO-7643-04試験)の結果に基づき、アナモレリン(商品名: アドルミズ®錠100mg)は2021年1月に日本において世界に先駆けて「非小細胞肺癌、胃癌、膵癌、大腸癌におけるがん悪液質」の適応で承認された。これは、グレリンの発見から臨床応用(bench-to-bedside)に至る約25年間のトランスレーショナルリサーチにおける極めて重要なマイルストーンである。
残された課題: 本研究にはいくつかのlimitationが存在する。第一に、共同主要評価項目であるHGSの改善が認められず、LBMの増加が身体機能の向上に翻訳されなかった点である。これは骨格筋の「量」の増加が必ずしも「質」や運動機能の改善を意味しないことを示唆しており、今後の検討課題として、栄養療法や運動療法を組み合わせた多職種によるマルチモーダルな介入アプローチの確立が必要である。第二に、本試験は探索的な第II相試験であるため、多重比較の調整が行われておらず、副次評価項目の解釈には注意を要する。第三に、12週間という比較的短期間の評価にとどまっており、長期投与における持続的な有効性と安全性、特にIGF-1上昇に伴う腫瘍増殖への潜在的影響については、今後の製造販売後調査や長期追跡研究による検証が必要である。さらに、近年急速に普及している免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬とアナモレリンを併用した際の相互作用やシナジー効果についても、今後の臨床研究における重要なフロンティアとして残されている。
方法
試験デザインと倫理的配慮: 本試験は、日本の32施設で実施された多施設共同ランダム化二重盲検プラセボ対照第II相試験である。臨床試験登録IDとして JapicCTI-111415 を有する。試験は2週間の観察・スクリーニング期間、12週間の治療期間、および4週間の追跡調査期間で構成された。ヘルシンキ宣言および日本の薬事法、GCP(Good Clinical Practice)ガイドラインに準拠して実施され、すべての参加施設の倫理委員会による承認を得た。
対象患者: 主な選択基準は、20歳以上、手術不能なStage III/IVまたは再発のNSCLCで化学療法の適応があること、スクリーニング前6ヶ月以内に5%以上の不随意の体重減少があること、さらに悪液質関連症状(食欲不振、疲労、全身倦怠感、筋力低下、上腕筋囲[AMC:arm muscle circumference]が10パーセンタイル未満)のうち3つ以上を認め、かつ生化学的異常(CRP >5.0 mg/L、ヘモグロビン <12 g/dL、アルブミン <3.2 g/dL)のうち1つ以上を満たすこと、ECOG PSが1または2であること、期待生存期間が4ヶ月以上であることとした。既知の脳転移を有する患者やコントロール不良の糖尿病患者は除外された。
ランダム化と介入: 適格基準を満たした患者は、中央割付センターにより、アナモレリン50 mg群、100 mg群、またはプラセボ群に1:1:1の割合でランダムに割り付けられた。層別化因子は、実施施設および過去6ヶ月間の体重減少率(5-15% vs >15%)とした。ダブルダミー法を用いて、すべての患者が1日1回、朝食前に同一の外観を持つ2錠の錠剤を経口服用した。
評価項目と統計解析: 主要評価項目(primary endpoint)は、DEXA法で測定したLBMの12週時における変化量、および非利き手HGSの12週時における変化量とした。統計解析は、事前に規定されたPer-Protocol Set(PPS)を主解析対象とし、Full Analysis Set(FAS)で結果の頑健性を確認した。共分散分析(ANCOVA)モデルを用い、治療群、評価時期、および過去の体重減少率を固定効果、ベースライン値を共変量として、最小二乗平均(LS mean)変化量および95%信頼区間(CI)を算出した。生存期間の比較には Kaplan-Meier 法およびログランク(log-rank)検定を用いた。目標サンプルサイズは、先行の第II相試験において50 mg群とプラセボ群のLBM変化量の差が 2.09 ± 3.06 kg であったことに基づき、有意水準5%、検出力80%として、PPSの除外率を考慮して各群54例(計162例)と算出された。