• 著者: Dong-Xue Gan, Yi-Bei Wang, Ming-Yang He, Zi-Yang Chen, Xiao-Xue Qin, Zi-Wei Miao, Yu-Hua Chen, Bo Li
  • Corresponding author: Bo Li (Key Laboratory of Medical Cell Biology, Ministry of Education, Department of Developmental Cell Biology, School of Life Sciences, China Medical University, Shenyang, China)
  • 雑誌: Frontiers in Cell and Developmental Biology
  • 発行年: 2020
  • Epub日: 2020-12-15
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 33384994

背景

脳転移 (BrM) は肺がん患者にとって致死的な合併症であり、全がん種の中で最も高い頻度で発生し、肺がん患者の約20%が脳転移を発症すると報告されている (Nayak et al., 2012; Gould, 2018)。腫瘍細胞の組織特異的転移 (organotropism) は、腫瘍由来エクソソームが標的臓器に「pre-metastatic niche」を形成することで規定されるという概念が提唱されている (Lobb et al., 2017)。Hoshino et al. Nature 2015の研究では、organotropicなエクソソームが脳微小血管内皮細胞 (BMEC) などの標的臓器常在細胞に選択的に取り込まれることが示され、乳がん脳転移由来エクソソームの98%がBMECに集積することが報告された。

脳の神経血管単位 (NVU: neurovascular units) は、BMEC、周皮細胞、アストロサイト、ミクログリア、ニューロンで構成され、脳の恒常性維持に重要な役割を果たす (Hosford and Gourine, 2019)。BMECは中枢神経系 (CNS) への侵入に対する最初の応答者であると考えられている (McConnell et al., 2017)。先行研究では、白血病エクソソームがBMECにVEGFAを誘導し、血液脳関門 (BBB) の破壊を引き起こすこと (Kinjyo et al., 2019)、またMDA-MB-231乳がん由来exosomal miR-105がタイトジャンクションタンパク質ZO-1を標的とし、BBBの完全性を破壊することが報告されている (Zhou et al. CancerCell 2014)。しかし、肺がん由来エクソソームがpre-metastatic nicheにおいてNVU内のミクログリアに与える影響については、これまで十分に未解明な点が残されていた。特に、BMECを介したミクログリアへの間接的なシグナル伝達のメカニズムは不明であった。

Dkk-1 (Dickkopf-1) はWnt/β-cateninシグナル伝達経路の抑制因子として知られており (Huang et al., 2018; Baetta and Banfi, 2019)、多発性骨髄腫、前立腺がん、肝細胞がん、非小細胞肺がん (NSCLC) など様々な悪性腫瘍で高発現が報告され、予後不良と関連することが示されている (Politou et al., 2006; Yang et al., 2013; Dong et al., 2014; Rachner et al., 2014)。Dkk-1ががん転移において多面的な役割を果たす可能性が示唆されているが (Yao et al., 2016; Zhuang et al., 2017)、肺がん脳転移におけるDkk-1の具体的な機能、特にミクログリアの活性化や分極に対する影響については、知識ギャップが残されている。本研究は、この不足している知見を補完することを目的とする。

目的

本研究の目的は、肺がん細胞由来エクソソームが脳微小血管内皮細胞 (BMEC) に取り込まれた後、BMECからミクログリアへの抑制性シグナル伝達がどのように生じるか、その分子メカニズムを解明することである。特に、BMEC由来のDkk-1 (Dickkopf-1) がミクログリアのM1/M2分極を制御し、脳のpre-metastatic niche形成および肺がん脳転移カスケードにどのように寄与するかを検証することを目的とした。具体的には、in vivoおよびin vitroモデルを用いて、肺がんエクソソームがBMECのDkk-1分泌を誘導し、そのDkk-1がミクログリアの活性と表現型を変化させることで、脳転移前ニッチの免疫抑制状態を形成するメカニズムを明らかにすることを目指した。さらに、脳転移が定着した後のDkk-1発現の変化と、それがミクログリアの活性化に与える影響を評価し、脳転移カスケードにおけるDkk-1の二相性制御を解明することを目的とした。本研究は、この新規のシグナル軸を明らかにすることで、肺がん脳転移に対する新たな治療標的の同定を目指す。

結果

異なるエクソソーム投与経路がミクログリア応答に与える影響: retro-orbital注入によりLLC-exoは脳血管周囲 (CD31陽性) に局在し、ミクログリアは長突起、小細胞体、Iba-1陽性細胞数の減少という非活性化様の形態を呈した (Figure 1B, C)。一方、intra-ventricular投与ではミクログリアはアメーバ様 (大核、短突起) でIba-1陽性細胞数が増加し (p=0.0258)、直接的な活性化を引き起こした。in vivo実験では、retro-orbital注入されたLLC-exoはBMECに優先的に取り込まれることが示された (Supplementary Figure 2B)。この結果は、末梢からのLLC-exoがBMECを介してミクログリアへ抑制性シグナルを伝達することを示唆した。

LLC-exo–BMEC–BV2共培養系におけるM1/M2バランスの変容: BV2細胞をLLC-exoに直接曝露すると、M1 (IL-1β, iNOS, TNFα, TLR-4) およびM2 (arginase-1, CD206) の両マーカーが上昇した。しかし、LLC-exoを取り込んだmBMECと共培養すると、M1/M2両マーカーが有意に低下し、M2/M1比は有意に上昇した (Supplementary Figure 3)。これは、全体としてM1が絶対的に減少し、M2が相対的に増加する免疫抑制状態への変化を示唆している。この共培養系では、n=3の独立した実験で同様の結果が得られた。

BMECがLLC-exo取り込み後にDkk-1を分泌: Proteome Profiler XL Cytokine Arrayにより、HBMEC下室液にDkk-1が濃縮されていることが判明した (Figure 2A)。A549、NCI-H446 (SCLC)、LLCのいずれの細胞由来エクソソームも、HBMECのDkk-1 mRNA (p=0.008) および分泌Dkk-1 (ELISA, p=0.005-0.007) を有意に上昇させた。対照のHUVECでは顕著な上昇は見られず、臓器指向性パターンを示した (Figure 2D, E)。肺がん患者血清由来エクソソームでは、腺がんおよびSCLC由来エクソソームが扁平上皮がん由来エクソソームよりも高いDkk-1誘導を示し、臨床的な脳転移傾向と一致した (Supplementary Figure 5)。in vivoでは、retro-orbital投与により大脳皮質および海馬のDkk-1が上昇し、CD31陽性血管周囲に局在したが、intra-ventricular投与では顕著な上昇はなかった (Figure 2F, G)。Dkk-1のWestern blot解析では、retro-orbital注入群でDkk-1の発現が有意に増加した (p=0.039)。

Dkk-1がミクログリア抑制の責任因子であることの確認: BMECにおけるDkk-1 siRNAノックダウンは、LLC-exoによるBV2細胞のIL-1β/arginase-1/CD206低下を解除し、M2/M1比を正常化した (Figure 3A-C, Supplementary Figure 7)。Dkk-1中和抗体でも同様の効果が認められた。recombinant Dkk-1を浸透圧ポンプで脳室投与すると、皮質および海馬のIba-1陽性細胞が減少し (p=0.0097)、CD31陽性血管密度には影響しなかった (Figure 3G, H)。LLC細胞のtransendothelial migrationもLLC-exoで促進され、BMECのDkk-1ノックダウンで消失した (Supplementary Figure 9)。これらの結果は、n=3の独立した実験で確認された。

Dkk-1によるM1分極阻害とM1からM2への転換誘導: BV2細胞にLPS刺激前にDkk-1を投与すると、IL-1β/TNFα/iNOSの誘導が有意に抑制された (p=0.026) (Figure 4A)。IL-4刺激前に投与すると、arginase-1 (p=0.001) およびCD206 (p=0.035) の誘導が抑制された (Figure 4B)。LPS活性化後にDkk-1を投与すると、IL-1βの低下と同時にarginase-1の上昇が見られ、M1からM2への表現型転換を示唆した (Figure 4C, D)。LPS+IL-4とDkk-1+IL-4の併用はM1抑制とM2促進の相乗効果を示し、Dkk-1がIL-4と共同的にM2転換を強化することが示された (Figure 4E, F)。メカニズムとして、Dkk-1処理によりAMPKリン酸化が顕著に上昇したが、β-cateninに大きな変化はなく、古典的なWnt経路非依存的にAMPK経路を介することが示唆された (Supplementary Figure 10)。このAMPK活性化は、Dkk-1がM1からM2への分極転換を誘導する際の重要な経路であると考えられる。

脳転移定着後のDkk-1発現低下: 免疫組織化学染色 (IHC) では、脳転移病変におけるDkk-1発現は原発肺がんよりも低下していた (Figure 5A, B)。Western blotでも、LLC-BrM派生株は親LLC細胞よりもDkk-1発現が低かった (Figure 5G)。原発31例、脳転移16例のSCLCにおいても同様の傾向が確認された (Figure 5B, p=0.002)。この結果は、pre-metastatic niche形成時はBMEC由来Dkk-1がミクログリアを抑制する一方で、腫瘍細胞が脳に定着した後は自身のDkk-1発現を低下させ、ミクログリアの活性化を解除し、浸潤と腫瘍塊内ミクログリア動員を許容するという二相性の制御を示唆している。LLC-BrM細胞のin vivo選択は3ラウンド実施され、より脳転移能の高い細胞株が樹立された (Figure 5E, F)。

Dkk-1低下がミクログリアの腫瘍促進性フェノタイプ誘導に寄与: 脳転移病変の拡大に伴い、Iba1陽性ミクログリア細胞が腫瘍塊に大量に浸潤することが観察された (Figure 6A, B)。LLC BrM3由来病変では、Iba-1陽性ミクログリア細胞数が他の群と比較して劇的に増加した (p=0.0004)。また、LLC BrM1からLLC BrM3への転移病変では、M1特異的マーカー (IL-1β) が徐々に減少し、M2特異的マーカー (arginase-1, CD206) が上昇した (Figure 6C)。in vitro共培養系では、Dkk-1発現の低い脳転移性LLC細胞がミクログリアを抗炎症性表現型に誘導することが確認された (Figure 6D)。LLC BrM1細胞由来Dkk-1の阻害はM1マーカーの増加とM2マーカーの減少を引き起こし、LLC BrM3細胞へのrecombinant Dkk-1投与は逆の効果を示した (Figure 6F, G)。これらの結果は、脳に定着した肺がん細胞におけるDkk-1の低下が、ミクログリアの腫瘍支持的な表現型獲得に寄与することを示している。

考察/結論

本研究は、肺がん脳転移のpre-metastatic niche形成における「腫瘍エクソソーム→BMEC→Dkk-1→ミクログリア」という新規のシグナル軸を初めて同定した。この軸は、Wntシグナル伝達の古典的な抑制因子として理解されてきたDkk-1が、Wnt/β-catenin非依存的なAMPK経路を介してミクログリアの分極を制御するという新たなパラダイムを提示するものである。特に、「原発腫瘍由来エクソソームがBMECを介してDkk-1を誘導し、ミクログリアを抑制する」段階と、「脳に定着した転移性腫瘍細胞がDkk-1発現を低下させ、ミクログリアの活性化を解除する」段階という、脳転移カスケードの異なる段階におけるDkk-1の二相性制御は、臓器指向性転移と定着のメカニズムを理解する上で極めて重要である。

先行研究との関係では、乳がん由来exosomal miR-105によるBMECへの作用 (Zhou et al. CancerCell 2014)や、白血病エクソソームによるVEGFA誘導とBBB破壊 (Kinjyo et al., 2019) など、BMECが転移前ニッチ形成において重要な役割を果たすことが示されてきた。本研究は、これらの知見に加えて、BMECを介した自然免疫細胞であるミクログリアの制御という新たな層を脳転移のメカニズムに加えるものである。これまで、腫瘍エクソソームはミクログリアを直接活性化すると考えられてきたが、本研究ではBMECを介した間接的な抑制シグナル伝達という点で先行研究と異なる知見を示した。乳がんにおいては、Dkk-1が骨転移を促進し肺転移を抑制する臓器指向性マーカーとして報告されており (Zhuang et al., 2017)、本研究で示されたNSCLC/SCLCにおける脳転移でのDkk-1誘導・維持は、がん種および標的臓器特異的なDkk-1の機能の違いを示唆している。

本研究の知見は、いくつかの臨床応用への可能性を秘めている。第一に、血清中のexosomal Dkk-1を肺がん患者の脳転移リスクを予測するバイオマーカーとして利用できる可能性がある。第二に、BMEC-Dkk-1–AMPK経路を標的とする全身投与薬の開発により、pre-metastatic niche形成を初期段階で抑止できるかもしれない。第三に、多発性骨髄腫向けに開発された既存の抗Dkk-1抗体 (例: BHQ880) を、肺がん脳転移の予防や治療に転用できる可能性も考えられる。第四に、ミクログリアのM2からM1への再プログラミングと免疫チェックポイント阻害剤 (ICB) を組み合わせることで、治療感受性を向上させる戦略も期待される。これらの臨床的意義は、肺がん脳転移の治療戦略に新たな道を開く可能性を秘めている。

しかし、本研究にはいくつかの残された課題と限界も存在する。in vivoモデルにおいて、Dkk-1の操作が実際に脳転移を抑制するかどうかを直接的に検証していない点が挙げられる。また、ヒト検体におけるexosome Dkk-1の定量解析が小規模であること、およびAMPK経路の下流におけるミクログリアの遺伝子発現制御ノードが未同定であることも今後の検討課題である。さらに、Dkk-1のWnt/β-catenin非依存的なAMPK経路を介したミクログリア制御の分子メカニズムの詳細な解明が必要である。今後は、条件付きDkk-1ノックアウト脳/腫瘍モデル、Transwell系を超えたorganotypic brain sliceモデルやin vivo脳転移モデルでの機能的検証、ミクログリア特異的なAMPK操作による因果関係の解明、そして大規模患者コホートでのバイオマーカーのバリデーションが必要となる。

方法

本研究では、C57BL/6マウス (6-8週齢) にLewis lung carcinoma (LLC) 細胞由来エクソソーム (LLC-exo、10 μg/隔日) をretro-orbital注入またはintra-ventricular (浸透圧ポンプ) 投与するin vivoモデルを構築した (Figure 1A)。LLC-exoは超遠心分離法で精製し、Zetasizer Nano、透過型電子顕微鏡、およびCD9/CD63のWestern blotで特性を評価した (Supplementary Figure 1)。in vivo脳selectionにより、脳指向性の高いLLC-BrM (脳転移性派生株) を取得した。LLC細胞はステレオタクシー装置を用いてC57BL/6マウスの脳に直接注入された。

in vitro実験では、human brain microvascular endothelial cells (HBMECs) またはmouse brain microvascular endothelial cells (mBMECs, bEnd.3細胞) をTranswellの上層に、BV2ミクログリア細胞を下層に、LLC細胞を別のウェルに配置する共培養系を構築した (Figure 1D)。サイトカイン分泌の網羅的解析にはProteome Profiler Human XL Cytokine Arrayを用いた (Figure 2A)。Dkk-1の機能解析のため、Dkk-1 siRNA (5’-GAACAAGUACCAGACUCUU-3’) によるノックダウン、recombinant Dkk-1 (50 ng/mL) によるレスキュー、およびanti-Dkk-1中和抗体 (20 μg/mL) による中和実験を実施した。ミクログリアの活性化は、LPS 100 ng/mL (M1誘導) とmouse recombinant IL-4 10 ng/mL (M2誘導) を用いて行い、qRT-PCR (IL-1β, TNFα, iNOS, TLR-4, arginase-1, CD206)、Western blot (IL-1β, arginase-1)、およびIba-1/CD31/DAPI免疫蛍光染色で評価した。脳スライス (100 μm, vibratome) は共焦点顕微鏡で解析し、Iba-1陽性ミクログリアの数を定量した (Figure 1C)。

患者検体は、中国医科大学付属盛京医院の原発肺がん9症例 (腺がん3例、扁平上皮がん2例、小細胞肺がん4例) と脳転移10症例から収集した。血清サンプルは肺がん患者20症例と健常者6症例から採取した。また、過去に報告された小細胞肺がん原発31例と脳転移16例の検体について、Dkk-1の免疫組織化学 (IHC) 染色を再評価した。エクソソーム分泌阻害剤GW4869を用いてエクソソーム分泌を阻害し、AMPKおよびβ-cateninの活性化をWestern blotで解析した (Supplementary Figure 10)。統計解析にはGraphPad Prism 8.0ソフトウェアを使用し、2群間比較にはStudent’s t-test、多群間比較には一元配置分散分析 (ANOVA) とTukey検定を用いた。p<0.05を有意差ありと判断した。