- 著者: Yung-Chi Huang, Ming-Feng Hou, Ying-Ming Tsai, Yi-Chung Pan, Pei-Hsun Tsai, Yi-Shiuan Lin, Chao-Yuan Chang, Eing-Mei Tsai, Ya-Ling Hsu
- Corresponding author: Ya-Ling Hsu (Kaohsiung Medical University)
- 雑誌: Cellular Oncology
- 発行年: 2023
- Epub日: 2023-01-06
- Article種別: Original Article
- PMID: 36607556
背景
乳癌は女性において最も頻度の高い悪性腫瘍であり、その高い罹患率と死亡率が世界的な公衆衛生上の課題となっている Sung et al. CACancerJClin 2021。治療法の進歩にもかかわらず、多くの患者が治療抵抗性を獲得し、癌の再発や転移に至る。特に肺転移の頻度は21-36%と高く、予後不良の主要因の一つである。転移の成立には多段階プロセスが関与し、癌細胞が到達する前に遠隔臓器で形成される免疫抑制的微小環境である「転移前ニッチ (pre-metastatic niche, PMN)」の形成が転移効率を規定することが示されている Qi et al. NatCommun 2022。PMN形成には、原発腫瘍由来因子、PMN間質成分、骨髄由来細胞 (BMDC) や免疫細胞間の遠隔相互作用が関与するが、PMNへの免疫細胞の動員メカニズムやその重要性については未解明な点が多い。
癌細胞自身の代謝リプログラミングが増殖・転移を促進することは広く知られているが、PMN形成における宿主臓器側 (特に肺線維芽細胞) の代謝変化の役割はほとんど不明であった。線維芽細胞の老化 (senescence) と老化関連分泌現象 (senescence-associated secretory phenotype, SASP) が腫瘍微小環境 (TME) の免疫状態を制御することは知られているが、PMN形成における具体的な役割は探索されていなかった。アセチルCoAカルボキシラーゼα (ACACA) は脂肪酸生合成の律速酵素であり、アセチルCoAをマロニルCoAに変換することでde novo脂肪酸合成を制御するが、PMN形成との関係はこれまで報告されていなかった。例えば、骨髄由来抑制細胞 (MDSC) は循環腫瘍細胞 (CTC) の生存と転移能を高めることが示されているが Yang et al. JImmunotherCancer 2021、PMNにおけるMDSC浸潤のメカニズムは完全には確立されていない。本研究では、乳癌における肺PMN形成における代謝リプログラミングの役割、特にACACAの関与に焦点を当て、この未解明なギャップを埋めることを目指した。
目的
乳癌担持マウスにおける転移前の肺代謝変化を包括的に解明し、特に脂質代謝異常が肺線維芽細胞の老化を介して免疫抑制性PMN形成に寄与する新規メカニズム、およびACACAが乳癌肺転移の治療標的となり得る可能性を明らかにすることを目的とした。
結果
転移前肺における脂質代謝関連遺伝子群の広範な低下: MMTV-PyVT乳癌担持マウスの第9週 (転移前) の肺のマイクロアレイ解析により、32遺伝子の発現低下と3遺伝子の発現増加が認められた (Fig. 1B)。KEGGパスウェイ解析では、「脂肪酸代謝」「アジポカインシグナル伝達経路」「脂肪酸生合成」「脂肪細胞における脂肪分解の制御」「不飽和脂肪酸生合成」など、複数の脂質代謝経路が有意に影響を受けていた (Fig. 1C)。低下した遺伝子群のうち、ACACA, ACSM3, ADIPOQ, ELOVL3, ELOVL6, FABP4, PNPLA3, SLC2A4, SLC2A5, COX8Bを含む10個の脂質代謝関連遺伝子がqRT-PCRにより肺組織で低下していることが確認された (Fig. 1D)。細胞種別解析の結果、ACACAの低下は肺線維芽細胞で最も顕著であったため、以降の解析は線維芽細胞に焦点を当てた。野生型マウスと比較して、MMTV-PyVTマウスの肺線維芽細胞ではACACA mRNA発現が約0.4-foldに低下していた (p < 0.001)。
肺線維芽細胞におけるACACAの低下とアセチルCoA蓄積によるタンパク質アセチル化の増加: 乳癌担持MMTV-PyVTマウスの肺線維芽細胞において、ACACA発現がIHCおよびwestern blotで有意に低下していることが示された (Fig. 3A, B)。ELISAによる定量では、アセチルCoA濃度が有意に上昇し (約2.5-fold increase, p < 0.05)、マロニルCoA濃度が有意に低下した (約0.5-fold decrease, p < 0.05) (Fig. 4A, B)。PBC細胞との共培養系でも同様の変化が確認され、siRNAによるACACAノックダウンでも再現された (Fig. 4C-H)。このACACA低下は、transwell共培養 (直接接触なし) で起こったことから、乳癌細胞が可溶性因子を介して肺線維芽細胞のACACA活性を遠隔的に制御することが示唆された。さらに、総タンパク質のリジンアセチル化が増加していることが確認された (Fig. 4I-K)。MMTV-PyVTマウス由来の肺線維芽細胞では、野生型と比較してタンパク質リジンアセチル化が約1.8-fold増加していた (p < 0.01)。
ACACA低下による肺線維芽細胞老化の誘導とSASP (CXCL1主導のG-MDSC動員): IHCにより、第12週 (転移顕在化前) のMMTV-PyVTマウス肺線維芽細胞で老化マーカーであるp53の発現増加が確認された (Fig. 5A)。SA-β-ガラクトシダーゼ陽性率も第12週MMTV-PyVTマウス肺線維芽細胞で増加した (Fig. 5B)。PBC細胞との共培養により、p21発現増加およびSA-β-ガラクトシダーゼ陽性率増加が確認され、線維芽細胞老化が誘導されることが示された (Fig. 5C, D)。ヒト乳癌細胞 (MCF7, Hs578T) との共培養でも正常ヒト肺線維芽細胞 (NHLF) の老化誘導が確認された (Fig. 5E, F)。siRNAによるACACAノックダウン単独、またはACACA化学阻害剤TOFAの投与でも線維芽細胞老化が誘導され、ACACA低下が老化の十分条件であることが示された (Fig. 5G-I)。老化線維芽細胞はSASPを呈し、第12週乳癌担持マウス肺線維芽細胞でCXCL1, ICAM-1, IL-1α, IL-6が有意に上昇した (p < 0.01-0.0001) (Fig. 5J)。G-MDSCは第10-12週に肺への蓄積が増加し (Fig. 6A)、老化線維芽細胞上清はG-MDSC遊走を促進した (約2.5-fold increase, p < 0.01) (Fig. 6D)。この効果は抗CXCL1抗体により約85%阻止され、組換えCXCL1単独でもG-MDSC遊走促進が確認されたことから、CXCL1が主要なケモカインとして同定された (Fig. 6E, F)。G-MDSCの遊走数は対照群と比較して約3.0-fold増加した (p < 0.001)。
ACACAノックインによる乳癌肺転移の抑制: MMTV-PyVT/ACACAマウス (第9週よりDOX投与でACACA誘導) では、対照と比較してG-MDSCの肺浸潤が有意に減少し (約0.5-fold decrease, p < 0.01) (Fig. 7B)、肺転移結節数が約80%減少した (p < 0.05, n = 4) (Fig. 7C)。一方、ACACAを過剰発現した乳癌細胞の尾静脈注射モデルでは転移能に差がなく、ACACA復元の効果が肺線維芽細胞を介することが示された (Fig. 7D)。ACACA阻害剤TOFA (50 mg/kg) のin vivo投与でも肺線維芽細胞の老化が増加した (Fig. 7E)。これらの結果は、肺線維芽細胞におけるACACAの低下が乳癌の肺転移に寄与することを示唆している。
考察/結論
本研究は、乳癌担持マウスの肺線維芽細胞において、ACACA (アセチルCoAカルボキシラーゼα) 発現が転移前に低下することが、アセチルCoA蓄積、タンパク質リジンアセチル化増加、細胞老化、SASP (CXCL1主導)、G-MDSC (顆粒球系骨髄由来抑制細胞) 動員、免疫抑制的PMN (転移前ニッチ) 形成、そして乳癌肺転移促進という一連の新規メカニズムを引き起こすことを解明した。
先行研究との違い: これまでの研究では、癌細胞自身の代謝リプログラミングや、癌関連線維芽細胞の逆Warburg効果による腫瘍細胞へのエネルギー供給が報告されてきた。例えば、大腸癌がATP-クエン酸リアーゼリン酸化を介して肝PMN線維芽細胞のアセチルCoAを増加させること Zhang et al. Cell Death Dis 2022 が示されている。しかし、本研究は、宿主肺線維芽細胞におけるACACA特異的な低下が、アセチルCoA蓄積と細胞老化を介してPMN形成を促進するという、これまでと異なるメカニズムを明らかにした点で対照的である。また、ACACAの役割は腫瘍研究で議論が続いており、腫瘍細胞ではACACA阻害が細胞増殖を抑制する一方で、EMT・転移を促進することも報告されている Rios Garcia et al. Cell Metab 2017。本研究は、宿主肺線維芽細胞の文脈ではACACA低下がG-MDSC動員を介して転移を促進するという、腫瘍細胞とは逆の表現型を示した点が重要である。
新規性: 本研究で初めて、乳癌における肺PMN形成において、肺線維芽細胞のACACA発現低下がアセチルCoA蓄積とタンパク質リジンアセチル化の増加を引き起こし、線維芽細胞老化 (SASP) を誘導するという新規メカニズムを同定した。さらに、この老化線維芽細胞がCXCL1を介して免疫抑制性G-MDSCを肺に動員し、転移前ニッチ形成を促進することを明らかにした。このCXCL1-G-MDSC軸の具体的な同定は、PMN形成における宿主細胞の代謝変容の重要性を強調するものであり、これまで報告されていない知見である。
臨床応用: 本知見は、乳癌肺転移の予防および治療における新たな治療標的の可能性を提示する点で臨床的意義が大きい。ACACA発現の回復やCXCL1シグナルの阻害が、乳癌肺転移を抑制する治療戦略として検討できる。特に、CXCL1はG-MDSC動員に不可欠であることが示されたため、既存のCXCR2アンタゴニストなどを用いた組み合わせ戦略が臨床現場での応用につながる可能性がある。宿主側 (肺線維芽細胞) の代謝変容を標的とすることで、癌細胞への直接的な作用とは異なるアプローチで転移を制御できる可能性を示唆する。
残された課題: 今後の検討課題として、乳癌細胞がどのような可溶性因子を介して肺線維芽細胞のACACA発現を抑制するのか、アセチルCoA蓄積から細胞老化に至る具体的な分子仲介者、およびヒト乳癌患者の肺組織における老化線維芽細胞とG-MDSC数の相関解析が必要である。また、ACACAの全身的な阻害が他の臓器のPMN形成や免疫応答に与える影響についても詳細な検討が求められる。これらのlimitationを克服することで、より安全で効果的な治療戦略の開発につながると考えられる。
結論として、乳癌担持マウスの肺では転移前にACACA発現が線維芽細胞で低下し、アセチルCoA蓄積、タンパク質アセチル化増加、老化 (SASP)、CXCL1産生、G-MDSC動員という連鎖で免疫抑制的PMNを形成し肺転移を促進する。ACACAノックインマウスではG-MDSC浸潤減少と肺転移が約80%抑制され、ACACA発現の回復とCXCL1シグナル阻害が乳癌肺転移抑制の新たな治療標的として提唱される。宿主側 (肺線維芽細胞) の代謝変容がPMN形成の重要なドライバーであることを示した本知見は、PMN制御による転移予防戦略の科学的根拠となる。
方法
転写・脂質解析: MMTV-PyVT乳癌マウス (第9週、肺転移前) の肺をマイクロアレイおよびUHPLC-QTOFMS (超高速液体クロマトグラフィー四重極飛行時間型質量分析計) によるトランスクリプトーム・脂質メタボローム解析に供し、野生型FVBマウスと比較した (各n = 3またはn = 10)。KEGG経路解析により、脂質代謝関連遺伝子群を同定した。
細胞単離・培養系: 肺から免疫細胞 (CD45+), 上皮細胞 (EPCAM+), 内皮細胞 (CD31+) をMACSビーズで除去し、線維芽細胞を選択的に単離した。乳癌細胞 (MMTV-PyVT由来PBC cellsまたはMCF7/Hs578T) との共培養 (transwellシステム) を行い、ACACA発現、代謝、老化表現型への影響を評価した。G-MDSC (顆粒球系骨髄由来抑制細胞) をMACSで単離し、遊走アッセイ (3μmインサート) を実施した。
ACACA機能解析: qRT-PCR, western blot, IHC (免疫組織化学染色) でACACA発現を評価した。ELISAでアセチルCoAとマロニルCoAを定量した。siRNAノックダウンおよびACACA化学阻害剤TOFA (5 μg/mL) を用いてACACA阻害実験を実施した。SA-β-ガラクトシダーゼ染色、p21/p53発現解析により細胞老化を評価した。Luminexシステムを用いて多重サイトカイン定量を行った。
in vivo救済実験: AAV送達shRNAによる誘導型 (doxycycline制御) ACACAノックインマウス (MMTV-PyVT/ACACA) を作製し、第9週よりDOX投与を開始した。第12週に肺を採取し、転移結節数およびG-MDSC浸潤を評価した (各n = 4-6)。TOFA (50 mg/kg、14日間) のin vivo投与実験も実施し、肺線維芽細胞の老化への影響を評価した。統計解析にはPrism 9.0.0を使用し、unpaired t検定または一元配置ANOVAを適用した。p値が0.05未満を有意とした。