- 著者: Josep M. Argilés, Sílvia Busquets, Britta Stemmler, Francisco J. López-Soriano
- Corresponding author: Josep M. Argilés (Cancer Research Group, Universitat de Barcelona; jargiles@ub.edu)
- 雑誌: Nature Reviews Cancer
- 発行年: 2014
- Epub日: 2014-10-09
- Article種別: Opinion / Review
- PMID: 25291291
背景
癌カヘキシア (cancer cachexia) は腫瘍種に依存して癌患者の約50-80%に発生する壊滅的・多因子性・しばしば不可逆的な消耗症候群であり、主として骨格筋と体脂肪の喪失を特徴とする。胃癌・膵癌では有病率が80%超、肺癌・前立腺癌・大腸癌では約50%、乳癌や一部の白血病では約40%に及び、癌死因の少なくとも20%に間接的に関与する。先行研究では Evans et al. (Clin Nutr 2008) や Fearon et al. (Lancet Oncol 2011) が定義・分類の国際コンセンサスを提唱し、症状負荷については Teunissen et al. JPainSymptomManage 2007 が終末期癌患者における体重減少・食欲不振の高頻度を系統的に示してきた。しかしこれらの定義は「体重減少」と「炎症」の2要素を共有するにとどまり、定量的ステージングは CAchexia SCOre (CASCO; a quantitative staging tool) のみが利用可能で、血液・尿バイオマーカーの確立は依然として大きく不足している。すなわち腫瘍由来化合物・炎症性サイトカイン・急性期タンパク・骨格筋分解マーカーはいずれも普遍的適用には至っておらず、どの分子機構が骨格筋・脂肪・多臓器を横断して消耗を駆動するのかという統合的理解が手薄なまま残されていた。本 Opinion 論文はこの gap in knowledge を埋めるべく、治療各論ではなく「エネルギー浪費症候群」としての分子基盤に焦点を当てる。
目的
癌カヘキシア症候群の分子機構を、治療法ではなく病態生理の観点から体系的に整理することを目的とする。具体的には、(1) エネルギー消費亢進を生むミトコンドリア脱共役・コリサイクル・futile cycle、(2) ユビキチン-プロテアソーム経路を中心とした骨格筋萎縮の細胞内シグナル、(3) 白色脂肪組織の脂肪分解亢進と褐色化、(4) 腫瘍と免疫細胞が駆動する全身性炎症、(5) 脳・腸・肝・心を含む多臓器連関、の5軸を統合し、分子知識に基づく多モーダル治療戦略の設計に資する概念枠組みを提示することを狙いとする。
結果
エネルギー浪費症候群としての代謝非効率: カヘキシアはエネルギー摂取の減少と消費の増大が併存するエネルギーバランス障害であり、完全静脈栄養 (total parenteral nutrition; intravenous artificial feeding) 下でも体重減少が進行する点で単純な飢餓とは区別される。エネルギー非効率の中核は、(1) 腫瘍が乳酸を産生し肝臓がそれをグルコースへ再合成するコリサイクル (Cori cycle) で、グルコース→乳酸変換が生む ATP は乳酸→グルコース再生成に要する ATP を大きく下回るため正味で浪費が生じる、(2) ミトコンドリア内膜の脱共役タンパク (UCP; uncoupling protein) の活性化で、骨格筋の UCP2/UCP3 と褐色脂肪の UCP1 がヒト・実験動物の双方で増加する、(3) 骨格筋ミトコンドリアの酸化能低下・タンパク合成障害・膜流動性変化・酸化修飾タンパク蓄積、の3点に集約される (Fig 1)。Lewis lung carcinoma 担癌マウスでは骨格筋 ATP 合成低下とプロトン電気化学的勾配の破綻が観察されている。
PGC1α・SERCA・MFN2 を介したミトコンドリア恒常性破綻: 上記の脱共役亢進の一部は PGC1α (peroxisome-proliferator-activated receptor-γ co-activator 1α) の過剰発現に帰せられる。TNFα が p38 MAPK を介して PGC1α を安定化・活性化し、ミトコンドリア生合成 (核呼吸因子・TFAM の上方制御) と脱共役遺伝子・エネルギー消費関連遺伝子の発現を同時に押し上げる (Fig 2b)。筋小胞体 (SR; sarcoplasmic reticulum) では SERCA (SR Ca pump) 活性が亢進し、ATP を消費しながら Ca²⁺ を細胞質へ排出して Ca²⁺ 過負荷を生む。さらに MFN2 (mitofusin 2; a mitochondrial tethering protein) 発現が担癌ラット骨格筋で増加し、SR とミトコンドリアの連絡を強化して過剰な Ca²⁺ 転送によるアポトーシスを誘導する。PGC1α は MFN2 発現も刺激するため、両者は Ca²⁺ 脱制御を介して筋消耗を増幅する正のループを形成する。
ユビキチン-プロテアソーム経路を軸とする骨格筋萎縮: ミオフィブリルタンパクの喪失が筋力低下と疲労をもたらし、骨格筋量は体重減少とは独立した強力な予後因子である (Martin et al. JCO 2013; Fig 2a)。分解の主経路はユビキチン依存性プロテアソーム経路で、E3 リガーゼの MURF1 (muscle RING finger-containing protein 1; TRIM63) と MAFBX (muscle atrophy F-box protein; atrogin-1/FBXO32) が太いフィラメント成分のユビキチン化を担う。その上流ではカルパイン依存性のミオフィラメント切断とオートファジーが筋原線維からの遊離を準備する。シグナル面では、TNFα や IL-1 などの炎症性サイトカインが NF-κB (nuclear factor-κB) と p38 MAPK を活性化し、FOXO (forkhead box; a transcription factor family) を介して両 E3 リガーゼの転写を促進する。実験動物では NF-κB 阻害が腫瘍誘発性筋喪失を有意に抑制し、その一部は MURF1 上方制御の遮断による。腫瘍由来のタンパク分解誘導因子 PIF (proteolysis-inducing factor) も eIF2α リン酸化でタンパク合成を抑えつつプロテアソーム分解を増強する。
同化シグナルの抑制とマイオスタチン軸: 肥大を司る IGF1-AKT-mTOR 経路はカヘキシア下で抑制され、本来 AKT による FOXO リン酸化 (核外排除) が E3 リガーゼ上方制御を遮断するはずの保護機構が失われる (Fig 2b)。TGFβ ファミリーリガンドのマイオスタチン (myostatin) は ACTRIIB (activin receptor type IIB) を介し SMAD 複合体・p38・JAK MAPK を動員してタンパク分解促進・合成抑制・筋芽細胞増殖抑制を同時に引き起こす。可溶型 ACTRIIB (sACTRIIB) による阻害は Lewis lung carcinoma 担癌マウスでカヘキシア症状を消失させ生存を延長する (Zhou et al. Cell 2010)。加えて、肺癌・膵癌由来の微小小胞に含まれる miR-21 が TLR7 (Toll-like receptor 7) シグナルを介して骨格筋細胞のアポトーシスを促進するという新知見も報告された (He et al. PNAS 2014)。
白色脂肪の消耗と「褐色化」という新概念: 骨格筋喪失に並行して白色脂肪組織 (WAT; white adipose tissue) が著明に消耗し、健常人で体重の最大25%を占める脂肪量が3つの過程で減少する。すなわち (1) ホルモン感受性リパーゼ (HSL; hormone-sensitive lipase) 活性化による脂肪分解亢進、(2) リポタンパクリパーゼ (LPL; lipoprotein lipase) 活性低下による脂肪酸取り込み障害、(3) de novo lipogenesis の低下である (Fig 3)。Das et al. (Science 2011) は脂肪トリグリセリドリパーゼの遺伝的欠失が脂肪分解と WAT 減少を防ぎ、同時に骨格筋量を保護することを示し、脂肪分解が筋消耗に先行する可能性を提示した。さらに近年、WAT 細胞が UCP1 を発現する褐色脂肪 (BAT; brown adipose tissue) 様のベージュ細胞へ転換する「褐色化 (browning)」が確認され、電子伝達系を ATP 合成から熱産生へ切り替えてエネルギー浪費を加速する。IL-6 と腫瘍由来の PTHRP (parathyroid-hormone-related protein) が褐色化を駆動し、Lewis lung carcinoma マウスでの PTHRP 中和は褐色化を抑制して筋量・筋力低下を改善した (Kir et al. Nature 2014)。
腫瘍誘発性炎症と多臓器連関: 全身炎症はカヘキシアの主要駆動力であり、腫瘍細胞・活性化免疫細胞のサイトカイン放出に加え、腸管バリア破綻と細菌転座による LPS (lipopolysaccharide) 放出が炎症を増幅する。腫瘍由来因子では亜鉛α2-糖タンパク ZAG (zinc-α2-glycoprotein) が LMF (lipid mobilizing factor) として脂肪分解を促し、PIF が筋分解を担う。骨格筋は体重の40%超を占める主要標的だが、脳 (視床下部の NPY (neuropeptide Y; an orexigenic peptide) 低下による食欲不振、メラノコルチン系の筋萎縮関与)、腸 (Lactobacillus 属減少と腸-筋軸、グレリン高値下の「グレリン抵抗性」)、肝 (アミノ酸流入による糖新生と急性期 CRP (C-reactive protein) 合成亢進)、心 (心筋線維化・troponin I/ミオシン重鎖変化・ACTRIIB 経由の心筋萎縮・酸素消費亢進) が連動する多臓器症候群である (Fig 4)。従来治療の megestrol acetate やグルココルチコイドは長期無効で、グレリンアゴニスト anamorelin (ONO-7643) や SARM (selective androgen receptor modulator) を含む抗異化・同化の二重戦略が提唱される。
定量的ステージングと予後因子としての骨格筋量: 本論文は分子機構の整理に加え、臨床評価を定量化する重要性を強調する。国際コンセンサス (Fearon et al. Lancet Oncol 2011) はカヘキシアを過去6か月での5%超の体重減少、または BMI 20 kg/m² 未満かサルコペニア合併下での2%超の体重減少と定義し、前カヘキシア・カヘキシア・難治性カヘキシアの3病期に層別化する。著者ら自身が開発した CAchexia SCOre (CASCO; a quantitative cachexia staging tool) は、体重減少・炎症/代謝異常・身体機能・食欲不振・QOL の各領域を統合して0-100点で採点し、軽症から末期までを連続的に段階づける。体重減少そのものが古典的予後因子であることは Dewys らの ECOG 研究 (n=3,047) が化学療法前体重減少と生存短縮の関連で示しており、近年は骨格筋量が体重変化とは独立した強力な予後因子であることが大規模コホート (Martin et al. JCO 2013, n=1,473) で確認され、低骨格筋指数群は BMI によらず全生存を有意に短縮した (Fig 2a)。これらの定量基盤は、コリサイクル・UCP・ACTRIIB といった分子標的への介入を「いつ・誰に」適用すべきかという臨床判断の前提を与え、本論文が描く機序地図を bedside と接続する役割を担う。
考察/結論
本論文は癌カヘキシアの分子基盤を、エネルギー消費亢進・骨格筋萎縮・脂肪組織消耗・腫瘍誘発性炎症・多臓器連関の5軸で統合した点に高い意義がある。既報の単一臓器・単一経路に焦点を当てた研究と対照的に、コリサイクル・UCPs・SERCA・MFN2 によるエネルギー非効率と、NF-κB/MURF1/MAFBX を中核とする筋萎縮カスケードを、脂肪・心・肝・脳の代謝再編と地続きの現象として描いた包括性が特徴である。とりわけ WAT 褐色化 (IL-6・PTHRP 誘発) は本領域で新規な治療標的概念であり、これまで報告されていない「脂肪分解が筋消耗に先行する」という時間的階層 (Das et al. Science 2011) は、介入の順序設計に対する novel な視座を与える。ACTRIIB 経路阻害が Lewis lung carcinoma マウスで骨格筋と心筋の萎縮を同時に改善する知見は、単一標的が多臓器消耗を横断的に救済しうることを示し、臨床応用上の含意が大きい。骨格筋量が体重変化と独立した予後因子であること (Martin et al. JCO 2013) は、早期スクリーニングと bench-to-bedside の橋渡しを正当化する。一方で残された課題も明確で、(1) 血液・尿バイオマーカーの欠如による早期診断の壁、(2) ヒトより速く増殖し非同所性に移植される動物モデルとヒト病態の乖離、(3) 終末期カヘキシアの治療抵抗性、が今後の研究で克服すべき limitation として残る。臨床的意義としては、CASCO によるステージングに基づく個別化と、栄養・サプリメント・抗異化薬・同化薬を束ねる多モーダル介入を癌診断時から開始する設計が要請される。なお anamorelin は本邦で非小細胞肺癌カヘキシアに対し体重・除脂肪体重の改善を示し (Katakami et al. Cancer 2018)、ASCO・ESMO ガイドラインでも限定的推奨に組み込まれた (Roeland et al. JClinOncol 2020; Arends et al. ESMOOpen 2021) が、vonHaehling et al. JCachexiaSarcopeniaMuscle 2014 が指摘するように単剤での身体機能改善は限定的で、今後の検討として精緻な試験デザインと患者層別化が求められている。
方法
本論文は系統的メタ解析ではなく、PubMed 収載文献を一次資料とする narrative Opinion review (a non-systematic expert synthesis) として構成されている。著者らは Cox 回帰や log-rank 検定といった統計的プール解析を自ら実施しておらず、エネルギー代謝・骨格筋生物学・脂肪生物学・腫瘍免疫の各領域から、マウス Lewis lung carcinoma モデル、colon-26 腫瘍マウスモデル、慢性腎臓病モデル、ヒト剖検・臨床コホート研究を引用しながら機序を統合する。引用文献は108件に及び、定義・分類 (Evans 2008、Fearon 2011)、骨格筋プロテオリシス (Sandri et al. Cell 2004、Cohen et al. JCB 2009)、脂肪分解 (Das et al. Science 2011)、褐色化 (Petruzzelli et al. Cell Metab 2014、Kir et al. Nature 2014) など領域横断的に選定されている。Identifier としては臨床試験番号 (NCT) ではなく、再現性の鍵となる動物モデル系統 (Lewis lung carcinoma、colon-26、methylcholanthrene 誘発肉腫) と分子標的 (UCP1/2/3、MURF1、MAFBX、ACTRIIB) が記述の単位となっている。staging では著者ら自身が開発した CASCO スコアの妥当性検証 (Busquets et al. 2013) が方法論的基盤として参照される。