• 著者: Kondo K, Monden Y
  • Corresponding author: Kazuya Kondo (Department of Oncological and Regenerative Surgery, University of Tokushima, Japan)
  • 雑誌: Annals of Thoracic Surgery
  • 発行年: 2003
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 12963221

背景

胸腺上皮性腫瘍の治療は、手術が中心であり、放射線療法や化学療法が補助的または緩和的な目的で広く用いられてきた。特に、Masaoka et al. Cancer 1981によって提唱された正岡分類は、胸腺腫の臨床病期分類として最も広く受け入れられ、その後の治療戦略の基盤を形成している。しかし、胸腺上皮性腫瘍は希少疾患であるため、これまでの報告の多くは少数例に基づいたものであり、治療効果に関するエビデンスには限界があった。

具体的には、進行期の胸腺腫や胸腺癌に対する減量手術 (debulking surgery) の意義や、完全切除後の補助放射線療法・化学療法の有効性については、依然として未解明な点が多かった。先行研究では、完全切除が予後を改善する最も重要な因子であることは広く認識されていたものの、術後補助療法の最適な適用についてはcontroversialな議論が続いていた。例えば、Maggi et al. (1986) は浸潤性胸腺腫における手術の重要性を示したが、補助療法の最適な適用については明確な結論が得られていなかった。また、Haniuda et al. (1992) やCohen et al. (1984) の研究では、完全切除後の術後放射線療法が再発率や生存率を改善するという明確な証拠は示されておらず、その有効性には疑問が呈されていた。

このような背景から、日本胸部外科学会認定施設を網羅する大規模な多施設共同研究の必要性が認識されていた。特に、日本における胸腺上皮性腫瘍の治療実態を包括的に把握し、debulking手術や補助療法の効果を大規模データに基づいて検証することは、今後の治療ガイドライン策定において不可欠な情報となる。これまでの研究では、十分な症例数が不足しており、統計的に信頼性の高い結論を導き出すことが困難であったため、本研究のような大規模な後方視的解析が強く求められていた。本研究は、胸腺上皮性腫瘍の治療における複数の未解決の課題、特に減量手術の役割と補助療法の有効性に関する知識ギャップを埋めることを目的とした。

目的

本研究の目的は、日本の多施設から集積された大規模データに基づき、胸腺上皮性腫瘍の治療実態と予後を詳細に明らかにすることである。具体的には、以下の2点を主要な検討課題とした。

  1. 減量手術 (debulking surgery) の意義の評価: 進行期の胸腺上皮性腫瘍、特に浸潤性胸腺腫および胸腺癌において、debulking手術が患者の生存率に与える影響を評価する。これにより、完全切除が困難な症例に対する手術の適応を明確にすることを目的とした。
  2. 補助療法の効果の検証: 完全切除後の患者における補助的放射線療法および化学療法が、術後生存率および再発率に与える影響を検討する。特に、これらの補助療法が予後改善に寄与するかどうか、またその効果が腫瘍型や病期によって異なるのかを明らかにすることを目的とした。

これらの検討を通じて、胸腺上皮性腫瘍の治療戦略における未解明な点を解消し、より効果的な治療法の確立に貢献することを目指した。

結果

病期分布、切除可能率、および再発率: 胸腺腫の病期分布は、I期48.3% (522例)、II期22.8% (247例)、III期18.9% (204例)、IVA期6.8% (73例)、IVB期3.2% (35例) であった。一方、胸腺癌ではI期5.3% (10例)、II期5.9% (11例)、III期39.0% (74例)、IVA期13.9% (26例)、IVB期32.6% (61例) と、進行期症例の割合が高かった。胸腺腫の切除可能率はI期およびII期で100%の完全切除であったが、III期で85%、IV期で42%に低下した。胸腺癌の完全切除率は51%であり、従来の報告 (35〜39%) と比較して高い値を示した。胸腺カルチノイドは88%が完全切除された。完全切除された胸腺腫の再発率は、I期0.9%、II期4.1%、III期28.4%、IV期34.3%であった。胸腺癌全体の再発率は51%、胸腺カルチノイドは64%と、両者で高率であった (Table 1)。

全体生存率と病期別成績: 3種類の腫瘍型全体の5年生存率は、胸腺腫94.4%、胸腺カルチノイド84.4%、胸腺癌50.5%であった。胸腺腫と胸腺癌 (p<0.0001)、胸腺腫と胸腺カルチノイド (p=0.0032)、胸腺カルチノイドと胸腺癌 (p=0.0017) の間で有意差が認められた (Figure 1)。胸腺腫の病期別5年生存率は、I期100%、II期98.4%、III期88.7%、IVA期70.6%、IVB期52.8%であった。II期とIII期の間 (p<0.0001) およびIII期とIVA期の間 (p=0.0011) で有意差が認められたが、I期とII期の間、IVA期とIVB期の間には有意差はなかった (Figure 2A)。胸腺癌の病期別5年生存率は、I+II期合算で88.2%、III期で51.7%、IV期で37.6%であった。I+II期とIII期の間 (p=0.0178) およびIII期とIV期の間 (p=0.0485) で有意差が認められた (Figure 2B)。胸腺カルチノイドでは、完全切除率が高いにもかかわらず再発率が高く、Masaoka病期が予後指標として機能しない傾向が示された (Figure 2C)。

手術術式別生存率とdebulkingの腫瘍型別意義: III期およびIV期の浸潤性胸腺腫における5年生存率は、完全切除群92.9%、亜全切除群64.4%、切除不能群35.6%であった。完全切除と亜全切除の間 (p<0.0001)、および亜全切除と切除不能の間 (p=0.0028) で有意差が認められ、浸潤性胸腺腫においてはdebulking手術が生存率改善に有意に寄与することが示された (Figure 3A)。一方、胸腺癌における5年生存率は、完全切除群66.9%、亜全切除群30.1%、切除不能群24.2%であった。完全切除と亜全切除の間 (p=0.0006)、および完全切除と切除不能の間 (p<0.0001) で有意差が認められた。しかし、亜全切除と切除不能の間には有意差が認められず (p=0.2066)、胸腺癌においてはdebulking手術の意義が認められないことが示された (Figure 3B)。この結果は、胸腺腫と胸腺癌の生物学的特性の根本的な違いを反映していると考えられる。

補助療法の生存率への影響と術後放射線療法の再発予防効果: 完全切除されたIII〜IV期胸腺腫患者の5年生存率は、補助療法なし群100%、化学療法のみ群94.7%、放射線療法のみ群93.4%、化学放射線療法群80.9%であった。10年生存率はそれぞれ95.0%、79.0%、77.9%、70.4%であった。化学放射線療法群は補助療法なし群と比較して有意に低い5年・10年生存率を示した (p=0.0353) (Figure 4A)。完全切除された胸腺癌患者の5年生存率は、化学療法のみ群81.5%、補助療法なし群72.2%、放射線療法のみ群73.6%、化学放射線療法群46.6%であった。化学放射線療法群と放射線療法群の間 (p=0.0213) および化学放射線療法群と補助療法なし群の間 (p=0.0397) で有意差が認められた (Figure 4B)。

完全切除されたII期およびIII期胸腺腫における術後放射線療法の再発率低下効果は認められなかった。II期胸腺腫では、術後放射線療法なし群で4.1% (n=5/122)、あり群で4.7% (n=4/86) の再発率であり、有意差はなかった。III期胸腺腫では、術後放射線療法なし群で26% (n=8/31)、あり群で23% (n=18/78) の再発率であり、こちらも有意差はなかった。局所再発率も術後放射線療法の有無で有意差を認めなかった (II期: 放射線療法なし1.6% vs あり0%、III期: 放射線療法なし3.1% vs あり5.1%)。これらの結果は、完全切除後の予防的放射線照射の適応について再考を促すものであった。

重症筋無力症 (MG) を合併する胸腺腫患者 (n=270、胸腺腫全体の24.8%) は、非合併例と比較して高い生存率を示す傾向が認められた (5年生存率: MG合併97.6% vs 非合併93.4%、p=0.034)。これは、MGの症状が胸腺腫の早期発見につながる早期検出バイアスによる可能性が高いと考えられた。胸腺カルチノイドは完全切除後5年生存率87.5%であったが、再発率64%と高率であり、長期フォローアップと再発時の治療戦略の確立が課題であるとされた。

考察/結論

本研究は、日本全国115施設から集積された1,320例という当時最大規模の胸腺上皮性腫瘍患者のデータに基づき、複数の重要な知見を提供した。

完全切除の重要性とdebulkingの腫瘍型依存的意義: 胸腺腫および胸腺癌のいずれにおいても、完全切除が最も重要な予後因子であることが大規模データで確認された。特に、胸腺癌の完全切除率51%は先行報告 (35〜39%) と比較して高く、積極的な外科的アプローチの有効性を示唆する。浸潤性胸腺腫では亜全切除によるdebulking手術が生存率改善に有意に寄与した (5年生存率: 亜全64.4% vs 切除不能35.6%、p=0.0028)。しかし、胸腺癌では亜全切除と切除不能の生存率に有意差が認められず (p=0.2066)、debulkingの意義は乏しいという新規の重要な相違が明らかとなった。この相違は、胸腺腫と胸腺癌の腫瘍生物学的な根本的違いを反映している可能性が高く、臨床現場における治療方針決定において、腫瘍型の正確な識別が不可欠であることを示唆する。

補助療法の限界と選択バイアスの問題: 完全切除後のIII〜IV期胸腺腫および胸腺癌において、補助放射線療法や化学療法が生存率を改善するという明確な根拠は本研究では得られなかった。特に、化学放射線療法群の成績が他群より低かったことは、より進行した症例に強力な補助療法が選択されていたという選択バイアスによる可能性が高い。これは後方視的非無作為化研究の残された課題であり、本質的な限界を示している。化学療法のレジメン、サイクル、用量が施設間で統一されていなかったことも、その効果を正確に評価する上での不足であった。完全切除されたII〜III期胸腺腫における術後放射線療法による再発率低下も認められず、予防的照射の適応には疑問が呈された。これらの結果は、補助療法の有効性を検証するためには、前向き無作為化比較試験が不可欠であることを示唆している。

本研究のlimitationとして、アンケート形式によるデータ収集に起因する情報の不均一性、病理診断の施設間差、および化学療法に関する詳細なデータの欠如が挙げられる。しかし、本シリーズは希少腫瘍である胸腺上皮性腫瘍において、現在もなお代替不能な大規模臨床シリーズであり、その知見はこれまで報告されていない多くの情報を提供した。実際、本研究で示されたdebulkingの腫瘍型別意義や術後補助療法の限界に関する知見は、現在の主要な国際ガイドライン (NCCN、ESMOなど) にも反映されており、20年以上経過した現在も胸腺上皮性腫瘍の治療原則の礎を形成している。本研究後に確立されたWHO 2004分類に基づく系統的な組織学的サブタイプと予後との対応関係も、本シリーズのデータが礎となった。前向き多施設試験の実施が困難な希少腫瘍において、このような後方視的大規模データベース研究が果たした役割は極めて大きい。

臨床的含意と今後の課題: 胸腺腫の病期別5年生存率 (I期100%、II期98.4%、III期88.7%) は高率であり、完全切除が可能な早期例では手術単独で優れた予後が期待できる。一方、胸腺癌の全体5年生存率50.5%、病期IV期での5年生存率37.6%は、進行期での予後改善が急務であることを示している。重症筋無力症合併率24.8%という本シリーズの規模は、MGと胸腺腫の関係を統計的に評価する基盤データとして不可欠であった。胸腺カルチノイドは完全切除率88%にもかかわらず再発率64%という特異的なパターンを示しており、完全切除後の再発監視プロトコルと長期フォローアップが特に重要なサブタイプである。胸腺上皮性腫瘍の希少性から多施設共同前向き試験の実施は困難を極めるが、本研究が示した腫瘍型別の生物学的特性の相違は、今後の個別化治療戦略の立案において基本原則として継続的に参照されるべき知見である。

方法

本研究は、日本胸部外科学会認定施設185施設に対しアンケートを送付し、115施設 (回答率62%) からの回答に基づいて実施された後方視的コホート研究である。対象期間は1990年から1994年であり、この期間に治療された胸腺上皮性腫瘍患者1,320例の記録が集積された。内訳は、胸腺腫1,093例、胸腺癌186例、胸腺カルチノイド41例であった。

患者背景は以下の通りである。胸腺腫患者は男性495例、女性590例で、年齢中央値は53.7 ± 14.0歳であった。胸腺癌患者は男性111例、女性73例で、年齢中央値は57.9 ± 13.2歳であった。胸腺カルチノイド患者は男性30例、女性11例で、年齢中央値は53.5 ± 12.4歳であった。胸腺腫の組織型分類にはBernatz分類の改変版が用いられ、主にリンパ球性胸腺腫 (n=344)、主に上皮性胸腺腫 (n=226)、混合型胸腺腫 (n=428)、紡錘細胞型胸腺腫 (n=41) に分類された。胸腺癌は扁平上皮癌 (n=115)、未分化癌 (n=27)、小細胞癌 (n=16) など、計13種類の組織型に分類された。各施設の日本病理学会認定病理医が診断を行い、最終的な病期判定はMasaoka et al. Cancer 1981の正岡分類に基づいて行われた。重症筋無力症 (MG) は胸腺腫患者の24.8% (270例) に合併していた。

手術術式は、肉眼的に腫瘍が完全に切除された「完全切除」、肉眼的にほぼ全ての腫瘍が切除された「亜全切除」、および部分切除・試験開胸・生検のみの「切除不能」の3群に分類された。治療法は、手術単独、手術と補助療法 (放射線療法または化学療法)、および非手術群に分けられた。補助放射線療法を受けた患者の多くは40Gy以上の線量 (平均43.7 ± 7.7 Gy) を受けていた。

統計解析には、Kaplan-Meier法を用いて生存率および再発率が評価され、生存曲線間の比較にはログランク検定が用いられた。合併症 (重症筋無力症、赤芽球癆など) や無関係な疾患による死亡は解析から除外された。統計的有意水準はp<0.05と設定された。本研究はUMIN登録のような臨床試験IDは持たないが、日本の胸部外科専門施設を対象とした大規模な後方視的データ収集により、希少疾患に対する治療実態を包括的に把握することを目的とした。