- 著者: Belén Calvo, Felipe Rubio, Miriam Fernández, Pedro Tranque
- Corresponding author: Belén Calvo (Neuroglia Laboratory, Research Institute for Neurological Disorders (IDINE), Medical School, University of Castilla-La Mancha (UCLM), Albacete, Spain)
- 雑誌: IBRO Reports
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-01-13
- Article種別: Original Article
- PMID: 32215337
背景
脳の神経免疫研究において、ミクログリア、アストロサイト、および浸潤リンパ球といった複数の細胞集団を同時に定量的かつ高感度に解析することは、神経炎症性疾患の病態生理を包括的に理解するために不可欠である。これらの細胞集団は、脳損傷、神経変性疾患、脳腫瘍などの様々な神経病理学的状況下で、それぞれが異なる役割を担いながら相互に作用し、神経細胞の生存や組織修復を調節している (Bergmann et al., 1999)。フローサイトメトリーは、これらの細胞集団の表現型と数を定量的に解析するための強力なツールであり、免疫組織化学やin situハイブリダイゼーションといった他の手法と比較して、データ定量化とハイスループット解析において優位性を持つ (Sedgwick et al., 1991; Stevens et al., 2002; Bedi et al., 2013)。しかし、脳組織から高純度かつ高生存率の単細胞懸濁液を調製することは、技術的に困難な課題を伴う。特に、脳組織に豊富に存在するミエリンはフローサイトメトリー解析を妨害し、また、酵素消化処理は細胞表面の抗原発現や細胞の活性化状態に影響を及ぼす可能性がある。
さらに、成体マウスと新生児マウスでは脳組織の細胞組成、細胞外マトリックス、および全体的な構造が根本的に異なるため、それぞれの年齢に最適化された組織解離プロトコルが必要である。これまでの研究では、特定の細胞集団(例えばミクログリアやアストロサイト)の単独分離に焦点を当てたプロトコルは報告されているものの (McCarthy and De Vellis, 1980; Saura et al., 2003)、ミクログリア、アストロサイト、浸潤リンパ球の3つの主要な細胞集団を同時に、かつ高収量・高生存率で解析できる標準的な統合プロトコルは未確立であった。例えば、McCarthy and De Vellis (1980) や Saura et al. (2003) はアストロサイトとミクログリアの分離培養法を報告しているが、これらはin vitro培養に特化したものであり、in vivoの細胞を直接解析するフローサイトメトリーには適さない。また、アストロサイト特異的マーカーの選択も課題であり、成体脳と新生児脳で発現パターンが異なるACSA-1 (anti-GLAST) およびACSA-2 (anti-ATP1B2) の実用性を定量的に比較した報告は不足していた。これらのギャップが、神経免疫研究におけるフローサイトメトリーの広範な応用を妨げる要因となっていた。本研究は、これらの課題を解決し、年齢依存的な最適な組織解離プロトコルを確立することを目的とした。
目的
本研究の目的は、成体および新生児 (P5〜P7) C57BL/6 マウス脳から、ミクログリア (CD11b+CD45int)、活性化ミクログリア/マクロファージ (CD11b+CD45high)、アストロサイト (ACSA-1/ACSA-2+)、および浸潤リンパ球 (CD11b−CD45+) を同時にフローサイトメトリーで解析するための最適な組織解離プロトコルを確立することである。具体的には、以下の点を系統的に比較検討する。
- 酵素消化法の最適化: パパイン、コラゲナーゼII、ディスパーゼII、およびそれらの組み合わせが、各細胞集団の回収率と生存率に与える影響を評価する。
- Percoll密度勾配条件の比較: 30% Percoll単層勾配と30-70%不連続勾配の細胞分離効率、総細胞収量、および生存率を比較し、最適な条件を特定する。
- アストロサイトマーカーの評価: 成体脳と新生児脳におけるACSA-1 (anti-GLAST) とACSA-2 (anti-ATP1B2) の発現パターンと検出効率を比較し、フローサイトメトリーに適したアストロサイト特異的マーカーを決定する。
- 年齢依存的なプロトコルの確立: 成体脳と新生児脳で異なる最適な解離条件を明確にし、それぞれに特化した実践的なプロトコルを提示する。
- LPS誘発炎症モデルへの応用検証: 確立された最適化プロトコルが、in vivoにおける軽度な神経炎症状態でのグリア細胞活性化を定量的に検出可能であることを実証する。
これらの目的を達成することで、神経免疫研究における多細胞種同時解析のための方法論的基盤を構築することを目指す。
結果
Percoll密度勾配の比較: 成体マウス脳の細胞分離において、30% Percoll単層勾配と30-70%不連続勾配の効率を比較した (Figure 3)。n=5-6 animalsの実験結果から、30% Percoll勾配は、30-70%勾配と比較して、総細胞数が約3倍多く (1脳あたり1.6×10^6 cells/brain vs 0.5×10^6 cells/brain前後)、総死細胞率も有意に低かった (p < 0.05)。ミクログリア/マクロファージの回収率には両勾配間で有意差はなかったが、リンパ球は30%勾配でやや少なかった。しかし、ミクログリア/マクロファージおよびリンパ球の死細胞率は30% Percoll勾配で有意に低かった (p < 0.05)。アストロサイトの回収率と生存率には両勾配間で有意差は認められなかった。これらの結果から、細胞収量、生存率、および手技の簡便性において30% Percoll勾配が優れていると判断され、以降の実験の標準手法として採用された。
成体脳における酵素消化法の比較: 30% Percoll勾配を適用後、成体脳における様々な酵素消化法の効果を評価した (Figure 4B, Figure 5B)。n=4-5 animalsの実験において、総細胞数では、酵素なしおよびディスパーゼII単独がパパインやコラゲナーゼIIよりも高値を示した。しかし、休止型ミクログリア (CD11b+CD45low)、活性化ミクログリア/マクロファージ (CD11b+CD45high)、およびリンパ球 (CD11b-CD45+) の回収においては、コラゲナーゼIIとパパインがディスパーゼIIや酵素なし群よりも全体的に良好な結果を示した。特に、パパインとディスパーゼIIの組み合わせは最高のミクログリア収量を示し (総細胞中約21%が休止型ミクログリア)、ディスパーゼIIの追加によりミクログリア収量が32%増加し、リンパ球収量が52%増加した (Table 2)。全ての酵素消化条件で、休止型ミクログリアの死細胞率は同程度であった。
新生児脳における酵素消化法の比較: 新生児脳では、パパイン単独が最高の総細胞収量 (1脳あたり3×10^6 cells/brain以上) を示し、かつ細胞生存率の保持も最も優れていた (Figure 4A, Figure 5A)。n=4-5 animalsの実験結果から、コラゲナーゼIIも高い細胞収量をもたらしたが、細胞死亡率が高く、新生児脳には推奨されないと判断された。ディスパーゼIIの添加は、新生児脳ではパパインの効果を増強せず、むしろコラゲナーゼIIと組み合わせた場合に特定の細胞集団の収量を低下させた (Table 2)。したがって、新生児脳の細胞分離にはパパイン単独が最も効率的であると結論付けられた。
アストロサイトマーカーの評価と酵素処理の影響: アストロサイトの検出にはACSA-1 (anti-GLAST) とACSA-2 (anti-ATP1B2) を比較した (Figure 2C)。n=4 animalsのデータでは、ACSA-2は成体脳アストロサイトの検出において、ACSA-1よりも特異性および収量ともに優れていた。新生児脳ではACSA-1とACSA-2の発現に81.5%のオーバーラップが認められたが、成体脳ではACSA-1の発現が低下するため、ACSA-2が成体脳アストロサイト検出の標準マーカーとして選択された。酵素処理はアストロサイトの収量と生存率を全般的に低下させ、機械的分散のみがアストロサイトの保護に最も適していた (Figure 6)。特にパパインは成体アストロサイトにおいて最高の死細胞率を示した (Figure 6B)。n=3-4 animalsの実験結果は、機械的解離が酵素処理よりもアストロサイトの生存率維持に優れることを明確に示した。
ディスパーゼIIの追加効果の詳細: ディスパーゼIIの他の酵素との組み合わせ効果を詳細に検討した (Table 2)。n=4-6 animalsの実験結果から、成体脳では、パパインへのディスパーゼII追加が休止型ミクログリアの回収を32.6% (p < 0.01) 向上させ、リンパ球の回収も52.2% (p < 0.05) 増加させた。しかし、アストロサイトの収量には影響せず、アストロサイトの死細胞率は38.8% (p < 0.05) 増加した。新生児脳では、パパインへのディスパーゼII追加は総細胞数を71.4% (p < 0.05) 増加させたものの、総細胞死亡率が138.6% (p < 0.05) と2倍以上に増加し、休止型ミクログリア、アストロサイト、リンパ球の各集団収量を改善しなかった。コラゲナーゼIIとの組み合わせでは、新生児脳のリンパ球収量が55.0% (p < 0.01) 減少した。
LPS誘発炎症モデルでの検証: 最適化されたプロトコル (成体脳ではパパインとディスパーゼIIの組み合わせ) を用いて、LPS 0.5 mg/kg腹腔内投与による軽度な神経炎症モデルにおけるグリア細胞の応答を評価した (Figure 7)。n=7-9 animalsの実験では、LPS投与群では、活性化ミクログリア/マクロファージ (CD11b+CD45high) の割合が対照群と比較して統計学的に有意に増加し、休止型ミクログリア (CD11b+CD45int) の割合は減少した (p < 0.05)。ゲーティング解析では、LPS処理後に活性化ミクログリア/マクロファージと休止型ミクログリアの比率が2.8-fold増加したことが示された。興味深いことに、ACSA-2+アストロサイトの数も増加した (p < 0.05)。免疫組織化学的解析でも、Iba-1+ミクログリアとGFAP+アストロサイトの活性化形態変化が観察され、フローサイトメトリーでの機能的変化の検出が組織学的所見と一致することが確認された。これらの結果は、本プロトコルが軽度な炎症刺激下でもグリア細胞の活性化を定量的に評価可能であることを示している。
考察/結論
本研究の主要な学術的貢献は、ミクログリア、アストロサイト、浸潤リンパ球の3細胞集団を同時に解析できる実践的な統合プロトコルを初めて体系的に確立した点である。これまで、特定の細胞集団に最適化されたプロトコルは存在したが、本研究は30% Percollとパパイン/ディスパーゼIIの組み合わせが、これらの3集団の同時解析に最もバランスの取れた性能を示すことを明らかにした。これは、複数の神経免疫細胞の相互作用をin vivoで評価する上で、これまで報告されていない新規な方法論的基盤を提供するものである。
先行研究との違い: 既存の脳組織解離プロトコルは、単一の細胞種に特化しているか、または細胞収量と生存率のバランスが不十分であった。例えば、Legroux et al. (2015) や de Haas et al. (2007) は異なる解離法の有効性を比較しているが、本研究のように広範な細胞タイプを対象とした包括的な比較は行われていなかった点で対照的である。本研究は、ミクログリア、アストロサイト、リンパ球がそれぞれ異なる分離要件を持つことを明確にし、これらの細胞タイプ全てに対して最適なバランスを見出す必要性を示した点で、これまでの研究とは異なるアプローチをとった。また、ACSA-2 (anti-ATP1B2) が成体脳アストロサイトの同定に最適であることを実験的に確立した点も重要である。
新規性: 本研究で初めて、成体脳と新生児脳で至適プロトコルが根本的に異なることを定量的に示した。成体脳ではパパインとディスパーゼIIの組み合わせが、新生児脳ではパパイン単独が推奨されるという知見は、年齢ごとのプロトコル選択の重要性を明確にした。さらに、LPS誘発の軽度な神経炎症モデルにおいて、最適化されたプロトコルがグリア細胞の活性化を感度良く検出できることを実証した。特に、ACSA-2 (anti-ATP1B2) 発現がアストロサイト活性化と相関することを示したことは、これまで報告されていない新規な知見である。
臨床応用: 本知見は、脳転移、神経炎症、神経変性疾患などの病態における多細胞種同時解析のための強固な方法論的基盤を提供する。例えば、脳腫瘍微小環境における腫瘍関連ミクログリア/マクロファージや反応性アストロサイト (A1/A2表現型) の定量は、疾患の進行や治療応答のバイオマーカーとして臨床応用される可能性がある。ACSA-2 (anti-ATP1B2) は、in vivoでのアストロサイト定量の信頼性の高いマーカーとして機能し、臨床現場での神経炎症性疾患の診断や治療効果モニタリングに貢献しうる。
残された課題: 今後の検討課題として、本研究が主に成体および新生児の2つの年齢群のみを対象としているため、中間的な年齢や老齢マウスへの外挿には別途検証が必要である。また、炎症条件下ではミクログリアや浸潤免疫細胞の表現型が変化するため、より重度な炎症モデルや異なる疾患モデルに本プロトコルを適用する際には、ゲーティング戦略のさらなる最適化が推奨される。さらに、酵素処理が細胞表面抗原の微細な変化に与える影響や、特定の細胞サブタイプ(例:A1/A2アストロサイト)の分離効率に関する詳細な解析も今後の研究で深掘りすべき点である。これらの課題を克服することで、本プロトコルの汎用性と精度をさらに高めることが可能となる。
方法
本研究では、C57BL/6野生型マウス(成体: 4〜6ヶ月齢、新生児: 生後5〜7日齢)を使用した。動物の飼育および実験手順は、University of Castilla-La Manchaの動物実験倫理委員会によって承認された。
脳組織の採取と機械的解離: マウスは頸椎脱臼により安楽死させ、脳を摘出した。小脳と嗅球を除去後、髄膜、血管、脈絡叢を慎重に分離し、メスで細かく刻んだ。刻んだ脳組織はMACS Cチューブ (Miltenyi Biotec 130-093-237) に入れ、機械的解離装置を用いて6 rpmで30分間処理した。
酵素消化: 機械的解離後、以下の酵素消化条件を比較した。
- 酵素なし: Earle’s Balanced Salt Solution (EBSS [+]CaCl2/[+]MgSO4, Gibco 24010) のみ。
- 単独酵素: パパイン (100 U, Worthington LK003178) をEBSS中、コラゲナーゼII (600 U, Millipore 234155) を1X HBSS中、ディスパーゼII (6 U, Sigma-Aldrich D4963) をEBSS中でそれぞれ使用。
- 酵素複合: パパインとディスパーゼIIの組み合わせ、またはコラゲナーゼIIとディスパーゼIIの組み合わせ。 全ての酵素溶液にはDNase I (100 U, Sigma-Aldrich DN25) を添加し、DNA凝集による細胞生存率低下を防いだ。パパインは使用前に37℃、5% CO2で30分間活性化した。消化反応は冷HBSSで希釈し、氷上で停止させた。
Percoll密度勾配分離: 消化後の細胞懸濁液は、5 mlピペットで10回穏やかにホモジナイズし、70 μmセルストレーナー (BD 352350) で濾過した。遠心分離 (300 g, 10分, 室温) 後、細胞ペレットを回収し、以下のPercoll™ (GE Healthcare 17-0891-01) 密度勾配条件でミエリン除去と細胞濃縮を行った。
- 30% Percoll単層勾配: 細胞ペレットを30% SIP (Stock Solution of Isotonic Percoll) に再懸濁し、14 mlチューブで遠心分離 (300 g, 30分, 18℃) し、底層から細胞を回収した。
- 30-70% Percoll不連続勾配: 70% SIP層の上に30% SIP中の細胞懸濁液を重層し、同様に遠心分離後、中間層 (4 mlの界面) から細胞を回収した。 回収した細胞はHBSSで洗浄後、赤血球溶解バッファー (Miltenyi Biotec 130-094-183) で処理し、フローサイトメトリー染色用のブロッキングバッファー (1X PBS, 0.5% BSA, 2 mM EDTA) に再懸濁した。
フローサイトメトリー解析: 細胞は4℃で染色した。FcR Blocking Reagent (Miltenyi Biotec 130-059-901) で非特異的結合をブロック後、以下の蛍光標識抗体カクテルで染色した: CD45 (PE), CD11b (PE-Vio770), ACSA-1 (PE, 抗GLAST), ACSA-2 (APC, 抗ATP1B2), CD206 (APC-Vio770), CD38 (APC), CD3 (APC)。細胞死判定にはDAPI (1 μg/ml) を使用した。絶対細胞数カウントのため、蛍光キャリブレーションビーズ (1000 beads/μl) を添加した。データはMACSQuantフローサイトメーターで取得し、MACSQuantifyソフトウェアで解析した。ゲーティング戦略は、デブリと細胞凝集塊の除去 (FSC-A/SSC-AおよびFSC-A/FSC-Hプロット)、CD11b+/CD45low (休止型ミクログリア)、CD11b+/CD45high (活性化ミクログリア/マクロファージ)、CD11b-/CD45+ (リンパ球)、ACSA-2+ (アストロサイト) に基づいた。
LPS誘発炎症モデル: 成体マウスにLPS (Salmonella enterica, serotype typhimurium, L7261 Sigma-Aldrich) 0.5 mg/kgを腹腔内投与した。3日後に脳を採取し、最適化プロトコルを用いてグリア細胞の活性化をフローサイトメトリーで評価した。一部の脳は免疫組織化学用に採取し、Iba-1 (ミクログリア/マクロファージ) およびGFAP (アストロサイト) 染色を行った。
統計解析: データはGraphPad Prismソフトウェアで解析し、平均±標準誤差 (SEM) で示した (n=4-6 animals)。2群間比較にはStudent t-testを、異なる消化プロトコルの比較には一元配置分散分析 (ANOVA) とTukeyの事後検定を用いた。有意水準はp < 0.05, p < 0.01, p < 0.001とした。