- 著者: Jessica M. Rosin, Faizan Malik, Deborah M. Kurrasch
- Corresponding author: Jessica M. Rosin (jmrosin@ucalgary.ca); Deborah M. Kurrasch (kurrasch@ucalgary.ca) (University of Calgary, Alberta, Canada)
- 雑誌: STAR Protocols
- 発行年: 2021
- Epub日: 2021-07-29
- Article種別: Protocol
- PMID: 34382012
背景
ミクログリアは脳内常在免疫細胞であり、発達期においてシナプス刈り込み・アポトーシス細胞除去・神経前駆細胞との物理的接触を通じて神経回路形成に不可欠な役割を担うことが明らかにされてきた。特に、放射状グリア (radial glia) は神経細胞新生および神経細胞遊走の足場 (scaffold) として機能する一方、ミクログリアとの動的接触がその突起を破壊して貪食を引き起こす可能性が示唆されており (Rosin et al. 2021, Cell Rep)、胎児期視床下部での両細胞間相互作用が神経内分泌回路の形成に深く関与すると考えられている。しかし、この相互作用の実態は固定組織を用いた免疫染色による断片的な観察に留まっていた。
先行研究では、成体海馬スライス培養を用いた共焦点イメージングによるミクログリア動態の観察が報告されており (Dailey and Waite 1999)、大脳皮質における中間神経前駆細胞と放射状グリアの動的相互作用についても組織培養を用いた解析が試みられていた (Nelson et al. 2013)。また、胎児脳スライスの長時間生存維持においては通常の空気混合ガス (21% O2) では酸素分圧が不足するという問題が指摘されており (Jiang et al. 2013)、より積極的な酸素供給が必要とされていた。しかしながら、胎児期視床下部という特定の脳領域においてミクログリアと放射状グリアの動的相互作用をリアルタイムで最長20時間以上追跡する標準化プロトコルは存在せず、この知識のギャップを埋めることが求められていた。特に、ミクログリアの標識ツールは放射状グリアと比較して極めて手薄であり、Cx3cr1系統が事実上唯一の実用的選択肢であるという制約のもとで、両細胞を同時に生きたまま二重標識してライブイメージングを行う技術基盤が未確立であった。
目的
本プロトコルの目的は、胎児期E15.5マウス視床下部を対象として、Cx3cr1-CreERT2;Rosa26-tdTomato系統によるミクログリア標識とGlast-GFP系統による放射状グリア標識を組み合わせたスライス培養下でのタイムラプス共焦点イメージング手法を詳述することである。これにより、ミクログリアと放射状グリアの動的相互作用を最長20時間にわたりリアルタイムで可視化・定量化する実験基盤を提供するとともに、大脳皮質を含む他の脳領域やE14.5以降の複数の発生段階への適用可能性、さらにAnnexin V処置・アデノ随伴ウイルス (AAV) 導入・Hoechst核染色との組み合わせによる実験拡張性を示すことも目標とする。
結果
二重蛍光標識系の有効性と細胞可視化: Cx3cr1-CreERT2;Rosa26-tdTomato/Glast-GFP二重標識系では、E15.5マウス視床下部スライスにおいてtdTomato陽性ミクログリアとGFP陽性放射状グリアがそれぞれ明瞭な蛍光シグナルを示し、両細胞型の同時リアルタイム可視化が達成された (Figure 8A, F, G)。pCIG2 IUEによるGFP標識 (Figure 8D) およびAAV2-GFP感染 (Figure 8E) も代替標識法として有効であり、Glast-GFPトランスジェニック (Figure 8C) と同等の蛍光シグナルが確認された。これにより、実験目的や利用可能なマウス系統に応じて3通りの放射状グリア標識アプローチを選択できる柔軟性が実証された。一方、スライスの健康状態が低下した場合は蛍光シグナルの減弱・散乱・フォーカス喪失および細胞運動の著しい低下として検出でき (Figure 8H, H’)、プロトコル品質の指標として機能する。Hoechst (1 μL/7.5 mL PBS、室温10-15分インキュベーション) による全細胞核染色との組み合わせにより、ミクログリア-放射状グリア相互作用を周囲全細胞の動態文脈で評価することも可能であった (Figure 8B-B''')。
スライス作製条件の最適化とトラブルシューティング: バイブラトームの切製速度を0.3-0.5 mm/sに設定することで、組織のアガロースからの剥離 (Figure 6) を防ぎ、300-350 μm厚の均一なスライスが安定して得られた。過剰なPBSの脳包埋時の混入がアガロース-脳間の接着を著しく弱める主要因であり、解決策として包埋スプーンをティッシュで軽く拭い、包埋後にピペットチップでアガロースを脳周囲に撹拌してPBSを希釈し気泡を除去する操作が有効であった。ガラスボトムディッシュへの培地量は1.5-2.0 mLに厳密に管理し、2.0 mL超ではMillicellインサートが浮上して撮像中のドリフトが生じるため注意が必要である。インサート上に配置するスライスはn=3枚までとし、各スライス上面には20-40 μLの培地を追加して均一な栄養供給を確保した (Figure 5D, E)。
ライブイメージング取得条件と定量解析: Zeiss LSM 700での取得では1回のZスタックに5-15分を要したため、スタック間に5分の休止を設けてスライスへの負荷を最小化した。Glast-GFPの蛍光強度はCx3cr1-tdTomatoと比較して約2-3-fold低く、2%レーザー出力では信号が不足する場合があったが、6-8%に増強してもスライスの健康状態に明らかな悪影響は認められなかった。ZENBlackのOrtho機能によりミクログリアが放射状グリア突起に巻き付く三次元的な相互作用様式が詳細に可視化され、最長20時間の継続撮像データから細胞動態の時系列変化を解析できた。本プロトコルはE15.5視床下部への適用に最適化されているが、E14.5以降の複数の胎生ステージおよび大脳皮質でのミクログリア-放射状グリア相互作用の観察にも適用可能であることが確認されている。
オプション処置による実験拡張性: Annexin V (Alexa Fluor 647結合、7.5 μL/1,132 μL HBSS/375 μL 10 mM CaCl2、室温15分、20-22°C) の添加により外部化ホスファチジルセリン (phosphatidylserine) をブロックしてミクログリアによる放射状グリア貪食を抑制し、相互作用の長時間維持観察が可能となった。AAV2-GFPウイルス (1-2 μL/5 μL培地) を視床下部などの関心領域に局所適用し、24-48時間インキュベーション後に撮像することで、放射状グリアの代替標識と組み合わせた多様な実験様式が実現できる (Figure 5F)。稀にプロトコルを正確に実施してもスライスが死滅または不健康となる事例があるが、これは光毒性・培地酸性化・組織乾燥・温度変動が原因として疑われ、撮像セッション開始時に新鮮培地 (1.5 mL) を補充し温度プローブで正確な温度管理を行うことが推奨される。
考察/結論
先行研究との相違: これまでの研究では、成体海馬スライス培養を用いたミクログリア動態の共焦点イメージングが報告されており (Dailey and Waite 1999)、大脳皮質スライスにおける神経細胞遊走や中間前駆細胞の動態観察も試みられていた (Nelson et al. 2013; Wiegreffe et al. 2017)。しかし既報のプロトコルは成体脳や短時間観察に主眼を置いたものが中心であり、胎児視床下部特異的なミクログリア-放射状グリア相互作用を最長20時間にわたり追跡するための標準化手順は確立されていなかった。ミクログリア研究における補完的手法として、フローサイトメトリーによる成体マウス脳ミクログリア解析プロトコル (Srakocic et al. FrontCellNeurosci 2022) や新生仔・成体マウス脳からの同時多細胞解析のための組織解離法 (Calvo et al. IBRORep 2020)、野生型マウス脳フローサイトメトリー実験手順のシステマティックレビュー (Sharp et al. FrontImmunol 2023) が報告されている。これらはすべて固定組織または解離細胞を対象とした手法であり、本プロトコルが実現する生細胞のin situリアルタイム動態観察とは相補的な技術基盤を提供する。本プロトコルは、これまでの手法と対照的に、5% CO2/40% O2という高酸素混合ガスを採用して胎児脳スライスの長時間生存を支持する点、倒立顕微鏡と長作動距離対物レンズ (NA 0.4) を組み合わせてMillicellインサート上のスライスを高解像度で撮像できる点、そしてCx3cr1-CreERT2誘導性標識とGlast-GFP・IUE・AAVという3通りの放射状グリア標識法を組み合わせ可能な点で既報の短時間単一観察プロトコルとは根本的に異なる。加えて、バイブラトームの切製速度をあえて0.3-0.5 mm/sに低速設定し、スライス辺縁部のミクログリア活性化を最小化するという既報にない最適化が組み込まれており、より生理的な細胞状態での動態観察を実現している。
新規性: 本プロトコルは、胎児視床下部という神経内分泌調節の中枢においてミクログリアと放射状グリアの動的相互作用を新規なライブイメージング系で捉える技術基盤を確立した。これまで報告されていない3通りの放射状グリア標識アプローチ (トランスジェニック・IUE・AAVウイルス導入) の組み合わせ可能性を系統的に実証し、研究目的に応じた実験設計の柔軟性を提供した点は本プロトコルに固有の新規な貢献である。また、Annexin Vによるホスファチジルセリン露出ブロックという介入と組み合わせた相互作用観察という新規な実験様式を提示し、ミクログリア貪食の機能的役割を動態レベルで検証できる実験系を初めて詳細に記述した。さらに、視床下部以外にも大脳皮質・複数の胎生ステージへの適用可能性を確認した点は、本手法の汎用性を示す新規の知見である。
臨床的意義: 胎児期ミクログリアと放射状グリアの相互作用機構をリアルタイムで解明することは、出生前炎症・環境毒素・母体ストレスがミクログリア機能を変容させ、神経発達障害 (自閉症スペクトラム障害、統合失調症素因) の素因形成に寄与するメカニズムの理解に向けた重要な臨床的意義をもつ。本プロトコルで得られるミクログリア動態・形態変化・放射状グリアとの接触ダイナミクスのデータは、発達期神経回路形成における異常剪定メカニズムや免疫-グリア軸の病態モデルを直接検証するための橋渡し研究 (bench-to-bedside) に活用できる。加えて、本手法は成体脳スライスにおけるミクログリア-腫瘍細胞相互作用の観察など、脳腫瘍微小環境研究への臨床応用へと発展させることも将来的には可能であり、腫瘍関連ミクログリアの動態解析への展開が期待される。
残された課題と展望: 最大の技術的limitation はex vivo環境であり、バイブラトーム切製による組織損傷がスライス辺縁部のミクログリアをアメーバ様形態に活性化させること、およびin vivo環境との酸素分圧・液性因子・細胞密度の差異が観察される細胞動態に影響を与える可能性が排除できない点が残された課題である。また、長時間観察における光退色・光毒性の管理もとくにGlast-GFPのような蛍光の弱いトランスジェニック系統では今後の検討が必要であり、二光子顕微鏡や光シート顕微鏡の適用が解決策として期待される。さらに、本プロトコルがE14.5以降に適用が限られる点については、より早期の胎生ステージ (E10-E14) におけるミクログリアと放射状グリアの初期相互作用を観察するための更なる検討が求められる。ミクログリア標識ツールの制約 (現状はCx3cr1系統のみ実用的) についても、新たな微小グリア特異的プロモーター系統や標識技術の開発が今後の研究課題として残されている。
方法
マウス系統とCre誘導: 放射状グリア標識にはGlast (Glutamate Aspartate Transporter)-GFP (EMTB (Ensconsin Microtubule Binding domain)-GFP、別称Glast1-EMTB-GFP) トランスジェニックマウス (C57BL/6J背景、Dr. Eva Anton, UNC (University of North Carolina) 提供) を使用した。ミクログリア標識にはCx3cr1-CreERT2 (JAX (The Jackson Laboratory): 021160, C57BL/6J) とRosa26-tdTomato (JAX: 007914, C57BL/6J) を交配した二重トランスジェニックマウスを用い、4-Hydroxytamoxifen (4-OHT; Sigma Cat#H7904) をコーン油に溶解して0.5 mg/用量×2回 (E11.5およびE12.5) 腹腔内投与することでCre誘導を行い、E14.5-E15.5収集に最適化した。放射状グリアの代替標識法として、pCIG2コンストラクト (Hand et al. 2005) を用いたin utero electroporation (IUE) またはAAV2-GFPコントロールウイルス (Cedarlane Cat#AAV-302) によるウイルス導入も選択肢として記載されている。なお、ミクログリア以外の細胞標識ツールと比べてミクログリア標識ツールの選択肢は極めて限定的であり、Cx3cr1-CreERT2が事実上唯一の実用系統である点が本分野における技術的制約として明記されている。
スライス作製: E15.5胎児脳をイソフルランによる麻酔後に頸椎脱臼で安楽死させた妊娠マウスから摘出し、4% 低融点アガロース (LMP agarose; Invitrogen Cat#16520050) を45-55°Cでプラスチックモールドに注入後、温度が40°Cになってから脳を配置して包埋した (Figure 3)。Leica VT1200 S全自動バイブラトームで厚さ300-350 μm、切製速度0.3-0.5 mm/s、振幅1.00 mmのコロナルスライスを作製し (Figure 4)、0.4 μm孔径の30 mm Millicellインサート (Millipore Cat#PICM0RG50) 上に最大n=3枚まで配置した (Figure 5)。
培養培地と環境: 培養培地はDMEM (Gibco) 56.4%、F-12 (Gibco) 28.2%、FBS 5%、馬血清5%、B-27サプリメント2%、N2サプリメント1%、GlutaMAX 1%、ペニシリン/ストレプトマイシン1%、Fungizone 0.4%から構成される10 mL調製液を毎日新鮮作製した (Table 1)。培地量は40 mmガラスボトムディッシュへ1.5-2.0 mLを充填し、インキュベーター (37°C、5% CO2、ambient O2) でイメージング前2-48時間静置した。ライブイメージング時は5% CO2/40% O2/N2混合ガス (Praxair、カスタムオーダー) によるガスバブリング下で加温チャンバーを用いた。
ライブイメージング設定: Zeiss LSM 700倒立共焦点顕微鏡に20×長作動距離対物レンズ (air、開口数NA 0.4) を装備し、ピンホール1-2 AU、Zスタック取得深度はスライス中央の30-100 μm、Zステップサイズ3-7 μmで設定した (Figure 7)。光毒性・光退色防止のためレーザー出力は2%に設定したが、Glast-GFPの蛍光が弱い場合は6-8%に調整した。1回のZスタック取得に5-15分を要するため、スタック間に5分の休止を設けて最長20時間の継続撮像を行った。
解析: 取得した.cziファイルをZENBlackソフトウェアの最大輝度投影 (maximum intensity projection) で処理して動画を生成し、Ortho機能によるミクログリア数および放射状グリア-ミクログリア接触頻度を手動で定量化した。3Dレンダリング機能による立体的な相互作用様式の可視化も実施した。本プロトコル論文では統計的な群間比較は行われておらず、定量解析は観察・記述的なものに留まる。なお、本プロトコルを実験条件間の比較研究に応用する際は、ImageJ/FIJI (NIH) による蛍光輝度・接触頻度の定量後にMann-Whitney U検定またはStudent t検定を適用することを推奨する。各実験はn=3匹以上の独立した妊娠マウスを用いた独立反復で実施することが望ましい。