- 著者: Huang J, Rizk NP, Travis WD, Seshan VE, Bains MS, Dycoco J, Downey RJ, Flores RM, Illson D, Rusch VW
- Corresponding author: James Huang (Thoracic Surgery Service, Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, New York, NY)
- 雑誌: Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery
- 発行年: 2009
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 19577051
背景
胸腺上皮性腫瘍 (TET: thymic epithelial tumor) は、組織学的に胸腺腫と胸腺癌 (TC: thymic carcinoma) に大別される稀な縦隔腫瘍である。胸腺腫の臨床病期分類や予後因子については、Masaokaらによる分類 (Masaoka et al. Cancer 1981) が世界的に広く用いられてきた。また、日本からの1,320例を対象とした大規模な多施設共同研究データ (Kondo et al. AnnThoracSurg 2003) などにより、胸腺上皮性腫瘍全体の治療成績や外科的切除後の予後因子についての報告が蓄積されてきた。しかし、胸腺癌は極めて稀な疾患であり、胸腺腫と比較して生物学的悪性度が高く予後不良であることは知られているものの、両者の再発パターン (再発部位、再発時期、再発頻度) を同一施設で系統的かつ詳細に比較した研究は極めて少なかった。これまでの先行研究では、組織分類の変遷や、数十年にわたる長期の対象期間による治療法の不均一性、不十分な統計解析などが原因で、胸腺癌と胸腺腫の生物学的挙動の違いを正確に評価することが困難であった。特に、胸腺癌における遠隔転移の頻度やその具体的な再発部位、および完全切除の有無が再発に与える影響については、依然として「未解明」な「課題」が多く残されていた。臨床現場において、術後の適切なサーベイランス方法や補助療法の開発を進めるためには、胸腺癌と胸腺腫の再発パターンの差異を定量化することが不可欠であるが、単一施設での均質な治療プロトコルに基づく詳細なデータは「不足」していた。このような背景から、Memorial Sloan-Kettering Cancer Center (MSKCC) における最近の切除症例を対象とし、WHO (World Health Organization) 分類 (2004年版) に準拠した詳細な再発パターンの比較解析が求められた。
目的
本研究の目的は、MSKCCにおいて外科的切除を施行された胸腺癌および胸腺腫の患者コホートを対象に、WHO分類 (2004年版) に基づいた病理診断のもとで、両群の臨床病理学的特徴、全生存期間 (OS: overall survival) 、および無増悪生存期間 (PFS: progression-free survival) を詳細に比較することである。さらに、再発 (病勢進行) の具体的な部位 (局所再発 vs 遠隔転移) や再発までの期間を定量的に評価し、胸腺上皮性腫瘍における術後再発の独立した予測因子を多変量解析によって同定することを目指す。これにより、胸腺癌と胸腺腫の生物学的挙動の差異を明らかにし、それぞれの組織型に応じた最適な術後サーベイランス戦略および集学的治療アプローチの確立に寄与することを目的とする。
結果
患者背景と臨床病理学的特徴の比較: 対象となった120例のうち、胸腺癌は23例 (n=23) 、胸腺腫は97例 (n=97) であった (Table 1)。両群間で平均年齢 (胸腺癌 58.1 ± 2.6歳 vs 胸腺腫 58.1 ± 1.5歳、p=0.99) や腫瘍の平均最大径 (胸腺癌 7.0 ± 0.6 cm vs 胸腺腫 7.1 ± 0.4 cm、p=0.94) に有意差は認められなかった。しかし、Masaoka病期分類において、胸腺癌ではIII期およびIVA期の進行期症例が合計74% (III期 52%、IVA期 22%) を占め、胸腺腫の42% (III期 20%、IVA期 22%) と比較して有意に進行期割合が高かった (p=0.01)。また、完全切除 (R0) 率は胸腺癌で 52% vs 胸腺腫で 78% であり、胸腺癌において有意に低かった (p=0.01、Table 1)。これに伴い、術前補助療法の施行率は胸腺癌で 78% vs 胸腺腫で 43% と、胸腺癌で有意に高かった (p=0.03、Table 1)。
生存成績および無増悪生存期間の有意な差: 全生存期間 (OS) の解析において、5年生存率は胸腺癌で 53% vs 胸腺腫で 89% であり、胸腺癌群で有意に予後不良であった (p=0.01)。また、無増悪生存期間 (PFS) においても両群間に極めて有意な差が認められた (p=0.0002)。5年無増悪生存率は胸腺癌で 36% vs 胸腺腫で 75% であった。PFSの中央値は、胸腺癌で29.0ヶ月であったが、胸腺腫では未到達であった。単変量解析において、PFSの有意な予測因子として、組織型 (胸腺癌 vs 胸腺腫、p=0.0002) のほか、Masaoka病期 (p<0.0001)、切除完全性 (p<0.0001)、術前療法の有無 (p<0.0001)、および術後療法の有無 (p=0.01) が同定された。
多変量解析における独立した予後予測因子: PFSに関する多変量解析を実施した結果、組織型および切除完全性が独立した予後予測因子として同定された (Table 3)。胸腺癌は胸腺腫と比較して、病勢進行のリスクが有意に高かった (HR 4.1 (95% CI 1.5-11.3, p=0.006))。また、不完全切除 (R1/R2) は完全切除 (R0) と比較して、極めて高い病勢進行リスクを示した (HR 22.9 (95% CI 4.0-133.0, p<0.001))。一方で、Masaoka病期 (III期: HR 1.4 (95% CI 0.2-10.5, p=0.77); IVA期: HR 1.0 (95% CI 0.1-8.2, p=0.97))、術前療法 (HR 0.5 (95% CI 0.1-3.9, p=0.52))、および術後療法 (HR 0.5 (95% CI 0.1-1.6, p=0.22)) は、多変量解析において独立した有意な予測因子とはならなかった (Table 3)。
完全切除の有無によるサブグループ解析: 独立した予後因子である切除完全性 (R0 vs R1/R2) で層別化したサブグループ解析において、完全切除 (R0) の達成は両群のPFSを劇的に改善することが示された。胸腺癌群において、完全切除 (R0) が達成された症例 (n=12) の5年PFSは70% であったのに対し、不完全切除 (R1/R2) に終わった症例 (n=11) の5年PFSは0% であり、両者間に極めて有意な差が認められた (p=0.0001)。同様に、胸腺腫群においても、完全切除 (R0) 例 (n=76) の5年PFSは87% であったのに対し、不完全切除 (R1/R2) 例 (n=21) の5年PFSは28% と、有意に不良であった (p<0.0001)。不完全切除の原因となった浸潤臓器は、大動脈 (7例)、心臓 (5例)、上大静脈 (3例) などであった。
再発パターンの根本的差異と再発部位の分布: 術後フォローアップ中に病勢進行が確認された25例 (胸腺癌 10例、胸腺腫 15例) を対象に、再発パターンを比較した (Table 4)。胸腺癌における再発 (病勢進行) 部位は、遠隔転移が60% (6/10例) を占め、局所・領域再発は40% (4/10例) であった。これに対し、胸腺腫における再発部位は、局所・領域再発 (主に胸膜播種) が87% (13/15例) と大部分を占め、遠隔転移はわずか13% (2/15例) にとどまり、両群の再発パターンには有意な差が認められた (p=0.01、Table 4)。具体的な遠隔転移部位として、胸腺腫では肺実質転移のみであったのに対し、胸腺癌では肺実質、骨、脳、肝臓など多臓器にわたる血行性転移が確認された (Table 5)。
再発までの期間と切除完全性の影響: 病勢進行を来した症例における手術から進行確認までの期間 (Time to progression) を比較した (Table 6)。胸腺癌群における再発までの期間の中央値は9.4ヶ月 (範囲 4.5-33.4ヶ月) であり、胸腺腫群の19.5ヶ月 (範囲 3.5-95.0ヶ月) と比較して有意に短かった。また、完全切除例における再発までの期間の中央値は、胸腺癌で22.7ヶ月、胸腺腫で45.7ヶ月であったのに対し、不完全切除例では胸腺癌で7.8ヶ月、胸腺腫で13.2ヶ月と、不完全切除例において極めて早期に病勢進行を来すことが示された (Table 6)。胸腺癌で再発した全症例、および不完全切除後に再発した症例の80% が、術後3年以内に病勢進行を来していた。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、数十年にわたる不均一な治療歴を含む従来の報告と異なり、1995年から2006年という比較的最近の均一な治療期間において、WHO分類 (2004年版) に準拠して病理診断を厳格に再検証した単一施設コホートを対象としている。胸腺腫の再発が主に胸膜播種などの局所・領域再発主体であるのに対し、胸腺癌では遠隔転移が有意に多いという生物学的挙動の根本的な違いを、同一プロトコル下で定量的に示した点は、従来の断片的な報告と対照的である。
新規性: 本研究で初めて、多変量解析において組織型 (胸腺癌 vs 胸腺腫: HR 4.1 (95% CI 1.5-11.3, p=0.006)) および切除完全性 (HR 22.9 (95% CI 4.0-133.0, p<0.001)) が、Masaoka病期から独立した極めて強力な無増悪生存の予測因子であることを新規に同定した。特に、胸腺癌における再発の60% が骨、脳、肝臓、肺実質などの遠隔転移であり、再発までの中央値が9.4ヶ月と極めて早期である実態を明らかにした。
臨床応用: 本知見は、胸腺上皮性腫瘍の術後管理における臨床応用に直結する。胸腺腫の術後フォローアップが胸部CTによる胸膜腔の評価を中心に行われるべきであるのに対し、胸腺癌では血行性遠隔転移の頻度が高いため、胸部CTのみならず、PET-CTや腹部・骨・脳の画像評価を含む全身的なサーベイランス戦略が臨床現場において必要不可欠であることを示唆している。また、胸腺癌における遠隔転移の多さは、術後補助療法としての局所放射線療法の限界を示唆しており、全身化学療法や、c-KIT過剰発現 (Strobel et al. NEnglJMed 2004) を標的とした新規分子標的薬の導入など、全身療法の強化が臨床的意義を持つと考えられる。さらに、不完全切除における極めて高い病勢進行リスク (HR 22.9) は、技術的に困難な症例であっても、大血管合併切除などを駆使して完全切除 (R0) を目指す積極的な外科治療の重要性を支持している。
残された課題: 今後の検討課題として、本研究が単一施設の後方視的解析であり、胸腺癌の症例数が23例と比較的少数にとどまる点に伴う選択バイアスの可能性が挙げられる。また、追跡期間中央値が死亡に関しては41ヶ月、病勢進行に関しては26ヶ月と比較的短いため、超長期の再発パターンを捉えきれていない可能性がlimitationとして残されている。今後は、ITMIG (International Thymic Malignancy Interest Group) などの国際的な多施設共同データベースを用いた、より大規模な前向きコホート研究による検証が期待される。
方法
研究デザインと対象患者: 本研究は、MSKCCにおいて1995年1月から2006年12月までの期間に胸腺上皮性腫瘍に対して外科的切除を施行された患者を対象とした、単一施設の後方視的コホート研究 (retrospective cohort study) である。本研究は2005年8月30日に機関審査委員会 (IRB: Institutional Review Board) の承認を得て実施された。本研究は後方視的解析であるため、特定の臨床試験登録番号 (NCT番号など) は存在しない。対象患者は、WHO分類 (2004年版) に基づいて病理診断が再確認された胸腺腫または胸腺癌の患者である。すべての切除標本は、診断の正確性を担保するために、1名の専門病理医によって再レビューされた。過去に切除歴のある患者、胸腺カルチノイドの診断を受けた患者、および初診時に遠隔転移 (Masaoka病期IVB期) を有していた患者は除外された。
収集データと変数定義: 患者の臨床デモグラフィックデータ (年齢、性別、人種) 、画像診断に基づく腫瘍の最大径、Masaoka病期、術前補助療法 (化学療法、化学放射線療法) および術後補助療法 (放射線療法、化学療法、化学放射線療法) の有無、手術における切除の完全性を収集した。切除の完全性は、顕微鏡的にマージン陰性である完全切除 (R0) と、顕微鏡的または肉眼的に残存腫瘍がある不完全切除 (R1/R2) に二分された。人種カテゴリーは、SEER (Surveillance, Epidemiology, and End Results) データベースの定義に準拠した。
評価項目と再発の定義: 主要評価項目 (primary endpoint) は、手術日から死亡日までの期間として定義されるOS、および手術日から病勢進行 (再発または残存腫瘍の増大) が最初に画像診断で確認された日までの期間として定義されるPFSである。不完全切除症例が多く含まれるため、本研究では「再発 (recurrence)」の代わりに「病勢進行 (disease progression)」という用語を使用し、PFSを評価した。病勢進行の部位は、局所・領域 (縦隔または胸膜腔内に限定されるもの) と、遠隔 (血行性転移など) に分類された。
統計学的解析: 連続変数の比較には2側t検定を用い、カテゴリ変数の比較にはカイ二乗検定 (chi-square test) またはフィッシャーの正確確率検定 (Fisher’s exact test) を用いた。生存率および無増悪生存率の推定にはカプラン・マイヤー法 (Kaplan-Meier method) を使用し、群間比較にはログランク検定 (log-rank test) を適用した。PFSの独立した予測因子を同定するために、単変量解析で有意 (p<0.10) であった変数、および臨床的に重要と考えられる変数を組み込んだコックス比例ハザードモデル (Cox proportional hazards model) による多変量解析を実施した。すべての統計解析はSTATA/IC 10.0ソフトウェアを用いて行われ、p<0.05を有意差ありと定義した。後方視的コホート研究の性質上、事前のサンプルサイズ計算 (sample size calculation) は行わず、対象期間内の全適合症例を解析対象とした。