• 著者: Hyuna Sung, Jacques Ferlay, Rebecca L. Siegel, Mathieu Laversanne, Isabelle Soerjomataram, Ahmedin Jemal, Freddie Bray
  • Corresponding author: Freddie Bray (International Agency for Research on Cancer, Lyon, France)
  • 雑誌: CA: A Cancer Journal for Clinicians
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-02-04
  • Article種別: Review
  • PMID: 33538338

背景

がんは世界的に主要な死亡原因であり、2019年のWHO推計では183か国中112か国において70歳未満の死亡原因の第1位または第2位に位置する。人口の高齢化と増加、さらに喫煙、肥満、身体不活動といったリスク因子の普及が、特に低・中所得国におけるがん負荷の増大を招いている。国際がん研究機関 (IARC) が運営するGlobal Cancer Observatory (GCO) は、世界標準のがん統計であるGLOBOCANを定期的に更新しており、本論文は前回のGLOBOCAN 2018から2年ぶりの更新として位置づけられる。過去の報告である Jemal et al. CACancerJClin 2011Bray et al. CACancerJClin 2018 などにより、がんの罹患率と死亡率の世界的傾向は継続的に追跡されてきた。しかし、地域別、性別、人間開発指数 (HDI) レベル別の詳細な差異、特に移行期にある国々におけるがん負荷の具体的な状況については、最新の包括的なデータに基づく分析が不足していた。また、乳がんが肺がんを抜いて罹患数で世界最多となるなど、がん種別のランキングに大きな変化が生じている可能性があり、その実態を定量的に把握する必要があった。本推計はSARS-CoV-2パンデミック以前に収集されたデータに基づいており、COVID-19によるがん診断・治療の遅延の影響は含まれていないため、パンデミックががん負荷に与える影響については今後の研究課題として残されている。これまでの研究では、特定の地域やがん種に焦点を当てた分析は行われてきたものの、世界全体を網羅し、かつ最新の人口動態と社会経済的要因を考慮した包括的な疫学データは不足しており、各国のがん対策立案のための強固な基盤が未確立であった。特に、移行途上国におけるがん負荷の急速な変化に対応するための詳細なデータが不足している点が、国際的ながん制御戦略における重要なギャップとして認識されていた。

目的

IARCが構築したGLOBOCAN 2020データベースに基づき、2020年における世界185か国・36がん種の罹患数・死亡数・年齢標準化罹患率 (ASR)・死亡率・累積リスクを推計・記述し、地域・性別・人間開発指数 (HDI) レベル別の分布を解析することを目的とする。さらに、2040年のがん負荷を予測し、世界的ながん対策に向けた疫学的基盤を提供することを目的とした。特に、乳がんが肺がんを上回る罹患数となるという歴史的な変化や、移行途上国における特定のがん種の死亡率の逆転現象を詳細に分析し、その背景にある社会経済的要因とリスク因子の変化を明らかにすることも目的とした。これにより、各国の医療政策立案者や研究者が、地域の実情に応じた効果的ながん対策を策定するための最新かつ包括的な情報を提供することを目指す。本研究は、がんの疫学的移行期にある国々におけるがん負荷の具体的なパターンと、それが将来的にどのように変化するかを予測することで、予防、早期発見、治療、緩和ケアといった多角的なアプローチの優先順位付けに貢献することを意図している。

結果

世界全がん負荷 (2020年総数と地域分布): 2020年に世界で推計1,930万件の新規がん症例 (非黒色腫皮膚がんを除くと1,810万件) と1,000万人のがん死亡 (同9,890万件) が発生した。全がん症例の49.3%および死亡の58.3%がアジアで発生しており、これは世界人口の59.5%を占めるアジアの人口規模を反映している (Figure 3)。欧州は症例の22.8%と死亡の19.6%を占め、南北アメリカは症例の20.9%と死亡の14.2%を占めた。アジアとアフリカでは、死亡シェアが罹患シェアを大幅に上回り (アフリカ: 罹患5.7%に対し死亡7.2%)、これらの地域における高いcase fatality rateが示唆された。男性の全がん罹患率 (ASR) は222.0/100,000、女性は186.0/100,000と男性が女性より19%高く、死亡率の差はさらに大きく男性120.8/100,000、女性84.2/100,000と男性が43%高かった (Table 2)。世界全体では、5人に1人ががんを発症し、男性8人に1人、女性11人に1人ががんで死亡すると推計された。

がん種別ランキングの変化 (乳がんの歴史的逆転): 2020年に初めて乳がんが肺がんを抜き、罹患数で世界第1位となった。乳がんの新規罹患数は2,261,419例 (全がんの11.7%) であり、肺がんの2,206,771例 (11.4%) を僅かに上回った (Table 1, Figure 4)。しかし、死亡数では肺がんが依然として1位を維持し、1,796,144例 (18.0%) であった。大腸がん (死亡数935,000例、9.4%)、肝がん (830,180例、8.3%)、胃がん (768,793例、7.7%)、乳がん (684,996例、6.9%) が死亡数で2位から5位に続いた。前立腺がんの罹患数は1,414,259例 (7.3%)、大腸結腸がんは1,148,515例 (6.0%)、胃がんは1,089,103例 (5.6%)、肝がんは905,677例 (4.7%)、膵がんは495,773例 (2.6%) であった。希少疾患である中皮腫は、世界で新規30,870例 (0.2%)、死亡26,278例 (0.3%) と記録された。

HDI別・地域別の罹患率・死亡率格差: 全がん罹患率は「非常に高いHDI」国の男性で335.3/100,000に対し、「低いHDI」国では104.3/100,000と約3.2倍の差があった。しかし、死亡率の差は約2倍にとどまり (高HDI男性141.1/100,000 vs 低HDI男性76.7/100,000)、これは高所得国での生存率の高さを反映している (Table 2, Figure 7)。男性の全がん罹患率は、最高がオーストラリア/ニュージーランドの494.2/100,000から西アフリカの100.6/100,000まで約5倍の幅があった。女性では、最高がオーストラリア/ニュージーランドの405.2/100,000から南中央アジアの102.5/100,000まで約4倍の差が見られた。東欧男性の死亡率165.6/100,000は中米の70.2/100,000の2倍以上であり、最大の死亡率地域格差を示した。東アフリカ女性の0-74歳累積がん死亡リスク (11.0%) は、北米 (8.2%) や西欧 (8.8%) を上回る特異な状況も確認された。

移行途上国での乳がん・子宮頸がん死亡率逆転現象: 女性の乳がん死亡率は、移行途上国 (ASR 15.0/100,000) が移行済み国 (12.8/100,000) を17%上回る結果となった (Figure 7B)。子宮頸がん死亡率の格差はさらに大きく、移行途上国で12.4/100,000に対し移行済み国で5.2/100,000と2.4倍に達した。乳がんは移行済み国での罹患率が大幅に高い (ASR 55.9 vs 29.7/100,000) にもかかわらず、移行途上国での死亡率が高いのは、早期発見・治療アクセスの不平等が主因であり、バルバドスが世界最高の乳がん死亡率を示した (Figure 8)。子宮頸がん死亡率の2.4倍格差は、HPVワクチン接種の世界的普及の緊急性を示す。一方で、乳がん罹患率の移行途上国での急上昇 (29.7/100,000) は、経済発展に伴う生活習慣の西洋化、出産回数減少、肥満増加などのリスク因子普及を反映している。

肺がんの国別・HDI別データと性差: 高所得国男性では、肺がんASR 39/100,000が前立腺がん37.5/100,000を僅かに上回り罹患1位であった。低所得国男性では、前立腺がん11.3/100,000に対し肺がんが10.3/100,000と2位であった (Figure 7A)。肺がんは男性93か国、女性25か国でがん死亡の首位であり、前立腺がんが死亡2位 (48か国)、肝がんが3位 (23か国) と続いた (Figure 6)。女性では乳がんが159か国で最多罹患、110か国で死亡首位であり、子宮頸がんが残り約23か国で最多罹患を示した。肺がんは女性での死亡1位国が25か国 (主に高所得国と中国を含む) であった。肺がんの累積罹患リスク (0-74歳) は高所得国男性で7.2%と低所得国男性の2.3%の約3倍に達した。死亡率については、肺がん単独の死亡率ASRが男性全体で36.0/100,000に達し、全がん死亡の18.0%を占める圧倒的な負担を示している (Table 3)。

がん種別の死亡率・生存率格差の比較: 本推計は、罹患数・死亡数の絶対数に加えて、mortality-to-incidence ratio (MIR) の地域差を強く示唆する。MIRが高い (すなわちcase fatality rateが高い) がん種は肺がん (MIR ≈0.81)、膵がん (MIR ≈0.94)、肝がん (MIR ≈0.92) であり、一方で甲状腺がん (MIR ≈0.07)、精巣がん (MIR ≈0.03)、皮膚黒色腫 (MIR ≈0.18) は低い。乳がんのMIRは全体では0.30であるが、移行途上国では罹患率が低いにもかかわらず高いMIRを示し、診断が遅れたステージIII/IVで発見される割合が高いことを反映する。アフリカでは子宮頸がんの5年相対生存率が50%未満であり、シンガポール・韓国等での75%以上と対比される。こうした生存率の地域格差の大きさは、グローバルなスクリーニング・早期診断・治療アクセス均一化への投資の優先度を示す。累積罹患リスク (0-74歳) においても、高所得国と低所得国間の格差は男性で3倍 (7.2% vs 2.3%)、女性で2倍超と大きく、cancer registryデータの整備による国際的なconfidence intervalの計算精度向上が今後の課題として指摘されている。

2040年のがん負荷予測と構造的背景: 2020年の1,930万件から2040年には2,840万件へ47%増加が予測される (Figure 24)。この増加の主体は移行途上国 (64-95%増) であり、移行済み国の32-56%増を大幅に上回る。この予測は人口動態変化 (高齢化・人口増加) のみによるものであり、リスク因子の変化 (経済発展に伴うがんリスク因子の普及、特に肥満・身体不活動) を加味すれば、実際の増加はさらに大きくなる可能性がある。絶対数では移行途上国での増加が移行済み国を大きく凌ぐため、移行途上国における予防インフラ・がん検診・緩和ケア・治療提供能力の整備が急務であることを定量的に示した。特に、低HDI国では95%の増加が予測されており、これは高HDI国の32%増加と比較して顕著な差である。

考察/結論

GLOBOCAN 2020は世界のがん疫学の最新包括的スナップショットを提供し、いくつかの重要な変化を記録した。

先行研究との違い: 本研究は、これまでのGLOBOCAN報告 (Jemal et al. CACancerJClin 2011, Bray et al. CACancerJClin 2018) と異なり、乳がんが肺がんを抜いて世界最多罹患がんとなったという歴史的な転換点を初めて明確に示した。この変化は、世界規模の人口構造変化、スクリーニング普及、ホルモン系リスク因子の変化が複合的に寄与している。肺がんは依然として最大のがん死亡原因 (1,796,144例、18.0%) であり、特に男性での喫煙対策の継続的な緊急性を示す。

新規性: 本研究で初めて、乳がん死亡率において移行途上国 (ASR 15.0/100,000) が移行済み国 (12.8/100,000) を17%上回る「死亡率の逆転」現象を明確に記録した。これはこれまで報告されていない重要な知見であり、低・中所得国での早期発見プログラムの欠如と治療アクセス制限が重大な課題であることを示している。アジア・アフリカでの死亡シェアが罹患シェアを大幅に上回るパターン (アジア: 罹患49.3%に対し死亡58.3%) は、これらの地域での高いcase fatality rateを裏付け、現地でのがん対策整備が急務であることを示す。子宮頸がん死亡率の移行途上国での2.4倍の高さ (12.4 vs 5.2/100,000) は、HPVワクチン接種の世界的普及の重要性を改めて示している。

臨床応用: 疫学的エビデンスの臨床応用として本論文が示す要点は以下のとおりである。(1) 喫煙対策の継続: 肺がんは男性における死亡原因の首位 (93か国) であり、禁煙介入・煙草税・煙草製品規制が最も費用対効果の高いがん対策として維持される。(2) ワクチン接種: HPV (子宮頸がん) ・HBV (肝がん) の世界的ワクチン接種普及が発展途上国でのがん死亡率削減に不可欠。(3) 早期発見: 乳がん・大腸がん・子宮頸がんのスクリーニングプログラムの低・中所得国での普及が、「罹患率格差より大きい死亡率格差」を是正する鍵となる。(4) 将来的負担: 2040年の2,840万件への47%増加予測に対し、移行途上国では基盤整備が最も急務であり、移行済み国では高齢化に伴う増加と医療資源配分の最適化が課題となる。これらの知見は、世界のがん制御戦略において、地域特性に応じた優先順位付けとリソース配分を最適化するための臨床的有用性を持つ。

残された課題: GLOBOCAN 2020のデータはCOVID-19パンデミックによるがん診断・治療の遅延影響を含んでいないため、実際の2020年のがん負荷は若干異なる可能性がある。今後の検討課題として、パンデミックががんの罹患率、死亡率、診断ステージに与える影響を評価する必要がある。また、低・中所得国におけるがん登録データの質と網羅性の向上は、より正確な推計と地域特有のがん対策の策定に不可欠である。さらに、がんリスク因子の変化が将来のがん負荷に与える影響をより詳細にモデル化することも、今後の研究の方向性となる。本研究のlimitationとして、推計は既存のデータソースに基づいているため、一部の地域ではがん登録の網羅性や質に限界がある可能性がある。

方法

本研究では、185か国のがん登録データ、死亡統計、国別がん登録の短期予測、および死亡罹患比モデリングを統合したGLOBOCAN 2020推計を使用した。データソースはGlobal Cancer Observatory (GCO) (gco.iarc.fr) からアクセス可能である。分析対象は36がん種 (国際疾病分類第10版 (ICD-10) コードC00-C97) であり、非黒色腫皮膚がん (NMSC) も含まれる。2020年の罹患数と死亡数を推計し、年齢標準化罹患率 (ASR) は1966年Segi-Doll世界標準人口に基づいて算出した。また、75歳未満の累積リスクもパーセンテージで計算した。分析単位は国連定義の20の世界地域、および人間開発指数 (HDI) の4段階区分 (低・中・高・非常に高い) を採用した。2040年のがん負荷予測は、2020年の国別ASRが一定であると仮定し、国連の人口動態予測 (高齢化と人口増加) のみによる変化を推計した。非黒色腫皮膚がん (NMSC) は、罹患数においては基底細胞癌を除外して推計されたが、死亡数においては全てのNMSCタイプが含まれた。統計解析には、年齢標準化率の算出に加えて、累積リスクの計算が行われた。本研究では、既存のデータセットを統合・分析するレビュー形式であり、特定の統計手法として、年齢標準化率の算出に加えて、累積リスクの計算が行われた。また、死亡罹患比モデリングも適用された。本研究は、既存の公開データセットの系統的な統合と分析に基づいており、新たな一次データ収集は行われていない。データはGlobal Cancer Observatory (GCO) (gco.iarc.fr) からアクセス可能であり、その透明性は確保されている。