• 著者: Mahak Singhal, Nicolas Gengenbacher, Ashik Ahmed Abdul Pari, Miki Kamiyama, Ling Hai, Bianca J. Kuhn, David M. Kallenberg, Shubhada R. Kulkarni, Carlotta Camilli, Stephanie F. Preuß, Barbara Leuchs, Carolin Mogler, Elisa Espinet, Eva Besemfelder, Danijela Heide, Mathias Heikenwalder, Martin R. Sprick, Andreas Trumpp, Jeroen Krijgsveld, Matthias Schlesner, Junhao Hu, Stephen E. Moss, John Greenwood, Hellmut G. Augustin
  • Corresponding author: Hellmut G. Augustin (augustin@angioscience.de, Division of Vascular Oncology and Metastasis, DKFZ); Mahak Singhal (m.singhal@dkfz.de, DKFZ)
  • 雑誌: Science Translational Medicine
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-09-01
  • Article種別: Original Article (Translational)
  • PMID: 34516824

背景

転移は癌関連死の主因であり、循環腫瘍細胞による転移性コロニー形成 (Massague et al. Nature 2016) と、転移成立に先立つ前転移ニッチ形成 (Peinado et al. NatRevCancer 2017) が重要なステップとして確立されている。しかし腫瘍細胞と転移標的器官の血管ニッチとの相互作用の分子機序は候補遺伝子アプローチに限られ、全体的に理解されていなかった。血管内皮細胞 (endothelial cell, EC) は従来血管新生の補助的役割として認識されてきたが、近年腫瘍微小環境 (tumor microenvironment, TME) の積極的制御者として再概念化されており、EC由来アンジオクリン因子 (アンジオポエチン2 [ANG2]・CCL2・血管細胞接着分子1 [VCAM1] 等) が転移ニッチ形成に関与し、抗血管新生療法と抗PD-L1療法の併用が高内皮細静脈 (HEV) 形成を介して腫瘍免疫を刺激すること (Allen et al. SciTranslMed 2017) も示されてきた。一方で、原発腫瘍が転移前後にわたって血管ニッチをどのように経時的に再プログラムするかを系統的に捉えた研究は存在せず、その機序は依然として未解明であり、無バイアスな経時解析が決定的に不足していた。本研究では外科的切除モデルを用いて転移前期・転移期のEC転写変化を無バイアスに捉えるマルチオミクスアプローチを採用した。

目的

肺転移外科モデルにおける肺EC経時的トランスクリプトーム・血清プロテオミクスの統合解析により転移ニッチを形成する早期アンジオクリン因子を同定し、同定されたLRG1の機能的役割 (転移促進・受容体細胞への影響) を遺伝子欠損・過剰発現・中和抗体の多角的アプローチで検証するとともに、LRG1を治療標的とした術後補助療法の有効性をマウスモデルで確立すること。

結果

肺ECの経時的転写プロファイル (d0→d15→d22→d36) :差次遺伝子発現解析でd15に226遺伝子上昇・89遺伝子低下、d36に1329遺伝子上昇・71遺伝子低下が検出された (Fig. 1D、n=4/タイムポイント)。GSEAでd15の主要シグネチャーは炎症反応・サイトカイン産生・タンパク質分泌 (NES=1.49、P<0.0001) であった。腫瘍切除後 (d22) には炎症遺伝子および髄系細胞浸潤が急激に低下し、ホメオスタシスに復帰した。これにより本外科モデルが原発腫瘍誘発全身性変化→術後回復→転移定着の3段階を忠実に再現することを確認した。

LRG1のEC特異的アンジオクリン因子としての同定:バルクRNA-seq (各群n=4の生物学的反復) でLrg1がEC発現遺伝子の中で最も顕著に差次変動する因子として同定された。Lrg1発現はLLC細胞では検出されず、原発腫瘍で微量、肺組織では著明に高く (Fig. 3D、n=4、P<0.05)、肺組織のLrg1は原発腫瘍比で数倍以上の発現であった。FACS分離した肺ECではLeukocytes/CD31-CD45-細胞と比較してLrg1が顕著に高発現した (P<0.01)。血清プロテオミクスでもLRG1はd15の最上位上昇タンパクとして確認され (Fig. 3A-3B、n=4)、血清LRG1濃度が疾患進行の時間経過を正確に反映することを示した。MMTV-PyMT・PACO2 PDXモデルでも同様のLrg1上昇が再現された。複数がん種患者 (CRC・胃癌・肺癌・卵巣癌・膵癌) の後ろ向き研究メタ解析では血清LRG1が健常者と比べ有意に高値 (Fig. 3C、P<0.0001) であった。

Lrg1のSTAT3依存的転写調節と多臓器血管内皮への全身誘導:Stat3 fl/fl × VECadCre ERT2マウス (各群n=4-5) でのEC特異的Stat3欠損により腫瘍担持下の肺ECでのLrg1発現が著明に低下し (Fig. 2E、P<0.05)、qPCRでStat3とLrg1の間にPearson相関 (正相関、n=4-5) を確認した。Boyden chamber実験では腫瘍細胞由来因子が直接肺ECのLrg1を誘導せず、腫瘍誘発全身炎症がSTAT3経路を介した中間因子として機能することが示された。Lrg1発現は肺だけでなく脳・心臓・腎臓・肝臓・筋肉の全血管床でd15に有意に上昇し、巨大な表面積を持つ血管内皮全体がLRG1を増幅・放出する仕組みが示唆された。scRNA-seqでは8883 ECを5クラスタ (毛細管I/II・動脈・静脈・増殖) に分類し、Lrg1高発現は静脈EC集団に偏在 (Lrg1+細胞のうち静脈EC = 20%、残り80%は全クラスタに分散)。

LRG1の転移促進機能 (機能獲得 [GOF] / 機能喪失 [LOF] 実験) :LLC-Lrg1皮下移植マウスにB16F10黒色腫を静注したGOF実験で (各群n=11-12)、LLC-pLenti対照と比較して肺黒色腫転移巣数が有意に増加した (Fig. 5B、P<0.05)。GOF実験ではEC増殖には変化がなく (血管新生非依存)、NG2+肺周皮細胞数が有意に増加 (Fig. 5E-5H、FACS P<0.01・IHC P<0.05、各群n=5-10) し、in vitroでLrg1馴化培地 (Lrg1-CM) が肺周皮細胞の増殖を促進した (MYC・細胞周期関連遺伝子が上昇)。一方、原発腫瘍からのLRG1供給を切除で除去すると黒色腫転移巣数はnon-significantとなり (P=0.31)、原発腫瘍がLRG1の主要供給源であることが示された。Lrg1-KOマウスでは原発腫瘍切除後の肺転移巣数が減少し、DesminでマークされたNG2周皮細胞域も縮小した。ただし骨髄キメラ (Lrg1-KO骨髄移植) では生存期間に差がなく (ns)、白血球由来LRG1は転移促進に非必須であることを確認した。これらGOF/LOFの両方向から、原発腫瘍由来の全身性LRG1がNG2+周皮細胞を介して転移を駆動することが実証された。

抗LRG1抗体 (15C4) 術後補助療法による転移抑制と生存延長:LLCモデルでの術後補助15C4投与 (50 mg/kg、週2回) では肺転移巣数を有意に減少させ、全生存期間を対照IgG群と比べ8.5日 (約40%) 延長した (Fig. 6B、log-rank検定 P<0.01、n=8-9)。これはLLC皮下腫瘍が抗VEGF療法に不応性で化学療法も肺転移巣に無効なモデルにおける単剤での著明な生存延長であった。MMTV-PyMT乳癌モデルでは15C4投与でd1〜d60の補助療法により中央生存期間がほぼ2倍に延長した (P<0.05)。ただし抗体投与終了後に一部マウスで転移が出現し、LRG1中和は転移細胞の休眠状態を維持する可能性が示唆された。

考察/結論

本研究はEC経時的トランスクリプトーム・血清プロテオミクス統合解析という系統的アプローチにより、転移前ニッチの新規ECアンジオクリン因子LRG1を発見した。前転移ニッチを臓器特異的な「転移の住処」と捉える従来の枠組み (Peinado et al. NatRevCancer 2017) や候補遺伝子アプローチに依存したEC由来アンジオクリン因子研究 (ANG2・CCL2等) とは異なり、本研究は無バイアスな経時マルチオミクスで早期因子LRG1を捕捉した点に方法論的な強みがある。LRG1は原発腫瘍誘発全身炎症→STAT3活性化→EC全身誘導という経路で全身血管内皮に発現し、循環LRG1として検出される。LRG1は血管新生非依存的にNG2+周皮細胞の増殖を促進して転移ニッチを形成するという新規メカニズムを提示する。この知見は前転移ニッチが臓器特異的な「転移の住処」を形成するという概念 (Peinado et al. NatRevCancer 2017) において、血管内皮と間葉系ペリサイトの協調が転移定着を制御するという新たな軸を加えるものである。従来のEC由来アンジオクリン因子研究 (ANG2・CCL2等の候補遺伝子アプローチ) とは異なり、本研究は無バイアスな経時マルチオミクスでLRG1を本研究で初めて転移前ニッチの早期因子として同定した点に新規性がある。臨床応用の観点では、複数のがん種での血清LRG1高値、術後LRG1中和単剤での顕著な生存延長 (LLC・MMTV-PyMT)、CA19-9+LRG1による膵癌早期検出の可能性 (メタ解析より) はLRG1が転移バイオマーカーと治療標的の両義性を持つことを支持し、bench-to-bedsideへの橋渡しが期待される。残された課題 (limitation) として、転移ニッチでLRG1が腫瘍細胞の休眠解除に関与するかどうかの機序解明と、ヒト臨床コホートでの大規模バリデーションが今後の課題として重要となる。

方法

Lewis肺癌 (LLC) 外科モデル:C57BL/6NマウスにLLC皮下移植 (d0)、原発腫瘍切除 (d15頃) 後d22・d36まで経時的に肺EC単離。バルクRNA-seq (4生物学的反復/タイムポイント) ・血清LC-MS (4反復/タイムポイント) を実施。scRNA-seq (8883 cells、10x Genomics、4タイムポイント) で肺EC亜集団を分類 (毛細管/動脈/静脈/増殖)。確認モデル:MMTV-PyMT乳癌モデル (FVB/N) ・PACO2膵臓PDX (NSG)。EC特異的Stat3欠損マウス (Stat3 fl/fl × VECadCre ERT2) で転写制御を検証。Lrg1過剰発現LLC (LLC-Lrg1) を用いたGOF実験:B16F10黒色腫を静注して実験的転移アッセイを実施。Lrg1-KOマウスおよび骨髄キメラ (Lrg1-KO BM移植) でLOF実験。抗LRG1中和抗体15C4 (50 mg/kg、週2回) の術後補助投与をLLC・MMTV-PyMT両モデルで検証 (Kaplan-Meier解析)。