- 著者: Sanja Srakočić, Paula Josić, Sebastijan Trifunović, Srećko Gajović, Danka Grčević, Anton Glasnović
- Corresponding author: Anton Glasnović (anton.glasnovic@mef.hr; Croatian Institute for Brain Research, School of Medicine, University of Zagreb, Zagreb, Croatia)
- 雑誌: Frontiers in Cellular Neuroscience
- 発行年: 2022
- Epub日: 2022-10-19
- Article種別: Original Article
- PMID: 36339814
背景
ミクログリアは中枢神経系 (CNS, central nervous system) の常駐マクロファージであり、神経炎症・神経変性疾患・脳虚血、さらには脳腫瘍や脳転移の免疫微小環境において中心的役割を担う細胞である (Li et al. NatRevImmunol 2018)。ミクログリアは卵黄嚢由来の前駆細胞に起源を持ち、胎生期にCNSへ移行した後に自己複製で恒常性を維持する点で、末梢由来マクロファージとは発生学的・表現型的に区別される (Fakhoury, 2018; Jiang et al., 2020)。フローサイトメトリーはこれらの細胞を定量・表現型解析する不可欠な手段であるが、脳組織には豊富なミエリンが含まれ、これが光散乱と非特異的シグナルを生じて解析を妨害するため、標準的な単一細胞懸濁液調製法をそのまま適用できないという問題がある。
この課題に対し、ミエリン除去法 (Percoll、スクロース、除去なし) と酵素消化法 (accutase、dispase II、papain、trypsin、消化なし) が用いられてきたが、これらは細胞表面抗原の発現を変化させたり過度に細胞を損傷させたりする可能性が指摘されている (Skog et al., 2019; Chometon et al., 2020)。特に酵素消化はCD45などの表面抗原発現を改変しうることが報告されており (Autengruber et al., 2012; Donnenberg et al., 2018)、ミクログリアの活性化状態、すなわち静止型 CD11b+CD45int (CD45 intermediate) と活性化型 CD11b+CD45high (CD45 high) の判別を正確に評価する上で交絡因子となる。先行研究ではPercollを用いたミエリン除去が最も一般的とされる一方 (Calvo et al. IBRORep 2020)、各ミエリン除去法と各酵素消化法の組み合わせを単一プラットフォーム上で直接比較し、収量・純度・再現性・活性化状態への影響を定量化した包括的な実験データはこれまで不足しており、プロトコル選択の指針となる証拠が手薄であった。本研究はこの knowledge gap を、系統的レビューと統制された実験比較の両面から埋めることを狙いとした。
目的
本研究の第一の目的は、2017年から2022年にかけてPubMedで発表されたミクログリアフローサイトメトリー研究 (n=32 studies) を系統的にレビューし、現行プロトコルの多様性とコンセンサスを定量的に把握することである。第二の目的は、C57BL/6 albino雄マウス (12-16週齢) 60頭を用いた統制実験により、3種のミエリン除去法と5種の酵素消化条件の有効性を、生細胞中・汎白血球中のミクログリア頻度および絶対数の観点から直接比較することである。最終的に、健常成体マウス脳からのミクログリア解析に最適な実践的プロトコルを、収量だけでなく変動係数 (CV, coefficient of variation) に基づく再現性と、動物使用数削減という倫理的観点も含めて提案することを目指した。あわせて、抗体パネルの最小構成 (CD11b + CD45) で健常脳ミクログリアを純度高く同定できるか、Fcブロッキングおよびインキュベーション温度が結果に与える影響を検証することも目的とした。
結果
系統的レビューが示した現行プロトコルのコンセンサス:PubMed検索で同定された392件から、初期スクリーニングと適格性評価を経て最終的に n=32 studies が質的合成に採用された (Figure 2)。採用研究の大半は C57BL/6 背景 (91%, 29/32) の雄マウス (68%, 19/28)・16週齢未満 (77%, 20/26) を用いており、最も一般的なモデルが明確化された (Figure 3)。ミエリン除去法では Percoll が最頻 (69%, 22/32 studies) で、酵素消化では「消化なし」が最多 (34%, 11/32 studies) であった (Figure 4)。全研究が CD11b+CD45int をミクログリアの定義として採用し、生死判定色素は 63% (20/32 studies) で使用されており、ゲーティング戦略は概ね統一されていた。一方で酵素消化の所要時間を報告したのは 48% (10/21 studies) のみで、再現性確保上の報告不備が浮き彫りとなった。
ミエリン除去法がミクログリア収量を最も大きく左右する:Percoll段階勾配 (n=8 mice) は生細胞中のミクログリア頻度 28.37% ± 5.40、絶対数 11673 ± 2478 cells を示し、スクロース法 (頻度 8.94% ± 8.93, p=0.02; 絶対数 647.20 ± 450.30 cells, p<0.01) および除去なし法 (頻度 0.68% ± 0.23, p<0.01; 絶対数 856.30 ± 393.70 cells, p<0.01) を統計学的に有意に上回った (Figures 6A, 6C)。絶対数でみるとPercoll法はスクロース法の約18.0-fold (11673 対 647.20 cells)、除去なし法の約13.6-fold (11673 対 856.30 cells) を回収し、ミエリン除去工程が収量を桁違いに左右することが定量的に示された。汎白血球 (CD45+) 頻度も Percoll群 (32.94% ± 6.58) が最高で、スクロース群 (10.76% ± 3.53, p=0.02) と除去なし群 (0.86% ± 0.09, p<0.01) より優れた (Figure 5B)。ただし除去なし法は生細胞率が最高 (96.13% ± 0.31) であり、Percoll群 (60.40% ± 4.88) を上回った。スクロース法は CD45+集団中のミクログリア比率では Percoll群と有意差がなく (p=0.06)、低コストの代替候補となりうることが示された。
酵素消化法の選択は再現性 (CV) で評価すべきである:Percoll除去を基準に各酵素を比較したところ、accutase群は生細胞率が最低 (60.40% ± 4.88) であったがCD45+細胞頻度は高水準 (32.94% ± 6.58) を維持した (Figures 7A, 7B)。生細胞中ミクログリア頻度・絶対数は papain群 (3820 ± 542.9 cells) と trypsin群 (4345 ± 667.6 cells) が他群より有意に低かった (p<0.01) (Figures 8A, 8C)。accutaseはCD45+中ミクログリア比率のCVが 2.61% と全酵素中最小で、最も再現性が高かった (Figure 8B)。一方 dispase II は絶対数が最高 (15948 ± 2697 cells) であったものの活性化ミクログリア/マクロファージ (CD11b+CD45high) 頻度が accutase の約4.8-fold (5.21% ± 0.47 対 accutase 1.08% ± 0.09) と有意に高く、解析前に活性化状態を改変する懸念が示された (Figure 8D)。消化なし群も高絶対数 (14186 ± 1602 cells) と低CV (5.47%) を示したが、炎症組織への適用には限界がある。
最小マーカーパネルで健常脳ミクログリアを高純度同定できる:Percoll + accutase で単離した CD11b+CD45int 分画は 97.53% が Ly6G−Ly6C− であり、健常脳では好中球・単球による汚染が実質的に存在しないことが確認された (Figure 9A)。Ly6G+Ly6C+ 細胞は 0.78%、MHC-II陽性は 0.12% にとどまり、CD11b と CD45 の2マーカーのみで高純度同定が可能と示された。対照的に CD11b+CD45high 集団では Ly6G (65.13%)・Ly6C (76.66%)・MHC-II (46.05%) が高発現で、ミクログリア (21.90%) と浸潤免疫細胞の混在が確認された (Figure 9B)。Fcブロッキングは 2% FBS で十分であり (TruStain fcX 追加は効果なし)、室温と氷上のインキュベーション間で生存率・マーカー発現に差はなかった。
考察/結論
系統的レビューと統制実験を統合した本研究の主要な貢献は3点に集約される。第1に、ミエリン除去法の選択がミクログリア収量に対して酵素消化法の選択よりはるかに大きく影響することを実験的に定量化した。Percollが最優秀である点は文献上のコンセンサス (Calvo et al. IBRORep 2020) と一致するが、スクロース法が汎白血球回収率では劣るもののミクログリア比率では同等であり、コスト・時間制約のある研究の実用的代替となりうることを示した点は新規である。これは、ミエリン除去法を単なる前処理とみなしてきたこれまでの研究と異なり、収量を決定づける最重要工程として位置づけ直すものである。
第2に、accutaseが再現性指標であるCVで最優秀であることを本研究で初めて報告した。文献上 accutase を脳組織消化に用いた研究がほとんどない中でのこの知見は、今後のプロトコル標準化に重要である。accutaseは生細胞率が低い欠点を持つが、ミクログリア絶対数と最小のばらつきを両立し、低CVは必要動物数の削減 (3Rの reduction) に直結する。一方で dispase II が活性化ミクログリアを誘導しうるという知見は、従来 dispase II が collagenase との併用で用いられ単独影響が不明であった既報と対照的であり、ミクログリア活性化状態を評価する実験では酵素選択が重大な交絡因子となることを示す。papain・trypsin が CD45 発現を上昇させ CD11b+CD45high 分画を増やす点も同様に、活性化解析の妨げとなりうる残された注意点である。
第3に、健常脳では CD11b+CD45int ゲートの 97.53% が非汚染ミクログリアであるという実証は、炎症・腫瘍モデルとのコントロール比較における基準値を提供する。臨床的意義として、本プロトコルは脳転移・神経炎症・脳虚血の免疫微小環境研究において、ミクログリアと浸潤骨髄系細胞を定量的に弁別する標準的基盤として bench-to-bedside の橋渡しに活用しうる。
本研究の limitation として、対象が健常成体雄マウスに限られ、炎症・腫瘍・高齢・雌マウスへの外挿には追加検証が必要な点が挙げられる。これらの条件下では浸潤免疫細胞の増加とミクログリア活性化が予想されるため、Ly6G・Ly6C・MHC-II や P2RY12 のようなミクログリア特異的マーカーの追加が推奨される。結論として、健常成体マウス脳のミクログリアフローサイトメトリー解析には Percoll段階勾配 (30%/37%/70%) によるミエリン除去と accutase 消化の組み合わせが最適プロトコルとして推奨される (ミクログリア頻度 28.37%、CV < 25%)。疾患モデルや異なる年齢・性別の動物における本プロトコルの有効性検証が今後の課題である。
方法
系統的レビューはPRISMA (Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses) 声明 (Liberati et al., 2009) およびSYRCLE (Systematic Review Centre for Laboratory Animal Experimentation) ガイドライン (de Vries et al., 2015) に準拠して実施した。2022年5月24日にPubMedを検索し (検索式: flow cytometry AND microglia AND [brain OR CNS] AND [mouse OR mice OR murine]、2017-2022年に限定)、2名の評価者が独立して適格性を判定して32研究を質的合成に採用した。抽出項目は動物モデル (系統・年齢・性別)、ミエリン除去法、酵素消化法 (種類・濃度・時間)、フローサイトメトリー手法 (同定マーカー・ゲーティング戦略・生死判定色素・追加マーカー) であった。
実験部分では、マウス系統 C57BL/6-Tyr
フローサイトメトリーパネルは CD11b (Alexa Fluor 488 標識) と CD45 (APC 標識) を主要マーカーとし、7AAD (7-Aminoactinomycin D、終濃度 0.25 µg/mL) で生細胞を判定した。静止ミクログリアを CD11b+CD45int、活性化ミクログリア/マクロファージを CD11b+CD45high と定義した。追加プール群 (n=4 mice) では Ly6C・Ly6G・MHC-II による汚染評価、Fcブロッキング (2% FBS 対 TruStain fcX anti-CD16/32) と抗体インキュベーション温度 (室温 対 氷上) の比較を行った。測定は Attune Acoustic Focusing Cytometer (励起 488/638 nm) を用い、FSC (forward scatter)/SSC (side scatter) による分離、FSC-A (forward scatter area)/FSC-H (forward scatter height) による単一細胞ゲート、7AAD陰性による生細胞ゲートを順に適用した。統計解析はRソフトウェアで実施し、正規性を Shapiro-Wilk検定、群間差を一元配置ANOVA (analysis of variance) と Dunnett事後検定で評価した。有意水準は p<0.05 とし、再現性および動物使用数削減の指標として CV を算出した。全データは mean ± SD で表記した。