• 著者: Meiyan Qi, Yun Xia, Yanjun Wu, Zhuo Zhang, Xinyu Wang, Liying Lu, Cheng Dai, Yanan Song, Keying Xu, Weiwei Ji, Lixing Zhan
  • Corresponding author: Lixing Zhan (CAS Key Laboratory of Nutrition, Metabolism and Food Safety, Shanghai Institute of Nutrition and Health, Chinese Academy of Sciences, Shanghai, China)
  • 雑誌: Nature Communications
  • 発行年: 2022
  • Epub日: 2022-02-16
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 35173168

背景

Lin28Bは、胚性幹細胞の自己複製を制御するRNA結合タンパク質であり、多くの癌腫で過剰発現し、予後不良と相関することが報告されている Huang WileyInterdiscipRevRNA 2012。乳がんにおいては、Lin28Bは主にトリプルネガティブ乳がん (TNBC) で発現し、腫瘍の進展、浸潤、がん幹細胞 (BCSCs) の増加を促進することが知られている Chen Oncogene 2019。しかし、Lin28Bが遠隔転移における前転移ニッチの形成、特に免疫抑制性前転移ニッチ (pre-metastatic niche) の形成に与える影響とその機序については、これまで十分に解明されていなかった。この領域は研究が手薄であり、詳細なメカニズムの特定が不足している。

前転移ニッチの形成は、転移性腫瘍細胞の増殖を維持する上で極めて重要なステップであり Joyce NatRevCancer 2009、腫瘍由来の因子、遠隔部の間質成分、および骨髄由来細胞 (BMDCs) 間のクロストークが関与すると考えられている Peinado et al. NatRevCancer 2017。BMDCsには好中球、マクロファージ、単球、樹状細胞などが含まれ、特に好中球は最も豊富な細胞集団である Liu et al. CancerCell 2016。好中球が腫瘍細胞の転移巣形成を阻害するという報告がある一方で Granot et al. CancerCell 2011、肺への腫瘍細胞定着を促進する役割も示唆されている Coffelt et al. Nature 2015。近年、好中球が原発腫瘍において免疫調節因子として機能することが注目されているが Eruslanov et al. JClinInvest 2014、Lin28B-エクソソーム軸が好中球の表現型変化を介して免疫抑制を構築し、前転移ニッチ形成に寄与するかどうかは不明であった。このメカニズムの解明は、乳がん転移の予防と治療における新たな標的の発見につながる可能性がある。特に、Lin28B高発現乳がん細胞がエクソソームを介して前転移ニッチの免疫抑制を誘導する具体的な分子経路については、依然として未開拓な部分が多かった。

目的

本研究の目的は、Lin28B高発現乳がん細胞が産生するエクソソームを介して肺前転移ニッチに免疫抑制環境を形成し、肺転移を促進する機序を解明することである。特に、エクソソーム中のlet-7sマイクロRNAファミリー含量と好中球の極性化(N2型への分化)の役割に焦点を当て、その分子メカニズムを詳細に解析する。さらに、乳がん患者におけるLin28B発現とlet-7s含量の臨床的意義を検証し、予後予測因子としての可能性を評価することも目的とした。これにより、Lin28B高発現乳がん細胞が、腫瘍由来エクソソームを介して肺前転移ニッチの免疫抑制を誘導し、最終的に乳がんの肺転移を促進する一連の分子カスケードを明らかにすることを目指す。この知見は、乳がん転移の新たな治療標的を特定し、臨床応用への道筋を示すことを目的とする。

結果

Lin28B高発現と乳がん患者の転移・予後相関: TMAコホートII (n=140例) の解析により、Lin28BはTNBCにおいて他のサブタイプ (ルミナル型、HER2陽性型) と比較して有意に高発現していた (p=0.0196/0.0207)。Lin28B発現は遠隔転移および臨床グレードと有意に相関し (p<0.05)、多変量Cox回帰分析では、Lin28B高発現がOSの独立予後不良因子であることが示された (HR=5.802, 95% CI 2.503-13.447, p<0.001)。合計コホートII+III (n=285例) でも、全乳がんサブタイプにわたって同様の傾向が確認された。さらに、GEO GSE12276コホート (n=204患者) の解析では、Lin28B高発現が肺転移と特異的に相関するが (p=0.045)、骨転移 (p=0.300) や脳転移 (p=0.369) との相関は認められなかった。これらの結果は、Lin28Bが乳がんの肺転移促進に重要な役割を果たすことを示唆している (Fig 1)。

Lin28B高発現が肺前転移ニッチ形成と肺転移を促進: 4TO7-Lin28BOE細胞を用いたオルソトピック乳がんモデルでは、Lin28Bの過剰発現は原発腫瘍体積に影響を与えなかったが (p=0.975)、肺転移を著明に増加させた (Fig 1k, l)。腫瘍接種2〜3週後のBALB/cマウス肺組織では、前転移ニッチの特性遺伝子であるS100a8、S100a9、Fibronectinの発現が有意に増加した (p<0.05〜p<0.0001)。Lin28B高発現マウスの肺では、CD11b⁺Ly6G⁺Ly6C⁺好中球が有意に増加したが (Fig 2b, c)、他のBMDCサブセットには大きな変化は認められなかった。BALF中のCXCL1、CXCL2、CXCL5濃度は有意に増加したが (p=0.0002〜p<0.0001)、血清中では差がなかったことから、肺特異的なケモカイン誘導が示唆された。PyMTおよびMMTV-Neuモデルでも同様の好中球蓄積が確認された (Fig 2j)。

好中球がLin28B誘導性前転移ニッチに必須の役割: Ly6G抗体による好中球選択的除去実験では、腫瘍接種14日目から原発腫瘍切除までの早期好中球除去により、Lin28B高発現マウスの肺転移が有意に抑制された (p=0.0476, p=0.0480)。しかし、後期好中球除去では転移抑制効果は認められなかった。Control 4TO7マウスでは、好中球除去後も肺転移は観察されなかった。好中球除去は原発腫瘍の増殖には影響を与えなかった (Fig 2g)。これらの結果は、Lin28B発現条件下での早期の好中球が転移促進に重要な役割を果たすことを示している。

Lin28Bが好中球のN2型分化と免疫抑制を誘導: Lin28B過剰発現は、好中球のN2型分化 (PD-L2⁺、CD206⁺、IL-10/TGFβ⁺) を誘導した。Lin28B高発現マウスの肺では、N2型好中球の割合が有意に増加し (Control群25.2% vs Lin28B群40.7%, p=0.0476)、これらのN2型好中球はin vitroでCD8⁺T細胞の増殖を有意に抑制した (Fig 5f)。この抑制効果はPD-L2阻害抗体によって解除された。IL-6およびIL-10の中和抗体投与により、N2型好中球のPD-L2発現が有意に減少し、肺転移も抑制された (Fig 3h)。IL-10は好中球のPD-L2 mRNA発現の強力な誘導因子であり、IL-6との併用によりさらに強い効果が認められた (Fig 5e)。これらの結果は、Lin28BがN2型好中球を誘導し、PD-L2を介した免疫抑制を促進することを示している。また、N2型好中球はCD4⁺T細胞のTh1分化も抑制した (Fig 4g)。

Lin28B発現エクソソームのlet-7s低含量とBCSCsを源とする機序: Lin28B過剰発現 (Lin28B-OE) 4TO7細胞ではALDH⁺BCSC画分が増加し (Supplementary Fig 1k)、Lin28B-OE BCSC由来エクソソームはlet-7a/b/c/d/e/f/g/i (let-7sファミリー) の含量が有意に低下していた (Fig 7i)。ALDH⁺細胞がlet-7s低含有エクソソームの主要な供給源であることが確認された。エクソソーム中のlet-7sの低下は、CXCL1/2/5産生誘導を介して肺への好中球動員に必須であることが示された。Lin28B高発現マウスの血清エクソソームでは、let-7sおよびmiR-125a/bが有意に低下していた (Fig 7a)。PyMTおよびMMTV-Neuモデルでも同様のlet-7s低下が確認された (Fig 7b)。let-7aアゴミアの補充は、Lin28BエクソソームによるCXCLs、IL-6、IL-10の誘導を抑制し (Fig 7c,d)、好中球の動員とN2型分化を阻害した (Fig 7e)。これらの結果は、Lin28B高発現乳がん細胞が、BCSCs由来のlet-7s低含有エクソソームを介して、肺前転移ニッチにおける免疫抑制環境を構築することを示している。

血清エクソソーム中のlet-7sと乳がん患者の予後相関: 乳がん患者の血清エクソソームでは、健常者と比較してlet-7sが有意に低かった (Fig 8b)。また、原発腫瘍のLin28B発現と血清エクソソームlet-7aレベルは負の相関を示した (r=0.54, p<0.0001) (Fig 8d)。さらに、腫瘍組織中のlet-7a低発現は、乳がん患者の全生存期間の短縮と関連していた (Fig 8i, j)。GEO GSE12276コホート (n=204患者) の解析では、let-7a低発現が肺転移と特異的に相関し、肺転移のない生存期間の短縮を予測した (Fig 8k)。これらの臨床データは、Lin28B-let-7s軸が乳がんの肺転移と予後に密接に関連していることを裏付けている。

考察/結論

本研究は、Lin28B高発現乳がん細胞がlet-7s低含有エクソソームを介して肺前転移ニッチにおけるN2型好中球分化とPD-L2発現を誘導し、免疫抑制を促進することで肺転移を支持する新規メカニズムを確立した。

先行研究との違い: これまでの研究では、Lin28Bが乳がんの腫瘍進展やがん幹細胞の増加を促進することが報告されていたが Chen Oncogene 2019、Lin28Bがエクソソームを介して遠隔器官の免疫微小環境を再プログラムし、前転移ニッチを形成する詳細な機序は未解明であった。本研究は、Lin28B-let-7軸がBCSC由来エクソソームを介して、腫瘍細胞自律的な進展制御とは異なる「幹細胞-エクソソーム-免疫細胞」クロストークによる転移制御パラダイムを示す点で、これまでの知見と対照的である。特に、好中球除去が早期のみ有効であるという発見は、早期治療介入の重要性を示唆する。

新規性: 本研究で初めて、Lin28BがALDH⁺BCSCの増加を誘導し、これらのBCSC由来エクソソームがlet-7sを低く含有することで、肺特異的なCXCL産生を介して好中球を動員すること、さらにlet-7s低含有エクソソームが好中球をN2型に分化させ、PD-L2/IL-10依存的にCD8⁺T細胞の増殖を抑制するという一連の免疫抑制カスケードを新規に同定した。また、Lin28B高発現が乳がん全サブタイプにおいて独立予後不良因子 (HR=5.802, p<0.001) であること、およびlet-7s低発現が肺転移と特異的に相関することも初めて報告された。

臨床応用: 本知見は、乳がん転移の予防と治療における新たな標的の可能性を強く示唆する。Lin28B-let-7軸、エクソソーム中のlet-7s、およびN2好中球誘導経路は、診断バイオマーカーおよび治療標的として臨床応用に直結する可能性がある。特に、血清エクソソーム中のlet-7sレベルは、非侵襲的な予後予測および肺転移リスク評価のツールとして臨床現場での有用性が期待される。

残された課題: 今後の検討課題として、ヒト乳がん患者の肺前転移ニッチにおけるN2型好中球の存在と機能の直接的な検証が必要である。また、Lin28B高発現乳がん細胞がALDH⁺BCSCを増加させる詳細な分子メカニズムや、let-7sがCXCLs、IL-6、IL-10の産生を制御する具体的な下流経路の解明も残されている。Limitationとして、本研究は主にマウスモデルとin vitro実験に依存しており、ヒトの複雑な免疫微小環境におけるLin28B-エクソソーム軸の役割を完全に再現しているとは限らない。さらに、PD-L2阻害以外の免疫チェックポイント分子の関与や、N2好中球以外の免疫細胞サブセットの役割についても、今後の研究で詳細に検討する必要がある。

方法

本研究では、Lin28Bの臨床的意義を評価するため、TMA (組織マイクロアレイ) コホートI、II、IIIを用いてLin28Bの免疫組織化学 (IHC) 染色を実施した(合計285例の乳がん患者)。Kaplan-Meier法による全生存期間 (OS) 解析および多変量Cox回帰分析により、Lin28B発現と予後の関連を評価し、ハザード比 (HR) を算出した。さらに、GEO GSE12276コホート (204例) を用いて、Lin28B発現と転移先特異性の関連を解析した。

Lin28Bの機能的役割を検討するため、4TO7-Lin28BOE細胞および4TO7-Control細胞を用いたオルソトピック乳がんモデルをBALB/cマウス乳腺脂肪体に構築した。また、MMTV-PyMTおよびMMTV-Neuトランスジェニックマウスモデルも使用した。肺前転移ニッチの解析には、流動サイトメトリーを用いてCD11b⁺Ly6G⁺Ly6C⁺好中球、F4/80⁺マクロファージ、Ly6C⁻単球、樹状細胞 (DC) などの骨髄由来細胞 (BMDC) サブセットを定量した。好中球の選択的除去実験は、Ly6G抗体 (1A8) を用いて腫瘍接種早期(14日目から原発腫瘍切除まで)および後期(原発腫瘍切除後35日目から)に実施した。qRT-PCRにより、ニッチ特性遺伝子 (S100a8, S100a9, Fibronectin) の肺組織における経時的発現変化を評価した。気管支肺胞洗浄液 (BALF) および血清中のCXCL (CXCL1, CXCL2, CXCL5) 濃度は、CBAアッセイにより定量した。

エクソソームは超遠心法により精製し、CD9, CD63, HSP70などのマーカーのウェスタンブロット (WB) により特性解析を行った。4TO7エクソソームにおけるLin28B依存的なlet-7sマイクロRNAファミリーの変化は、マイクロアレイおよびqPCRにより解析した。ALDH⁺BCSC画分の解析はフローサイトメトリーで行い、biotin標識実験によりALDH⁺細胞がlet-7s低含有エクソソームの主要な供給源であることを確認した。N2型好中球の機能解析として、PD-L2発現、IL-10およびTGFβ産生、CD8⁺T細胞増殖抑制能を評価した。統計解析には、GraphPad Prism 8を使用し、両側Student’s t検定、一元配置ANOVA、二元配置ANOVA、ログランク検定などを用いた。細胞株は4TO7、MDA-MB-231、293T細胞を使用し、マイコプラズマ検査およびSTR解析により認証された。